70話.想像を絶する薬の効能(1)
カル達は、闇の双子対策として村々にラピリアの苗木を植える地道な作業にとりかかります。
ある朝、城塞都市ラプラスの領主の館宛てに手紙が届いた。
宛先は、領主でもなく副領主でもなく役所や領主の館の特定の部署宛てでもなかった。
領主の館の総務担当者が協議して複数の者で手紙の内容を確認すると、手紙にはこう書かれていた。
”傭兵団の脅威は去った”。
”かわりに闇の双子ノワールとエトワールがベルモンド商会の会頭によって放たれた。ご注意されたし”。
手紙には、送り主の名前は書き記されてはいない。
だが、城塞都市で起こっていた騒動に照らし合わせると手紙を送ってきた者は、今回の件をよく知っている人物であることが分かる。
城塞都市アグニⅠとアグニⅡで傭兵団による放火とアグニⅠの住民への暴動騒ぎの先導を行った者達は、ベルモンド商会が雇った傭兵団であることまでは、副領主であるルルの諜報部隊が調べ上げたことで分かっていた。
城塞都市アグニⅡに現れルルやリオやオルドアを刺した黒いドレスを着た双子についての情報は、何も分からないままだ。手紙には、それらについても書き記されていたことを踏まえ、この手紙に書かれたことに信憑性があると結論付けられた。
城塞都市ラプラスでも傭兵団による放火や住民の不安を煽る様な扇動工作が行われるのではと、城塞都市のいたるところに警備兵を配置していたがそれも杞憂に終わったようである。
だが傭兵団の脅威が去ったと思えば今度は、闇の双子である。
城塞都市アグニⅡに現れた後、行方をくらませた双子の足取りは不明のままである。下手に兵士達に双子の捜索を行わせても剣も弓も魔法ですら歯が立たない相手では、返って犠牲者を増やすだけである。そのため城塞都市や各村の警備を強化する以外に方法は無かった。
ただ、城塞都市アグニⅡで双子と戦ったカルからもたらされた黄色いラピリアの果実とラピリア酒(薬)のみが"双子を退けることができるかもしれない"という情報は朗報であった。
全く対処の方法が分からない未知の敵と戦えと兵士に命令すれば、兵士達の不安と混乱を助長するだけである。
各部隊には、ラピリア酒(薬)が入った小瓶を装備させることになり、カルの手持ちの樽に入った分だけではとても足りず、酒(薬)作りを依頼したドワーフのバレルの元へ兵士を送り、早急に各部隊に配備できるよう体制の強化を急いだ。
カル達はというと、植林地で芽吹いたラピリアの苗木を集めて各村に数本づつ植える計画を立て行動を開始した。
「リガの街に行ってからそんなに日数がたってないのに、ラピリアの種から芽吹いた苗木がかなり大きくなりましたね」
「ほんと。でも各村に3本程度の苗木を植えるとすると全然足りないね」
「まあ、仕方ないですよ。この植林地の妖精さんが食べた実の種から芽吹いた苗木じゃないとあの黄色い実が成らないんですから」
そう以前、試しにとエンブル村に植えたラピリアの苗木は成長し、黄色いラピリアの実を成らせた。だが、その種を植えてライラの精霊治癒魔法をかけてみたがラピリアの種からすぐに芽吹くことは無かった。
結局のところ、妖精がラピリアの実を食べ、口から飛ばした種が芽吹いて成木にならないと黄色いラピリアの実が成らないという結論にいたった。
ラピリアの苗木を掘り起こして村々に植える地道な作業は、まだ道半ばである。
お猫サマが100年の時を進めたラピリア酒(薬)を飲んだ妖精達は、精霊へと進化して精霊の森を築いた。城塞都市アグニⅠ近くの荒野。城塞都市アグニⅡ近くの荒野。それにセスタール湖と砂漠の間に広がる荒野の3箇所だ。
各々の精霊は、自身が管理する精霊の森の長となった。今までの様に気ままに飛び歩いて生きるだけの存在ではなくなり、森の木々や妖精達や森に住む魔獣の管理という大切な仕事が待っていた。
