08話.領主になった日の喜劇(1)
ちょっと痛い話です。ごめんなさい。
悲劇を飛び越して喜劇です。
カルは、領主になった日の午前中に街の有力者との懇親会に出席した。
表面上は、鬼人族のルルが領主。でもルルの本当の肩書は副領主。本当の領主はカル。でも、カルはお飾りの領主。
誰もカルが領主だなんて思ってなどいない。鬼人族に勝てる人族なんているはずがない。皆、そう思っている。
ましてや14才の人族の子供だ。懇親会では、適当に挨拶をされると皆、副領主の鬼人族のルルの元に群がった。鬼人族のルルの顔を知っていても、適当に挨拶したカルの顔など誰も覚えてなどいない。
ここにカルの居場所はない。14才の子供にもそれは理解できた。ひとり懇親会の会場を抜け出すと懇親会のために用意された礼服を脱ぎ、今まで着ていたつぎはぎだらけのみすぼらしい服に着替え、城塞都市の街中へと足を向けた。背中には真新しい大きな盾を担いで。
都市の北側にある商店街へとやってきたカルは、全てのものが斬新に映った。今まで村からさらに奥まった山間の森の中に住んでいたのだ。目にも鮮やかな果物や美味しそうな匂いの食べ物が店や露店で売られている。
商店街に多くの買い物をする人々があふれ活気付いている。逃げ出した懇親会の席では何も食べることはできなかったのでいい具合にお腹も空いている。
さて、何を食べようかと目移りするカルの後ろで、誰かの大きな声が響いた。
「おい、お前!」
「おい、そこのお前だ!大きな盾を背負ったお前だ!」
最初、誰のことを呼んでいるんか分からずその言葉をカルは無視していたが、"大きな盾を背負った"と言われれば僕のことかと振り返った。その瞬間、カルの頬に拳がめり込んだ。
「ふん、ガキの分際でこんな高そうな盾なんぞ持ちやがって。どうせ盗品に違いない。連れていけ」
そこには、城塞都市を守る兵士が数人立っていた。兵士達は、頬を殴られて気絶し地面に横たわるカルを抱えて詰所に連行していった。
「おい!起きろ。いつまで寝ていやがる!」
カルの頭から水が勢いよくかけられた。
「はっ、ここは?」
カルは、どこかの部屋の中央に椅子に縛られた状態でいた。手も足も体すら身動きできず、ずぶ濡れの状態で訳も分からず、ただ椅子に座らされていた。
目の前には、数名の兵士がにやついた顔で立っていた。カルが椅子に縛られて座らされていた部屋は、通称"拷問部屋"。この部屋に入れられた者は、五体満足の姿で出て来る事はない。
「やっと起きたか」
「おい、ガキ!あの盾や短剣や防具をどこから盗んできた。素直にはいたら罰金刑でゆるしてやる」
兵士が言い放った言葉には嘘があった。"罰金刑でゆるしてやる"など真っ赤な嘘で、罪を自白した後も延々と拷問が続くのがいつものやり口だ。
カルは、目の前の兵士が何を言っているのか理解できず、ただ口をぽかんと開いていた。
すると、兵士がカルの頬めがけて二度三度と拳を繰り出し、カルの頬はみるみる腫れあがり紫色に変わっていく。
頬を殴られてうなだれるカルに対して、兵士はカルの髪をつかみ、耳元でもう一度言う。
「おい、俺は気が短いんだ。素直にはけ」
「あの盾や短剣や防具をどこから盗んできた。ああっ!」
カルは、やっと状況が飲み込めた。目の前の兵士達は、カルが武具を盗んだと思っている。確かに14才の子供が装備するには、かなり高価に見える武具ばかり。
でも、それらの武具は決して盗んだ物ではない。全て剣爺が作ってくれた武具だ。しかし、それを正直に言ったところで誰も信じてはくれないだろう。
