98話.森の番人達の日常と帰路での出来事(3)
国境の精霊の森では、不法侵入する冒険者が絶えません。
さらに湖では、囮になった水龍の母親を助けるため、カル達が向かいます。
国境の精霊の森に潜伏スキルを使って潜んでいる冒険者がいた。
他の冒険者の様に目立つ行動はせず、周囲を警戒しつつゆっくりと氷の塔へと近づく冒険者。
霧が濃くなろうとも気温が下がろうとも静かに潜み周囲の警戒を怠らない。
そんな冒険者の前に黄色い果実が置かれていた。
周囲を見回しても誰かいる訳ではない。そんな気配もしないし探知魔法にも反応はない。
だが、目の前には黄色い果実が置いてある。しかも美味そうな匂いが鼻腔をくすぐる。
潜伏中は、匂いのする食べ物はとらない。食べるのは、無味無臭のものと少しの水を口に含む程度である。
そんな冒険者の前には、やはりというか何度見ても美味そうな黄色い果実があるのだ。
思わず手に取り匂いを嗅いでみる。ますます美味そうな匂いが鼻腔をくすぐる。
さすがにこの状況では我慢ができなくなった冒険者は、おもわずその黄色い果実を口に含んでしまう。
”美味い。実に美味い果実だ。程よい甘さがあり、それでいてさっぱりとしていて少しだけ酸味もある。今までこんな果実を食べたことがない。”
そう思うと次々とその黄色い果実を口に頬張り始める。
ふと、自身のすぐ側に何かの気配を感じた冒険者は、ゆっくりと気配のする方へと首を動かす。
そこには、さっきまで冒険者が口に含んでいた同じ黄色い果実にかぶりつく小さな妖精?の姿があった。
ここは精霊の森だ。妖精のひとつやふたつくらいいるだろう。冒険者は以外と冷静であった。
だが、考えて欲しい。さっきまで見えなかった妖精が今は見える。つまり黄色いラピリアの実を冒険者の前に持って来たのは誰なのか。
そう妖精である。妖精は、この森に侵入した冒険者を全て把握していた。だから、わざと冒険者の前にラピリアの実を置いて食べてくれる様に促したのだ。
そして黄色いラピリアの実を食べたら最後、妖精が見えてしまうのだ。そして妖精から逃れられなくなる。
妖精は、冒険者の隣りで黄色いラピリアの実を頬張る。だが、その口角は冒険者から見えない片方だけ上がりいたずらをする子供の様な顔つきをしていた。
妖精は、手に小さく切った何やら芋の様なものを持っていた。妖精は、この芋を食べても腹を壊したりしない。だが、冒険者は違う。この生の芋の汁をほんの少しでも口に含んだら最後、腹痛と便意を催してまるで極楽にいる様な痛みを体験することになる。
冒険者のすぐ横で可愛い顔をして黄色い果実を食べている妖精は、冒険者の目の前に置いた黄色い果実の表面に芋の汁をそっとかけておいたのだ。
冒険者が黄色い果実を感触したのを確認した妖精は、冒険者から見えない方の口角をさらに持ち上げるのであった。
いたずら好きの妖精が最大級のいたずらを仕掛けた瞬間である。それも最大級に質の悪いいたずらだ。
いくばくかの時が流れた時、冒険者の腹に異変が起こる。そう腹がゴロゴロと鳴りだしたのだ。
さっきまで何とも無かったはずの腹が急に暴れ出す。これはまずい。潜伏中の腹痛は致命傷である。
何とかして・・・ところが腹の腹痛が酷くなる一方である。
こんな事など今までになかった。もしやさっき食べた果実が悪いのか。だが、横で同じ果実を食べている妖精は何ともない。
腹の痛みに耐える冒険者。だがもう限界に達しようとした時、その冒険者の前にまた何かが姿を現した。
冒険者は、ゆっくりと首をもたげて目の前の何かに目線を向ける。そこには、先ほど食べた黄色い果実を沢山成らせた木が立っていた。
冒険者は、痛い腹をさすりながら疑問に思った。さっきまで目の前にこんな木などなかったはず。
すると黄色い実を成らせた木は、ゆっくりと動き出し枝のひとつで冒険者の服を引っ張り持ち上げてしまう。
冒険者は、理解した。
「つまりそういう事か。あの黄色い実が目の前に置かれた時には、あの妖精とこのトレントに見つかっていたのか。とんだ茶番だな」
その時、冒険者は顔に冷や汗を浮かべながら我慢できずにトレントと妖精にお願いをする。
「悪い。もう限界だ。逃げないから用を・・・用を足させてくれ」
それを理解したのかトレントは、摘み上げた冒険者を木の陰に置くとわざと見えない位置へと移動を始めた。
精霊の森の濃い霧の中で腹を下して用を足す冒険者。周囲には、得も言われぬ匂いが立ち込め、潜伏スキルも何もあったものでない。思わず妖精も鼻をつまむほどの酷い匂いであった。
