09話.領主になった日の喜劇(2)
話が長すぎると思ったので分割した部分の後半になります。
ルルの声は震えていた。怒りが爆発する寸前の声だ。だが、兵士達は、目の前の少女を”人族の少女”だと勘違いしていた。額にある小さな2本の角は、通称拷問部屋では暗すぎて見えなかったのだ。
「ここは兵士の詰所だ。部外者は立ち入り禁止だ。出ていけ!」
兵士が放った言葉など、ルルの耳には届いてはいない。
多数の兵士達が、ルルを取り囲み通称拷問部屋から追い出そうとしたが、兵士達のあいだを一瞬ですり抜け、カルを嬲っていた兵士の顔面にあらん限りの力を込めた足蹴りを入れた。
兵士の体は、部屋のすみへと飛んでいき、頭から壁に激突すると力なく床に崩れ落ちた。
ルルは、意識もなく椅子に縛られ、顔面が紫色に腫れただれ、口から血を流しているカルを抱きしめた。
「カルよ。お前は、この城塞都市ラプラスの新しい領主だ。それがなんたるざまだ。領主に就任したその日に拷問を受けるとは。この城塞都市ラプラスは地獄か!」
ルルは、振り返ると立ちすくむ兵士達に向かって怒鳴り散らした。
「お前たちよく聞け!ここに縛られて顔を紫に腫らしている少年は、この城塞都市ラプラスの新しい領主だ!」
「領主に向かってこの狼藉はなんだ。答えろ!」
兵士達は動揺し、目の前の少女が何を言っているのか理解できずにいた。なぜ盗みを働いたガキが領主なのだと。兵士達がお互いの顔を覗きあっていた。
その時、暗い通称拷問部屋に差し込んでいた日の光にルルの額の2本の角が照らされた。
そこで初めて目の前の少女が鬼人族だと理解した兵士達は、一瞬で表情が氷ついた。”殺される”と。
鬼人族は、ひとりで数十人の人族と戦っても勝つほどの力を持ち、そして冷酷な種族だ。
その瞬間、ルルは、2人の兵士の腹に向かって拳を叩きこんだ。
「おい、もう一度言うぞ。カルは、この城塞都市ラプラスの新しい領主だ!」
「カルはな、城塞都市戦で私に勝ったのだ。私以外に負けるなど認めない。それを、それをよくもここまで痛めつけてくれたな!」
ルルは、我を忘れて兵士達に殴りかかった。こうなってはもう誰もルルを止めらない。
兵士達は、ルルのあらん限りの力を込めた拳によって次から次へと殴り飛ばされ、壁に激突し床に転がっていく。
だが、ルルは、兵士達への攻撃をやめようとはしなかった。床に倒れた兵士の胸ぐらをつかみ、起き上がらせると、腹や顔に何度も何度も拳を叩き込んだ。
だが、兵に向かって放たれた何度目かのルルの拳を掴み止めた者がいた。
「おやめください領主様!」
そこにいたのは、警備隊の隊長だった。
城塞都市ラプラスの領主の館。そこの謁見の間にルルはいた。
領主が座る大きな椅子にはルルが座っていた。ルルの横には、同じ鬼人族のリオとレオを従えて。
ルルの表情は、怒っているという表現では足りなかった。激怒していた。
リオは右手に魔法の杖、レオは、大剣を構えていた。本来、この様な場所で武装をすること自体ありえないのだが、これからここで起こるであろう事態にそれらの武器が必要であることは、この謁見の間にいる者であれば、誰でも分かることであった。
「城塞都市警備隊本部長ライオス殿、北門警備隊・隊長バンドール殿、および副隊長ヘルマン殿ご来室」
警備担当者が静かに、だがよく通る声で来訪者の肩書と名前を呼んだ。
城塞都市警備隊本部長ライオスは、この城塞都市ラプラスを守る守備隊の最高責任者であり、カルが新領主となった折の懇親会に出席していた都市の重鎮のひとりでもある。
北門警備隊・隊長バンドールは、先ほどまでカルを嬲っていた副隊長ヘルマンの直属の上司であり、鬼人族のルルの拳を受け止めたその人である。
副隊長ヘルマンは、カルを嬲っていた張本人だが、ヘルマンは、あえてポーション等の回復薬を飲まずに謝罪に来いと言いつけてあったので、いまだにルルに殴られた痣で顔は紫色に腫れあがり、足を引きずっていた。
謁見の間に入った3人は、ルルのすぐ横に立つ鬼人族の2人が武装し、大剣を持つ鬼人族の少女は、すぐにでも剣を抜けるように剣に手をかけていることに気付いた。3人は、これからこの部屋で何が行われようとしているかを察した。
部屋の中央のまで来た3人は、そこで立ち止まると深々と頭を下げた。しばしの沈黙の後、城塞都市警備隊本部長ライオスが重い口を開いた。
顔からは大粒の汗が滝の様に流れ落ち、足はガクガクと震えていた。
「本日の・・・その・・・新しい領主様への・・・あるまじき行為に対し・・・まして・・・まことに遺憾であると・・・・・・心よりお詫び申し上げ・・・・・・」
「黙れ」
ルルの清んだ声だ。だがとても重い声が謁見の間に響いた。
「誰が話してよいと言った。誰が話すことを許した。私が許すと言うまでまで口を開くな。次に勝手に口を開いたら首が床に転がると思え」
