88話.旅の途中
国境を越えて山に向かうカル達の前には・・・。
カル達は、ラドリア王国の穀倉地帯を進み国境の川を越えてヘルタート王国へと入った。時は既に夕刻となり太陽もそろそろ山の稜線に隠れ始めるという頃。
”ボン”。
ときたま、どこか遠くで何かが破裂する音がする。だが、周囲を見渡しても畑が広がるばかりで遠くに見える村以外に魔獣も見あたらない。
”ボン”。
「さっきから聞こえる音はなんでしょうね」
「何がが破裂する音でしょうか」
「でも魔獣も見えないし、どこかで戦いがある様にも見えないですけどね」
カル、メリル、ライラがそんな会話をするも誰もこの音が何であるか分かららない。
そんな中、街道の脇に小さな茶屋が開いていたので、茶屋の前に馬車を停めて店で休憩を取ることにした。
「いらっしゃい。5人様ですね。今、お茶と極楽芋のパイを用意します」
カル達は、店先に並べられた椅子に座ると出された暖かいお茶を飲み始めた。
「お客さん。これからどちらに行きなさる」
「セトヤ山脈を越えたいんですが、暗くなってきたのでこの辺りで馬車を停めて野宿でもしようかと思ってます」
”ボン”。
「おや、セトヤ山脈は魔獣が出るから危ないので誰も通らないよ」
「はい。それは聞いています。でもそれなりに強い人達がついていますから大丈夫ですよ」
「そうかい。でも見た限りあんた以外みんな女性だろ。大丈夫なのかい」
”ボン”。
「はい。こう見えても皆さん強いんですよ。そうだ、さっきから変な音がしてますがあれは何ですか」
「ああ、あれは極楽芋の破裂する音だよ」
丁度、その時に芋のパイが皆の前に運ばれてきた。
「これが極楽芋のパイさ。この辺りの名産品でね。甘くてねっとりしていて美味しいんだよ」
まずは、メリルとライラが極楽芋のパイを口に運ぶ。
「ほんと。凄く美味しいです」
”ボン”。
「これは美味い」
続いてエレンとお猫サマも極楽芋のパイを頬張り始める。
「うっ、旨いにゃ。街の子供達にも食わせてやりたいにゃ」
「こんな美味しいものがあったとは驚きです」
”ボン”。
「そうだろ。だがね、この極楽芋には問題があるんだよ。さっきから変な音が聞こえてくるだろ。あれはこの極楽芋の音なんだよ」
「えっ、芋が出してる音なんですか」
店のおばちゃんの話では、極楽芋を畑で栽培していると稀に白い液体を蓄える芋ができるらしく、それを放置すると醗酵していきなり破裂するらしい。
ただ、普通の極楽芋にもその白い液体は含まれていて、何かの拍子に芋が割れてしまうとかで遠くに運ぶことができないというのだ。
「芋だから種イモを植えればすぐに育つし栽培も楽で、食べれば美味しいんだけどああやって破裂さえしなければねえ」
”ボン”。
茶屋のおばちゃんと話をしているそばから極楽芋の破裂する音があちこちから響いてくる。
「へえ、面白そうな芋ですね。種イモって分けてもらことはできますか」
「種イモかい、いくらでもあげるよ。この辺りじゃどこの家でも栽培してるからね」
「では、極楽芋のパイを人数分追加で。それと持ち帰り用にパイをホールでふたつください」
「おや、気に入ってくれたのかい。なら、今夜は店の奥に馬小屋があるからそこを使っていいよ。馬車も店の横に置いていからさ」
”ボン”。
「ありがとうございます」
その夜、カル達は店の横に馬車を停めて夜を明かした。
朝早く店のおばちゃんに挨拶を済ませると、セトヤ山脈へと向かう街道をカル達を乗せて馬車は進み、山道に入ると徐々に街道の傾斜が厳しくなり道は蛇行を始める。
そんな時、馬車の周囲になぜか妖精達が集まりはじめた。ラピリア酒の瓶を開けてもいないのに妙な事も起こるものだとカルが不思議がっていると、妖精の姿になった裁定の木の精霊がこんな事を言い出した。
「この妖精達、何か悪さを企んでいる。そんな気がビンビン伝わってくるよ、馬車にいたずらされたらこの山の中で立往生だよ」
