人災 パンデミック
ワンコウィルスのパンデミック!
コロニーと言う閉鎖空間では、感染症は本気で恐い。
時は未来。
人類が生活の場を宇宙へ求めるようになってしばらく経つ。
宇宙コロニーを建設しそこを第二の故郷とした。
人々は生活し子を産み、育て、そして……。
コロニーで生活するにあたり、直面する問題は沢山ある。
コロニーは惑星では無いために、環境の管理は最重要課題となる。
空気の管理ができていなければ、コロニー内で呼吸する事自体が困難になる。
虫の存在も要管理だ。 コロニーは密閉された空間。 少しの油断で、再現なく増えてしまう。
水の管理も欠かせない。 浄化して循環させ、上手く管理せねばすぐ汚染される。
他にも食料、生活用品、建築資材、機械やその部品、電気。
様々に挙げて来たが、コロニーの存在を必要とする生き物の管理こそが、一番重要なのだ。
コロニーに住む者は、人類以外の生き物とはあまり関わらない。
何故か?
増えすぎた人類が新しい生活の場を求めて、建設されたのがコロニーだからだ。
増えすぎて地球に住めなくなった人類を、宇宙と言う広い空間に放出したからだ。
コロニーの空間は有限だ。
ならば人類を詰め込めるだけ詰め込む発想にもなろう。
なのでそれ以外の生き物を求めるならば、必要最低限が望ましい。
もちろんそれは、人類の友と呼べる愛玩動物とて同じ事。
一緒に暮らせる動物は、手の平サイズの小動物のみと定められても不思議ではない。
だからこそ起きてしまった、とてもとても悲しい悲劇のお話。
~~~~~~
それは極当然の流れであった。
コロニーが宇宙に浮く時代には、有機ナノマシンが存在している。
金属製の機械部品で組み上げられた極めて小さなコンピューターではなく、有機物を原料にした部品で組み上げられた小さな小さな機械。
人体へ入り込み、設定されたままに働き続け、壊れたら人体へ吸収されたり排泄されたり。
そのナノマシンを体内へ定期的に取り込み、人類は健康状態の管理維持を行っていた。
そんな技術と遺伝子工学を掛け合わせて、コロニーに住む人類が求めて止まないナノマシンを開発していた。
開発コード“P”
人類の発生以来、常に我らと友人でいてくれた動物。
特に犬を対象としたもので、このナノマシンPを取り込ませた犬の子供はどんな種類でも、コロニー生活の負担にならないマグカップやティーカップのサイズへ変異するナノマシンである。
コロニーで動物を飼うことは頭数の増加による食料の問題などが懸念され、現実的ではないとされていたが、食料消費は極限まで抑えられナノマシンで頭数調整も可能になる。
歯車のどこかが“ひとつでも”狂えば住む……いや、生きることすら難しくなるコロニー生活は、何かと制約がついて回る。
だからこそ管理体制はかなり厳しく、それに従って生活していれば窮屈に感じる者も多かろう。
動物を飼い、共に暮らす。 それが可能となるだけで、どれだけ日常生活で溜まるストレスの軽減が期待できようか。
これが完成すれば、人類はまた一つ宇宙での生活に順応できるだろうとまで言われた、夢への進歩の一里塚となる。
…………。
………。
……。
はずだったのだ。
~~~~~~
ここは【パンデミックコロニー】
元の名前も有ったが大きな事件に押し流されて、その通称だけ残って完全封鎖されたコロニーだ。
どんなパンデミックが起きたのか?
訊くまでもないだろう。
なにせさっきまで語っていた物なのだから。
当時の中継映像は、ネットの海を漁ればすぐに幾つも見つけられる。
それだけ大きい事件だったのだから。
有名な動画を挙げるなら3つ。
動画A
「お? ビックリするほどチビっこい犬じゃないか。 どうした、こんな所で。 迷子か? よーしよし、こっちにおいで」
ひゃん!
「ははっ。 特別小さい犬の鳴き声は、特別可愛いじゃねえか。 ほらほら怖くないぞー、おいでー」
ガブッ!
「うおっ、噛みやがった!? でもこんなチビっこい犬の歯だと全然痛くねーな。 うへへへ、可愛いなぁ」
ぺろぺろぺろ。
「お? お前が噛んだ所を手当てしてくれてるのか? ますます可愛いじゃねーか?
