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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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出会い

 最初はただ、ああ、綺麗な絵だな、と思っただけだった。

 それは、中学最後の夏の大会が終わった日のこと。

 武術は小学校の頃から続けていたし、これで全部が終わりということでもなく、これから先も続けるつもりではあった。

 とはいえ、これからは受験勉強にも精を出さなければいけないし、以前ほど、打ち込めなくなるんだろうななんて、すこし寂しくも思いながら、会場からの帰りの電車で最寄り駅に到着し、部活の仲間と別れた。

 小学校ほどに皆近所から集まってきているわけでもなく、結局、残ったのは、僕と幼馴染の佐伯連司だけだった。


「終わったな」


「そうだね」


 中学での大会出場はこれで最後になるだろうけれど、高校に入学したら、また始まる。

 そもそも、僕たちの出ていた大会は団体戦ではなく、個人戦だったため、終わり、という実感はそこまで沸いてもいなかった。


「空楽、おまえ、高校どうすんの?」


「どうしようかな」


 まだ、なんにも考えていない。

 たとえ優勝しようとも、今日で部活に一区切りがつくことはわかっていたのだけれど、なんとなく、決めようという気にはなれなかった。

 まあ、最後の手段は自宅の最寄の高校を選ぶかな。なにせ、自宅から自転車で十分ほどのところにひとつある。私立だということが難点だけれど。

 

「あっ、悪い、空楽。俺ちょっと、本屋寄ってから帰るわ」


「それなら僕も行こうかな」


 自宅である秋月家方面の西口から出ると、正面にはレンタルビデオショップを兼任した本屋(より正確にいえば、本屋のスペースのあるレンタルビデオショップなのだけれど)がある。

 しかし、意外とスペースは広く、高校入試の過去問も揃えられている。もちろん、立地上、最も近い、極浦学園のものもだ。

 連司はDVDのレンタルもするとかで時間がかかりそうだったので、僕は本屋のスペースをぶらぶらとしていた。

 この本屋、漫画にはビニールがかけてあるのだけれど、情報誌や雑誌、それに一般小説やライトノベルは立ち読みがフリーであり、中身を確認できる仕様になっている。

 僕も普段は買っている単行本のコーナーにしか向かわないのだけれど、その日はなんとなく、小説や、ライトノベルのコーナーに立ち寄った。中学生の内に、こんな風にぶらぶらと来るのはこれが最後かもしれないし。

 そう思って歩いていると、一部のコーナーに目が吸い寄せられる。

 

「あれは、漫画、じゃないよね」


 この時の僕は、ライトノベルと呼ばれるジャンルの本があることを知らなかった。

 アニメは、テレビで再放送なんかをしているときに、たまに見る程度だったし、もちろん、原作を買って揃えようなんて、そんなお金、中学生にあるはずもない。うちの親は、小説ならば買ってくれるけれど漫画は自分の小遣いで、というのが基本だったから。

 ブックオフだって、そんなに頻繁に通うものでもないし、そもそも、部活や道場に通うのに忙しくて、そんなことをしているような時間はなかったし、したいとも思ってはいなかった。

 

「すっごく上手いな、この表紙の絵。コンピューターで描いてるのか?」


 僕は素直にそう思った。

 もちろん、この時点では、イラストレーターという存在の知識も皆無だ。漫画家なら知っていたのだけれど。

 そんなまっさらな状態で、その中で一番、綺麗だと思った一冊を手に取った。

 それが、僕の人生における、もっとも衝撃的な出会いだった。

 最初の数ページを読み。

 なんだ、これ。すごく面白いぞ。

 活字を読むことに慣れていたわけじゃない。せいぜい――それを数に入れていいのかは微妙だったけれど――国語の教科書か、読書週間に読む程度だ。

 まあ、一応、小学校五年生の時に、全員どれかはやらなくてはならなかった委員会で、図書委員になったこともあったけれど、カウンターで自由帳に落書きばかりしていたからな。