妖精の姿をしている裁定の木の精霊の言う事ももっともである。馬車の周囲に集まる妖精達を見ていたカルは、ふとある事を思いついた。そう、いつもやっている事をここでまやればよいと。
馬車の中に口の広い皿を用意して、その皿にラピリア酒をなみなみと注ぐ。やることはそれだけ。
すると匂いに引き付けられた妖精達が馬車の中にどんどん入って来ては、皿に群がりラピリア酒をぐいぐいと飲み始める。まるで罠に群がる魔獣の様である。
恐らくこの辺りに住む妖精達は、ラピリア酒を飲んだことがないのだ。ならば、ラピリア酒を飲ませて酔わせてしまえば、馬車へのいたずらなどできなくなると考えたのだ。
妖精達は、次から次へと集まるとラピリア酒を浴びるほど飲んでは、フラフラになり馬車の荷台で寝始めてしまう。
妖精達は、何か悪さをするためにやって来たはずなのだが、案の定というべきかラピリア酒を飲んで酔うとそんな事など忘れてしまうようだ。
馬車の荷台は、酔いつぶれた妖精達で溢れかえかえり足を付く場もない。そんな妖精を馬車から投げ捨てる訳にもいかず妖精であふれかえった馬車は、セトヤ山脈の中腹まで差しかかっていた。
「ちょっと。妖精達は何をしているの。馬車が動かなくなる様にしろって命令したのに、ちっとも使えないわね」
セトヤ山脈の空の遥か上で馬車を眺めていた妖精と黒いワイバーンは、停まるどころか山道をどんどん進んで行く馬車を見て焦りの色を浮かべていた。
「ここは、私の縄張りにしたんだから勝手に通ってもらっては困るのよ。ミランダ、あの馬車に例のやつをぶつけるわよ。馬車が動いているから大変かもしれないけどがんばっていくわよ」
”クエーーーーーーー”。
妖精がミランダと名付けた黒いワイバーンは、ひと声泣くと馬車に向かって急降下を始める。ワイバーンの足元には 膨れ上がり今にも破裂寸前になった極楽芋がわしづかみにされていた。
「カル。空から何か来るにゃ」
荷馬車の幌の上が定位置になったお猫サマがそんな事を言い出した。
カル達が、馬車から身を乗り出して空をキョロキョロと観察していると、何か大きな塊が空からいくつも降って来る。
「あれは何でしょう・・・」
ライラが空から落ちて来る何かの塊を見てそう言葉を発しかけた時、それは地面に落ちると大きな音と共に何かを飛び散らせた。
その飛び散った何かは、馬車にも馬車を引く馬にも、空を見上げていたカル達の顔はおろか全身に浴びることになる。
「きゃ。なんですかこれ。何だか変な匂いがします」
メリルが変な匂いのするそれを全身に浴びながらその破片を手に取って見て気が付いた。
「もしかして極楽芋じゃないですか」
「極楽芋?例の膨らんで破裂するけど、食べると美味しい芋ですか」
「もしかして、当たり所が悪ければあれですが、空の上から極楽芋を落としてきた者は、僕達を殺す気は無いというこでしょうか」
「多分そうね」
「でも、何だかお酒くさいですね」
「昨日の茶屋のおばちゃんが言っていた白い液体の匂いでしょうか」
「あっ、また来ます」
「なら僕が落ちて来る極楽芋をなんとかします」
カルは、馬車から降りると大盾を空へと構える。そして大盾から金の糸を空へと飛ばし始める。だが、カル以外に金の糸は見えないので周りからは何をしているのか全く見当もつかない。
空から降って来る極楽芋は、次々とカルが操る金の糸に絡め取られると馬車の荷台へと放り込まれていく。
ライラは、馬車の荷台で酔いつぶれている妖精を拾うと、次々と鞄の中へと放り込んでいく。カルが馬車の荷台に落ちて来た極楽芋を放り込んでいくので、妖精が芋に潰されないようにと必死の連携作業が行われていた。
黒いワイバーンは、足で掴んでいた極楽芋が無くなる度にどこかに飛んでいっては、またこの場に戻りわしづかみにした極楽芋を空から投げ落としていく。
その姿を見ていたカル達は、思わず大笑いを始めてしまう。
「ちょと私とミランダを見て笑ってるの。だったらこっちも本気出すわよ」
