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また書きはじめました。宜しくお願いします。
昼間であるにも関わらず、全く陽の光が入ってこない森。
その森の中を、一人の少年がたどり着く先も分からずに、ただ生存本能のままに草木を掻き分けて走り続けていた。
彼の名は草薙康太。
まだ16歳の男子高校生であったが、昨日家に帰ってからの記憶が曖昧で、目が覚めると森の中でパジャマ姿で横たわっていたのであった。
そして彼を追う、異形な姿の人間―――――身体中を蛇柄の刺繍に侵され、焦点の合わない目をした男。
「何なんだよあいつは!ってかここは一体何処なんだよ!」
後ろを振り返り、異形の化け物との距離を確認しながら、誰に拾われるわけでもない叫びを放った。
その時、彼の見える世界は急降下し、体に鈍い痛みが走った。
後ろを気にしすぎるあまり、前に横たわっていた木の根に気づかず、それに引っ掛かって転んでしまったのだ。
その間に、今までは3メートルほど離れていた距離を一気に詰められてしまった。
「―――――ッ!」
振り返ると、もうすでに目の前には歯を震わせた化け物が目の前に迫っていた。
「おらぁッ!」
咄嗟に近くにあった太い木の棒を掴み、全力で化け物に向かって叩きつけた。
―――――しかし、化け物は少しのけぞっただけで、対して木の棒は、まるで固いものに叩きつけたかのように、乾いた音をたてながら折れてしまった。
だがそれでも、一瞬できた隙を見逃さず、康太は起き上がって再び駆け出した。
単純な足の早さならば彼の方が若干早く、また向こうの体勢が崩れていたこともあり、また3メートルほど距離を離すことができた。
そのまましばらくの間訳も分からぬままに逃走劇を続けていると、視界の先に謎の黒色の壁が見えてきた。
目測20メートル超のその壁は、巨大な円形となっており、まるでそこだけ森がくり抜かれたかのようであった。
そして、ちょうど康太の目の前には、恐らく壁の内側へと通じているのであろう木製の巨大な門があり、彼はそこをめがけて足を早めた。
彼は門に飛び付くようにぶつかると、そのまま門を叩き始めた。
「ここを開けてくれ!ばっ、化け物に追われてるんだ!早く!」
しかし、それに応える声はいつまでたっても聞こえず、ただ木製の門が虚しく叩かれて揺れるだけであった。
「クソッ!頼むから誰か答えてくれ!じゃないと―――――」
最後まで言い終わる前に、康太は物凄い力で投げ飛ばされ、壁へ叩きつけられた。
顔を上げると、先ほどの化け物が彼めがけ飛びかかってきていた。
咄嗟に顔を守るため左手を顔の前へ挙げた瞬間、化け物は腕へと喰らいつき、腕の肉の一部を引きちぎった。
「―――――ッ!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!痛てぇ!痛てぇよクソがッ!」
彼は、普通の男子高校生として16年間生きていれば決して味わうことはないような激痛を味わっていた。
もし、彼が喰い千切られた部位を見ていたら、さらなる恐怖が彼を襲ったのであろうが、そんなことよりも、目前に迫る生命の危機だけが、彼を突き動かし、目の前の化け物から目を離すことを許さなかった。
化け物は喰い千切った肉片を噛みしめることなくすぐに地面に吐き捨て、また康太に襲い掛かる機会をうかがっていた。
対して康太は、化け物を睨み付け続け、噛み千切られた傷口からは絶えず血が流れ続けていたが、それに比例して増加するアドレナリンの分泌が、彼の闘争本能に火をつけていた。
康太はいつ襲い掛かってくるか分からない化け物を睨み付けながら立ち上がると、一言、こう言い放った。
「……来いよ、ぶっ飛ばしてやる。」
まるでその声に応えるかのように化け物は雄叫びをあげると、一直線に康太の所へ突撃してきた。
それに対して、康太は待った。ただひたすらに一瞬のチャンスを待ち続けた。
そして、その瞬間は遂にやって来た。
「―――――オラァッ!」
化け物の顔が自分の顔の目の前まで迫ったその瞬間、その顔を横から殴り付けた。