………………ん? 俺の手は、こんなに毛深かったかな?」
………………。
「なんだ!? 身体がおかしい!! どうなってる!!? うぐわああぁぁぁぁあああっ!!!」
動画B
「なあ、知ってるか?」
「なぁに、どうしたの?」
「いやな、最近の噂で動物に噛まれると、その噛んできた動物とそっくりな姿にさせられてしまうって奴」
「知ってるわ! もしその噛んでくる動物が可愛いコで、私がその姿になったら、アナタは飼ってくれるの?」
「もちろんだよ」
「うふふ♪ なら安心ね。 怖がるほどじゃないわね」
「そうだね! あははぁぁぁぁ!? 痛い! 足首が何かに噛まれた様に痛い!!」
「ねえ大丈夫!?」
「チクショウ! なんだってこんな時n…………は?」
「え? あらまぁ! 可愛いポメちゃんじゃない!」
…………。
「なぁ……さっきした話は、本当の話じゃないよな?」
「知らないわよ。 それより傷はどう、痛む?」
「ああ、そこは問題な……なななななななななななななな。
………………きゃん!」
「いやぁぁぁああ!!! バケモノよぉぉぉぉ!!!」
動画C
「総員!! このちんまいワン公どもに、これ以上の跳梁を許してはならん! 食い止めるぞ!!」
「どうやって止めろと言うんですか、隊長!!」
「銃でも打撃でも! とにかく遠隔操作ロボットや防衛機構を使い、息の根を止めてやれば良いんだよ!!」
「相手はふわもこな子犬です! この可愛い津波に、暴力は振るえませんっ!! もし振るったら、自分が許せなくなりますっ!!」
「いいからやるんだよ! やらないと、このコロニーが死滅する! 犬に噛まれたもの全てが犬へ変わるなんて、可愛いくも何ともないんだ! どう思おうが、やるしかないんだよ!」
「しかし我々には……っ!!」
「うるさい!!! マグカップ・ティーカップサイズの犬なら、どんな所にも潜めるんだ、この天井の通気ダクトのカバーが落ちて、そこから現れる可能性だってある。
そもそも相手は謎の感染症持ちなんだ! 可愛いからどうとか、そんな次元じゃないんだよ! 分かったか!?」
『はいっ!』
「よし、迎え撃て!!」
『サー、イエッサー!!』
ガコンッ。
『……え?』
以上の3つで、当時の混乱ぶりが察せることだろう。
結果としてコロニーは完全に閉鎖された。
この事件で猛威を振るったウィルスは“Pウィルス”と名付けられた。
そう。 あの開発中だったナノマシンである。
暴走の原因は開発室を完全に密閉しわすれた、とても良くある凡ミス。
まだ開発中で設定に漏れもあったのだろう。 犬にしか効かないはずのナノマシンが、人類にも効力を見せた。
そこから空気感染するようにコロニー内を飛び回り、感染。 ウィルスと相性の良すぎた者が発症。
人類の誰かにすり寄り、甘え、じゃれ付くように甘噛み。
そして子犬化した人類に噛まれた傷口からPウィルスが入り、発症して体の組織を全て変えて行く。
体組織が変わり脳までやられてしまえば、そこには立派な可愛い可愛いお犬様。
甘えたがりの遊びたがり。
こいつ(ら)が悪いと分かっていても、動画Cみたく手を下すには、あまりにも可愛いらしすぎる小さな犬。
人間の良心が、やめろと叫ぶ。
しかし同時に、やらねばと吼える。
その様子を、まんまるかつ円らなお目目でじっと見据え、舌をペロンと出して尻尾もぶんぶかさせてお座りしているワンコ。
時折「あそぼー!」と誘うかのように可愛く吠えて、うるうるお目目とぶんぶか尻尾。
油断して構い倒そうとすれば、ちっちゃな舌でペロペロされてから、噛まれてワンコの仲間入り。
油断せず構え警戒を続ければ、遊んでくれなくてシュンとするワンコを見続けねばならない。
もしくは「やった、遊んでくれるの!?」とばかりに、ワクワクしたやる気のお目目で、ワンコが可愛く飛びかかる構えを見せてくれるか。
ワンコ天国でありながら、ワンコ地獄でもある。
これが単なるゾンビウィルスであったなら、どれだけ心傷まず処理できたであろうか。
いや、ゾンビへと変わり果てた姿に涙は禁じ得ないが、せめて楽にしてやろうと銃の引き金へかける指はすぐ動いただろう。
しかし起きた事件はワンコなのだ。
ワンコ化ウィルスだったのだ。
手の平に乗るような、とてもとても愛らしいワンコ。
それの命を、どうして狩れようか。
やられて「キャイン!」と痛ましく鳴く様子を想像し、引き金へ指をかけられようか。
指を引き金に伸ばすより、ワンコの頭へ伸ばしたいと思って何が悪いのか。
思いっきりワサワサ撫で回して、もふもふし倒して、ワンコの香りを思いっきり吸い込んで堪能した方が幸せになれるのに。
ワンコ化させるPウィルスが悪いのだ!
ワンコ自身は悪くねぇ!!
そう、ワンコは悪くねぇっ! ワンコは悪くねぇんだっ!!
この事件は決して風化させることなく、ほのぼの映像だと和んでしまわず、後世に遺すべき悲劇だと言えよう。
ベタなゾンビウィルスを避けたら、なぜか「どうする○イフル」になった。
チワワからじーーーーっと見つめられたら、当方構い倒そうとしてチワワに逃げられる自信あり。
補足としてこのぶっ壊れたナノマシンPは、頭数調整機能も壊れてて、コロニー内はそりゃあもうワンコ天国となっとります。
しかしコロニー内の管理機能を維持する人間がいなくなりましたので、ワンコ天国でいられる期間は短いと思われます。
近い将来、間違いなく【チワワ級までしかいないトーキョージャ○グル】の地となるでしょう。
こう言った宇宙コロニーは、感染症が広まるのに適していますが、他のコロニーへ感染さないよう隔離しやすい(食い止めやすい)特徴もあります。
つまり対応が早ければ、感染症が一つのコロニーだけで済む。
大を生かす為に小を切り捨てる。 それがしやすいんですよね。
それは悪? いいえ。 悲しい事ですが、治す手段が無いならこれしか対処法が無いのです。
物語ではよく、正義の主人公達が治す手段を持っていたり、必死の看病で感染が止まったりしますが、そんなのを期待していては滅びます。
為政者なら切り捨てる決断せねばなりません。 それを悪とかふざけるな。 生き残った者から「人の心は無いのか!」とか責められても、やるしかないのです。
責めるなら、確実に、二次災害・三次災害が起きない完璧な作戦と、対処・治療手段の提示を。