いや、逆に話してはいけない。カルはそう思った。部屋のすみに剣爺が作ってくれた武具が並べられていた。あの武具を装備していれば、剣爺を装備していれば、こんな兵士にだって負けないのに。
カルの心の中に小さな灯が燈った。こんな兵士に絶対に負けないと。
その時、部屋の扉が勢いよく開かれると兵士が部屋へと入ってきた。
「副隊長、たいへんです。新しい領主様が行方不明になったそうです」
カルの髪の毛を掴んでカルを嬲っていた兵士が答えた。
「なに、領主様ってあの鬼人族の子供か?」
「いえ、新しい領主様は人族の子供だそうです」
「おいおい、冗談はやめてくれ。鬼人族は、戦いで負けない限りここの領主様だぞ」
兵士は、カルの髪の毛を掴んだまま、今度はカルの腹にめがけて数発の拳を力まかせに放った。カルは、胃液と血を口から吐き出しながら必死に耐えた。
「ははは、まさか鬼人族が人族の子供に負けたのか。そりゃいいざまだ。そうか、俺たちも鬼人族に勝てる見込みがあるってわけか」
「おい、その新しい人族の領主様ってどんなやつだ」
「なんでも、背中に大盾を担いだ14才くらいの男の子らしいです」
「ほお、背中に大盾ねえ・・・・・・」
カルの髪の毛をわしづかみにしていた兵士は、部屋のかたすみに置いた武具を見た。
まさか、このガキが新しい領主って訳じゃねえよな。もしかしたら、こいつが新しい領主から武具を盗んだのか。なら、こいつを鬼人族のところに連れていけば、小金が手に入るか。兵士の顔がにやつきだすと、さらにカルの腹にむけて拳を叩きこんだ。
「おい、ちょっとやりすぎだぞ。そんなに殴ったら死んじまう」
「何を甘い事を言ってやがる。こんな盗みを働くガキをのさばらせているから、いつまでもこの街はよくならねえんだよ」
カルは、あまりの激痛に気を失い、その口から血がしたたり落ちていた。顔は何度も殴られたことで紫色に変色し、腫れあがり元の顔すら分からない状態になっていた。
「おい、そのガキに頭から水をかけろ!」
しかし、ガキが担いでいたあの大盾はなんなんだ。ガキの背中から外した途端、ものすごい重さで誰ひとりとして担ぎ上げることすらできやしない。大盾ひとつを持ち上げるのに大人8人がかりってどんだけ重いんだよ。このガキ、こんな重い大盾をよく担いでいやがったな。
カルの頭から再び水がかけられた。だが、カルの意識が戻ることはなく、カルの口からは血がしたたり、見るに堪えない光景であった。
カルを殴りつける兵士は、目の前の子供が新しい領主から盗んだと勝手に決めつけ、さらには、この武具を持っていけば、報奨金が貰えると自分勝手な想像をどんどん膨らませていた。
”ドン”。
通称拷問部屋の扉が勢いよく開け放たれると扉から鬼人族のルルが怒り狂った形相で扉の前で立っていた。
「ここに大盾を担いだ少年が連れ込まれたそうだな!」
ルルの後ろには、鬼人族の少女がふたり連れだっていた。ルルが、拷問部屋の奥へと入っていくと、椅子に縛られ顔が紫色に腫れあがり、口から血を流して意識をなくしているカルの姿が目に飛び込んできた。
だが、カルの顔は既に識別できるような状態ではなく、普通に見たら目の前の少年がカルだとは分からないはずなのだが、着ている服、履いている靴、それにカルの匂いからルルは、目の前の少年をカルだと認識した。
ルルの顔は、蒼白となり両手の拳をあらんかぎりの力で握った。
「おい、お前達、ここで何をしている!」
話が長いことに気が付きました。特にスマホで読んでいると、話が長いと辛く感じるので分割しました。
後半部分は、今日中に掲載します。ごめんなさいです。
※07話で改行位置がメチャクチャでしたので修正しました。