92話.氷の塔とふたつの王国。そして塔を登るお猫サマ。
精霊の森に氷の塔が落ちた日。ふたつの王国は、それにどう対処するかでもめていました。
でも、お猫サマはマイペースに生活を楽しんでいます。
精霊の森に空から氷の塔が落ちた次の日、裁定の木の精霊が融けない雪で閉ざした砦からさほど遠くない地にあるヴァートル王国の城。
その城の中にある会議室では、国王と諸侯達が居並ぶ御前会議が開かれていた。
だが、何も決まらないまま時だけが過ぎていく。
国境に位置する精霊の森に魔石洞窟がある。大量の魔石が採掘できる。他にも魔石洞窟があると冒険者達から次々ともたらされる情報に国王も貴族を歓喜の声を上げた。
その情報に欲で目が眩み、先代や先々代の王達が安堵し立ち入りを制限していた精霊の森をわが物にしようとした諸侯と国王。元々は、自国の領土なのだ。誰にはばかることなく我が物にできる。
そう考えた国王と諸侯達は精霊の森に火を放った。あと少しで土地が我が手に戻り魔石も手に入るはずであった。だが、そこからは信じられない話が続けざまに起きた。
焼き払った精霊の森が一瞬で復活した。いや、以前よりも巨大な木々が生い茂った。
森で戦っていた兵士達が、見たこともない武具を使う者達と遭遇し敗退した。
その中に石化の術をあやつる強力な魔術師がいた。
見えない何かにより兵士達が攻撃を受け、腹を下して戦闘不能に陥った。
もたらされた情報は、さらに続く。
精霊の森の空に巨大な木が出現した。その巨大な木は宙を浮き、城塞都市ほどもある大きさであった。
国境近くの砦に雪が降り、砦はあっという間に雪に埋もれてしまった。
精霊の森に入る山々の入り口に巨大な氷の壁が出現した。
騎士隊に巨大な雹が降り注ぎ、騎士隊は瀕死の重傷を負い戦闘不能となった。
最後の情報は、耳を疑うものであった。
精霊の森に巨大な塔が出現した。その塔は、信じられないことに空から降って来た。
数千の兵士がそれを目撃した。
塔は、空に広がる雲の中に消えており、どれほどの高さがあるのか検討もつかない。
城の窓からは、その塔がはっきりと見える。それらの話は嘘や幻ではない。
全て現実である。
領地の村や町からかき集めた兵士達は、ちりじりとなり武具を捨てて逃げ出し、それを統率していた騎士隊も瀕死の重傷を負い、使い物にならなくなっていた。
既に戦いになどならないこの状況が他国に知れ渡れば、他国の軍隊が国境を越えた時点で手遅れとなる。それを食い止める手段を両王国は、持ち合わせていなかった。
武闘派の諸侯は、戦争継続を声高に主張し、文官や商人出身の諸侯は、精霊の森に住むエルフに対して講和を持ち掛けるべきと、主張はふたつに割れ時間だけが過ぎていく。
そこにこの王国が布教活動を許している国教ともいえる教会の大司教が現れた。
国王と諸侯により呼び出された大司教は、あの巨大な塔の存在について教会としての意見を求められたのだ。
「事実だけを申し上げます。あの塔は人の力で作り上げたものではありありません。あの様なものを空から落としたものの名前をあえてこの場では言いますまい」
国王と諸侯達は、”神”の名を口走るとばかり思っていた。だが、大司教は、なぜか冷静で穏やかな表情を浮かべている。
「私は、昨晩。ある方にお会いしました。その方のお話では、”精霊の森をそっとしておいて欲しい。精霊の森は、大古の昔よりあの地にあり、これからもあの地にあり続ける”そうおっしゃっておいででした」
大司教は、居並ぶ諸侯と国王の顔を眺めると話を続ける。
「この世界には、我々の知らぬ人知の及ばぬものが幾多と存在します。私が”神”として崇める者が本当に存在するのかは分かりません。ですが、それに近い者がこの世界に存在する事を私は初めて理解することができました。もう戦争などしている場合ではないのです」
大司教は、最後にこう締めくくった。
