89話.旅の終わり
エルフ族が住む精霊の森へとやって来たカル達。そこでは既に戦いが繰り広げられていました。
なぜあの妖精と黒いワイバーンが極楽芋を空から落としてきたのか理由が分からなかったカル達。
なぜあの妖精と黒いワイバーンに王国の軍隊も冒険者達も歯が立たなかったのが理解できなかったカル達。
それは、時間の経過と共に理由が明らかになる。
それは・・・。
「腹が・・・腹が痛い」
「わっ、私もです。ライラさん・・・はっ、早く」
「ライラ、とっ、トイレを早く開けてくれ」
「待ってください。私も・・・ひうーーーー」
そう、極楽芋は、加熱すると美味しい芋なのだが、生だと腹を下す。
それは、ほんの少し生の芋の破片でも汁でも口に含んだだけで起こる究極の下剤と言ったところだ。ワイバーンが地面に落とした極楽芋の破片や汁がカル達の口にほんの少しだけ入っただけでこの有り様。
茶屋のおばちゃんはそんな事は一言も言わなかった。いや、あえて言わなかったのかもしれない。極楽芋が市場に出回らない本当の理由は、芋が破裂することではなく生で食べると腹を下すからだという事を身をもって知った。
カル達は、国境を越えた辺りから腹痛をもよおしてしまい、街道沿いの宿屋に急遽泊まることになった。腹痛と下痢で体力を消耗してしまい、ラピリア酒(薬)を飲んでも殆ど効果がない。カル達は、目的地を目前にして無駄に1日を宿屋で過ごす羽目になってしまう。
この世界にこれほど恐ろしいものがあるとは、誰も考えてもみなかった。ラピリア酒(薬)が万能ではないといういい教訓を教えてくれた極楽芋であった。
「にゃ。極楽芋?なんともないにゃ」
お猫サマだけはなんともなかった。やはりお猫サマは、神だという事が改めて実証されてしまった。でも二日酔いにはめっぽう弱い不思議な”神”である。
極楽芋の極楽とは、美味しすぎて極楽を感じるのではなく、腹痛と腹を下すことで極楽が見えるからかもと思うカルであった。
ラピリア酒(薬)ですら効果のない極楽芋の猛威に耐えながら、馬車は、エルフ族が住むという精霊の森へと向かっていた。
ところが精霊の森が近づくにつれて周囲にやたらと煙が充満し始めた。
皆が一抹の不安を覚えつつ、馬車の速度を上げてようやく精霊の森の入り口へと差し掛かかった頃、精霊の森の殆どは既に焼き払われた後であった。
「そっ、そんな精霊様。精霊様!」
馬車から飛び降りたエルフ族のエレンは、焼け野原となり燃えて灰となった倒木の隙間を縫う様に走ると、精霊の森の精霊の元へと向かった。
カル達も馬車を停めるとエレンの後を追う。ところが、馬車に乗っていた大勢の妖精達と小さなラピリア・トレントも一緒に行くと体を使って言っている。しかも、妖精達は、極楽芋(生)を担いでいく。いったい極楽芋を何に使うと言うのか。
妖精達の口角は、片側だけせり上がり何かこれから悪いいたずらをしようとする子供の様な顔をしていた。
カル達が灰と化して倒れている木々の間を縫って進み、エレンの姿を見つけた時、そこでは兵士達とエルフ族が剣を交えて戦いを繰り広げていた。
エルフの背後には、枯れかけた大きな幹の木がひとつ。その木の根元には、地面に倒れている少女の姿。
カルは、その木と倒れている少女の姿を見てすぐに理解した。あれが精霊の木と精霊の姿だと。
守るのは、あの精霊の木と精霊のみ。悪いがエルフ達を守る余裕はカル達にはない。
「メリルさん。兵士達を精霊の木に近づけないようにしてください」
「ライラさんは、僕といっしょに来て精霊とこの森を復活させてください」
「お猫サマは、僕とライラさんの護衛をお願いします」
カルが皆に指示を出して各々が持ち場へと向かったその時、妖精達が地面に転がる小石や砂を手に取るとエルフ達を襲う兵士に向かって一斉に襲い掛かかる。
だが、兵士達に妖精の姿は見えない。ほっぺをつねられても鼻の孔に小石を入れられてもそれが何であるかさえ理解できない。 兵士達は、これから妖精達にひどいいたずらをされるともつゆ知らず。
小さなラピリア・トレントは、枝に成った固くて青いラピリアの実を兵士に向かって投げながら倒れている精霊を守る様に立ちはだかる。
戦いの最中、エルフ達はカル達を横目に見ながら敵の兵士が振り下ろす剣を剣でいなす。
