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記録4

「あら、そろそろお昼だし、良い香りが漂ってきますねー」

 そう言ってるのは山崎先生。このクラスの担任であり、今は専門の国語の授業中だ。

 20代中ほどだが、眼鏡をかけていて雰囲気も落ち着いている。控え目だが良い先生だと思う。

 暖かい教室は昼前にゆっくりとした時間が流れている。


「みんなももう少し授業頑張ってね」

 昼が近くなると食べ盛りの中学生は集中力も落ちる。だが先生の言葉で男子はまた黒板に集中する。単純なやつらだ。

 まぁ若くて可愛い先生なんてあまりいないから仕方ないかもしれない。


 まるで普通の学校の風景だが……。俺は振り返り教室の後ろに作られたそのスペースを見る。

 そこには普通じゃない学校の風景があった。良い香りの発生源はまさにこの場所だ。

 高めのコック帽を被ったおっさんが左右にちょこちょこ動きながら料理を作っている。

 

「花菱……」

「なに?須田君」

「置いてこいよ、あれ」

 誰に聞くでもなく、あれは花菱が持ってきたものだ。それだけは間違いない。

「あ、森口さん? だって三ツ星シェフだよ? 世界一の料理を作れるんだよ?」

 何も悪いことをしていないとでも思ってそう、いや思っているだろう屈託のない顔。

 というか俺は、どんなおっさんかは聞いてない。

 三ツ星だろうがなんだろうが、学校に森口さんなる部外者を持ってくるのは駄目だろう。

「教室の場所使っちゃ邪魔だろうが」

「大丈夫」

「大丈夫ってお前……」

「校長先生も教育委員会も市長も了解とってるから」

 グッと俺に向けて親指を立てて得意げな顔をする。もうこの街は花菱の掌中に堕ちているのか。いや、それは前から知ってはいたが、そろそろどうにかしなければこの街は危ない方向に進んでしまうんじゃないか。それが心配だ。

 レジスタンスだ。レジスタンスを結成するしかない。この平和な街を花菱の手から奪い返すんだ。

 金持ちのいいようにされていたらどうなるかわからない。

 立ち上がれ市民! 立ち上がれ俺!