空の上で何やら叫んでいる妖精は、城塞都市ラプラスに隣接する精霊の森にいる妖精の様に小さくはなく、人族の女性程の大きさであった。さらに妖精の横を飛ぶワイバーンは、通常の個体よりも大きく体の色も普通のワイバーンとは異なる黒い色をしていた。
だが、空を見上げていたエルフ族のエレンだけは、空を飛ぶ妖精を見て明らかに動揺していた。
「エレンさんどうしたの。まさか知り合いとか」
「えっ、はい。多分ですが・・・」
「なら、こっちから攻撃しない方がいいよね」
「私、話しかけてみます。・・・フランソワ様。フランソワ様。私です、エレンです。精霊の森に住んでいるエルフ族のエレンです。お願いです、精霊の森に帰ってきてください。精霊の森が焼き討ちにあって大変なんです。あのままでは、精霊様が死んでしまいます」
エルフ族のエレンの声に思わず反応する妖精。
「えっ、エレンがなんでここにいるの。でも、私は帰らないわ、あんな弱い精霊を守るなんて嫌。守るならもっと守りがいのある強い精霊を守りたいの!」
「そっ、そんな!」
「私は、この場所を私の土地に選んだの。だから誰にもこの地に入ってきて欲しくないし邪魔されたくないの」
妖精は、言いたい事を言うとカル達に向かって急降下を始める。それに向かってメリルも応戦とばかりに目から怪光線を発する。
だが妖精は、それを事前に察していたのか、どこからか取り出した盾を手に取るとメリルの怪光線を盾で防ぐと慌てて空高く舞い上がる。
「ちょと石化なんて危ないもの使わないでよ。当たって石になったらどうるのよ!」
「へえ、メリルさんが目から放った光線が石化だって分かるんですね。しかも石化を防ぐ盾まで持ってるなんて凄い」
カルも盾使いの端くれである。だから相手が使う盾が特殊であればある程、思わずそれに反応してしまうのだ。
妖精は、発酵して破裂寸前の極楽芋を空から落とすというおバカな攻撃を続けると思いきや、持っている盾で石化を防いでしまったりといまいちバカなのか頭が切れるのかよく分からない相手である。
妖精の攻撃は、メリルの怪光線によりくじかれてしまったため、今度は黒いワイバーンが急降下を始める。
さすがに飛ぶことを生業としている魔獣だけのことはある。急降下の速度も攻撃のかわし方も妖精の比ではない。
メリルが発する怪光線を次々と交わしながら馬車へと近づく黒いワイバーン。だが、馬車に近づけば近づくほどにメリルの怪光線の精度が増していく。
黒いワイバーンは、なかなか馬車に近づけずに何度も急降下と急上昇を繰り返す。
「ミランダ頑張って。貴方だけが頼りよ!」
妖精は、馬車への攻撃を何度も繰り返す黒いワイバーンに声援を送っていた。だが最初の攻撃から盾を構えたまま空の高みから動こうとしない。メリルの怪光線がよほど怖いらしい。
妖精の行動を見ていたカルは、この妖精は戦いには向いていないのではと思い始めた。空からの攻撃であれば、もっと簡単に相手を倒す方法などいくらでもあるはずなのに、なぜかそれを全くしないのだ。
ならば、倒すのはあの黒いワイバーンのみ。ワイバーンさえ倒せれば妖精はどうにでもなる。そう考えたカルは、一気に黒いワイバーンを倒す・・・いや、捕獲する事に決めた。
近づいて来る黒いワイバーンめがけて大盾から空に向かって金の糸を一本だけ繰り出す。とにかく高く遠くに金の糸を飛ばすことだけに専念する。空へと伸びた金の糸は、黒いワイバーンが飛ぶ高さまで上がると一気に蜘蛛の巣状に広がりワイバーンの片翼を絡めとることに成功する。
タイミングを見計らい今度は、金の糸を手繰り寄せる。するともう片方のワイバーンの羽がうなりを上げて空に舞い上がろうと力を振り絞る。
その力によりカルの体が地面から浮き上がる。だがメリルとライラがカルの体にしがみ付き地面へと呼び戻す。
一進一退の攻防が続くかに見えたその時、荷馬車の荷台から降りて来たラピリア・トレントが枝に成ったまだ熟していない固い緑色のラピリアの実を空にめがけて投げつけた。