「ひっ」
ルルの突然の死刑宣告に城塞都市警備隊本部長のライオスは、卒倒寸前であった。
「わしはな。さっきまでお前達の首をはねるつもでいた。”領主に対する不敬は極刑を以ってこれにあてる”。これが城塞都市ラプラスの法だ。知らんとは言わせん。この城塞都市では、領主は絶対なのだ」
「例え領主が鬼人族であろうとなかろうとだ」
「だが、領主であるカルは、お主たちを許すと言っている」
「・・・・・・」
「わしは、悪しき前例を作るのはよろしくないと考えておる。必ず助長するものが出るかならな。だが、領主の考えは違う。わしも今は副領主だ。領主の命には従わなければならん。実に嘆かわしい」
「よいか。領主がお前達の命を繋ぎ止めたのだ。それを忘れるな。下がれ」
城塞防警備隊本部長ライオス、南門警備隊・隊長バンドール、および副隊長ヘルマンは、何も言わずに謁見の間を後にした。
ルルのそばに控えていた鬼人族のリオがルルに向かって耳打ちした。
「よろしかったのですか。人族は助長すると何をするか分かりません。数に押されると我々だけでは対応できません。反抗的な態度をとる者は、容赦なく殺すべきかと」
「分かっている。今回だけだ。カルも飾りとはいえ一応領主だ。今回のことで、借しを与えておけば我らに対して首を横に振れなくなるであろう」
「それにだ、カルが持つ盾の魔人は、恐らくカルの言う事以外は聞かぬ。そしてカルが持つ・・・・・・神が封印された短剣と言っていたな。あれもしかりだ。我々がカルと敵対した時点で、我々が勝てるなどという楽観的な考えは捨てたほうがよい。下手なことをして鬼人族を根絶やしにされては敵わん」
カルは、お飾りでも領主となった以上、神が封印された短剣と、魔人が封印された盾について、ルル、リオ、レオの3人には話をしていた。
ルル達もまさか魔人が封印された盾以外に、神が封印された短剣を持つ者が存在するとは思ってもいなかった。ここは、慎重に事を進めるべきと判断した矢先の出来事であった。
城塞都市警備隊本部長ライオス及び北門警備隊・隊長バンドールは、1ヶ月間の減俸1/2、副隊長ヘルマンは、停職3ヶ月となったが、極刑に比べれば遥かに緩い裁定である。
カルは、領主の館の自室で休んでいた。ケガは既に治癒師による治癒魔法とポーションを用いて回復していた。だが、精神的なトラウマが残ったのも事実であった。だが、カルもこれを克服しないかぎりカルが領主を続けることはできない。
今回の事件は、不幸な出来事だったがそれで終わりにできる話ではないので、関係各所には、厳重な注意喚起が行われた。
カルは、自室のベットの上で目覚めると、痛みもなく殴られれて腫れあがっていたはずの顔もすでに元の状態へと戻っていた。壁には大盾が立て掛けられ、テーブルの上には、鎧と剣が置かれていた。
血が付いていた服は、新しいものに取り換えられてテーブルの上に置かれていた。服は、以前のものよりも何倍も良いものに変えられていた。領主である以上、いつまでもつぎはぎだらけの服を着て街を歩かれては困るという意図もあった。
そんな折、テーブルに置かれた短剣の剣爺が話始めた。
「どうじゃ、ケガの具合は良いのか」
「うん。痛みもない。大丈夫だよ」
「そうか、この前の戦いでは、カルが負けない様にと最大限の手助けを行ったのじゃ」
「弓矢や剣からの攻撃を盾で守りもしたし、敵の場所も教えた。早く動ける様にと肉体的な補助も行ったのじゃ。だが、今回はあえて一切の助言も手助けも行わなかったのじゃ。カルよ、その意味が分かるか」
カルは、少し考えた後、黙って首を何度か縦に振った。剣爺が何を言いたいのかは分かっていた。
「まあ、その顔からしてわしが言いたい事は変わっておるようじゃな。おぬしは、弱い。初めて戦いの場に出ていきなり強いやつなどおるまい」
「あの戦いでわしが手助けしなければ、おそらくカルは生きてはおるまいて。安全なはずの街中ですら、わしが何もしなければ途端にこの有り様じゃ」
「カルよ、どこであっても警戒を怠るでない。食事中も寝る時もじゃ。絶えず緊張感をもて。何処で誰が狙っているかわからんのじゃ。カルは、この城塞都市の領主となったのじゃ。今日からは、狙わる側だという事を忘れるでないぞ」
剣爺は、本当の戦いを知らないカルに、街中ですら危険であるとを自身の身を持って教えたのだ。
領主の館のベットの上でカルは、窓から見える外の景色を眺めていた。
もしかすると、あんな理不尽なことが今日もこの城塞都市のどこかで行われているのかもしれない。
そんな考えが頭の中をよぎった。こんな体験をした僕だからこそ何かをしなければいけない。カルにそんな思いが芽生えた。
痛くて暗い話でごめんなさい。
それと、本来の鬼人族の強さと冷徹さが都市戦では書かれていなかったので書いてみました。