29.我慢の限界
夏休みもあっという間に終わり、学園が始まってしまった。
ヘレン様たちがまた突っかかってくるかと思っていたが、突っかかってくるどころか会っても話しかけてこない。
静かでいいのだが、逆に怪しい。
────そんなことを考えてすでに一週間が経った。
今日の帰りは、街の喫茶店にミア様とレイの三人で寄ることにしたのだ。
歩いて行くため、馬車は喫茶店から帰宅するときに乗ると御者に伝えてある。
先程から気になっていたのだが、私たちの後をつけている存在が一つ増えた。
一つは少し前から私たちをつけていた者だが、特に何かしてきたわけではないので放置している。
問題はもう一つの方だ。
私たちが校門から出た時につけ始めた者達なのだが、何やら隙を窺っている感じがする。
レイもそれに気づいているらしく一応警戒している。
『狙いはティナみたいだよ〜』
「……だと思ったわ」
精霊にお願いして校門から出たときにつけ始めた人達のことを見てきてもらった。
わかったことは彼らの目的は私。
そして私たちが次の道の角を曲がったときに襲ってくるらしい。
おそらくお金で誰かに雇われているのだろう。
誰が雇っているか大体わかってはいるが、一応確認のために精霊たちをつけさせておく。
「覚……………うあぁぁぁーーーー!」
彼らが攻撃するために一歩踏み出した瞬間、私は周りの人たちに見つからないように風魔法を放った。
ミア様を巻き込みたくなかったのと、街中ということでこの方法が一番良かった。
魔法攻撃を受けた彼らは、予想外の攻撃に驚いたのか逃げて行った。
「ティナ様、今何か聞こえませんでしたか?」
「いえ、私には何も聞こえませんでしたわ! きっと気のせいです。そうですわよね? レイ」
私は顔を少し引きつりながらも答えた。
レイは急に話を振られて若干驚いていたが、慌てて私に同意するように何度も頷いた。
……人のことは言えないけどそんな態度だったら嘘だとバレてしまうわよ。
喫茶店で最初はヘレン様について話していたのだが、なぜか話が逸れて恋バナになってしまった。
ミア様にはまだ話していなかった私とレイとの出会いを詳しく聞かれ、レイが精霊王という部分は少し濁して話した。
話終わった頃、私は精神的に疲れていた。
私とレイのことはあまり人に話したりしているわけでもないから、意外な質問とかきて焦ったわ。
でもここまで恋バナに興味があるくらいなら……
「ミア様、もしかして好きな人います?」
「え!? そ、そんなことはまったくですわ!」
動揺しすぎて話している言葉が変になっているわ。
バレバレね……。
そういえば私の恋バナについては良く話すけど、ミア様のはあまり聞かないのよね。
「それでお相手はどの方ですの?」
「………伯爵家のエドガー・ヒャルム様で私の幼馴染なんですの」
ミア様は恥ずかしそうに俯き、相手の名前を言った。
可愛すぎる。
それに幼馴染というのは、少女漫画とかによくある展開じゃない!
そのあとはミア様の恋バナで盛り上がり、気づいたら帰宅しなければならない時間だったのでとりあえず 解散したが、今度時間があるときにもっと話を聞きたい。
私とレイは入学式以降、馬車に乗るときは隣に座っている。
逆に向かいに座っていると違和感があるくらいに慣れてしまった。
「レイ、ごめんなさい。私とミア様、さっき話しに夢中になりすぎてレイ空気みたいになっていたじゃない? 楽しくなかったわよね」
「いや、むしろ楽しかった。ティナの楽しそうな顔をずっと見ていたからな」
顔がだんだん熱くなっていくのを感じる。
こんなのずるい。
私ばかりレイの言っていることに恥ずかしくなったりしているのよ。
そんなことを考えていたため気づかなかった。
レイの顔が近づき、私の唇に温かくて柔らかい感触が落ちるまで──────
「…………んっ」
思わず目を見開いた。
いつもは頬とか額にキスしているのに………
すぐに私とレイの唇が離れた。
「……今まで我慢してきたけどそろそろ限界だ。最近は一段と可愛い反応するし……」
「レイ……」
レイはそう言いながら私の首に顔を埋めた。
愛おしそうに私を見つめてくるから心臓がバクバクする。
私は彼の背中に腕を回した。
レイはまた顔を近づけてきたので、私も目を閉じようとするのだが──────
「コホン! ゴホゴホッ! クリスティーナ様、レイヴン様屋敷に到着いたしました」
御者がわざとらしい咳払いで、到着したことを伝えてくれた。
私は驚いてレイから離れた。
絶対に聞こえていたわよね、恥ずかしいわ。
「………チッ、いいところで」
レイ、私も同じような気持ちだけど本人に聞こえるところで言ってはダメよ……。
先にレイが降りて私に手を差し伸べてくれた。
優しいわ、と思っていたのだが
「ティナ、続きはまた今度な」
「~~~っ!」
そんなことを耳元で囁かれた。
馬車の中でのことを思い出して一気に恥ずかしくなった。
屋敷の玄関にちょうどお父様がいたのだが、私たち(主に私)の様子を見て何かあったなという顔をしていた。
自分でわかっていなかっただけで、私って案外顔に出ているのかしら?
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『ティナ~、ただいま~』
「おかえりなさい。どうだった?」
私たちを襲おうとしてきた人たちについて行った精霊が戻ってきたのだ。
『えっとね、─────────だったよ~』
「えっ!? その人ならちゃんとしたプロを雇えるのに……」
精霊から聞いた雇い主は意外だった。
私の予想は半分当たって半分外れたというところだった。
それに今回私たちを襲おうとした人たちは明らかに素人だったのだ。
ただの気まぐれだったのか、それともあえて素人を選んだのか私にはわからなかった。