突撃してきた化け物は、横から加えられた力により吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
殴り付けた右拳は、まるでコンクリートを殴ったかのような痛みが走ったが、それを気にかけることなく倒れている化け物へと追撃を加えた。
「オラァッ!どうだぁ!オラァッ!」
地面に倒れこんでいる化け物に、踏みつけ、蹴り飛ばして追撃を食らわせる。
その感触は、まるでコンクリートを蹴りつけているような感じであったが、もはや理性を失いかけている康太にとっては、そんなことは気にかけることすらしなかった。
―――――が、次の瞬間、今までされるがままにされていた化け物が、不意に康太の足を掴み、投げ飛ばした。
「―――――ガッ!」
投げ飛ばされた康太は、地面に血を吐き散らかしながら倒れこんだ。
化け物は、さっきまでの猛攻をものともしていないかのように立ち上がると、ゆっくりと康太の方へ向かってきた。
「あれを何とも感じてないって……マジモンの化け物かよ……」
康太は最早立ち上がることもなく、自らの死を確信したかのように吐き捨てた。
そして、化け物が康太を喰らわんばかりに口を開けた瞬間―――――
「―――――ッ!」
雷でも落ちたかのような巨大な銃声がし、その直後、化け物が康太の上に倒れこんできた。
倒れこんできた化け物の胸には、ぽっかりと空洞が出来ており、まるで糸が切れたかのように動かなくなっていた。
そして、ぼんやりとした康太の視界の中に、二人の黒いコートを着た人間が映っていた。
コートの中の性別は分からなかったが、二人はかなりの身長差があり、その身長が高い方は、銃身を切り詰めた大口径のボルトアクション式ライフルを構えていた。
「……………間に合ったか。」
「……あんた何者だ?」
安堵して銃を下ろした、声からして男であろう人物へと、康太は率直な疑問を投げ掛けた。
「ああ……そうだな、名乗らねばならんな。……私の名は……オーウェンだ。見ての通り、魔蟲狩りをしている者だ。」
「マムシ?……って何だそれ?」
「魔蟲を知らないのか?……ほら、そこに倒れているヤツがそうだ。」
「マムシ……この化け物がか?……まあたしかに身体中に蛇柄の刺青入れててマムシみたいだもんな。」
「マムシじゃない、魔蟲だ。そして、その蛇柄の模様は魔蟲に感染した者を示すモノだ。……私にもある。」
そう言うと男は被っていたフードを取った。
男は白髪混じりの髪を後ろで1つに纏めており、顔の堀は深く、そして―――――
「アイツと同じ……刺青……」
顔の半分があの化け物と同じく、蛇柄の刺青によって侵されていた。
「ああ、安心してくれ。私はそこのヤツとは違ってちゃんと意識を保っているか―――――」
「こっちに近づくな!」
「……だから大丈夫だと言っているだろう。そう怖がらないでほしいな。」
「そう言っておいて、いつそこのヤツみたくなるか分かんないんだろ!俺はそんなやつに近づくのは御免だ!」
「……そう露骨に嫌わなくても良いじゃないか。それに……自分がさっき噛み千切られた傷口を見てみろ。それを見てもまだ、同じことが言えるか?」
「何言ってんだ?俺は―――――」
そう言って傷口を見ると、傷口から青色の蛇が徐々に腕から肩へと進んできていた。
「なっ……何だよこれ!止まれよ!止まれっ!止まってくれ!」
「無駄だ。魔蟲の毒は腕を千切りでもしないかぎりその体を蝕み、三日とたたずに心臓以外の首より下の部位はその毒に侵される。対処法はない。」
腕をじわじわと上ってくる蛇を止めようと泣きそうになりながら必死に腕を叩いたり、血を止めようと腕を握り締めたりしている康太を見ながら、オーウェンは静かに言い放った。
しばらく蛇と格闘した康太は、もうそれが自分にはどうしようもないものだと理解すると、逆に冷静になった。
「おっさん、俺は……俺は一体どうしたらいいんだ?そもそもここはどこだ?魔蟲って何だ?……教えてくれよ。」
「……分かった。着いてこい。これからお前に全てを教えてやろう……この世界の全てを……な。」
オーウェンはそう言うと、康太を立ち上がらせて門へと向かい、それを押し開けて中へと入っていった。