記録2
「おはよう!」
いつも通りに隣から元気のいい声をかけられる。
「お……はよう」
とりあえず挨拶くらいは返す。俺の日常だ。
そしてここからが非日常の始まりだ。いや、毎日非日常なら非日常が日常になるから、何もないのが非日常なのかもしれない。
まあそれはどうでもいいとして、花菱ユリは非日常かはさておき、非常識だ。それだけは確かだろう。
挨拶を返すため隣に向いた俺の前に、スーパーマンがいた。スーパーマンの格好をした花菱ユリがいた。
正確には女だからスーパーウーマンなんだろう。どうでもいいけど。
「今日もいい天気だな」
あえてこれは話題にしない方がいい気がして、咄嗟に天気の話を振る。
「どう、これ。似合う?」
無理だった。やはりそれは避けては通れないようだ。
「花菱、一つ聞いていいか?」
「なに? なんでも聞いてよ!」
「俺、スーパーマンが好きとか言ったっけ?」
「言ってないよ。なにそれおかしな須田君」
くすくす笑うが、お前自分の格好わかってるのか、おかしな花菱ちゃん。
とりあえずそういうことならこのスーパーマンは俺の関係することじゃないだろう。だとすれば俺が何か言うこともないし、無視するに限る。
しかし花菱は聞いていないのに、はぁ、と溜息をついてから話し始めた。いや、別にいいです。本当に。
「実はね、昨日車にひかれちゃって……」
「……は?」
「私も悪かったんだけどね。トラックからバーン! って。もう制服駄目になっちゃってさー」
「お……おう」
「でね! 制服の代わりも必要だったし、ついでにスーパーマンになれば車にひかれても大丈夫だな、って!」
うーむ。これはどうすればいいんだ。
すげぇな。金持ちはスーパーマンにも成れるんだ。くらいにしとくべきか。
俺が考えていると、花菱が鉄パイプをカバンから取り出した。
「ほら、これ見ててね。……えいっ」
ぐにゃ、と音が聞こえるくらいの角度で鉄パイプが曲げられた。
かわいそうに。お前は何も悪いことをしてないのに。
「花菱、凄いのはわかったけれど、鉄パイプだって懸命に生きてるんだぞ。曲げたらかわいそうだろ……」
圧倒的な暴力に対抗するには倫理的な方から攻めるのがいいと俺は判断する。花菱が俺に危害を加えることはないだろうが、立場は上にしておかないと怖い。
「あ……。ごめん須田君。私、鉄パイプさんのこと考えてなかった……!」
うん。素直だ花菱。お前は素直なところはいい所だとおも……。
ぐにゃ、と真っすぐ直した。すげぇよ。どこ曲げたかわかんねぇくらいだよ。死んだのも気づかないぐらいで俺も曲げられそうだよ。
「これでいいよね!」
「おう。いい。花菱は良い子だ」
立場を上にとか姑息なことを考えるのはやめよう。話せばわかる相手だ。作戦を変更する。
自分の席に座って考える。これから先、花菱がこのままだとヤバい……。
と、突然何かが肩の上に乗っかってきた。
「え……!?」
体が机の上に押し付けられる。と、すぐに机も壊れ、俺は床の上に這うような形で倒れた。
「須田君! ごめんなさい! 私そんなつもりじゃ……!」
首を後ろに向けると泣きそうな顔の花菱がいた。
「私ただ、肩をこうトントンって……」
そう言って人差し指を軽く曲げてみせる。
なるほど、俺は肩をトントン、と杭打機並みの力でやられたわけか。よく生きてたよ。
「花菱……超人的な力っていうのは良い点もあるが、その分周りからお前を遠ざける……それだけは覚えておけ」
俺は最初からお前を遠ざけてるけどな。
「わかった。須田君……、私、この力やっぱりいらない! 車にひかれても我慢する!」
うん。素直な良い子だ。我慢するのは俺には無理だが、花菱には可能なんだろう。それより肩が痛い。
「ちょっと家に行って着替えてくるね! 先生には遅れてくるって言っておいて」
そう言うと花菱は走って教室を出ていった。
おう。と手を上げようとしたが、肩が上がらなかった。痛い。
顔だけ教室の入り口に向けたら、今出て行った花菱がまた入ってきた。
俺の近くにきて、恥ずかしそうに顔を赤くする。
「あのね、普通の女の子になっても変わらず好きでいてね」
よくある映画のラストシーンだ。力を捨てるにはそれなりの演出も欲しいのだろう。わかった協力してやる。
俺はなんとか腕を動かし、親指をぐっと立てる。
それを見て、花菱は満足したのか、また教室を出ていった。
あぁ、大丈夫だ。スーパーマンの力を無くしてもお前は普通じゃないし。
何より俺は花菱ユリが好きじゃない。