その頃、氷の塔の上では・・・。
仲が良くないはずの森の守護妖精と氷龍が違いに寄り添う様に座っていた。
「守護妖精よ。なぜお前は、わしの体に寄り添うのだ」
「いいじゃない。だってあなたの体って冷たくて気持ちいいんだもの」
「わしの体は、氷ではないぞ」
「そんなに違いはないわよ」
「ねえ。そこに置いてある樽のお酒。私にも少し飲ませてよ」
「これはダメだ。この酒は、わしの鱗と交換した大切な酒だ」
「龍のくせにケチね。同じ精霊の森を守る番人なんだから、もっと仲良くしましょうよ」
「時にお前は、精霊の森の守護妖精だな」
「そうよ」
「なぜ、精霊の森の精霊の側にいないのだ」
「だって氷龍の方が強いんだもん。私は強い者に惹かれるのよ」
「そうなのか」
「そうよ。だから氷龍の側にいたいのよ」
「そうか。わしは強いのか」
氷龍は、思わず自身の顔をポリポリと鋭い爪でかき始める。氷龍でも照れ臭いという感情はあるようだ。
「そういえば、お前が乗っているその黒いワイバーンだが、なぜ黄色い果実を食っているのだ」
「ああ、ミランダの事ね。ミランダは、お肉があまり好きじゃないのよ。食べるのは専ら果実だけよ。それも最近は、そのカルっていう人族の子供が植えたラピリアとかいう木に成る実が好物のようね」
ミランダは、氷龍のすぐ近くで黄色いラピリアの実をシャクシャクと音を立てながら美味しそうに頬張っている。
「その黄色い実は、わしが飲んでいる酒の材料らしい」
「へえ。この実がお酒になるんだ。だったらここでお酒を作ってしまえばいいんじゃないの」
「お主は、酒の作り方を知っておるのか」
「知らない」
「では、無理だな」
「あっ、冒険者が捕まったみたい。妖精が冒険者に芋を食べさせたみたいで、腹痛でとんでもない事態になってるって妖精が言ってる。ちょっと行って冒険者を回収して来る」
「妖精達に少し言ってやれ。あまり好き勝手な事は慎めと」
「そうなんだけどね、妖精達もあの実を食べてから性格が変わったみたいで、私の言う事をあまり聞いてくれないのよ」
「もしかして妖精達は、わしが飲んでる酒を飲んだか」
「うん。何度も飲んだみたいね。あのカルっていう人族の子供が妖精達に飲ませるのよ」
「・・・やられたな」
「えっ、何。どいういうこと」
「あの酒には、何やら得体の知れない物が入っておるぞ。もしかするとあの人族の小僧に妖精達がなついている様に見えるのはそれのせいか」
「ちょっと怖いこと言わないでよ。この森では妖精の頭は私よ」
「わしは龍じゃからこの程度の薬では何ともないがな」
「ちょっと心配になってきたわ。妖精達の様子を見て来る」
「冒険者はよいのか」
「妖精達の方が大事よ」
そう言いうと守護妖精のフランソワは、黄色いラピリアの実を食べている黒いワイバーンに跨ると、氷の塔から一気に飛び降りると急降下をしながら精霊の森へと向かっっていく。
その頃、湖では・・・。
明け方の湖畔で魔法攻撃が始まった。
それは、カル達の馬車からはかなり遠い場所で始まった。馬車を早々に走らせてその場所へと向かう。
湖の側を通る明け方のまだ暗い道を全力で走らせる。
魔法攻撃が続く湖畔へともうすぐという所で魔法攻撃がやんでしまう。
「まずい。水龍が倒された。もっと早く!」
だが、馬の走る速さにも限界がある。あまり馬を酷使すると馬が倒れてしまう。
しかも魔法ランタンの灯りだけでは、まだ暗い明け方の道の先までを照らすことはできない。
やっとの思いで魔法攻撃を行っていた湖畔近くにたどり着き馬車を止める。そこには既に100人以上の冒険者達が集まっていた。
湖畔には水龍が横たわり、体中から体液を垂れ流している。
「僕とメリルさんとライラさんは水龍の救出に。お猫サマは、馬車で水龍の幼生を守・・・」
「お猫サマが一番乗りにゃ」
カルが皆に指示を出すよりも早くお猫サマが馬車の幌の上から一気飛び出した。
「あれっ、私の短剣がない。あっ、また精霊神様が!」
見ると前を走っていくお猫サマの手には、メリルの短剣が握られていた。どうもお猫サマは、精霊神なのに手癖が少しばかりよろしくない様である。
「メリルさん。悪いけど馬車に残って水龍の幼体を守って」
「はい」
カルとライラは、湖畔に向かってひた走る。その先を凄い速さでお猫サマがひた走る。
「凄い。お猫サマが本気で走るとあんなに早いんだ」
「カッ、カルさん待ってください。私もう走れません」
「ライラさん早く」