 ……武器の入手方法や仲間集めを俺が考えていることなど想像もしてないだろう、のんきな顔をして花菱が後ろに合図を送った。


「なんでございましょうか、お嬢様」

 くわっ! と目を見開いたおっさんが席までやってくる。

 手にはまだピチピチ動くエビを持ったままだ。置いて来いよ三ツ星シェフ。

「あのね、須田君にも森口さんの料理を食べてもらいたいの」

 そう言うと森口さんが俺の方に向き直った。

「私の料理を食べていただけるんですか!?」くわっ! と見開いた目が俺を睨む。怖い。

「いや、俺は……」

「遠慮しないでいいよ。森口さんお願い」

「かしこまりました!」くわっ。

 森口さんはその表情のまま厨房に戻っていく。


 そして授業が終わるとすぐ、俺の席まで料理が届けられた。

 シンプルなスープだ。まずはこれからなんだろうか。正直ちゃんとしたコース料理なんて食べたことがないからわからない。

「これが世界一の……ぶっ」

 俺が口を付けると、目の前に怖い顔がぬっと現れた。どこから沸いてきた三ツ星シェフ森口。

「いえ、これは世界一ではありません」

「そ……そうなんですか」

「これは世界五のスープです」

 少しドヤ顔になった。意味がわからないがその顔が腹が立つ。

「次はこれをどうぞ」

 小さなお皿に盛られた野菜と魚のようなもの。前菜というものだろうか。

 一口食べる。

「これも美味しいですね。世界七……くらいですか?」

 さっきの顔が腹が立ったので、でたらめだが言ってみる。

「ほう……。すみませんが、これは自信作で世界三のものになり……ブハッ!」

 得意げに説明しようとした森口さんが横に弾き飛んだ。


 でかいハンマーを持った花菱が珍しく怒った顔で立っていた。

「森口さん! 一般の人には料理マウント取らないでっていってるでしょ!」

「す……すみません、つい」

「あなたの腕は私が十分わかってますから! 早くランチを私にも出してくれます?」

 森口さんが頭を深く下げ厨房に戻っていく。

 なんだか悪いことをしたような気がしたが、どっちかというとハンマーで吹き飛ばす方がひどいと思う。しかしあのおっさんもなかなか丈夫だ。普通ならどっか折れてるぞ。

「すみません、須田君……。森口さんは裏バトルロイヤル料理出身なので、結構血の気が多くて……」

 なるほど。俺の知らない世界は広い。知りたくもないが。

 しかし花菱家は意外と雇っている人に厳しいのだな、と思った。やはり金持ちなだけある。


「お嬢様、こちらを」

 俺たちが話していると、森口さんが花菱に料理を持ってきた。さっきの俺のとは違うスープだ。

 森口さんはさっきと変わって大人しく……いや、なんだか様子がおかしい。

 口をつけて、花菱の目がきっ、ときつくなった。

「森口……どういうことですか? これは世界十五のスープですね」

 森口さんが不敵な笑みを浮かべたかと思うと、その体がボコボコ膨らむ。筋肉が盛り上がり、身長もあっという間に二倍ほどになった。

「──お嬢様、さすがです。確かにそれは世界十五のスープ。いつもならあなたに出せるものではありません」

 そして手に持ったエビを二つにちぎった。

「ですが、私にもプライドがある! どこぞの馬の骨に料理を出したくはない! あなたが私に命令するに足る人物か、久方ぶりに挑戦させていただく!」

 エビが空中に舞って花菱のスープに落ちた。

「こ……これは!」

 花菱がエビの入ったスープを食べて驚いた顔をする。

「これは、世界二ですね……。この短時間で料理レベルを上げるとは、また腕を上げましたね森口」

 しかし、と花菱が立ち上がる。

「その挑戦はうけましょう。そしてすぐにも須田君を馬の骨と言うのは撤回してもらいます。彼が馬の骨なら私も馬の骨ですし、それならあなたは鳥ガラスープの素だというのを教えてあげます!」

 花菱の指が森口さんをピシリと差した。

 森口さんもひるまない。

「この勝負で私が負ければいくらでも撤回しましょう!ですがお嬢様。次の料理はどうですかな!?」

 二人の間に燃える炎が見えた。

 熱いプライドのぶつかり合いだ。


 ……うん。正直さっぱりわけがわからない。というか俺は馬の骨でいいし。料理詳しくないし。


 だが二人の勝負は次の授業が始まるまで続いた。帰れよ。


「お嬢様! この料理は世界何位かおわかりですか!!」

「世界八!」

「さすがです! ではこれはどうですか! 今まで食べたことないものですぞ!」

「世界十三!」

「ぬうぅ……ではこれは! これは日本でも珍しい食材をふんだんに使った、滅多にできないもの私の渾身の……!」

「世界四!」


 帰れよ。


「ではこれが私の料理人格闘家人生をかけた一品! 間違いなく世界一の料理! あなたはこれをどう評価しますかあぁ!!」


「森口……これはあなたが今まで出したなかで最高の料理です」

 花菱が一口食べて小さく笑みを浮かべる。森口さんが勝った、という顔をした。

 しかし、花菱が小さな容器を取り出した。

「ですが、これでどうでしょう」

 パラパラとその容器から何かを料理に振りかける。それを今度は森口さんが食べた。


「こ……これは……! あ……あぁ……」

 森口さんが床に崩れ落ちた。

 ついに勝負が決した瞬間だった。


 最後に世界一の料理を出した森口さんは、それに塩を一つまみ入れたことで次のステージに引き上げた花菱によって敗北した。

 落胆した彼は「腕を磨きます……」と残して学校を出て行ったのだった。


 やっと帰ったよ……。

 なんだったんだほんとに。

 というか昼飯ほとんど食ってないんだけど俺。


 嵐のような時間が過ぎたあと、教室の後の厨房は綺麗に片付けられていた。それについてはさすが三ツ星シェフだな、と感心した。


 うん。もしレジスタンスを作るなら、森口さんは候補に入れておこう。料理はよくわからないがあの戦力は欲しい。


 

 次の日、お昼に花菱は普通に購買でパンを買っていた。俺も丁度同じパンを買って食べ始めるところだ。

「なあ、世界一の料理食べたあとにそのパンとか食って美味しいか?」

 少し皮肉っぽく言ってみる。

「美味しいですよ」

 花菱は笑顔だ。

「それに、須田君と一緒のところで食べられるなら、なんでも世界一ですから!」

 そう言って本当に美味しそうに食べた。




──あれ? これもしかして花菱の作戦なんじゃね。

 大急ぎでパンを口に詰める。

 いや、悪いが俺はこんなことで堕ちたりしない。

 悪いが花菱は危険だ。危険すぎる。


 危険すぎる。とパンをお茶で流しこんだ。……世界三四九七くらいの味がした。

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