83話.トレント
カルは、大盾の最奥に住む精霊ホワイトローズの依頼でラピリアの苗木を渡します。
カルが城塞都市アグニⅡでルル達に武具を贈った日の夜遅く。宿屋で就寝中のカルの前に精霊ホワイトローズが現れた。
「・・・ル」
「・・・カル」
「・・・起きるの」
「カル起きるの」
夢の中に現れた精霊ホワイトローズは、カルが寝ているベット手をかけると力いっぱい持ち上げ・・・。
「あっ!」
夢を見たカルは目が覚めベットから飛び起きた。悪夢でも見た後の様に息を荒げながらベットの周囲を見回すと、精霊ホワイトローズがベットに手をかけながらカルに向かって笑顔を振りまいていた。
「コホン。えーとカル、精霊の森の精霊から依頼があったの。だからカルが森や街や村に植えてる黄色いラピリアの実が成るラピリアの苗木が欲しいの」
「苗木ですか」
「そうなの。精霊の森の精霊の依頼にはあれがとても重要なの」
「いいですよ。何本くらいあればいいですか」
「3本もあればいいの」
カルは、ベットから起き上がると部屋のテーブルに置いた鞄からラピリアの苗木を3本取り出して精霊ホワイトローズへ手渡す。
「でも精霊の森の精霊さんがホワイトローズさんに依頼なんて初めてですね」
「そうなの。精霊同士で話ができる精霊チャンネルで話しかけてきたの。でもあまり遠いとお話できないの」
「あっ、ホワイトローズさん。サラブ村とリガの街の倉庫に置いたゲート空間移送システムありがとうございます。とても重宝しています」
「いいの。あれならいつでも用意するの」
精霊ホワイトローズは、そう言い残すとカルの大盾の中へと姿を消していく。
「あっ、そうだった。盾の魔人さんの容態を聞いておけばよかった」
闇の双子との戦いで舌を斬られてしまった盾の魔人の姿は、あれ以来見ることができないままである。
翌朝。
カルは、ルル達と城塞都市の状況と今後の運営についていくつかの打合せを行った。そこで議題になったのはやはりカルが始めたラピリア酒(薬)の国外販売であった。
まだまだ販売量は少ないが売れ行きは好調で販売価格を強気に設定したのにも関わらず1年先まで販売先が決まっていた。そのため生産拡大と城塞都市の税収拡大の期待は、カルの両肩にずっしりと重くのしかかっていた。
数日後。
精霊ホワイトローズから新しいラピリアの苗木を大量に渡されたカルは、城塞都市アグニⅡと隣接する精霊の森にその苗木を植え、いつもの様にライラに精霊治癒魔法をかけてもらう。
精霊ホワイトローズ曰く。
「品種改良をしたラピリアの苗木なの。精霊の森に凄く役に立つの」
とのこと。
今回、ライラが使った杖はカルが贈った例の魔導砲の杖である。とはいえライラが使う精霊治癒魔法に魔導砲は全く影響はないとカルもライラも簡単に考えていた。
ライラも新しい杖で精霊治癒魔法を放ってみたが特に違和感を感じていない様子である。
この後、品種改良をした苗木を各城塞都市に隣接する精霊の森に数十本づつ植えていく予定のため、その日の夜は森の手前にある作業場の屋根裏部屋に泊まることになった。
カル、メリル、ライラの3人は、作業場の屋根裏部屋にある簡易ベットに腰を下ろしながら今後の予定についていろいろ話しをていると、お猫サマが何やら目の前の何もない場所から大きなフカフカのクッションを取り出して見せた。
思わずその光景に見入ってしまう3人。
「お猫サマ・・・それってもしかするとアイテムバックみたいなものですか」
「そうにゃ。この中にはお猫サマの秘密がいっぱいにゃ」
「そっ、そうですか。あまり詮索していけないんですよね」
「そうにゃ。お猫サマはこれでも精霊神にゃ。知られるとまずいこともいっぱいにゃ」
お猫サマが取り出した大きなクッションは、成人女性よりも大きくベットよりも厚くできていた。
さらにそのクッションは、お猫サマと同じ様に宙を浮いていて、お猫サマが乗ると空に浮かぶ雲の様に膨らみフワフワと屋根裏部屋の中を漂い始めた。
お猫サマは、大きなクッションの上で両手両足を伸ばして背伸びをすると、猫の様に小さく丸くなり気持ち良さそうに眠りについていた。
なぜかその光景が飼い猫の仕草に似ていて実に微笑ましい。
そんなお猫サマの寝姿を見ていると、窓の外から精霊と妖精達の楽しげな歌声が聞こえてくる。今夜も楽しいそうな宴が精霊の森で開かれているのだろう。その楽しげな歌声に耳を傾けながら眠りについたカル達であった。
そして次の日、当然の様に異変は起きていた。
屋根裏部屋の天窓に朝日が差し込み、それに起こされるかの様に目を覚ますカル、メリル、ライラの3人。お猫サマは、大きなクッションで丸くなったまま宙に浮いていたのでそっとしておく。