カルもいつかお飾りの領主ではなく、城塞都市の領主と自身が名乗れる様になりたいと願うばかりだ。
双子との戦いで負傷したルル、リオ、オルドア、さらにメリルも城塞都市アグニⅡの宿屋でケガの治療に専念していた。赤色のラピリア酒(薬)の効能が優れているとはいえ、双子が持っていた短剣で刺されると毒と呪いにより体力と傷の回復が遅く全治までにかなりの時間を要するようである。
城塞都市ラプラスの植林地に来ているのは、カルとライラのふたりだけである。ゴーレムのカルロスは、双子との戦いでゴーレムの核を両断されてしまい、カルロスを作った剣爺が回収したままである。
カルロスが直るとも直らないとも聞かされぬままいくばくかの時は流れたが、剣爺からの返答はない。こればかりは気長に待つしかないのだ。
ドワーフのバレルに依頼した武具の生産は、順調に進んではいるがあまりの攻撃力の高さにに、使いどころの難い武器と化してしまったため、放つ魔法の威力を押さえるための試行錯誤に時間がかかっていた。
ドワーフのバレルが作ったラピリアの酒(薬)は、黒いドレスを着た双子との戦いで大いに役に立った。
カルの腰にぶら下げた鞄の中に樽ごとしまい込んでいたが、それを目当てにどこからともなく妖精達が集まるようになっていた。中には、ラピリアの実を持って来る妖精まで現れ、カルの頭の上で実を食べながら、ラピリア酒がいつ出て来るのを待つ有り様だ。
カル達があちこちの村や城塞都市の周囲に黄色いラピリアの実が成る苗木を植え、ライラの精霊治癒魔法を苗木に放つ行為を何度となく行い、村の村長や城塞都市の地区代表者に事の経緯や対処方法を伝えていく。
最初は、混乱もした。そもそもカルを領主とは知らない者が殆どで”ほら吹きの笑い話だ”と追い返されることもしばしばだった。仕方なく城塞都市の警備隊に同行してもらうことで村長や村人に信じてもらえる始末。
さらに各村の村長からは、村に警備隊を常駐させるのが筋だと何度も強い口調で抗議された。だが、村々に警備隊を常駐させるだけの予算も警備兵もいない。
以前からルルは、警備隊の数を増やしたいと言っていた。ただ、今の城塞都市の税収では警備隊を維持することですら無理があり、それを増やすことなどできない相談だということもお互い理解していた。それでも、あの双子の様な存在がいる以上、いつ村や都市が襲われるか分からない。それは、近々に手を付けなければならない最優先課題であった。
実は、カル達は何度もあの”闇の双子”に遭遇していた。
村々にラピリアの苗木を植えている時、村々を繋ぐ街道を馬車で移動している時、村の外れに馬車を止めて昼食を食べている時などだ。
何処からともなく悲鳴の様な声が聞こえ、その悲鳴のする方向を見るとあの黒いドレスを着た双子が全速力で馬車に向かって走って来るのだ。慌てて小瓶に詰めたラピリア酒(薬)を手に持ち、戦いの準備をすると、双子はカル達の目の前を走り去ってしまう。その双子の後ろには、黄色いラピリアの実を抱えた妖精達が何十体と飛んでいた。
そう、妖精達は双子を見つけると黄色いラピリアの実をぶつけるために追いかけていくのだ。今まで村々が双子に襲われなかった理由はそれであった。
カル達が黄色いラピリアの実が成る苗木をあちこちに植えたおかげで、妖精達の行動が活発となり妖精達の住処に入り込んだ得体の知れない双子を敵と見なして、妖精達は束になって双子を攻撃していた。
双子を撃退してくれている妖精達を見たカルは、戻ってくる妖精達に思わず黄色いラピリア酒(薬)をふるまう様にしていた。本来であれば自分達が双子と対峙しないといけないはずだが、それを妖精達が代行してくれているのだと思わずにいられなかったのだ。