 とにかく、心臓が早鐘を打っていることにも気付かないほど、夢中で読みふけった。

 早く帰ってシャワーを浴びる必要があったし、家族も夕食を並べるだけで待っていてくれていることだろう。スマホは高校に入ってからという決まりなので、僕はまだ持っていないため、まだ、極浦学園駅に着いたという報告もしていない。

 

「――空楽、おい、空楽」


 肩を掴まれて、驚いて振り向けば、連司が不思議そうな顔をして立っていた。


「待たせたな」


「いや、うん。全然、待ってないよ」


 しかし、店の壁掛けの時計を見れば、予想以上に時間が経っていた。あまりにも夢中になり過ぎて、時間を忘れていたようだ。


「そうか。じゃあ、帰ろうぜ」


「うん……あっ、ごめん、連司。やっぱり、ちょっと待ってて」


 僕は財布の中身を確認し。

 うん。足りる。


「僕、ちょっとこれ買ってくるから」


 今しがた読んでいたシリーズの一巻を手に取り、レジへ向かう。

 十数冊に及ぶシリーズで、すでに完結はしているものの、全部揃えるだけのお小遣いの持ち合わせはなかった。

 入試の過去問は……また今度でいいか。


「七百三十七円です」


 人当たりの良さそうな感じの女性店員さんに千円札を払い、おつりと品物を受け取る。


「ブックカバーはおかけしますか?」


「大丈夫です」


 痛むといけないから、袋だけはお願いして、その分の追加の料金を支払う。

 なにか、適当な袋を持って来ていれば良かったな。


「なに買ったんだ?」


「うん。なんか、ライトノベルとかっていうんだって」


 連司は知っていたようで、ラノベと呼ばれているらしいジャンルを、大雑把に説明してくれた。

 

「ふーん。知らなかったな。ありがとう、連司」


「このくらい、なんでもねえよ。明日は道場どうすんだ?」

 

 中学の部活は終わっても、毎日の習慣まで変わるものじゃない。

 僕は毎朝、ランニングも兼ねて道場まで通い、そこで稽古をつけて貰っている。

 けれど。


「さすがに明日は休もうかな。気持ちを切り替える必要もあるからね」


 これからは、受験勉強だ。

 今が夏休みだから、本番まで、あと半年もない。


「そうだな。じゃあ、またな」


「うん、また」


 多分、夏休み中に道場に行くことがないわけではないだろう――今日の結果も報告に行かなくてはならないだろうし――から、すぐに会うことにはなるだろう。

 紫乃と縁子ちゃんは友達だし、そっちのほうが早くに顔を合わせることになるかもしれないな。


「ただいま」


「お帰り、お兄ちゃん」


 秋月家の玄関に入れば、妹の紫乃がリビング兼キッチン兼ダイニングから顔を覗かせる。


「お疲れ様、どうだったの?」


「うん」


 僕は鞄から、もらったトロフィーを取り出す。


「わあ、すごい。おめでとう、お兄ちゃん。お母さん、お父さん、お兄ちゃん、優勝だって」


 紫乃は、持って行っていい? とトロフィーに触れ、僕が頷けば、パタパタとはしゃいだように母さんと父さんのいるダイニングまで駆けてゆく。


「お帰りなさい、空楽くん。おめでとう。お風呂、沸いているわよ」


「ありがとう、母さん」


 まず、道着を洗濯機に放り込んで、階段を上り、二階の部屋へと向かう。

 中学入学と同時に貰った僕の部屋だ。ちなみに向かいは、同時に紫乃の部屋になっている。僕が部屋を貰うと、紫乃も自分の部屋が欲しいと言い出したためだ。もっとも、最初の頃は紫乃は部屋を活用してはおらず、両親の寝室で、親子三人、並んで寝ていたのだけれど。

 奥から、蒼一・涼子、紫乃とかかっているプレートのうち、最も近い、空楽というプレートのかかっている部屋のドアを開け、鞄を降ろし、真っ先に、あのライトノベルを取り出してベッドに置いて、ビニールを剥がす。

 

「よし」


 枕に立てかけてから、僕は着替えと、外したビニールと挟み込みの広告を持って、風呂場へと向かった。


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