朝食の準備をしようと屋根裏部屋から1階の作業場へと降りて来ると、作業場の外が異様に騒がしい。何かと思いカル達が作業場の外に出てみると・・・。
なぜか黄色いラピリアの実を成らせたラピリアの木々が道沿いにずらりと並んでいた。
精霊の森に植えたラピリアの苗木は、ライラの精霊治癒魔法により1日で成長して成木になる。だが、昨日は精霊の森に苗木を植えたはずで、作業場へと続く道の脇に苗木を植えたりはしていない。
「昨日、こんなところに苗木を植えてませんよね」
とつぶやくカル。
「そうです。精霊の森の中に植えましたね」
とつぶやくライラ。
「まさか木が歩いてきたんでしょうか」
とつぶやくメリル。
「ピンポーン。正解です」
と聞いた事のない声で誰かがつぶやく。
思わず顔を見合う3人。
「今、誰か話しました?」
「いえ」
「私も・・・」
思わず作業場の周囲に誰かいるのではないかと見渡す3人。
「おっと。私をご認識くださらない、これはまた痛い仕打ち。はっ、これは世に聞く放置プレイとかいうやつですね。これは初対面の私に高等テクニックをご披露されるとは」
またまた顔を見合う3人。
「・・・まっ、まさか木が話してる?」
「木が話す?そんなバカな」
「そうですよ。トレントだって話したりしないんですよ」
「あっ、初対面でいきなり話かけてしまい申し訳ありません。私こういう者です」
そういってカルの前に姿を現したラピリアの成木は、枝を手の様にのばすとカルに向かって小さな紙切れを差し出した。
「私。ラピリア・トレント族の族長をしております”スマイリー”と申します」
まさか木が・・・いやトレントが話しかけてくる右斜め上の展開に思わず固まる3人。
枝を手の様に起用に使い紙切れを差し出すトレント?を見ると、精霊の森で見かけるトレントにはない目や口や鼻がある。
カルは、差し出された紙切れを受け取るとそこに書いてある文字を読んでみた。
”ラピリア・トレント族”。
”族長 スマイリー”。
”精霊の森守備隊・ラピリア・トレント族”。
”ラピリアの実出荷部門統括責任者”。
「”スマイリー”さんですか。これはご丁寧に」
「私、精霊の森の精霊の依頼で精霊ホワイトローズ様に作っていただいたラピリア・トレントでございます。簡単な言葉であればゴーレムの様に理解できる知恵を授かっておりましたが、ライラ様の精霊治癒魔法により能力が拡大いたしまして、この様にお話ができる”仕様”になりました次第です」
カル達の前には、流暢に話をするトレントが立ち、しかも名刺まで差し出す程の高等知能を有していた。
思わずライラの顔を覗き込むカルとメリル。
「わっ、私何もしてません。カルさんに贈ってもらった杖で精霊治癒魔法を放っただけですよ!」
「そうです。ライラ様のお持ちの杖は、私達ラピリア・トレント族に高等な知恵を授けてくれました。このお礼に皆様のために全身全霊を以って奉仕させていただく所存でございます」
「・・・あっ、うん。ありがとう」
「私共は、例の闇の双子から精霊の森と城塞都市や村々を守る様にと、精霊の森の精霊より命じられておりますが、カル様のご命令にも従う様にとも申し使っております」
とても流暢でしかも丁寧な話方に、言葉が出ないカル達。
「では、当初のご命令通りに精霊の森と城塞都市と村々を守るということでよろしいですね」
ラピリア・トレントは、地面から根を引き抜くと道の横に並んで植えられているラピリアの木に号令を発した。
「皆の者。精霊の森の精霊様のご命令通り、これから精霊の森の防衛任務につく。我ら一族の誇りを汚さぬように心するように」
「「「「「「「「「「はっ」」」」」」」」」」
ラピリア・トレントの族長”スマイリー”の号令の下、地面から根を引き抜くと一斉に森の中へ散っていく。
予想外の光景に唖然と立ち尽くす3人であったが、ライラがあることを言い出した。
「もしかして、森の中にいる時はいいですけど、城塞都市や村々へ出て行ったら冒険者さんが魔獣だと言って狩ってしまいませんか、それに城塞都市の警備隊の方々も・・・」
「「あっ」」
ライラの言う通りである。
ラピリア・トレントは、普通のトレントと木の形が異なる。だが、歩く木と言えばトレント以外にはあり得ない。当然の様に冒険者達は、トレントを見たら狩るのが普通である。
さらに城塞都市や街道を守る警備隊と遭遇すれば、兵士を総動員してトレントを狩るはずである。
「私達ラピリア・トレント族は、人を襲ったりはいたしませんが、攻撃をされればその限りではございません。そこはご理解いただきたいところであります」
ラピリア・トレント族の族長である”スマイリー”さんの言葉が最後の決め手となり、カル達はラピリア・トレントの族長”スマイリー”を伴い冒険者ギルドと城塞都市の警備隊本部へと馬車で向かった。
