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Michia⑤

ミシア編終わり。



「仕事中途半端になっちゃったなー・・・」


薬学室に戻ってくれたのは深夜の十一時だった。体感時間では一時間も経っていないくらいしか滞在していない気がしていたがあのような空間ならばこちらの現実世界とは時間の流れが違くてもおかしくないのだろう。

肩から腕を伝ってデスクに飛び乗ったマンドレイクはとっ散らかった書類の一枚一枚を引きずるようにして一か所に集めはじめた。


(もとい片付けている?)


「そうだね。あとは明日にしようか」


意思が伝わったのがうれしかったのかこくこくと勢いよく頷く。


「へぇ、中々仕事が早いじゃないか」


「うお!?」


「・・・別にそこまで驚くことでもないだろう」


突如現れた第三者に驚きの声を上げてしまった俺にミシアは細めた目で呆れたように俺を見た。


「君も今日は湯浴みしてきたらどうだ?動き回って疲れただろ」


ミシアは持っていたタオルを濡れた髪の上に被せる。


「うーん、言うほど疲れてないし昨日行ってきたからいいや。それで君は?湯浴みしたのになんでわざわざ薬学室に?忘れ物?」


宿舎にある浴場と研究所は徒歩で中々に距離がある。しかしそれは”魔力なし”である俺に限った話で魔法使いなら魔法で歩行距離の短縮も可能だからさほど時間はかからないのかもしれない。


「ここがボクの部屋だ」



「一応宿舎に部屋を所持してはいるけどね。行き来するのが面倒で夜は仮眠室で寝ている」


「それ怒られないの?」


「勿論。というよりは諦められている。ラウルだけは仮眠室を占領するなって何度も怒ってくるが」


「だろうね」


安易に想像ができる。


「じゃあ、このお香もミシアの趣味で?」


窓際に置かれた手のひらサイズの青と白の小さな香炉。年頃の女の子が好むようなデザインである。香りも女性の好む甘味のような香りだ。


ミシアは二段ベッドの一段目に腰掛けると、まさか、と答えた。


「カルタに頼んだものだ。薬草の匂いに慣れてしまうと不便だから。香炉は外部から購入したものだが香はカルタが調合したものだ。談話室にある香もな」


「香の調合を?すごいな・・・」


「化粧とか香とかは薬学室(ウチ)では彼女の専門分野だ。興味があるなら今度いろいろ聞かせてもらうといい。あとそこにある本は自由に閲覧していい」


ミシアが指さす先にある本棚。そこにびっしり詰められた本達。背表紙に書かれたタイトルを読む限り薬草や薬学、魔法といった分野の本であることはわかる。そこにある本から一冊タイトルを読まずに適当にとって開いてみる。


「確かに、薬学のことは知っておいた方がよさそうだよな・・・。__ん?」


その本は書かれている内容は薬学と魔法に関する論理のようなことで論文に近しく大人でも専門知識を持っている人間にしか理解できぬようなものでつらつらと暗号のようにひたすら文字が続いている。そこに注釈のように手書きで書かれているものがあった。幼さが残る少し不格好な字で。

ミシアは俺の手にある本をのぞき込むと思い出したように、


「ああ、懐かしいな。ボクが小さい頃に使っていたものだ」


そう言った。


「え!?これを!?」


(こんな難しい内容を!?)


「どうやらボクにはそういう小難しい専門知識の書の方が性に合っていたようでさ。家にこういう本しかなかったっていうのもあるが、絵本代わりによく読んだものだよ」


彼女は得意げにするでもなく言った。


「さすが最年少薬剤師・・・。家にってことは親が薬剤師だったってこと?」


「まあ、そんな感じだな」


俺から本を取り上げると本と本の隙間にはめ込んで戻した。


「へぇ、遺伝ってやつかな」


「・・・それはないな。絶対」


「え?」


「それこそ君の親は?魔力なしの大半の理由は遺伝だ。だとしたら君の親も魔力なしだったのではないか?」


「へぇ、そうなんだ。でもどうだろ、親のこと何にも知らないし・・・、赤子の時に捨てられたってことは遺伝じゃないんじゃないかな」


立っているのも疲れて俺は椅子を引いてそこに座った。ミシアもベッドに戻って座る。マンドレイクは長話に飽きたのかデスクの上でいつの間にか眠っていた。


薬学室には人はもう仮眠室にいるミシアと俺以外にはもう誰もいない。物音もせず時計の音が一定のリズムで刻んでいた。


「神からの祝福を与えられない異端児は育てられない、しかし殺すこともできない腐った親心、ってとこかね。親とは身勝手な生き物だな。快楽を求めて性行為をして勝手に生を与えて、大事にする者がいれば要らなくなったら人形のように捨てる奴もいる。・・・こっちは望んで生まれてきたわけじゃないのに」


