93話.氷の塔ふたたび(1)
ふたつの国の代表者の訪問を受けたカル達は、忙しい合間に氷の塔へと向かいます。
精霊の森で戦いカルの盾に飲み込まれた兵士達は、その後に盾から解放された。
ただ、カルの大盾に住む盾の魔人に飲み込まれたら最後、武具も衣類も全てはぎ取られてしまい、その後は裸で盾から吐き出されることになる。
カルが腰にぶら下げている鞄の中には、以前の戦いで使ったパンツ、シャツ、サンダルの3点セットが数多く残されていたため、兵士達にはそれらを支給して自らの国へと帰ってもらった。
男達は、盾の魔人に飲み込まれて死んだと思ったそうだ。だが気が付くとダンジョンの中におり、そこに現れた魔獣に倒されてまた死んだと思ったらしい。
気が付けば精霊の森に裸ではあるが生還した。それは魔人使いであるカルの恩情であると兵士達は思ったようで、泣いて喜びながら帰っていった。
数日後、精霊の森の外れにあるエルフの村にヴァートル国の貴族代表と名乗るふたりの貴族が数人の部下を引き連れてやって来た。
ひとりは、カールトン侯爵。文官出身で内務大臣。
もうひとりは、チェイス子爵。商人出身で商務大臣。
ヴァートル国は、武闘派の諸侯を裁定の木の精霊が全て手にかけてしまったため、戦いを継続しようという気概のある者はおらず、残った諸侯で話し合いを行った結果、穏便に国内をまとめる方向で調整中らしい。
ヴァートル国としては、精霊の森を”特別保護区”という形で今後は人の立ち入りを制限する。特に冒険者の立ち入りは原則禁止とするそうだ。
それとカルに対しては、税収の1%を上納金として納めるという案を提示た。
カルもこれには驚いた。国王でもないのにお金をもらう訳にはいかないと言ったところ、国内問題は何とかするので他国から攻め込まれた時だけ、魔人使いとして国を守ってもらうための契約金だという。
つまり内政問題には首を突っ込んで欲しくはないが対外的な問題にだけ対処して欲しいという身勝手なお願いであった。
随分と都合のよい話だがヴァートル国は、城塞都市ラプラスの地方領という形になるので、カルも守らない訳にはいかなくなってしまった。
上納金についてだが、ヴァートル国の国土とそこにいる領民の数を考えると、城塞都市の年間都市予算の数倍の金がカルの懐に入るようになる。
ヴァートル国との話し合いの最中にヴィシュディン国の貴族代表と名乗るふたりの貴族も精霊の森へとやって来た。
ひとりは、ダレン侯爵。武闘派の国務大臣で反国王派の人物。
もうひとりは、デュラン子爵。文官出身の情報局局長。中立派の人物である。
ヴィシュディン国の代表は、ヴァートル国の代表とは真逆な顔ぶれであった。
元々国王派と反国王派の派閥争いにより国内を二分する勢いであったが、国王派の諸侯達が精霊の森へ送った部隊と騎士隊がことごとく敗れてしまい、残った国王派には国内で戦うだけの戦力がないらしい。
さらに、裁定の木の精霊が手にかけた諸侯達は、全て国王派の重鎮ばかりであったため、反国王派のダレン侯爵が主力となり国内平定に乗り出すことになったそうだ。
ダレン侯爵からは、国内を平定する間は手出し無用の確約が欲しいとのこと。カルとしても他国(地方領)への内政干渉はしないと伝えた。
ヴィシュディン国は、上納金を税収の2%と言ってきたがヴァートル国と同じ1%で折り合いを付けた。
実は、ヴァートル国の代表もヴィシュディン国の代表も裁定の木の精霊が恐ろしいとか命が惜しいからといってカルに従っている訳ではない。
彼らはそこまでバカではない。利用できるものは何でも利用し、次の国王かそれに次ぐ地位と権力を得るために裁定の木の精霊とカルを利用しようとしているに過ぎない。
日夜、政争に明け暮れている彼らは、裁定の木の精霊に恐怖したのは一時の出来事である。その後は誰が味方で誰が敵か、誰を利用し誰を切り捨てるかに総力を注いでいた。
子供であるカルですら貴族とはそういう生き物であることをよく知っていたので、このふたつの国から早く出て行こうとしていた。長居すればするほど面倒事に巻き込まれふたつの国から出て行く事が難しくなるからだ。
カルが、ふたつの国の代表者に遠くの城塞都市ラプラスまで来いと言ったのは、そのためである。政争に巻き込まれないために距離と時間を置くことが最良の策だと考えていた。
カルが欲しいものは、精霊の森のみである。ふたつの国の国王になるためではない。元々この国の暫定領主についたのは、裁定の木の精霊にふられたからであり、それにいつまでも付き合う気など毛頭ないのだ。未来永劫に至るまで己の物にならない土地になど興味はないというのがカルのスタンスである。