お猫サマは、相変わらず作業場の屋根裏部屋で大きなクッションと共にプヨプヨと浮いていたので、少し手荒だがクッション毎お猫サマを作業場から引っ張りだして馬車の幌の上に縛り付けての移動だ。
ラピリア・トレントは、カル達の馬車よりも早く走ることができた。あまりに早く走れるので皆が驚いていると。
「緊急時に精霊の森や城塞都市に駆けつける必要があるので早く走れて当然ですよ」
と簡単に答えてくれた。やはりカルがライラに贈った杖も何かおかしな能力を持っていたようである。
城塞都市アグニⅡの冒険者ギルドの館へとやって来たカル達は、ギルド長を呼び出しギルドの館の前でたたずむラピリア・トレントを披露した。
城塞都市の住人や冒険者達が遠巻きにラピリア・トレントとカル達を見守る。中には剣を抜いて威嚇をする冒険者も大勢いた。
「私、ラピリア・トレント族の族長をしております”スマイリー”と申します。今後ともごひいきの程宜しくお願いいたします」
丁寧な口調でギルド長に挨拶を行い、先ほどの様に枝を手の様に伸ばして名刺を差し出す。
「こっ、これはご丁寧に」
思わずラピリア・トレントに名刺を差し出すギルド長。
「しかし、領主殿。トレントが話をするとは・・・」
「申し訳ございませんが、私共はラピリア・トレント族でございます。そこいらのトレントと一緒にされますといささか不愉快に感じますれば、その辺りお間違えのなきように」
「・・・そうか。すまんラピリア・トレントだったな」
「左様でございます」
ギルド長の顔が引きつり硬直する。
「それでですね、以前お話をした闇の双子という魔人対策に生まれたラピリア・トレント族なんです。なので、冒険者ギルドから冒険者達に狩らないように通達を出して欲しいんです」
「それは構わんが、他のトレントと・・・トレントと姿が違うので見分けはつくな」
カルの突然の訪問といきなりのお願いを了承するギルド長。精霊の森や他の森、はたまたダンジョンに出没するトレントは、杉の木の様な姿をしているが、ラピリア・トレントは、洋梨の木と同様の姿をしていたので一目瞭然であった。
「ええ。ですが万が一ということもありますから、彼らに名札でも付けてもらう事にします」
「そっ、それはいい考えです。では、我らも急いで広報の準備に取り掛かります」
ギルド長は、額から冷や汗を流しながら遠巻きに見ていたギルドの職員に指示を出しつつギルドの館へと戻っていく。
「ギルド長。トレントって話すんですか」
「はあ、お前も見ただろ。話すんだよ」
「でっ、でも」
「話すって言ってんだろ!」
「ギルド長、怒らないでください」
ギルド長の感情の高ぶった言葉に思わず泣きだす職員。それを見たギルド長も大人げないと謝罪の言葉を口にする。
「すまん。だがあの小僧が領主になってからおかしな事ばかりだ。そもそもあの小僧は、この城塞都市の領主でありながら中級ダンジョンのオーナーでもあるんだぞ。しかも話すトレントまで連れてきやがった。俺の頭から煙が出そうだ」
ギルド長とギルドの職員は、総出でラピリア・トレントが魔獣でありながら人を襲わない魔獣である事を知らせるギルドの広報紙を作成し、城塞都市や村々に慌てて配布を始めた。
冒険者ギルドへのお願いが終わった後は、ラピリア・トレントを連れて城塞都市の警備隊本部へと向かう。その後は、城塞都市の商工会議所へ向かい商工会会長への挨拶とお願い、さらに城塞都市の住民の地区長への挨拶と、今回は、根回しをする時間がなかったのでばたばたと挨拶とお願いに駆け回る羽目になったカル。
カルは、何かある度にいつもこの様な挨拶巡りをしていた。城塞都市の領主なのだから相手を呼びつければよいと思うかもしれないが、大抵の場合、カルよりも相手の方が3倍以上も歳をとっている。なので”ガキに呼びつけられる大人”という自尊心を傷つけられる行為を行わない様にとのカルなりの配慮であった。
この後、城塞都市や村々は、ラピリア・トレントが自身の根を足の様にして歩く姿が次第に見られるようになり、枝に成った黄色いラピリアの実を食べる妖精達と行動を共にするラピリア・トレントの姿が日常の風景となっていく。
カル達は、各城塞都市に隣接する精霊の森にラピリア・トレントの苗木を植えながら馬車でラプラスへと戻る予定である。ラプラスには、間もなくエルフ族のエレンが到着し、さらに精霊の森では、新たな動きを見せていた。
カルが魔法具を渡したルル、リオ、ライラ。
元は同じ魔法具ですがルルは攻撃魔法に。
リオは、土魔法で城壁を作りました。
ライラは、偶然とはいえラピリア・トレントに会話ができる知恵を授けました。
異なる魔法で異なる結果を生んだ3人。魔法具を破壊に使うのか、創造に使うのか、知恵を生み出すのか。
それを決めるのは、その道具を使う人というお話でした。