ミシアの顔は悲哀、怒り、不快、どれにも例えられないような複雑な表情だった。

もしかして、彼女も親に__。


「少し、子守話をしようか」


そう切り出したミシア。


「あるところに一人の美しい娼婦がいた。その娼婦は生まれがよければ傾国の姫となっていたであろう美しさを持ち彼女の色を買う客は両手では数えきれないほどいた。そんなあるとき、娼婦は客との間に一人の子供を身籠った。望まぬ妊娠ではあったが彼女は子を産み、我が子を愛した。子供が三つになるとき娼婦に一つの身請け話が持ち上がった。貴族でも高位な男からの身請け。しかし男は娼婦の子供は要らないと言う。娼婦はどうしたと思う?」


「・・・・・・」


俺は答えられなかった。ミシアは答えは求めていなかったのかそのまま結末を話した。


「娼婦は可愛がっていた我が子を捨て、男の身請けを受けた。何故なら彼女は我が子を愛していたがそれよりも自分を愛していたから」


「・・・その娼婦の、子供って__」


「・・・()()は覚えている。『愛している』と言いながらもあっさりと捨てられた時の失望を。__そう深刻な顔はしないでくれよ、今は何とも思ってないから」


パッと小さな笑顔を咲かせる。


(望んでもないのに生まれてきたことに対する恨み、か)


「・・・俺も同じこと思ったことあるよ。なんなら、養父、養父(じいさん)に八つ当たりで言ったことある。『なんで親は(おれ)を産んだんだ』って『産まれたくなんてなかった』って」


「・・・それを聞いた養父はなんて?」


「『やかましい!』って言いながら頭を雑に撫でられたよ」


「撫で・・・?殴られたのではなく?」


笑いながら言う俺にミシアは疑問符を浮かべた。


「俺も殴られるかと思った。でも、あの血気盛んな養父(じいさん)が俺の頭を撫でながら言ったんだ。『望んで産まれてくる子供なんて存在するものか。だから親に産んでくれたことを感謝する必要はない。でも恨んでもいけない。産まれることは選べなくても今”生きる”という選択は自分の意志なんだから』って」


「綺麗事だな。人は生きたくて生きるんじゃない。死にたくないから結果生きるという行為を止めざるを得ないだけだ」


バッサリと切り捨てるミシア。彼女らしい、感情的ではなく理論的な考え方だ。


「はは、かもね。けどいいんだよ、それで」


ミシアの言う通り綺麗事かも知れないその言葉。不器用に俺の頭を片手で鷲掴みにして豪快に撫でる骨ばった手。それにきっと俺は救われていたのだと今なら思える。


「ふーん。ま、言いたいことは分かるけどね。ボクも別に産まれてきたことを後悔してるわけじゃないし。ボクは単に”子を裏切る親”という生物のその醜悪さに反吐が出る程嫌いなだけだし」


「君は考え方は俺には小難しいよ」


執務室の柱時計が零時を告げる鐘を鳴らす。いつの間にやら夜も更けてきたようだ。


「ああ、ほんとだ。喋りすぎてしまったね。君といるとよく口が回る。ほら、ブラウニーが掃除し始めるだろうしボクも着替えて寝るから」


そういいミシアはスカートのジッパーを下ろし始める。


「ちょっ、せめて俺が出てから服脱ぎ始めてください!!!!」


俺はすぐさまにマンドレイクを連れて部屋を飛び出た。


「も~~・・・」


ドア越しにミシアの小さな笑い声が聞こえてきた。こうして聞くと年相応の少女の笑い声だ。からかい方は少し容赦ないが。

いきなり掴んだのにもかかわらずマンドレイクは幸せそうに眠っている。一体どこから出ているのか分からない鼻提灯を顔にくっつけながら。呑気そうな寝顔を見たらどっと眠気が襲ってきた。


「・・・部屋に戻ろ」
















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