77話.お猫サマの日常(1)
お猫サマは、下町のパン屋でパンの耳を買い込んで空き地で食べていると、子供達がやってきました。
精霊神であるお猫サマは、領主の館に部屋をもらいそこに住むことになった。
だが、時を司る神もその術を披露する場は殆どなく、唯一、お酒の時を100年進めるという超絶技法もあまりの効能ゆえに封印されてしまう。
近々どこかに遠征するとかダンジョンで戦うといった事もないため、酒の国外輸出の仕事が終わると1日の殆どを暇に過ごす日々が続いた。
お猫サマが街中をプヨプヨと浮きながら移動する様は、最初は驚かれたものの初級冒険者の多いこの街でも魔術師の事を知っている者は多数おり、あれは魔法だと教える人が多く驚く者も少なくなり普通の光景となっていた。
そんな時、下町をプヨプヨと浮きながら店参りを続けているお猫サマの目に一軒のパン屋が目に入った。
とはいえ、時は既に昼を過ぎており店先に並べられたパンも殆どなく、売れ残りのパンが数個とパンの耳が大量に入った紙袋だけであった。
お猫サマは、カルから支給されたお金を持ち、そのパンの耳が大量に入った紙袋を安く譲り受けると、下町の空き地でパンの耳をかじりながらのんきに時を過ごしていた。
そんな時、美味しそうにパンの耳をかじるお猫サマの前にふたりの子供がやってきた。服はボロボロで汚れていて、どう見てもどこかの家の子供には見えない。
「ははん、浮浪児にゃ。お猫サマのパンの耳が目当てにゃ」
お猫サマは少し考えると、ふたりの浮浪児にこういった。
「そこの子供。仕事をやるにゃ。こっちにくるにゃ」
だがふたりの子供は、動こうとはしない。
「いいからこっちに来るにゃ!」
お猫サマが強い口調でふたりの子供を呼びつける。すると子供は、お猫サマの言葉に従い近くへとやって来た。
ふたりの子供からは、決してよい匂いはしない。それどころかかなり強烈な腐敗臭が漂う。
だが、お猫サマは、あえてそのふたりにこう命じた。
「お猫サマの肩を揉むにゃ。お猫サマは疲れてるにゃ。これは仕事にゃ」
そう言われた子供は、順番にお猫サマの肩を揉み始めた。
「歳はいくつにゃ?」
「10歳」
「9歳」
「兄妹にゃ?」
「違う」
「親はいるにゃ?」
「いない。路上に住んでる」
「ゴミをあさってる」
「名前は何にゃ?」
「ロイ」
「ホリー」
「そうにゃ」
お猫サマは、少し考えるとこういった。
「肩のこりが良くなったにゃ。これはお礼にゃ」
そういって食べていたパンの耳が大量に入った紙袋を手渡す。
「いいかにゃ。これは、仕事をやったふたりへの報酬にゃ。働かざる者食うべからずにゃ」
お猫サマは、立ち上がるとふたりの顔を見ながら、自身の肩を叩いて見せた。
「明日もここに来るにゃ。お猫サマは、毎日肩がこるにゃ」
ロイとホリーは、お猫サマから手渡された紙袋からパンの耳を取り出して口に運ぶと美味しそうに食べ始めた。
次の日。
お猫サマは、パンの耳が大量に入った紙袋を持って昨日と同じ空き地にいた。
そこに現れたロイとホリーに肩を叩かせ、仕事の報酬と言ってパンの耳が大量に入った紙袋を手渡す。
その次の日も。
さらにその次の日も。
ある日、お猫サマはカルにこんな事を言った。
「カル。下町に馬小屋のあるボロ屋はないかにゃ」
「馬小屋ですか」
「そうにゃ。馬が飼いたいにゃ」
「分かりました。少し心当たりがありますので探してみます」
カルも城塞都市ラプラスの散歩を毎日欠かさなかった。なので廃屋や空き地の場所などは、ほぼ把握している。
さらに、カルも専属の特別部署を立ち上げた。それは、ルルの様に情報収集を専門に行う部署である。とはいえ、カルは裏の世界に疎いため、それら裏の世界に詳しい職員から人を借り受け、さらに数人の新しい人材を入れて立ちあげた部署であった。
その部署の人にお猫サマの日々の行動を探らせ、お猫サマが何をしているのかを調べていた。
お猫サマは、毎日の様にパン屋でパンの耳が大量に入った袋を買っては、浮浪児にパンの耳を与えていた。そこから推測すると、お猫サマは浮浪者の子供を住まわせる家を探しているのではと。ならば、あえて古い家を探した方が気兼ねしなくてよいとカルは考えた。
カルの推察は的中した。お猫サマは、ロイとホリーをその家に住まわせた。だが、お猫サマが行ったのはそれだけではなかった。
お猫サマは、貸し馬車屋の前に行くと、店の前に置かれた古い馬車とそれに繋がれた年老いた馬を見つける。
「店主。店主はいるにゃ」
「はい。お待ちを。はい、はい、馬車をお探しでしょうか」
「違うにゃ。この年老いた馬にゃ。この馬はどうするにゃ」
「えっ、この馬ですか。この馬は年老いてますからね。馬肉にでもして売ろうと考えてます。ただ、年老いた馬の肉は不味いので安いんですよ」
