26.課外授業
「ティナ、大丈夫か?」
「えぇ……」
レイは心配そうに声をかけてきた。
私たち新入生は夏休み前にある課外学習のため、山に来ていたのだ。
内容はただ班ごとに山を登るだけで、班員は事前に先生方が決めていた。
班員は当日発表されたのだが、私は本当についていない。
なぜなら──────
「皆さま、助けてくださりありがとうございます」
『いえ、これくらい平気です』
私の目の前にはヘレン様と彼女に手を差し伸べている四人の攻略対象の姿がある。
班は八人構成なので残りは私、レイ、ミア様となった。
他クラスとの交流を含めてこの班にしたのかもしれないが、私たち以外のメンバーは最悪だ。
……ヘレン様はいつ攻略対象の二人と仲良くなったのだろうと考えようとした矢先、前の方から怒鳴り声が聞こえた。
「クリスティーナ様! ヘレン嬢を睨むのはやめてください!」
「そうです! 彼女は、光の上位精霊と契約している方なのですよ!?」
攻略対象の二人、ハロルド・キートン様とテオ・ターナー様がヘレン様を後ろに庇うようにして言い放った。
私はヘレン様を見ただけなのに、なぜ勘違いするのだろう? そこまで目つきは悪くないと思うのだが……
けれど、その言葉で分かった。
おそらくだが、ハロルド様は殿下と同じように庇護欲が芽生えたのだろう。
テオ様は精霊を尊敬している。その上位精霊と契約しているヘレン様を大切にしなくては、とでも思っていそうだ。
「いい加減にしろ。今は課外授業中だ。そこの女にばかり構っていないで少しは山登りに集中したらどうだ?」
「「なんだとっ!」」
「……ハロルド様、テオ様落ち着いてください! いいのです! 私がすべて悪いのです……」
レイの言葉にハロルド様、テオ様が感情的になり今にもこちらに飛び掛かってきそうだった。
それをヘレン様は涙目になりながらも二人を止めた。
彼女が悲劇のヒロインを演じているようにしか見えず、私たちは冷めた目で見るしかなかった。
だがそんな彼女を攻略対象たちが必死に慰めていた。
「レイ、ミア様行きましょう。時間の無駄ですわ……」
「……そうですわね」
「あぁ。殿下、俺たちは先に行かせてもらうので頂上で待っています。五人で仲良く登ってきてください」
レイの敬語は少し似合っていなく、最後の方は強調するように言っていた。
精霊王ということを隠しているので一応殿下に敬語を使わなくてはならなかったのだが、私はそれを見て笑ってしまいそうになるのを堪えていた。
堪えるの必死で肩が震えていたため、ミア様に泣いていると誤解を与えてしまった。
「ティナ様、あんなの気にしなくていいですからね!」
「……っえぇ………ふふふっ」
「ティナ様?」
「ごめんなさい、ミア様。レイが敬語を使っているのを初めて見たのですが面白くて」
私は笑いすぎて涙目になっていた。
レイは「おい」と言いながらも私の涙を優しく拭ってくれた。
「ふふっ、お二人は本当に仲がよろしいですわね。まるで恋人同士ですわ」
「「……………」」
私たちは顔が一気に赤くなり黙り込んでしまった。
ミア様には私たちのことはまだ言っていなかったので彼女は知らなかったのだ。
「え? まさか……ティナ様、ちょっと来てくださいまし」
「あ、はい」
ミア様は私の手を引きレイがこちらの声が聞こえない程度に離れた。
そして小さな声で訪ねてきた。
「ティナ様は殿下と婚約していたのではないですか?」
「……はい?なぜ私が殿下と婚約していることになっていますの?」
ミア様から聞き捨てならない言葉が出てきた。
私が殿下と婚約? なぜ? 陛下はそんなこと言っていなかったわよ?