「教会としてこの戦争に加担する事を本日この場においてご辞退すると宣言します。これは、教会として決定事項であります。我々は、明日あの巨大な塔が存在する精霊の森へと向かいます。教会の壁に飾られた像を有難く崇拝し祈りを捧げている場合ではありません。この世界に存在する生命を守り慈しむ者に対して、我らが何を成せるのか、今一度考える時であると問いたいのです」
大司教は、そう言い残すと諸侯達の質問にも答えずに会議室を後にした。
国王も諸侯達も大司教が何を言わんとしているのか、いまいち飲み込めなかった。だが、大司教が昨晩誰かに会いその事で彼の大司教としての考えが全く変わってしまったという事は理解できた。
昨晩のうちに既にこの地で何かが始まっていた。その結果が窓から見える巨大な塔であると結論づけられた。
会議場に重い空気が漂い、誰も発言をしない時間が長く続く。
「どうだろう、窓から見えるあれは事実だ。それに教会が我らに協力しないと宣言した以上、この戦いを続けるのは厳しい。精霊の森の入り口は、巨大な氷の壁で遮られたままだ。ならばヴィシュディン王国も我らの土地に侵入はできないはず。ここは、国境の守りを固めるということで様子を見ては如何か」
「そうだな。どのみち雪で閉ざされた砦をなんとかしない限り、あの地を守るのも厳しいのも事実だ」
「では、最後に国王陛下の意見を伺い、今後の・・・」
議長を務める貴族がそう言いかけた時、会議室の中央に見た事のない白いローブを着た老人と軽鎧をまとった子供が現れた。
「だっ、誰だ!」
「ここは、国王陛下と諸侯のみが集まる重要な・・・」
「ほう。お前が大司教を丸め込んだ輩か」
この会議の場を取り仕切る議長を務める貴族の言葉を国王自らが遮る。
「そういうことになる」
「お前は、”神”か」
「・・・・・・」
「ほう。答えぬか。ならば神では無いのだな。神でもない者が何用だ」
「精霊の森を戦場にするのを止めて欲しいのだ。それにあの森に冒険者を入れる事もだ」
「それはできぬ」
「先王も先々王も約束を果たした。だがなぜ貴様だけがそれを守らぬ」
裁定の木の精霊は、先王にも先々王にも会ったことはない。だが、あの精霊の森を不可侵の土地としてエルフ達に与えたことは事実であり、それを約束したのは先王であり先々王なのだ。
「ほう、先王も先々王も知っていると言う口ぶりだな。だが、本当に会ったことなどあるまい」
「・・・・・・」
「先王も先々王も知らぬお主に言われたくはない。そもそも己の土地は、己の力で守るのが当然であろう。それが出来ぬのなら命を差し出すかその地を去るのが道理」
「そこまで言うか。ならば、あの土地を自らの力で守れれば良いのだな」
裁定の木の精霊の声が偉ぶる。
「あの土地は以前より我が王国のもの。それを奪うというのではれば、それを黙って見見過ごす訳にはいかない。誰か目の前の爺と子供を捕らえよ・・・いや、殺せ」
国王の声も精霊の声に違わぬほど偉ぶる。
「そうか。やはり人の話を聞く耳を持ち合わせてはいないか」
諸侯達は、立ち上がると裁定の木の精霊とカルに向かって剣を抜く諸侯達。だが、そこにいる全員が剣を抜いた訳ではなかった。カル達に剣を抜いたのは武闘派の諸侯達だ。逆に剣を抜かなかったのは、文官出身と商人から貴族になった諸侯達である。
精霊は、剣を構えた諸侯達の間をすり抜けると、国王の前へと歩み出る。
「ええい何をしておる。剣を抜いたままなぜ動かん」
「彼らは動けんよ。未来永劫にな」
精霊に剣を向けた諸侯達は、既に氷漬けにされ動けなくなっていた。
「国王陛下。あなたは、自身の力で土地を守れぬ者は、その土地にいる資格がないといった。では、あなたはこの王国を自身の力で守れるのか」
「守ってみせる。それが国王の務めだ!」
「そうか、既に国王の体の下半身。それに手と腕は氷漬けだ。その体でどうやってこの国を守るというのか」
「なっ、何をする」
