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記録3

「須田君。球技って好き?」

 花菱ユリが俺の顔を覗き込む。

 近い。近いが目は逸らさない。これで逸らしたら、それは俺が負けたことに……なるような気がする。

 花菱の顔を凝視したまま返事をする。相変わらず花菱は顔は良い。目は大きいしパーツは整っているし、少し茶色がかった長い黒髪も綺麗だ。好きになる男が多いのもわかる。

 しかしこいつは花菱ユリだ。返答には気を付けなければならない。

「まあ、嫌いじゃない。くらいかな」

 昔、小学校の時だが、野球チームに入ってたことがある。打って守って大活躍、だったわけじゃない。そうなら俺はもう少し性格も違うくなっていただろう。

 ただ平凡にボールを追いかけていた。でもそれはそれで充分楽しかった。

 他にもサッカーやバスケも見るのは面白いと思うし、テニスや卓球も観戦するとなかなか熱くなってくる。


「私と、球技しない?」

「嫌だ」

 球技については嫌いなことはないが、悪いが即答させてもらう。クラスメートに対して冷たいんじゃないかと言う人もいるかもしれない。

 でも相手が相手だ。やるなんて言ったらなにが始まるかわからない。


「一緒にやると、距離が近づくんだって」

 俺が嫌だと言ったのは聞こえなかったかのように、花菱は昨日のテレビでやっていたスポーツ物の話を始めた。

「真剣にボールを追いかけるパートナーとか、いいよね! ねっ!」

 両手を広げてから上に伸ばす。バレーボールの真似だろうか。軽くジャンプすると大きい胸が揺れた。バレーボールもいいなとちょっと思う。

 しかしなんだか表情がキラキラしている。これはだいぶ毒されているようだ。俺にとっても危険な水準だと判断しよう。


 面倒なことになりそうだし、早いとこ違う話をして逸らすしかない。

「花菱……、球技もいいが、俺たちは受験生だ。お前はそりゃ高校だってどこでも行けるだろうが、俺は勉強で球技なんてしてる余裕はないんだ」

「そっか……」

 よし、この作戦は当たりだ。勉強のことを言えば反論できなくなるのは学生の悲しい習性だ。それは花菱といえど変わりない。

 しかし、すぐに花菱は表情を変えた。

「大丈夫! 私が須田君の家庭教師になるから! 私教えるの上手いし! というか免許持ってるし」

 失敗した。そう来られたらこのルートは自爆だ。しかも学校で教えるだけでなく、こいつ俺の家に来るつもりだ。ずうずうしい。ずうずうしいぞ花菱ユリ。

 免許の件は置いておこう。もしかすると教員免許なのかもしれないが、中学生が取るのは無理だ。でもたぶんそうなんだろう。

 金持ちはルールに縛られない。


「花菱……、でも勉強の合間に少しだけなら運動しても悪くはないかもしれんと思ってきた」

 軌道修正。俺はできるだけ花菱と接触せずにここを乗り切る。

 

「じゃあ、球技始めましょう!」

「おう。だが、種目は俺が決めてもらっていいか?」

「わかりました! よろしくお願いします!」

 びしっと花菱が敬礼の形に頭の前に手をやった。ちなみに駄洒落じゃない。


 頭の中の錆びついたコンピュータをフル稼働させて、あらゆる球技をリストアップする。野球……他の人を巻き込みたくない、ダメ。サッカー……時間がかかるしダメ。テニス……花菱はダブルスを組みたがるだろう。シングル対戦ならそれはそれでなんか仲良さそうに見える気がする。ダメか。あとは……。


「そうだな……、それじゃボウリングなんてどうだ?」

 思いつきだが俺としてはなかなか良い案だ。必要以上に協力することはないし、長時間やることもないだろう。うん、これはいい。

「ボウリングですか。わかりました!」

 そう言うと花菱が電話をし出した。一言二言話してすぐに切る。

「大丈夫ですって。それじゃ行きましょう!」

「行きましょうって花菱、今からボウリング場はまだ開いてな……」

 俺が言い終わる前に手を掴まれて体育館に連れていかれる。

 体育館に着くと、既にそこはボウリング場になっていた。

「なんだこれ……」

 あっけにとられてもう一度入口を確かめる。するとやはりここは体育館だ。ただ一歩入るとそこにはレーンが並び、ご丁寧に靴やボールやスコアを映し出すモニターまである。

「須田君が何をしたいか予想して色々準備してました! 当たり!」

 花菱が得意げに腕を組んだ。

 そして窓際に走っていくと外を指差す。

「ちなみにテニス場と水球用プールとビリヤード場は今作ってるところです! 一番最初にここができててよかったです!」

 外を見ると大きな重機が所狭しと動いていた。

 テニスは考えたが、まさか水球やビリヤードも俺が提案すると思ってたのか。それはねぇよ。

 それにしても金持ち万能論。仕事も早い。

 だが俺はそんなんに付き合っていられない。早いとこボウリングをして教室に戻ろう。


「それじゃ花菱、一ゲームだけな」

 そう言ってボールを取る。

「はい! 頑張りましょう」

 ボールを入念に選び、レーンに立って体の動きを確認する。

 悪いがボウリングはそれなりに得意だ。俺も自分が不得意なものをあえて提案したりはしない。花菱も普通にこなすだろうが、ここで勝って俺があいつの上位に立つ。

 しかし何か違和感があった。位置について俺が見る先、これからピンが並べられる場所が普通のよりだいぶ広い。なんだこれ。

『それじゃ、ピン準備しまーす』

 アナウンスが響く。花菱の声だ。

 ガコンガコンと機械が動き、ピンが下から上がってきた。なんだあれ。

 ピンの中に一つ巨大なピンがある。人くらいの大きさはあるだろうか。

 ぱこん、とピンの真ん中が開いて何かが顔を出した。

「須田君! 私を倒せますか!? いえ、倒してください! さぁ!」

 その巨大なピンの真ん中から顔を出していたのは花菱だった。

「倒し倒されるのも球技の醍醐味です! 私は須田君になら倒されても……!ッヴ!」

 俺が思い切り振りかぶって投げたボールが花菱にクリティカルヒット。そのまま周りのピンと共に奥に吹き飛んだ。ストライク!


 予想外だったが、何をするのもまずは先手必勝。相手が動く前にやるのが一番いい。

 ピンが片付けられていくのを眺める。一投だけだが、ラスボスを倒した達成感を感じた。


「花菱……お前はなかなか強敵だったよ。これで俺の勝ちでいいな」


 帰ろうとすると、またガコンガコンと何かが動いた音がする。

 ボールが戻ってきたのか、と思ったがボールは既に戻っている。


 ガコンッ!

 突然床が四角く開き、そしてそこから……花菱が出てきた。


「須田君、ストライクおめでとうございます! 完敗です。次はこれを着て私の球を受け……」


 何かボウリングのピンのようなよくわからないものが色々言っているが、俺の幻覚だろう。

 早足で体育館を出ようとすると、後ろからゴロゴロと地鳴りが響いた。

「すだだだくんんんん、まだだだしょうぶぶぶはこれからららでで」


 巨大なピンが回転しながら俺に迫ってきていた。

 全速力で入口まで戻り、思い切り閉める。

 ドオン! と衝撃が伝わったあと、静かになった。

「ふぅ……」

 グッバイ花菱。

 

 体育館を出ると既に他の工事は終わっていた。テニスを楽しむ生徒も見える。

 あいつのやることはおかしいが、学校に施設が増えるのならそれは生徒にとってはありがたいことだ。


 次はテニスをやってみるのもいいかもしれない。もちろん、花菱以外とだが。

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