足がもつれるライラの手を取り走るカル。お猫サマはというとどんどん先を走っていく。
そしてお猫サマは、冒険者が集まる水龍の前へと走り込む。
「バランさん。水龍の首をはねて下さい。これで水龍狩りも終わりですね」
「いや、まだだ。この水龍には幼体がいたはずだ。水龍の幼体は、貴族の連中で欲しがるやつが大勢いる。いい金になるんだよ」
水龍の幼体の件は、冒険者ギルドには伝わっていない。それは、この湖に冒険者ギルドの依頼で調査にやって来た冒険者達がバランの息のかかった連中であったからだ。
「この水龍を生かしておけば、じきに水龍の幼体もここにやって来る。その時まで生かさず殺さずだ。そして最後は水龍をなぶり殺しにしてやる。俺はそれが楽しくて冒険者をやってるんだ」
バランは、捕らえた魔獣を直には殺さない。痛めつけ瀕死の重傷を負うとポーションを与えて延命を図る。するとまたなぶり殺しにする。
バランは、魔獣の命を玩具にする快楽主義者であった。
ここにいる冒険者達も、バランが魔獣をなぶり殺しにする事はよく知っているので、誰も手も口も出さずに黙って見ているだけだ。
その代りバランは、狩りに参加した者達への報酬は、気前よく分け与えるのでバランに逆らう者などひとりもいない。
だが、そこに立ちはだかる者がひとりいた。
それは、お猫サマ。見た目は獣人にしか見えないが精霊神である。
「お猫サマが来たからには、その水龍に手出しはさせないにゃ」
「なんだお前。何処から湧いた獣人!」
「だからお猫サマにゃ」
「お前、自分に”サマ”を付けて恥ずかしくないのか」
「うっ、痛いところを突くにゃ」
「それになんだ。水龍に手出しさせないだと」
「そうにゃ。これを見るにゃ」
お猫サマは、身動きできない瀕死の水龍の前で決めポーズをとる。すると、お猫サマの陰から総勢100人のお猫サマダンサーズが姿を現した。
「どっ、どこからそんな数の獣人を出した!」
「おい、警戒しろ。こいつ何をするか分からないぞ」
100人以上の冒険者達が一斉に剣を抜いて警戒する。すると湖畔に軽快な音楽が響き渡る。
「おい、なんだこの音楽は」
その音楽に合わせて100人の獣人が一斉に踊り出す。一糸乱れぬその光景に思わずかたずを飲んで見守る冒険者達。
音楽がある節目を迎えて一瞬だけ止まる。すると別の音楽が響き渡り更なる盛り上がりを見せ、お猫サマがが歌い始める。
~~~ Music ~~~
ハッピーキャットお猫サマ。
ラッキーキャットお猫サマ。
夢見るにゃんこ。
今日もやらかす夢を見る。
夢見るにゃんこ。
明日もやらかす夢を見る。
夢見るにゃんこ。夢ごごち。
にゃ。
ミラクルキャットお猫サマ。
ラブリーキャットお猫サマ。
夢見るにゃんこ。
皆を救う夢を見る。
夢見るにゃんこ。
世界を救う夢を見る。
夢見るにゃんこ。夢ごごち。
にゃ。
爪研いでやる!
~~~ Music ~~~
お猫サマの決めポーズがさく裂する。
その光景を固唾を飲んで見ていた冒険者達は、思わず剣を手から滑り落とす者が続出してしまう。
お猫サマの後ろで踊っていた100人のお猫サマダンサーズの姿が消えると、空の雲行きが怪しくなり雷雲が立ち込め雷が鳴り響く。
「来るにゃ。お猫サマの氷の塔が来るにゃ。精霊の森に落ちた氷の塔ふたたびにゃ」
雷雲は、さらに厚くなり雷の瞬きと耳をつんざく雷撃の音が増々増えていく。
「見て驚くにゃ。お猫サマの氷の塔でお前達なんか一撃にゃ」
雷雲が地上に向かってどんどん下がり始める。
「来たにゃ。来たにゃ。氷の塔、おいでませにゃ」
”ヒュー、びちょ”。
「びちょ?にゃ。にゃにゃ」
空から何かの塊が落ちて来た。大きさで言うとだいたい4m程の塊である。
茶色くて柔らかそうで表面は・・・何かぬめぬめとしていてずんぐりむっくりである。
「なっ、なっ、なんだあれは」
「あっ、あれだよな」
「ああっ、どう見てもあれだ」
「「「「「「なめくじだ!」」」」」」
お猫サマの行動を見ていた冒険者達は、おもわず声を揃えてそう言ってしまった。
「「「「「「だっはははは」」」」」」
「なめくじだってよ」
「幻の召喚士でも現れたのかと思って期待したんだが、まさかなめくじを召喚するとはな」
「誰か。誰か助けてくれ。笑い過ぎて腹が痛くて死にそうだ」
冒険者は、皆が腹を抱えて笑っている。
だが、お猫サマだけは顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。
すんません。また長くなってしまいました。後半へどうぞ。