「さあ、ご自身の土地を守って見せなさい」
既に国王の体は、氷に閉ざされており、裁定の木の精霊の問いかけに答える力を持ちわせていないかった。
「自身で言ったことを実行することがどれほど難しいか分かって欲しいものだな」
精霊は、剣を向けた諸侯と大口を叩いた国王を一瞬にして手にかけた。それが当然であるかの様に。
「さて、そちらに残った諸侯の皆さんはどうなされる。氷漬けにされた国王や諸侯の様にこの場で戦いますかな」
「おっ、お待ちください」
残った諸侯のひとりが、精霊に向かって今までの経緯を話しはじめる。それが本当のことかどうかは別にして。
「我らは元々あの地に手を出さない様にと国王陛下にお願いをした者達です。古より言い伝えのある土地には、言い伝えが残る理由があるのです。私は、元々商人です。商売をしていれば、そう言った土地をあちこちで目にします。まあ、殆どは眉唾物でしたが」
「ならば、今後は、精霊の森へは誰も立ち入らぬ約束をしていただけるということか」
「さすがにこの場で即決とは・・・」
「この期に及んでまだ決められぬか。ならば、残った諸侯の方々に枷をはめようでないか。本日この時を以ってヴァートル王国を廃止し、城塞都市ラプラス領、ヴァートル国とする」
「なっ、なんですと。それはあまりに・・・」
「我らを侮辱するにも程がある」
「いくら我らが文官出身の貴族といえど戦う力は・・・」
「ならば、我と戦うか。既にこの城の外は雪で閉ざされている。あと数時間もすれば寒さで凍え死ぬぞ」
諸侯達は、慌てて窓へと走り出し外の景色を眺め始める。だが、既に窓の外は、降り積もった雪で何も見えない。
「それにだ。この雪の先に見えるあの塔。あれをこの地の各都市に落とすと言ったらどうする。それを貴殿らは剣と盾で防げるとでも言うのか」
「!」
裁定の木の精霊は、少しばかりのはったりをかました。精霊の森に落ちた氷の塔は、裁定の木の精霊が落としたものではない。だが、それを知っている者はおらず反論できる者もいない。
「未来永劫に至るまでこの地を貴殿らから奪うと言っているのではない。精霊の森に手を出さないと約束ができるまで、王制を停止すると言っている」
「もし、我らが”否”と言ったら」
「この場所で、ここに居並ぶ諸侯の方々もこの城ごと氷漬けになる迄。はっきり言おう。私は貴殿らを必要としていない。未だに貴殿らを生かしておいているのは、ただの”余興”だ」
「そっそれは余りの言い草・・・」
「貴殿らは、経典を読んだ事があるか。経典に記されている物語には、神が手を下して命を落とす者達の姿が実に多く書く描かれておる」
「・・・・・・」
「私は、それをせずに貴殿らに生死の選択権を与えているのだ。それだけでも感謝して欲しいものだな」
だが、この場にいる諸侯達は、何も言わずに黙ったままだ。
「ここまで言っても即決できぬのであれば、明日まで待とう。明日、精霊の森で待っておる。そこで答えを聞こうではないか。もし、我らの元で再出発を希むのであれば、以後は、ここにいる魔王国城塞都市ラプラス領主であるカル・ヒューイがこの地の暫定領主となり後の事をとり仕切る」
「えっ、ぼっ、僕がですか」
いきなり話を振られたカルは、どうしてこんな場違いなところに連れて来られたのか初めて理解した。
「できぬか。城塞都市を3つも従え領主を兼務されているお主が。そこにもうふたつ増えたところで大して変わらぬではないか」
「そっ、そんな・・・」
居並ぶ諸侯達の顔は、不安で溢れていた。目の前の子供にこの国の未来を託せを言われて、直に返答できる者などいない。
少しの時を置き、意を決したカルは自身の考えを述べる事にした。
「では、僕から言わせていただきます。いきなり僕に忠誠を尽くせとかは言いません。そんな事を言ったところで反感を買って後ろから”ブスリ”とされるのが目に見えています。なので残った諸侯の方々で代表者を決めてください。その方が意見を取りまとめて僕のところに持って来てください。そこで話し合いましょう。僕は、皆さんの意見になるべく従います」