ただ、妖精達は、カルがふるまってくれるラピリア酒(薬)の味を覚えてしまった。それ以来、妖精達は、お酒にありつくために双子を探す様になり、城塞都市とその周辺を縄張りとする妖精達は、カルが意図しない方向に突き進んでいることをカル本人はまだ知るよしもなかった。
結局、妖精達に追い回される双子がどこから来てどこへ行ったのか全く見当がつかない。ある意味、神出鬼没の闇の双子であった。
間もなくルルやリオ、メリルが病院から退院するという頃、一足早くオルドアは病院を退院していた。カルがリオに手渡した短剣型の魔導砲と同じものをオルドアに手渡すと、オルドアは緊張した面持ちで短剣を受け取りカルに対して再度の忠誠を誓った。
カルとしては、城塞都市を守ってくれる人達に良い武具を与えて仕事に励んでもらおうという軽い気持ちであった。だが、短剣といえどもミスリルの特品製である。他国なら王や王の側近、さらに騎士団の団長が装備する武具である。それを与えられれば、その意味を深読みするのが普通であった。
さて、カル達は、黄色いラピリアの実が成る苗木を取りに来る傍ら、城塞都市ラプラス近くの村に立ち寄りドワーフのバレルを訪ねていた。
カルがバレルに一任して建てた酒蔵の第1棟は既に完成していて、数十の樽には黄色いラピリア酒(薬)と数個の樽に赤いラピリア酒(薬)が仕込まれ熟成の時を待っていた。
それを感慨深く見守るカル。対してバレルの家では、バレル、神様である剣爺、精霊神であるお猫サマが、100年の時を進めたラピリア酒の樽を前にして、これからの酒作りについて議論というか・・・酒盛りを始めようとしていた。
「ほお。こやつが短剣型の魔導砲を作った張本人じゃな。実によい面構えをしておるのじゃ」
「妖精?いや、違う・・・精霊かの?」
「おっ、わしが見えるか。なかなか見ごたえのあるやつじゃ」
「カルよ。この精霊は?」
「実は、僕を守ってくれている剣爺っていいます。武具と金属を司る神様です」
「なんと!それではドワーフ族の神でもある訳じゃな」
「それで、こちらのプヨプヨ浮いている方は、お猫サマといいいます。精霊神さまです」
「まさかカルは、二柱の神と知り合いなのか!」
「まあ、精霊なら6柱?と言っていいのでしょうか。6柱と知り合いです」
ドワーフのバレルの表情が驚きからあきれ顔に変わっていく。
「・・・はあ。もう何も言うまい。聞いたわしがバカじゃったわい」
「そうじゃ。お主がこしらえた酒をお猫サマが古酒にしたのじゃな。わしも酒をこしらえた者と酒を酌み交わしてみたいと思って追ったのじゃ。どうじゃ一献」
「ほう。二柱の神と盃を酌み交わせる機会などないからのう。お受けいたそうではないか」
「お猫サマも混ぜるにゃ。100年の時を進めて古酒にしたのはお猫サマにゃ」
「100年物の古酒。これは期待せずにはいられんわい」
「では、良い酒に・・・」
「「「乾杯!」」」
剣爺、お猫サマ、バレルが盃の酒を口に含み香りと味を楽しみ喉ごしを満喫する。
「美味いのじゃ」
「美味いにゃ」
「ぷはー美味い」
2柱の神とドワーフ族の職人は、酒の美味さに酔いしれていた。
「それは、お酒じゃなくて薬として作ってもらったはずなんだけど・・・」
カルの愚痴など誰も聞いてはいなかった。
「私は、あれがお酒ではなく薬だって理解してますよ」
あれがお酒ではなく薬であると味方をしてくれるのは、ライラだけだった。
それを指をくわえて見ている妖精達がざっと100体。さすがに神様と精霊神の前には、妖精達も出ていけず家の周りで眺めているだけであった。
最近、お話の文字数が多くなっているので分割しました。
本日投稿2話目へと続きます。