それとカルは、子爵待遇の領主。対して彼らは本物の伯爵と子爵である。貴族としては彼らの方が爵位は高い。だが、この戦いで勝ったのは裁定の木、つまりカルの側である。
本来ならどこかの城で歓待を受けるのはカルの方なのだが、それもまた面倒事の種となりかねない。それにこの精霊の森に彼らを呼びつけたのは裁定の木の精霊自身である。
この森には、エルフの村しかなくつつましやかに暮らしているエルフ達に、貴族をもてなす様に頼むこともできないため、出来る事と言えば手持ちの黄色いラピリア酒をふるまうくらいしかない。
代表の貴族からは、ラピリア酒は、既に両国の王宮や貴族達の間でも飲まれている知名度のある酒だと教えられた。
ただ、ラピリア酒を酒を飲んだ途端、妖精が見えるようになったのは皆驚いたそうだ。酒に酔って気がおかしくなったと皆そう思ったと笑いながら話していた。
それにこの精霊の森に入った途端、多数の妖精に囲まれて驚いたとも話していた。この森での戦いにも途中から妖精達が多数参加した事をカルが告げると・・・。
「それはずるい。それでは勝ち目がないのも当然だ」
笑いながらそう言われてしまったカルであった。
その後、教会の大司教も精霊の森へとやって来るなど忙しい時はあっという間に過ぎていった。
そんな忙しい最中、時間をみて精霊の森に落ちて来た氷の塔に皆で遊びがてら行くことになった。
氷の塔に向かったのは、カル、メリル、ライラ、お猫サマ、妖精の姿になった裁定の木の精霊。それとこの森に住むエルフの族長であるオースティンとエルフのエレン。
恐らく氷の塔の下には、地龍の幼体がいた魔石洞窟があったので、カルとしては地龍の幼体がどうなったのかも気になっていた。
精霊の森の木々の間を歩いていくと、確かに数日前に来た時と木々の配置が違っている。氷の塔が落ちる寸前に木々が自らの根で歩いて移動したためだ。
氷の塔に近づくにつれてだんだんと霧が濃くなり気温が下がっていく。さらに妖精達の姿が見えなくなっていた。妖精は、寒い場所が嫌いなようだ。
そして精霊の森の木々と霧の先に氷の塔が現れる。
「「「「大きいですね」」」」
ここに来た全員が思わず同じ言葉を発しながら空高くそびえる氷の塔を見上げる。
氷の塔へと近づき壁にそっと手をあててみると・・・。
「あっ、やっぱり冷たいですね。遠くから見ると水晶の柱の様にも見えましたが」
氷の塔の表面には霜の様なものが付いていて白くなっており、中がどうなっているのかよく見えない。
カルは、氷の塔の表面に付いている霜を手で拭いて中を覗いてみると、そこには魔石洞窟にあった魔石がびっしりと閉じ込められていた。
「氷の塔の中は、全て魔石です。塔の上の方には魔石はないようですね」
どうやら氷の塔に閉じ込められている魔石は、塔が地面にめり込んだ時に塔の中に取り込まれた様で、塔の底にあたる部分以外は、普通の氷?でできている様であった。
「この魔石は、僕達が見た魔石洞窟の魔石なら、あの洞窟は埋まってしまったのかな」
「まさか地龍の幼体は・・・」
「でも精霊の森の木々も自力で移動したくらいですから、きっと地龍達も生きてますよ」
カルの言葉に、ライラは思わず否定的な返事を、メリルは逆に肯定的な返事を返す。
「他の魔石洞窟にいると思いたいけど・・・」
そんな話をしながら氷の塔の壁に沿って歩いてみると、壁に通路の様なものがあり塔の奥へと入れる場所がある事に気が付いた。
「皆さん。どうやら塔の中に入れるようですよ」
好奇心が勝ったのか、あまり後先を考えずに通路に入って行くカル。
「カル様。待ってください。私が先にまいります」
「えっ、でも入っても大丈夫なんでしょうか」
メリルは、カルの護衛的な立ち位置のためカルの身を案じてカルの先を行こうとする。ライラはというと不安を直に口にするといった感じだ。
「本当にゃ。昨日は、気が付かなかったにゃ」
お猫サマは、昨日この氷の塔の外壁を頂上まで登った強者である。ただその時に塔の周囲を見たそうだが、目の前にある通路の存在には気がつかなったそうだ。
氷の塔の中を真っ直ぐ進む通路の床には、律儀に矢印が描かれているため迷う事もなく塔の中央に出ることができた。
塔の中央には、天井の高い広大な広間があり床には巨大な魔法陣が描かれていた。
「もしかして、あの魔法陣の上に乗ると何かが起こるんでしょうか」
「それってお約束ですよね」
「きっと、あの魔法陣に乗らないと強制イベントが発生して魔獣が出てくるとかでしょうか」
