73話.想像を絶する薬の効能(4)
裁定の木は、巨木でありながら自らの根を足の様にして歩き出しました。
「うわー。城塞都市ラプラス程もある巨木が自らの根を足に様にして歩いてる。まるで巨大トレントみたい」
何気なく言ったカルの言葉に、それを見ている精霊の木の精霊もライラもただ唖然とその景色を見ているしかなかった。
「しかもあれだけの巨木なのに歩くのが異様に早いね。もしかして馬よりも早いんじゃない」
コルナ山の山頂から茫漠と砂漠の方向へと向かって歩いていった裁定の木は、森の木々で見えなくなっていく。
これから何が起こるか分からない。そんな驚きと好奇心が入れ混じりながら、皆は、森の中の街道を走ると森の外れへとやって来た。
この先は、精霊の森はなく草原と荒地、さらに茫漠と砂漠が続く地となる。
精霊の森の遥か先を進む裁定の木は、自らの根を使って歩いて・・・歩いて・・・、いや何かがおかしい。先ほどまで裁定の木は地上を自らの根を使って軟体動物の様に歩いていた。
だが、遥か彼方の砂漠の上を行く裁定の木は、根をだらんとぶら下げたまま歩いて・・・いや、浮いていた。
「精霊さん。裁定の木って・・・あの大きさで、城塞都市ラプラス程もある大きさで浮くんですか」
「分からないの。伝承には何にも残っていないの」
精霊の木の精霊でも、裁定の木のことはよく分からないようだ。
「でも、あの巨木が浮いてるだけならいいけど、もし空を妖精達の様に自由に飛んだら脅威ですね。だって城塞都市ラプラス程もある巨木が空を飛ぶんですよ。もしあんなのが空から降って来たらラプラスなんて一瞬にして圧し潰されますね」
何気ない言葉を放つライラの顔を、カルと精霊の木の精霊がいぶかしげに見つめる。
「えっ、たとえ話ですよ。あんな城塞都市ほどもある巨木が妖精様に空を飛んだら、気を失ってしまいますよ」
そんな言葉を発したライラの頭の上を、カルの頭の上を、精霊の森の精霊の頭の上を、数百は集まった妖精達や魔獣達の頭の上を、巨大な影が覆い隠す。
先ほどまで砂漠の上にいたはずの裁定の木は、カル達の頭上を飛んでいた。浮いているのではなくまさしく飛んでいたのだ。
カル達がいる精霊の森の外れから砂漠迄は、歩いても1時間以上はかかる距離がある。それを話しをしているほんの一瞬の時で飛んで見せたのだ。
カルもライラも精霊、も妖精達も、空を飛ぶ巨大な木の姿を見上げたまま、開いた口が閉じることはなかった。
ライラは、いつの間にか気を失って倒れていた。でも、倒れたライラを見る余裕に誰にもない。
精霊の木は、その後コルナ山の山頂へと着地すると、静かに山頂に根をおろした。
しばらくするとコルナ山の山頂周辺には、巨木が生い茂る森が現れ始めた。その木々の大きさたるや精霊の森など比べることすら憚られるほどである。
カルも精霊の森の精霊も、言葉にならずただ口をパクパクさせているだけである。
「えーと、落ち着いたら皆で集まって対策を考えましょうか」
「そっ、そうなの。それがいいの。私も精霊として裁定の木に話かけてみるの」
「よろしくお願いします。裁定の木さんが怒らない程度にやんわりとお願いしますね」
「そうなの。あの大きさだと精霊の森や城塞都市も一瞬で圧し潰されるの。気を付けて呼びかけてみるの」
もう、何も考えられなくなったカルも精霊の木の精霊も、その日はお開きとなり個々の家へと戻ることになった。
気を失ったライラは、カルが抱えて行く。それに気がついたライラは、少し嬉しそうにカルに抱きつきながら運ばれて行った。
お猫サマはというと・・・。
「気持ち悪いにゃ。うっ、だめにゃ。げろげろげろ・・・」
馬車の幌の上から地面に向かって嘔吐するお猫サマ。そのまま幌の上で気持ち悪そうに寝込んでしまいました。
その頃、城塞都市ラプラスの住民達はというと・・・。
城塞都市ラプラスの上空を飛ぶ巨木を見上げて口を大きく開いていた。
「おいおい。城塞都市ほどもある木が空を飛んでいるぞ」
「ああ。でかいな」
「あれがラプラスに落ちてきたら一瞬で終わるな」
「怖いことを言うなよ」
城塞都市の住民達が不安な面持ちで空を見上げる中、とある住民が同じく空を見上げる警備隊の兵士に向かって話しかけた。
「あっ、あれはなんですか。空飛ぶ木など見たことがありません」
話かけられた警備隊の兵士も何も知らない。だが、不安になっている城塞都市の住民達を落ち着かせるためにちょっとした嘘をついた。
「あれは、城塞都市ラプラスの領主様がやっているんですよ。この城塞都市の領主様は、いろいろ面白い方です。最近は、昼間でも街中で妖精が見えるようになりましたし、家々に上がり込んだ妖精達と寝起きを共にする住民も増えたようです」
