記録1
ざっくり状況がわかりやすいように説明させていただこう。
俺の名前は須田慎太郎。普通の中学三年生だ。
よくある普通の〜とか言って全然普通じゃない奴らと違って、間違いなく本当に普通だ。
運動平均勉強それなり、性格は明るくも暗くもなく友達も多くも少なくもない。
特殊能力は無いし、好きなものは漫画とゲーム。
女の子も好きだが彼女はいない。作る気もあまりない。
そんな俺だが、今とても困っている。
その原因が隣の席の花菱ユリだ。
何故か最近俺を気に入りアピールが激しい。
普通なら喜ぶところだが、こいつは悪いが普通じゃない。
どれくらい普通じゃないというと、まず家が超金持ちだ。金持ちなんてもんじゃない。たぶん小さな国を買えるくらいは持ってる。
そして運動神経が抜群に良い。様々な種目の校内記録どころか県内、いや日本記録も塗り替えているらしい。詳しくはあまり知らないが毎週表彰されてるからなんとなく知ってる。
その割に勉強もできる。高校は推薦でどこにでも行けるそうだし、その気になれば大学にも飛び級できるという話を聞いた。
あとおっぱいが大きい。この点については俺は普通じゃないことを評価している。この点についてだけは。
そして何より可愛い。
これだけならば悪いところが何もない完璧人間に見えるだろう。確かに校内での扱いはもう神様レベルだ。廊下を歩けばモーゼのように人が避け、先生ですら敬語で話す。
逆に言うなら俺だけが彼女を人間として見ている。あえて言おう。みんな騙されてるが、あいつはやばい。根本的にやばい。
重ねて言おう。
やばいんだ。全てが。
花菱ユリは性格がぶっ飛んでいる。
「須田君! おはよう!」
朝登校して自分の席に着いた時から、俺は隣だけは見ないようにしている。見てはいけないものがそこにあるのを知っているから。
「おはよう!!」
でも挨拶は返さないといけない。何故なら俺は普通の中学三年生だから、クラスメートに挨拶されたら返さなければならない。
「おう、おはよ……」
やはりそっちは見なければよかった。
隣の席の花菱ユリは何も纏わず、下着すら付けず席に座ってこっちを見ていた。
いやおかしいだろ、いくら花菱でもそれはおかしいだろ。ていうかなんで誰も何も言わないの? もしかして俺の見間違……いやいやマジでなんも着てないんですけど。それでなんか着てるような顔してこっち見てるんですけど。
「花菱……、なんで服、……着てないんだ?」
「あ、これね!」
まさか俺変なこと言ってたりしないよな、俺の頭おかしくなってたりしないよな。
「須田君が女の子の裸好きだって聞いたから、イメチェンしてみました!」
良かった。俺の頭は普通だった。本当に良かった。
問題は花菱だけだ。どうすんのこれ。俺にどうさせたいの。
「イメチェンかー、わりかし似合ってるよ」
「ありがとー! 結構悩んだけど良かった」
いやいや、とりあえず似合ってるとか言っちゃったけど似合ってるとか似合ってないの話じゃないし、話どころか紐一本すらないし。
それに結構悩んだとかいって、それ普通の人なら人生かけてする悩みレベルだから。花菱よ。
少し考える。何かこの原因があるはずだ。
そこで昨日クラスの悪友鈴木と話していたことを思い出した。
須田ー、これの中のどれがいい?
おーグラビアか。俺はこれだけど、できれば何も着てないのがいいわー
お前そんなん学校持ってこれるわけないだろ
だよなー
……。
花菱はそれを聞いていたと。謎は全て解けた。
大きな謎は残るが、とりあえず小さな謎が解けただけでもいいとしよう。いいとしよう。
「花菱……、なんで皆何も言わないんだろうな?」
おそるおそる聞いてみる。
「あ、それはね! 皆私が普通に服着てるように暗示かけてるから!」
えっへん、と胸を反らす。反らすな。見てしまうだろが。
金持ち万能論。金持ちは金の力で大体のことは可能にしてしまう論。
よしわかった、俺はそれに納得しよう。だが花菱、一つだけ言わせてくれ。
「俺だけが裸に見えるという暗示で良かったんじゃないか?」
花菱が呆気にとられた顔で俺を見る。
「須田君…頭良い…」
そうか。花菱に言われるなら俺も大学に行けるレベルだ。
結局放課後まで花菱はそのままだった。俺はずっと危険な時間を過ごすことになった。
「それじゃ、また明日、須田君!」
花菱が手を振る。
「それじゃな、花菱」
見ないように手を上げる。
「俺は制服も似合ってると思うぞ」
サービスだ。というより明日も同じなら俺が保たない。
花菱がイタズラっぽく笑う。
「ありがと。ところで実はもう須田君にしか裸に見えないような暗示になってるんだよね」
「え……それ、いつから……」
俺がそっちを向くと、もう花菱は遠くにいた。足速すぎるだろ。100メートル何秒だよ。
「さて、いつからでしょーう」
言うが早いかもう花菱の姿は見えなくなっていた。
もしかして朝からあいつは服を着ていたのかもしれない。
と見せかけて服を今も着ていないのかもしれない。
これが花菱ユリだ。普通じゃない。
だから、俺の出した答えは一つだ。
あいつにはできるだけ関わらない。
これはそんな俺と花菱の毎日の記録だ