メリルのお約束発言に続き、ライラが強制イベント発言が出ると何かいやな雰囲気が周囲に漂い始めた。
そんな時、広間の床に刻まれた魔法陣が催促するかの様に光り出し明滅を繰り返し始めた。
「これって乗れってことですよね」
「皆で同時に乗らないと、きっと取り残されるんです。そして魔獣が出てきて・・・」
「ライラ。ちょと魔獣の話はやめて。こんな場所で魔獣と戦うのは嫌よ」
メリルとライラが変な会話を続けながら皆で魔法陣の上に乗り込んだところ、魔法陣が輝き出すと一瞬にしてカル達の姿は消えてしまった。
氷の塔の中央にある広間は、静かに何事も無かった様に静粛な時を刻んでいた。
魔法陣の光がおさまると、先ほどまで居た広間とは違う天井の低い部屋の中央に立っていたカル達。
さらに氷の塔の外の景色が氷の壁越しに見えると、何処か全く違う場所へと移動したかのようにも感じた。
「さっきまで塔は、緑色をしていたようですが、今は青色に変わりましたね」
「緑色は、精霊の森の木々の色だとすると、青色は・・・空の色でしょうか」
「また矢印が通路に書いてあるようですから行ってみましょう」
カルがそう言い出してすたすたと通路を先に進む。
「あっ、待ってくださいカル様。私が先に行きます」
メリルは、カルを追いかけて小走りに走っていく。
「皆さん。もっと慎重に行きましょう。何があるか分からないんですよ」
ライラは、カルから贈られた魔法杖を両手に持ちながら周囲をきょろきょろ見回して警戒しながら歩いていく。
「氷でできた塔のはずですけど思ったほど寒くないですね」
「そうだな。精霊の森の気温はかなり下がったように感じたが、塔の中は比較的に過ごしやすい」
エルフ族の族長であるオースティンとエレンが、氷の塔に興味を示しながらカル達の後を追う。
そしてふよふよと宙を浮きながら最後尾を進むお猫サマ。
矢印の通りに進んで行くと歩幅の広い階段に出くわし、その階段を上っていくと雲ひとつない青い空が視界一杯に広がる。
「もしかしてここが塔の上ですか。景色がいいですね」
「わあ。すごい」
「空以外に何もないんですね」
「そうにゃ。お猫サマが昨日来た時はもう夕方だったからロウソクの炎の様に赤く染まってたにゃ」
「本当にここまで外壁を登ってきたんですか」
「そうにゃ」
誇らしげな顔を見せるお猫サマ。ところが皆の顔は冗談でしょうと言ったあきれ顔である。
メリルが氷の塔の端へと行き恐る恐る氷の塔の下を覗き込む。
「遥か下に雲海があります。雲って意外と低い場所にあるんですね」
「そうにゃ。普通の雲なら1000m程度にゃ。この塔の高さは5000mにゃ」
「えっ、そんなに高いんですか」
「そうにゃ。この辺りにあるどの山よりも高いにゃ。それに精霊の森は、標高の高い場所にあるにゃ。だからこの場所は、5000mよりも高いところになるにゃ」
「確かに山々の方が遥か下にあります」
「でも、風の音しかしないんですね」
「こんな高いところを飛ぶ鳥は、渡り鳥くらいにゃ。世界でこんな高い場所にいるのは、ここに居るみんなだけにゃ」
その言葉に思わず皆の目がキラキラと輝き出す。
「世界で私達だけですか・・・」
そんな言葉を発したライラは、ふと塔の頂上に広がる何もない平らな場所を眺めていた。そこは、何もないはずの場所であったはずだが遠くに小さな塊がぽつんと置いてあることに気が付いた。
「あそこに何かあります。何でしょうか」
ライラが指を差す先には、確かに何かの塊がある。
この氷の塔は、周囲が数kmもある巨大なので、上にいくにしたがって少しだけ周囲が狭くなる円錐形をしている。
とはいえ、塔の下と上で僅かに大きさが違うだけなので、この頂上の平な場所はかなりの広さがある。
カル達は、ライラの見つけた何かの塊がある場所に向かって歩きはじめた。そして数十分後、吹く風によりだんだんと体が冷えて始めてきた頃にその塊が置いてある場所へとやって来た。
遠目には氷の塊の様にも見えたが、近くでよくよく見ると何かの模様の様なものが描かれている様に見える。さらにあちこちに突起の様なものもある。
「これは・・・何でしょうか」
カルが、何気なしにその塊に手を触れる。
「ふーん。分かったにゃ」
お猫サマは、この塊を見てこれが何か理解したらしく、得意げな顔で皆の顔を覗き込む。
「知りたいにゃ」
「「「「知りたいです」」」」
皆が声をそろえて答えを待つ。
するとその塊がゆっくりと動き出し首の様なものをもたげてお猫サマの頭の上にその頭をのぞかせた。
すみません。長くなったので分割します。