続けて最近の領主がやったことをつらつらと口に出す。
「城塞都市ラプラスの隣りにひと晩で森を出現させたのも領主様です。数日で森を遥か先まで広げたのも領主様です。妖精が見える様にしたのも領主様です」
そして警備隊の兵士が最後にこう言った。
「城塞都市ラプラスの領主様なら”なんでもあり”なんです」
「そうですね。ひと晩で森が現れた時は驚きました。妖精が見えるようになった時も驚きましたが、あれの続きと思うとなぜか納得ができます」
「なーんだ。領主様か」
「みんな。領主様がまた何かやっているんだってよ」
「そうか。領主様か。なら領主様が植えてくれたラピリアの実でも食べて気分を落ち着かせるか」
「そうだな。みんな、仕事に戻ろうぜ」
警備隊の兵士が言った苦し紛れの嘘を城塞都市の住民達が真に受け、元の普通の生活へと戻って行く。
それはある意味、異常な光景であった。誰もがそれを疑わないのだ。
「みんな領主様がやったと言っただけで納得したが、本当にそれでいいのか。本当にいいのかよ」
警備隊の兵士が言った苦し紛れの嘘を自身に対して自問自答する。
「この城塞都市ラプラスでは、何が起きても不思議におもっちゃいけないのか。俺もラピリアの実でも食べて心を落ち着かせるか」
何だかいろいろ考えるのがバカらしくなった警備隊の兵士は、街中に植えてあるラピリアの木から黄色いラピリアの実を枝から獲ると取り口に運んだ。
ラピリアの実を食べていると、目の前を黄色いラピリアの実をかかえて飛んで行く妖精と目が合う。
思わずラピリアの実を食べながら飛んでいく妖精に手を振る兵士。ラピリアの実をかかえた妖精も兵士に手を振りながらどこかえ飛んでいった。
今日も普段と変わらず平和な城塞都市ラプラスであった?
次の日、ドワーフのバレルはベットから起きると半分寝ぼけたまま歯を磨き始める。
いつもの様に歯を磨き顔を洗う。ただ、いつもとは違い体が妙に軽く感じられた。恐らく昨日飲んだ酒のせいだと納得するバレル。
今までもあの酒を飲むと病気もケガも治るのは経験済みである。ならば、体が軽く感じるのは、疲れがとれたせいだと自身を納得させた。
「昨日は、酔いから目が覚めたと思ったら城塞都市の裏山に巨大な木が生えておった。ちと酒を飲み過ぎたせいで幻覚でも見たんじゃろうな」
妙に軽い体に少し違和感を覚えながら家の外に出て城塞都市の裏山を眺める。
「んっ。山にえらくどでかい木が生えとるな。あれは酒に酔って見えた幻覚ではなかったのかの」
バレルは、そんな事を言いながら家の作業場へと向かった。
ふと窓硝子に移った風景が目に入る。そこには、顔にしわもなく髭も生えていない好青年の歩く姿がうつっていた。
”おや、誰ぞ客でも来たのか”。
バレルは、窓硝子に移る青年の姿を追った。だが、窓硝子に移る好青年は、なぜかバレルと同じ仕草をする。
”こやつ。わしをからかっておるのか”。
「おいそこの青年。わしに何用だ。鍛冶仕事の注文か」
だが、好青年はバレルと同じ仕草をするだけであった。
「おい、お前聞こえておるのだろう。聞こえておるなら返事を・・・」
そこでバレルは気が付いた。家の窓硝子にうつる好青年がバレルと全く同じ仕草をしていることに。
思わず自身の顔に両手をあてるバレル。硝子にうつる好青年もバレルと全く同じ様に顔に両手をあてた。そう、バレルはこの時点で家の窓硝子にうつる好青年が自身の顔であることにようやく気が付いたのだ。
バレルは、家の窓硝子に顔を近づけてみる。顔にはしわもなく髭も生えていない。
「なっ。なんてことだ。髭がない。ドワーフなのに髭が無いぞい」
まるでバレルが、師匠に弟子入りした頃のしょんべん臭いガキの様な顔に戻っていた。さらに体を確認すると昨日までの割腹の良い腹はどこにもなく、ひょろっとした骨と皮と少しの肉しかない体つきをしていた。
「まっ、まさか。まさか若返ってしもうたのか!」
バレルは、思わず若返った自身の顔を手で何度も何度も撫でまわした。だが、顔は若い時の様に張りがあり髭も生えていない。
「まさか昨日の酒か。あの酒で若返るのか。カルを問い詰める必要があるわい」
バレルの頭の片隅にある言葉がよぎる。それは・・・。
”若返りの薬。いや不老不死の薬”。
バレルは服を着て慌ててカルがいるはずの精霊の森の作業場へと走っていく。
だが、シャツもズボンも割腹の良い昨日までのバレルのものだ。数歩あるく度にズボンはおろかパンツまでずり落ちる始末。
慌ててパンツとズボンを紐で結わくと骨と皮と少しの肉だけのひょろひょろになった体で、精霊の森の作業場へと走るバレルであった。
精霊の木の精霊とカルの間に子供ができました。嘘です。さらにバレルが若返りました。
となると100年酒を飲んだ剣爺はどうなったのでしょう?