エレンが精霊の森の精霊に与える薬を買い付けに行くと村を出てからかなりの日数が立った。エルフ達は、エレンは間に合わないと半ば諦めていた。
だが、エレンは戻ってきた。一瞬の喜びとその感情に相反する負の感情が湧き上がる。
エルフ達は、エレンが一緒に戦ってくれる仲間も連れて来てくれると期待を以っていた。だが、この場に駆け付けて来たのは、子供と女ばかりである。
これでは、戦いにならない。この時の落胆と言ったら人生の終わりの様でもあった。実際に敵の兵士と戦っている以上、いつ命を落としてもおかしくないのだ。
「くそ、エレンは共に戦ってくれる仲間を連れて来てはくれなかったのか」
「あんな子供と女ばかりを連れてきやがって」
「我らもこの精霊の森も終わりだ」
剣を振るいながらエルフ達はそんな言葉を言い放つ。いつ自身の命が費えるかも分からない戦いの場で。
カルは、精霊の木の前に倒れている精霊を抱きかかえると、腰の鞄から小瓶を取り出す。それは、いつもの黄色いラピリア酒(薬)ではなく、赤いラピリア酒(薬)である。
気を失っている精霊の口を強引に開けると、小瓶の蓋を開けて赤い液体を口の中に注ぎ入れる。だが、精霊は気を失っているので赤い液体を飲み込めない。
カルは、精霊の口の中に強引に指を差し入れると喉元を塞いでいる舌を押し広げて無理やり飲み込ませる。
そして薬を飲んだ精霊を地面に寝かせるとライラにいつもの魔法の発動を促す。
「ライラさん。いつもの精霊治癒魔法をお願いします。思いっきり放ってください」
今回、カルが贈った魔法杖で精霊魔法を放つのは初めてである。どんな事が起こるのか見当もつかない。だが、今はのんびりとやっている時間などない。
「我の力の源たる精霊に願う、癒しの風を吹け、命の泉を湧け、守りの光よ導け、守護の力を貸し与えたまえ、精霊の癒しの力よ、かの者を守りたまへ」
ライラの精霊治癒魔法が放たれる。精霊の木と精霊の体に放たれた精霊魔法。
それは、精霊の木と精霊の体を淡い光で包み込むと、一気に力を開放し森へと広がった。
精霊の木の精霊は、いきなり起き上がると空に向かって両手を掲げ、聞いた事もない言葉で何かの呪文を唱え始める。
焼け野原になったはずの精霊の森は、どこからともなく生えて来る木々と、火を放たれて焼けただれて炭となった木々の皮と枝が次々再生する。
木々は次々と生まれ、焼けた木々は新しい木となる。さらに幹は数倍に膨れがる。枝には、青々とした葉が芽吹き、草や苔が地面を覆いつくす。
エルフ達は、今までに見たこともない精霊の森の光景を見た瞬間、あまりの恐ろしさに失禁し気を失う者が続出した。それは、敵の兵士も同様である。
そんな惨状の中、妖精達が戦う敵の兵士の背中に小石や砂を入れ始めた。実に妖精らしいひねくれた攻撃である。
最初は、背中に入った小石を我慢していた兵士達も次第に痛みと痒みに我慢できなくなり鎧や鎖帷子を脱ぎ始める。
そこにカルの盾の金の糸が武具を奪い、盾の魔人の長い舌が兵士達を絡めとると魔人の口の中に飲み込んでいく。
さらに妖精達は、兵士のブーツの中にも小石や砂を入れ始める。
妖精達は、とことん人が嫌がる事を知っているようだ。
最後には、極楽芋の汁を兵士の口にめがけて飛ばしはじめる。
兵士達は、あっという間に腹を下して草むらへと駆け込み始めた。
もうやりたい放題である。妖精達は、戦っているというよりも質の悪いいたずらを繰り返している様にしか見えない。妖精達の顔は、口角が吊り上がりどこか”ニヤニヤ”している。これは完全に確信犯だ。
それでも意外なことに妖精達は、生の極楽芋が平気なようである。生の極楽芋で腹を壊すのは人族やエルフ族だけのようだ。
小さなラピリア・トレントは、精霊の森の精霊の前で仁王立ちを始めた。精霊を守るのは俺の仕事だと言わんばかりだ。きっとラピリア・トレントは、仲間の様な大きな木になった気で精霊を守っているのだ。
精霊の森の精霊にめがけていくつもの矢が飛んで来ようとも、ラピリア・トレントは小さな枝をおもいきり伸ばして全ての矢を打ち払う。さらに枝に成っている固い緑色のラピリアの実を、矢を放った多数の兵士にめがけて投げつける。