私の頭の中は疑問しか浮かんでこなかった。
「ティナ様は公式行事のときに殿下のパートナーとしていますよね? それで婚約しているのかと思ったのですが、違いますの?噂になっていますわ」
「違いますわ。陛下に公式行事の際にだけパートナーをするように言われているだけです」
私はミア様が聞いてきたことに対してすぐに即答した。
ミア様はそんな私の態度で納得したようだった。
婚約者だったらもう少し仲良く見せるものだが、私たちにはそれがなかったから少し違和感があったとか。
「ティナ、それはどういうことかな?」
後ろでいつもより低いレイの声がし、明らかに怒りが混じっている。
どうやら私たちの会話を聞いていたらしい。
ミア様は慌てた様子だったが、レイの怒りはどちらかというと噂に対してだから大丈夫だと伝えた。
「……ミア様が話された通りよ。これは(陛下と)話し合いが必要ね」
「そうだな、(陛下と)話し合いが必要だな」
**********
私たちは頂上で殿下たちを待つこと約一時間。
それはもう楽しそうに五人は歩いてきたが、私たちを見た瞬間先ほどまでの笑顔が嘘のように消えた。
……人のことは言えないけど、ちょっと失礼じゃないかしら? 人の顔を見るなり不機嫌そうにするのは。
そろそろ時間も押していたので、私は殿下たちに伝えるために近寄った。
「殿下、時間が押しているので三十分後に下山を開始したいと思いますのでよろしくお願いします。では」
「待て。ヘレン嬢がこんなに疲れているのが見えないのか?」
「ですから三十分後に、と申しているのです」
「お前たちは一時間以上も休んでいるではないか」
それは殿下たちがのんびり歩いてきたからでしょう?
私たちはそこまで離れていなかったはずなのに。
この五人と話すと毎回話が進まないうえに、言い合いになる。
「三十分で休憩は足りると思います。それに俺たちが一時間以上も休憩があったのは、殿下たちを待っていたからです。それにそんなに疲れているのならば、ヘレン嬢の回復魔法で体力を回復されればいいのです。上位精霊と契約していれば、それくらいはできるはずですよ」
レイにここまで言われてしまい、殿下は何も言い返すことができずにいた。
「では、行きますよ」
レイは殿下たちに一声かけて下山を開始した。
私とレイは殿下たちがこちらをすごく睨んでいることに気がついたが、何か言うとまた言い合いになってめんどくさいので黙って気づかないふりをしていた。
私たちは無事に下山することができ、課外授業は終わった。
……楽しかったけど、一気に疲れたわ。
~~~~~~~~~~~~~~~
私とレイは早いほうがいいと、陛下の執務室に転移した。
「っ! 普通に来てくれないか? 心臓に悪い」
「すみません陛下。でも私たち、お願いがあって来ましたの」
陛下は私の隣にいる不機嫌なレイを見て、顔を引きつらせていた。
「で、お願いとはなんだ?」
「はい、実は────」
私は陛下に伝えようとした瞬間、執務室の扉が勢いよく開いた。
そこにいたのは、アルフォード殿下だった。
タイミングが悪すぎる。
「父上! 言いたいことがありま……す。なぜお前らがここに!」
殿下は私たちがいることに気づき眉を顰めた。
「アルフォード、話は後で聞く。下がりなさい」
「ですがっ!」
「下がれ」
殿下は陛下に言われ、渋々といった感じで退出した。
「騒がしくてすまない」
「いえ、大丈夫です。それでお願いなのですが、来年からでもいいので学園である人と違うクラスに入れていただきたくお願いしに来ました」
「レイ殿……いや、君たちをそこまで怒らせた人は誰だ? 君たちが些細なことでこんなことを言うとは思えん」
「ヘレン様です」
私は笑顔で言ったのだが、陛下は次第に浮かない顔になっていた。
さすがに陛下もヘレン様の名前を知っていた。
「………原因は何だ」
陛下は説明を求めたので乙女ゲームに関すること以外丁寧に説明をした。
ちょうどいい機会だったため、私がミア様から聞いたことも話すとすぐにその噂は撤回させるとのことだったので、レイの機嫌がもとに戻った。
話を聞き終わった陛下は手を顔の前で組み、真剣な顔つきだった。
「話は分かった。来年はレイ殿とミア・ギャレット伯爵令嬢と共に、ヘレン嬢とは違うクラスにしよう。それにしてもヘレン嬢が国の重鎮たちの息子を、か……」
「ありがとうございます、陛下」
「………精霊王とSSランクの冒険者の怒りは買いたくないし、仕方があるまい」
何か聞こえた気がするが気のせいだな。
私たちは陛下の執務室を後にした。