「ほう。この馬の馬肉はいくらにや」
「馬ではなく馬肉ですか。そうですね銀貨5枚ってとこですかね」
「ならこの馬肉をもらうにゃ。お猫サマは馬をさばくのが得意にゃ」
お猫サマは、猫手から隠していた鋭く尖った爪を伸ばして店主に見せびらかす。爪は鈍く鋭い光を放ち店主の顔に光を落とした。
「ひっ、分かりました。馬肉をお売りします」
「この古い馬車も買うにゃ。しかし古い馬車にゃ。ポロボロにゃ」
「えっ、ええ。年代物ですからね。馬車は廃棄する予定だったので、お持ちしていいですよ」
「分かったにゃ。約束の馬肉の代金にゃ」
そういってお猫サマは、馬肉代として銀貨5枚を貸し馬車屋の店主に手渡す。そして馬車に繋がれた老馬の耳元でこうささやいた。
「今からお前を若返らせるにゃ。いいにゃ。お猫サマのために死ぬまで働くにゃ。怠けたら馬肉にゃ。お猫サマは馬肉が大好物にゃ」
老馬は、暴れそうになったが所詮老馬である。若い時の様に動くことはできない。さらにお猫サマの狂気に満ちた目と猫手から伸びる長く鋭い爪に恐怖し動くことすらできずに固まってしまう。
お猫サマは、得意の時間操作の術を用いて馬を若返らせる。
「ニュ」
すると、目の間の老馬があっという間に若い馬へと甦っていく。
「おっ、おお。なんですと。馬が若返った。どっ、どうやって」
「店主。お猫サマは馬肉を買ったにゃ。馬は買ってないにゃ。他言無用にゃ」
お猫サマは、そう言うと猫手から伸びた長く鋭い爪を己の舌で嘗め回した。
「ひっ、ひえーーーー。そっ、そうでした。馬肉をお買いになったのです。私は何も見ていません」
さらにお猫サマは、今にも崩れそうなボロボロの馬車にも術をかける。
「ニュ」
すると崩れかけのボロボロの馬車は新品同様となった。お猫サマは、手綱をひいて若い馬と新品の馬車をボロ屋まで歩いて引いていった。
その光景を見てうなだれる貸し馬車屋の店主。この後、お猫サマはこの貸し馬車をとことん利用することになる。
ボロ屋を少し手直ししたお猫サマは、ロイとホリーをボロ屋に住まわせた。
「いいかにゃ。お猫サマは、馬車で荷物を運ぶ仕事をするにゃ。でもお猫サマの仕事は、お金の管理にゃ。お前達は、馬車で荷物を運ぶのが仕事にゃ。お猫サマは厳しいにゃ。さぼったら飯ぬきにゃ。でも仕事をしたら食べるものと寝るところ、それに金をやるにや。いいにゃ」
「「はい」」
お猫サマのきつい言い方に少々緊張したふたりは、何も言わずにお猫サマの馬の世話を始めた。
「いいにゃ。明日までに馬の手綱さばきを覚えるにゃ。覚えられなかったら飯ぬきにゃ」
「「はい」」
ふたりは夜遅くまでお猫サマの指導で馬の手綱さばきを覚えることになった。その夜、ボロ屋に帰ったロイとホリーは、お猫サマから服を着換える様にと言われる。
「お前達。その服を脱いで体を洗うにゃ。そしたらこっちの服を着るにゃ」
お猫サマは、どこから買ってきたのか中古の子供服を用意していた。さらに鍋に入ったスープとパンがボロ屋の台所に置かれていた。
「そのスープとパンを食べたらそこのベットで寝るにゃ。お猫サマは、仕事があるから明日の朝になっら来るにゃ」
子供達のためにいろいろ手を尽くすマメなお猫サマである。
その夜。領主の館に戻ったお猫サマは、カルに相談を持ち掛けた。
「カルが作ったお酒にゃ。あれを運ぶ仕事を少し分けて欲しいにゃ」
「お酒の運搬ですか」
「そうにゃ」
「酒樽をサラブ村へ運搬するとなると往復で2日かかりますね。帰りは穀物の運搬になりますけどいいですか」
「いいにゃ。お猫サマの馬に運ばせるにゃ」
「なら、この許可証を持って行ってください。酒樽の運搬には、特別の許可を与えた人以外は仕事を発注してませんから」
「よかったにゃ。これであの子供達を食わせられるにゃ」
「えっ、何か言いました」
「なんでもないにゃ」
実は、カルが立ち上げた情報収集の部署にお猫サマが何をしていたか逐一調べてもらっていた。そこで分かったことは、お猫サマは浮浪者の子供達に仕事を与えようとしているのではないかということだった。
わざときつい言い方をして浮浪者の子供達が逃げない様に仕向けながら、食べるものと住む場所を与え、さらに仕事も与えたのだ。
こういった行動力は、カルにはないもだ。思わずお猫サマの行動力に脱帽するカルであった。
次の日。
ロイとホリーが手綱を握る馬車は、精霊の森の入り口にある作業場にと到着すると、酒樽を積み込み早々に出発した。
「カル。悪いけど2日程留守にするにや。その間、大人しくしているにゃ」
「はい。いってらっしゃい」
カルは、笑顔で子供達が手綱を握る馬車を見送った。
お猫サマは、強引に馬と馬車を買い子供達に手綱を握らせて仕事を覚えさせました。
続きはこの後・・・。