緑色の固いラピリアの実は、ことごとく顔面に当たり弓兵達は気を失っていく。
メリルは、目から怪光線を出して魔法を放つ魔術師を次々と石化していく。
お猫サマは、精霊の木の精霊の横で、ぷよぷよと浮いていて手持ち無沙汰だ。お猫サマのところまでやって来れる骨のある兵士が全くいないのだ。
その光景を見ていたエルフ族達は、口を開けたままただ呆気に取られていた。まさかさっきまで小ばかにしていた連中がこうも強いと。しかも弱いと思っていた小さな妖精達が勇敢に兵士と戦い次々と兵士を倒している。
あんな小さな妖精ですら兵士に勝つというのにエルフ族達は、不甲斐ないと思わず剣や弓を握る手に力を込めていた。
カルの盾から出された妖精フランソワと黒いワイバーンは、お互い抱き合いながらブルブルと振るえていた。自分達がこんな連中を相手に極楽芋を投げつけていた事に今になって後悔の念に駆られていた。
大方の敵兵を倒したカル達は、メリルの石化魔法で石化した魔術師達の石化を解いていく。だが、彼らを逃がす訳ではない。石化の術を解いた瞬間、盾の魔人の舌に絡めとられると魔人の口の中へと飲み混まれていく魔術師達。実に哀れである。
精霊の森は、ライラの精霊治癒魔法とカルが精霊に与えた赤いラピリア酒(酒)により全回復していた。いや、全回復どころではない。油をまかれ火を放たれて焼けた木々も、毒を撒かれて立ち枯れた木々も一瞬で甦り、さらに以前の何倍もの太さの幹に一瞬で成長した。
手狭になった精霊の森の木々は、自ら地面から根を抜くとトレントの如く地上を歩いて新天地へと歩み始める。
その光景を見ていたエルフ族は、体の震えを押さえることもできずにただただ震えるしかなかった。長寿のエルフ族といえどこの様な光景を見たのは、今日が生まれて初めてである。
そんな中、エルフ達の中でも高齢と思しき男がカル達の前に歩み出る。
「エルフ族の族長であるオースティンです。先ほどは、仲間のエルフがご無礼なことを申し上げてしまい誠に申し訳ありません。まさかあなた方がこれほどお強いとは知らず・・・」
「いえいえ、皆さんのおっしゃる通りです。僕達は、子供と女だけですからね。屈強な冒険者には見えませんよね」
エルフ達は、カル達に頭を下げ続ける。もしあの場にカル達がやって来なかったら、自分達も兵士に殺されていたかもしれなかったと。
「それよりも、この精霊の森が焼き払われる原因になったという魔石洞窟を見せてもらっていいですか。城塞都市の隣りにある精霊の森には、魔石洞窟はないので見てみたいです」
「城塞都市の隣りに精霊の森があるんですか」
「はい。ですがその話は、後でお話いたします。あまり時間もないので」
「では、ご案内いたします。こちらです」
エルフ族の族長は、先頭に立ち木々の間を歩き出した。ただ、先ほどとえらく地形が変わってしまっていた。木々が勝手に歩いて森の中を移動してしまったため、精霊の森は、殆ど別の森と化していた。
「実は、魔石洞窟は、これからご案内する場所以外にもいくつかあります。ですが全て埋めてしまいました。下手に見つかると騒動の種になりますので。ですが、今回の騒動の発端になった魔石洞窟は、精霊の森の外れに位置していたため、我らの目に入ることがありませんでした」
「そこを冒険者に見つけられてしまったと」
「はい。我らとしては精霊の森を荒らされなければ、魔石洞窟のひとつくらいは目を瞑るつもりでいたのですが、欲に目が眩んだ者達が精霊の森に入り込んであちこちを掘り始めたんです」
「そんな事をしたんですか」
「さすがに森を荒らされてしまうとこちらも生活に支障をきたすため、結果的に冒険者達を争う羽目になりました」
「では、その冒険者達が国の警備隊に通報して、魔石の存在を知った王国が動いたと」
「冒険者達は、国境を接する両王国に通報したのです。そのため魔石洞窟がどちらの王国のものであるか両者が争うようになりました」
精霊の森の中を1時間ほど歩いた頃、木々の根本のくぼ地に人がかがんで入れる程の割れ目が見えた。オースティンは、その割れ目を指さす。
「あそこが魔石洞窟の入り口です」
精霊の森の魔石洞窟に入るカル達。城塞都市ラプラスの精霊の森は、出来たばかりなので魔石洞窟はないですね。