82話.城塞都市を守る武具(2)
さて、ドワーフのバレルに作ってもらった武具を渡すカル。当然、渡された武具を試したくなるのが人情というものです。
次にオルドアさん。
カルは、オルドアに会いドワーフのバレルに作ってもらった大剣を手渡す。形は違えど武具は、レオが使っている短剣と同じだと伝えたところ・・・。
「カル様。このオルドア。再度の忠誠を尽くしたいと思います。この様な魔法剣を授かりましたことは、剣士として喜びに堪えません」
オルドアは、片膝を付いて頭を下げてそんな事を言っていた。
カルからすれば、城塞都市を体を張って守ってくれているのだから、武具くらい良いものを使って欲しいとの安易な発想で渡したのだが、レオが使った短剣の威力を知っているオルドアにとって国王に対する騎士の誓いほどの思いがあった。
続いてレオさん。
カルが闇の双子と遭遇してレオに短剣を手渡した頃と少し雰囲気が変わっていた。
短剣をこよなく愛し、短剣を布でずっと拭いている姿は、ある意味異様であった。
「レオさん。大丈夫ですか」
「これはカル様。リオはカル様にいただいた短剣に似合う剣士になれたでしょうか」
短剣を布で拭くレオの目は座っていて何かに取り付かれている様にも見えた。
「あの、レオさん専用の大剣が出来たのでお持ちしたんです」
カルは、テーブルにレオ用に作った大剣を置いて見せた。
「おっ、おおっ、おおおっ。これはまた」
レオは鞘から大剣を引き抜く。剣身には美しく刻印された精密な魔法陣と魔法回路、それにいくつもの魔石が埋め込まれている。剣身を形作るミスリルの特品は、鈍く光輝き戦いの女神の如く戦場を待ち侘びているようである。
「素晴らしい。なんと素晴らしい逸品だ。こんなものを頂いてよろしいのですか」
リオの目がさらに輝き出し、何かに取り付かれているのが誰の目にも明らかに見える。
ふと、カルは考えた。もしかしてこの状況で黄色いラピリア酒(薬)を飲ませてみたらどうなるのだろうと。
カルは、レオに手持ちのラピリア酒(薬)が入った小瓶を差し出すと、言葉巧みに誘導して飲ませてみると・・・。
「ふう、これは美味しいですね。何かすっきりした気分です。体の中から何かが抜け出た様に感じます」
やはりだ。この剣を使うと何かが体の中に入り込んで精神を徐々に蝕むのかもしれない。
「レオさん。このラピリア酒(薬)は、体に凄く良いのでたまに飲んでください。体の疲れがとれますから」
「そうですか。ありがとうございます」
レオは、実はかなり危ない状態だったのかもしれない。それと以前渡した短剣を回収し、代わりに実家に持ち帰る化粧箱入りの短剣を渡してレオの元を後にした。
次はメリルさん。
もう双子に刺された太股も完治し、走れるまでになっていた。
「ご迷惑をおかけしました。本来ならカル様をお守りするはずが・・・」
「いえいえ。実際に守ってもらったから僕はここにいられるんですよ」
「そう言っていただけると助かります」
でもメリルさんの態度は、どことなくよそよそしかった。メリルは、カルの持つ大盾のダンジョンに住む精霊ホワイトローズよりカルの護衛として派遣された者だ。
メリルは、魔人メデューサを改造して作られたのだが、その魔人メデューサがあの闇の双子に全く歯が立たなかったのだ。負い目どころではない負の感情がメリルの心の中でずっと渦巻いていた。
「メリルさんにこの短剣を差し上げます」
「これは、・・・レオさんが使ったあの剣ですか」
「はい。今後、また闇の双子が現れるかもしれません。その時の備えです」
「それは、私をはまた受け入れてくれるということでしょうか」
「当然です。メリルさんは僕の大切な仲間ですから」
「あっ、ありがとう・・・ございます」
メリルは、カルの手を握ると目から大粒の涙を流していた。自身の役目を果たせなかった負い目で心が押しつぶされそうになっていた。そんなメリルをまた迎え入れてくれたカルに思わず涙を流していた。
最後は、ライラさん。
ライラは、カルと行動を共にしていたが、こういう時でないと恥ずかしくて贈り物を手渡す事ができない小心者のカルであった。
「いつも僕を助けてくれてありがとう」
そう言ってカルは、ライラに布にくるまれた杖を差し出す。
「よろしいのですか。私は、攻撃魔法は使えません」
「はい。でも精霊治癒魔法のおかげで精霊の森が沢山できました。ラピリアの実も沢山できました。そのおかげで闇の双子から生き延びることもできました」