するとその実は、暴れる黒いワイバーンの頭に見事に命中してまう。黒いワイバーンは、脳震盪を起こして地面へと落下を始めた。カルは、一気に金の糸を手繰り寄せると黒いワイバーンが地面に落ちないように必死で落下の速度を相殺する。
その時である。盾の表面に見慣れた口が現れ黒いワイバーンをそのまま飲み込んでしまった。
”ゴックン”。
”ヒリュー、ヒリュー、ヒリュー”。
カルも思わず呆気に取られてしまう。闇の双子との戦いにより盾の魔人は、舌を切断されてしまいずっと療養中だと精霊ホワイトローズから聞かされていた。そのため当分の間は盾の魔人とは会えないと持っていたのだ。
「えっ、私のミランダを大盾が食べちゃった。よくもやってくれたわね」
妖精は、大盾を構えるカルに向かって極楽芋を大量に投げつけてきた。だが、それをカルは盾の金の糸を駆使して器用に受け取ると荷馬車の荷台へ次々と放り込んでいく。
「ちょっと、ちっとも効いていないじゃない。いいわよ。もう飽きたわ」
妖精は、自分から馬車に極楽芋を投げつけておきながら、極楽芋が当たらないと分かると途端に興味を無くしていた。
妖精は、空の上から極楽芋を投げるのを諦め、背を向けてどこかへ飛んで行こうとする。以外と短気で飽きやすい妖精である。
だが、それを黙って見ている盾の魔人ではない。妖精の足には、いつの間にか盾の魔人の赤く長い舌が巻き付き、徐々に妖精を盾の魔人の口へと引き寄せていた。
「ちょっと何なの。何よこの気持ち悪いものは。はっ、放しなさいよ」
妖精の足に絡みついた盾の魔人の舌はみるみるうちに妖精を盾の口の前まで引き込むと、妖精が手に持っていた盾ごと妖精を飲み込んでしまう。
”ゴックン”。
”ウマヒ”。
「盾の魔人さん!ケガ、治ったんだ」
”ケガ、カンチー”。
カルは、思わず盾の魔人とはしゃいでいる。盾の魔人も赤く長い舌を盾の口から出してカルの顔をベロベロと嘗め回す。
それを見ていたエルフ族のエレンは、冷や汗と血の気が引いた顔でカルに恐る恐る話しかける。
「カル・・・さん。その盾は・・・なんですか。それにフランソワ様を食べるなんて・・・」
「ああ、この盾にはね魔人が住んでいるんだ。それに盾の中にはダンジョンもあるんだよ。エレンさんもダンジョンに入ってみる?でも盾のダンジョンの魔獣は強いから大変だよ」
「いっ、いえ・・・遠慮します」
盾の魔人を初めて見たエレンは、血の気の引いた顔で頭を抱えながら極楽芋と妖精で溢れかえる荷馬車の奥へと引っ込んでしまった。それをメリルとライラが優しく労わっていた。
「そんなに怖いかな。盾の魔人さんって意外と面白い魔人さんなんだけどな」
どこか他の人の感覚とズレている事を全く理解していないカルであった。
以外と呆気なく妖精と黒いワイバーンとの戦いが終わり、カル達と酔い潰れた妖精達と極楽芋を満載した荷馬車は、セトヤ山脈を越えて間もなくヴァートル王国の国境へとさしかかる。
盾に食べられてしまった妖精と黒いワイバーンについてはエレンからのお願いもあり、盾の魔人にダンジョン内で保護しておいて欲しいとお願いをした。
あの妖精は、精霊の森の守護妖精といって精霊の森を守る要の存在らしい。だが、あまりにも精霊の森の精霊が弱く不甲斐ないため、嫌気がさして精霊の森から妖精達と共に出ていってしまったらしい。
精霊の森へ行ったら、また精霊の森を守ってもらえる様にエレンがお願いをすると言っていた。
荷馬車の中は、黒いワイバーンと妖精が落とした極楽芋で埋め尽くされていた。仕方なくカルの腰の鞄の中へ全ての極楽芋を放り込んでいく。
城塞都市ラプラスに戻ったら何処かに植えて極楽芋のパイをまた皆で食べたいと思うカルであった。
ラピリア酒を飲んで酔い潰れていた妖精達は、今もカルの馬車に乗ったままだ。起きた妖精達は、またお酒を飲ませてくれると思っているのか潤んだ目でカル達をずっと見つめている。どこに行っても妖精に変になつかれてしまうカル。
荷馬車は、酒臭い妖精達で埋め尽くされたままエレンが住む精霊の森へと向かった。
さて次回は、精霊の森へ到着するカル達。そこで見たものは・・・。