35.旅の道中
屋敷を出発して早一週間。
道中に街があればそこの宿に泊まっていたが、基本は野宿だった。
と言ってもここは魔法がある世界なので地面に寝転んだりはしなくていい。
寝るときは風魔法を使い体を浮かせたり、結界を自身の周りに張って虫や魔物など近づけないようにすることだってできる。
虫は前世から苦手だったから本当にありがたい。
食事に関しても、私たちのいるところから少し西の方に行くと森がある。
そこには熊や鹿、イノシシといった動物がいるので食料調達には最適な場所なのだ。
狩った動物の血抜きはエミリーができるとのことだったので調理も含めて任せている。
エミリーは足を引っ張るからと鍛えていたと言うけれど、戦闘面は私たちよりは弱いものの、一般的には十分に強くギルドでのランクもAランク冒険者に上がったのだとか。
家事は私よりできてて、作る食事は料理人にも劣らないくらいおいしいのだ。
この時改めてエミリーは優秀だなと思ってしまった。
旅をしてまだ日が浅いが、屋敷に居たときには見られなかったものがたくさんあった。
太陽が完全に出ていない早朝に起きると、日の出の様子が見れるのだがそれがまた綺麗なのだ。
朱色よりの黄色に輝き、そこからグラデーションのように夜空だったところに綺麗な青空が溶け込む景色はどこか幻想的だった。
貴族令嬢として育ったので料理とは縁がない生活をしていたのだが、この旅でエミリーに習いながら少しずつ手伝っている。
貴族としての生活も悪くはなかった。
けれど前世で庶民として生きてきた私には今の旅の生活が気に入っていたりする。
「エミリー、これはもう入れていいのかしら?」
「もういいと思いますよ。旅を始めたときより少しですが上達してますね、お嬢様」
「呼び方がまた戻っているわ」
「あ……すみません。癖なもので」
街を歩いている少女がお嬢様などと呼ばれれば、必ず怪しまれてしまう。
今回は別にお忍びではないが、隣国であるマルクス王国の公爵令嬢がいるとなれば、色々と気を使われたり金品を狙ってくる者も出る。
それらを防ぐために、今の内からエミリーには『お嬢様』ではなく、『ティナ』と呼んでもらっている。
私は呼び捨てでも構わないと言ったのだが、さすがにそれはできないとのことで、ティナ様と呼ぶことで収まった。
私たちは明日国境を越えてようやくバルジーナ帝国に到着する。
そこから宿を確保し、街の様子を見るために回ったりする予定だ。
私は王国から一度も出たことがないため、他の国を見て回れると思うと楽しみで仕方がない。
そのまま寝ようと横になったのだが、明日のことを考えるとどうしても眠れなかった。
結局一睡もできなかった私はエミリーとリル達に心配され、レイには眠かったら寝てもいいということでお姫様抱っこされたのだ。
そんな状態で街中を歩けば、注目されるのは言うまでもない。