カルが言った事は、全てここ最近のうちに起こった出来事である。ライラが以前の様に冒険者を続けていたら絶対に体験できないことばかりだ。
「何か凄く不思議です。街道でお腹を空かして行き倒れていた私を救ってもらって、それが今では信じられない生活を送っています」
ライラの言葉にカルは、笑顔でこう答えた。
「いえいえ、もっと凄い事が起こるかもしれませんよ。覚悟してくださいね」
カルは笑顔でそう言った。だがライラは、少し身震いを覚えた。それは本当に起こるかもしれないと思えたからだ。
ルル、リオ、レオ、オルドアの鬼人族の4人は、城塞都市アグニⅡの精霊の森を迂回して茫漠の地へとやってきた。茫漠の先には、砂漠が広がり砂丘の先にワーム達が姿を現していた。
「では、まず私から始める」
ルルが、カルから贈られた槍を持ち魔力を込める。
「カル様から、気分が落ち込んだりしたらこの薬を飲む様にと言われています。何かがおかしいと感じたらすぐに言ってください」
リオがラピリア酒(薬)の入った小瓶を握り締めルルが魔法を発動する瞬間を待つ。
その後ろには、レオ、オルドアが並び、さらに護衛として数十人の兵士達が馬と馬車を引き連れて隊列を組んで見守る。
ルルが構える槍の先端に光の玉が現れ、光は徐々に強くなり眩い光をさらに増していく。
カルは、武具を手渡した時に注意事項を言っていた。魔力は出来るだけ弱くと。
だが、それを守る者など誰もいない。この手の武具は、相応の魔力を必要とすることを体で知っているからだ。
ルルの槍の先端に光が集まり明滅を繰り返す。ルルは、槍に対して魔法を放てと命じる。
次の瞬間。槍の先端から明滅する閃光が空へと放たれた。
茫漠を越えて砂漠へと到達した閃光は、砂丘へと降り立つと一瞬にして巨大な閃光となって周囲を照らし出した。
とても目で見ることなどできない巨大な閃光が一瞬に広がる。
続いて体験したこのない熱が周囲を炎の草原へと変えていく。
さらに音と爆風が周囲を飲み込みながら広がりあらゆるものを吹き飛ばしていく。
槍を構えたルルの体を光と熱と音と爆風が通り過ぎる。
石と砂の嵐が容赦なくルルの体を襲い、熱風がルルの体を宙に舞い上げる。
ルルの意識は、そこで途切れた。
「・・・様。・・・ル様。ルル様」
リオがルルの体を覆う石や砂を退かしながら声をかけていた。
「大丈夫ですかルル様」
「ああ。・・・何が起きた」
「あっ、あれを」
リオが指刺す方向に目線を向けると、砂漠の砂丘の上に巨大な赤いきのこ雲が空に向かって舞い上がる光景が広がっていた。
「なっ、なんだあの赤い雲は!」
「あれがルル様が放った魔法のなれの果てです」
巨大な赤いきのこ雲は、ゆっくりと空へと舞い上がる。その真っ赤な雲の周囲には、白い輪の様な雲が次々と出来ては消えていく。
赤い雲は、さらに空高く舞い上がる。まるで太陽がもうひとつ誕生したかの様に。
あまりの音に全ての馬はどこかへ逃げてしまい、兵士達は全員が茫漠の地に倒れ、砂と石に埋もれていた。
「ルル様。私が国境の砦で見た魔導砲はこれよりも遥かに小規模な破壊力でした。ルル様たったおひとりの魔力でこれだけの破壊力を出すこの槍は、槍の形をした魔導砲なのです」
「魔導砲。槍の形をした魔導砲・・・」
「はい。300年前の大戦の時に作られた魔導砲。あまりの威力のため封印されたものです。その魔導砲は、とても巨大で魔法を発動するのにも数百人の魔術師の魔力が必要でした」
「だがこの槍、いやこの魔導砲は、私ひとりの魔力だけで撃てた。それも魔力の枯渇など全く感じない」
「カル様が言っていたことを思い出します。城塞都市を守るためだけに使って欲しいと。戦争には使わないで欲しいと」
「カルは、こんなものを作っていたのか」
空高く舞い上がるもうひとつの太陽。雲がないはずの空からは、黒い雨がルル達の頭上にしとしとと降り注いでいた。
カルが贈った武具の試射が終わると皆は城塞都市へと帰っていった。だが、魔術師であるリオだけは茫漠の地に残り杖の感触を確かめていた。
リオは、カルから送られた杖は、単に強力な魔法を発動するためだけの魔法具だとは考えていなかった。
それに気が付いたのは、あの杖で魔法の試し撃ちをした時に感じた違和感である。リオは、何気なく杖に魔力を込めて魔法を発動した。結果は、見たこともない威力の魔法を発動することができた。いや、できてしまったのだ。