ただ、カルにはひとつだけ言いたい事があった。それは不正だけは行わないということ。
「皆さんにひとつだけお願いがあります。不正だけは行わないでください。僕は子供ですがこれでも魔人使いです。皆さんは、魔導砲をご存知でしょうか。僕は、その魔導砲をも超える魔法具を持っています。それを今すぐにでも行使できます。これが何を意味するかご理解いただけると助かります」
居並ぶ諸侯達は、カルの言っている事をにわかには信じられずにいた。だが、嘘とも言いきれない。目の前に突き付けられた現実がそれを物語っているからだ。
裁定の木とカルは、氷で閉ざされた城を後にし、裁定の木に乗りもう一方のヴィシュディン王国へと向かう。
カルは、裁定の木がそんな事を考えていたなど全く知らず、いきなりふたつの元王国の暫定領主と言われても何をすればよいのか頭が混乱するだけであった。
「これでも私は、かなり譲歩をしたのだよ。以前の私ならこの地全域を氷の原野に変えていた。無能な国王をのさばらせるのは領民の責任でもあるからな。ならば、その領民もろとも責任を取らせるのが最良だと考えていたのだ」
裁定の木の精霊は、少しだけ間を置いたのち再び話始める。
「だがカルの楽しそうな仕事ぶりを見ていて考えが変わったのだ。それに城塞都市の領民と妖精が仲良く暮らすのを見ていていろいろ考えさせられた。この地もそんな地にして欲しいという願いもあるのだ」
この話は、周辺諸国へとあっという間に広がる。国境を接する国の中には、元ヴァートル王国や元ヴィシュディン王国の王室と血の繋がりの濃い国もあり、直に兵を出して国王を救出すべきという声も多数上がった。
だが、周辺国からもあの空に浮かぶ雲をも突き抜ける氷の塔が見えていた。あの様なものが己の領土に落とされればその損害は計り知れない。
ましてあの様な巨大な塔を作り空から地上に落とせる者など・・・世界の秩序が変わる出来事が唐突に始まりを迎えた瞬間であった。
ふたつの国の国境に位置する精霊の森。そこでは、氷の塔の影響なのか以前よりもかなり気温が低くなっていた。
ライラの精霊治癒魔法の影響で精霊の森が力を付け、さらに森の木々の生命力が増した事で魔素も増え、精霊の森に霧が立ち込める様になり精霊の森がさらに神秘的な森へと変貌していた。
精霊の森には、巨大な氷の塔が立ち空に広がる雲おも貫いていた。
そんな氷の塔を登っている者がいた。そう”お猫サマ”である。
手と足の爪を長く伸ばし氷の塔の表面に爪を引っかけてぐいぐい勢いよく登っていく。
元々、お猫サマは精霊神であり空を飛ぶというか宙を浮いて移動することができるので、万が一にも氷の塔から落ちるという心配はない。
お猫サマは、氷の塔を猫が地上を走るかの様に四つん這いになりながら氷に爪を立ててぐいぐい登っていく。
既に雲を突き抜けて雲海の上に到達していたお猫サマ。遥か彼方には、雲海の上に顔を出す山脈が見え隠れしている。
ときたま、氷の塔に誰が掘った大きな溝の様なものがあった。その溝は、お猫サマの身長よりも遥かに高く大きな部屋の様になっており、体を休めるには丁度良い間隔で刻まれていた。
お猫サマは、溝の中で体を休めると干物にした魚を食べてはひと時の休憩を楽しんでいた。そしてお猫サマは、氷の塔の頂上を目指す。なぜ、氷の塔を登るのか。それは、そこに氷の塔があるからだ。
既に登り始めてからかなりの時間が経っていた。だが未だに氷の塔の頂上へはたどり着けずにいた。雲海は、目線の遥か下に位置しており気温は氷点下の世界となっていた。お猫サマの吐く息も白くなり稀に聞こえる風の音以外は、何の音も無い世界が広がっていた。