通常魔法は、ふたつの方法のどちらかで発動できる。
(1).呪文の詠唱を行うことで魔力を高め魔法を発動させる。
(2).呪文を詠唱せずに呪文をイメージするだけで魔力を高め魔法を発動させる。
魔術師として経験の浅い者は当然(1)の方法で魔法を発動させる。さらに経験を積むか才能のある魔術師は、(2)の方法で魔法を発動させる。
さらにもうひとつ魔法を発動させる方法がある。だが、その方法はどの魔術師にもできない究極の芸当である。
(3).魔法を発動させた結果として起こる事象をイメージするだけでその通りの魔法を発動させる。
というものだ。だが、この域に達する魔術師は皆無である。稀に魔術書に賢者という呼び名で登場する者がその様な魔法を発動する場面が書き記されている。だが、それはあくまでも物語の表現として書かれたにすぎないと今までは思っていた。
ところがリオは、あの杖を手に持った時に呪文の詠唱も行わず、呪文をイメージすらしなかった。イメージしたのは、ルルが放った超高威力の魔法が起こしたあの爆炎のイメージである。
リオは、魔法の試し撃ちを行い皆があの場から帰った後も魔法を発動する練習を続けた。
それは、超高威力の魔法ではなく、全く逆の低威力の魔法を発動させる練習であった。さらに、魔法を自身が持つイメージだけで発動できるとするならば、自身が不得意な属性の魔法も発動できるのではないかと考えた。
最初は、魔法の呪文も魔法の呪文のイメージすら思い浮かべず、炎のイメージだけを思い浮かべて魔法を発動させる。すると目の前にはいつもの様に炎が現れた。
次に氷のイメージを思い浮かべて魔法を発動させる。やはり目の前には氷の塊が現れた。
では、自身の不得意属性である雷、風、土と次々とイメージだけを思い浮かべて魔法を発動させる。するとその通りの事象が発生した。
以前は、どんなに練習を行っても極低威力の魔法しか放てなかった不得意属性の魔法が簡単に発動してしまう。
魔術師であるリオは、ルルやレオに比べると魔力の制御も自在にできる。だが、不得意属性の魔法となると話は違うのだが、カルから贈られた杖を手に持つとそれが簡単にできてしまう。
リオは、そこであることを考えた。もし土魔法のウォール(土壁)が使えるのならば、土魔法で城壁を作れないかと。
杖に魔力を込めてウォール(土壁)を発動する。すると目の前には土壁が出来上がっていた。
次に、城壁の姿をイメージして魔法を発動しててみると・・・目の前には長さ数十メートル、高さ4m程の城壁が誕生した。だが、イメージが曖昧だったせいか、微妙に崩れかけた城壁が出来上がった。
さらに城の姿をイメージしてみると・・・微妙に崩れた曖昧であやふやな形ではあるが高さ数十メートルの城が出来上がった。
リオは、魔法の事象をイメージするのは得意だが、造形物をイメージするのは不得意である。だが、もうそんな些細な事はどうでも良くなっていた。
もし、この杖がイメージするだけで何でも魔法として発動できるというのならば、”毒”をイメージした場合はどうなのか。何気なしにそれを思い浮かべ杖にイメージを送りその魔法を砂漠に向かって発動した。
砂漠の上に紫色の毒々しい色をした液体の塊が姿を現す。その液体は、砂漠の砂丘にゆっくりと雨の様に降り注ぎ毒々しい紫色の砂丘をいくつも出現させた。
リオは、しばらくその光景を眺めていた。すると砂丘が盛り上がりそこから数十体のワームが現れた。だが、ワーム達は、暴れることもなく砂丘の上に紫色に染まった体を横たえてぴくりとも動かない。
「まさか・・・ワームを一撃で倒す毒も発動できるのか」
リオは、城壁や城を土魔法で作るまでは面白くて仕方なかった。だが”毒”は何に増しても危険であると感じた。しかもワームですら一撃で倒す”毒”である。
もしこれを誤って城塞都市の中で発動させたとしたら・・・、その惨劇たるや想像に絶するものがある。
「それにしてもこの杖、魔法属性を無視してイメージだけで魔法を放てるとは、魔法の概念を覆す恐ろしい魔法具。こんなものをこの城塞都市だけで4人も装備しているとは呆れて笑ってしまいます」
リオの高笑いが茫漠の地に響き渡る。その高笑いは、崩れかけた曖昧であやふやな姿の城壁と城に反響し、悪の魔術師の高笑いにさえ聞こえた。
あの魔法具は、単に大出力の魔法を発動させるものではないことが判明しました。