かなりの時が経ち、地上を照らす太陽が大陸の稜線へと隠れる頃になると、氷の塔は夕日で赤く染まり赤い炎を灯すロウソクの様にも見えた。
そんな頃、氷の塔の頂上にようやくたどり着いたお猫サマ。
巨大な氷の塔の上には、平で何もない・・・はずであった。だが、そこには、氷でできた小さなテーブルとふたつの椅子が置いてあった。だが、そこに人などいるはずもない。
不思議に思ったお猫サマは、氷でできたテーブルに近づく。
「こんな処にテーブルと椅子を置いたのは誰にゃ。おかしなやつもいるいにゃ」
おもわず口走るお猫サマ。
「それは私だよ」
ふとお猫サマが声のする方に目線を向けると、そこには上級精霊神が氷の椅子に座り、のどかにお茶を楽しんでいた。
「こっ、こっ、これは、上級神様。どうしてこんな処に」
思わず片膝を付いて頭を下げるお猫サマ。
「まあ、僕が地上世界に送った君がどうしているか知りたくなってね。でも地上だといろいろ面倒なことがあるからこんな場所で待っていたんだよ」
氷で出来た椅子に座り、氷で出来たテーブルにカップを置き、優雅にお茶を飲む上級精霊神。お猫サマは、何も言わずに上級精霊神の次の言葉を待つ。
「どうだい地上世界は」
「楽しいにゃ」
「そうかい。それはよかった、あっ、そうだ。君にやってもらう事が増えそうなんだ。だから楽しく待っていて欲しい」
「えっ、お仕事ですかにゃ」
「そうだね。面白い仕事かって言われたら暇な仕事かもね。それでも君にとっては良いことではあるよ」
そんな事を言った上級精霊神だが、ふとその声が途絶えた。
お猫サマが恐る恐る顔を上げるとそこには誰もおらず、氷でできたテーブルも椅子も無くなっていた。
誰もいない氷の塔の上に立ち尽くすお猫サマ。
氷の塔の上から見える太陽が大陸の淵に沈みはじめ、空は星が輝く夜空へと姿を変えていた。氷の塔の上は、風の音だけが聞こえる無音の世界だけが広がっている。
何もない世界。でも氷の塔から下を見ろせば雲海と山々が連なり、遥か遠くまで森が広がる。ときより地上で生活する者達が灯した灯りが煌めく。
しばし氷の塔の上にたたずむお猫サマ。やがて太陽が大陸へと完全に沈み夜が世界を支配する。
お猫サマは、何もない氷の塔の頂上をもう一度見渡す。
お猫サマの力では精霊界に自力で戻ることはできない。だが、精霊界の上級神であれば、この地上世界に自由に行き来できる。
この氷の塔の頂上は、その精霊界に近い場所なのかもしれない。
精霊界を思い出して少しだけ寂しさが残ったお猫サマ。だが、今は地上世界の住人のひとりだ。戻る場所はそこだけなのだ。
少しだけ寂しさを残しつつ地上世界に戻るため氷の塔から飛び降りたお猫サマ。そして氷の塔の壁を下に向かって走り始める。落下する速度で氷の塔を地上に向かってひた走るお猫サマ。
いつしか雲海を突き抜け霧に曇る精霊の森が見えて来る。お猫サマは足に力を込めて一気に氷の塔から精霊の森に向かって飛び出す。
自らの飛行能力を発揮しながら少しずつ落下速度を落とし、皆が待つ精霊の木の前へゆっくりと着地する。
そこには、カルやメイルやライラが待っていた。
「あっ、お猫サマ。氷の塔はどうでした」
「楽しかったにゃ」
「氷の塔の上には何かありましたか」
「何もないにゃ。でも夕日と星空が綺麗だったにゃ」
「へえ、僕もいつか行ってみたいです」
「カルならいつか行けるにゃ。そうにゃ、明日にでも皆で氷の塔の下に行ってみるにゃ。何かあるかもにゃ」
「そうですね。行ってみましょう」
カルとお猫サマが見上げる夜空の先には、雲の切れ間から星の輝きを反射して万華鏡の様に輝く巨大な氷の塔が見え隠れしていた。
以前、富士山の山頂へ9回ほど登ったことがあります。
自転車では麓の河口湖から富士スバルラインで五合目まで走ったりもしました。
雲海の上にいるって不思議な感じです。それと山頂でお鉢巡りをしている時の風の音だけの無音の世界。あれは、不思議な世界ですね。