67話.闇の双子(2)
騒ぎを聞きつけカル達も参戦しますが・・・。
カル達は、城塞都市アグニⅡの城門をくぐった。だが、城塞都市を守る兵士が騒然としている。
住民の避難を行っている兵士に話を聞いたところ、商工会議所でアグニⅠの代表と会合中に問題が発生して副領主がケガをしたという。
副領主と言えばルルさん、リオさん、レオさんの誰かだ。カル達は、急いで街中にある商工会議所の近くに馬車を停めると皆で商工会議所へと向かった。
そこで目にした光景は、担架で運び出されるルルとリオの姿があった。
「ルルさん。リオさん」
「あっ、領主様。ルル様とリオ様が刺されました。相手は、黒いドレスを着た双子です。それが兵士が全く相手にならず数十人も殺されました」
担架で運ばれるルルとリオに付きそう治癒魔法士の兵士がそう返答する。
「ええっ、ルルさんとリオさんの様態は」
「刺した剣が特殊な剣のようです。毒と呪いをかけられたようでポーションも毒消しも効果が殆どありません」
「なら、これを使って」
カルは、腰にぶら下げた鞄から小瓶に入った黄色いラピリア酒(薬)を4本。赤いラピリア酒(薬)2本をつきそう兵士に手渡した。
「最初に黄色い方を使って。効き目が弱いようなら赤色の方を使って。赤い薬は数が少ないから慎重に」
担架で運ばれていくルルとリオを見送りながらカルは、兵士達が取り囲む城壁の上を目指した。恐らくそこが戦いの場なのだろう。
城壁の上に上がると、レオとオルドア、さらに数十人の兵士達が黒いドレスを着た双子の女の子を遠巻きに取り囲っていた。兵士達は、魔石筒の投擲を繰り返し、炎魔法、氷魔法、雷撃魔法が入り乱れ混乱の度合いに拍車をかけていた。
城壁の上には、既に数十人の兵士が倒れており、倒れている兵士の中にはどんな攻撃を受けたのか分からないが干からびた兵士の死体まであった。
「警備隊は、撤収しろ!これでは、死人の数が増えるばかりだ」
鬼人族のオルドアの声が城壁の上に響き渡る。
その声に応じる様に警備隊の兵士達が黒いドレスを着た双子からさらに距離をとる。
兵士達が黒いドレスを着た双子から遠ざかるのとは逆に、カル達はその双子と対峙するオルドアの元へと向かう。
「オルドアさん。あの双子はなんですか」
城壁に上ると双子から距離を取るオルドアとレオの近くへと向かい、双子の情報を聞き出す。
「おおっ、領主殿。あの双子が会議場に現れたと思ったらルル様とリオ様を短剣で刺したのです。しかも双子が持つ短剣は盾を貫通します」
「盾を貫通・・・」
カルの主武装は大盾のみ。盾には"魔人"が住み大きな口と長い舌で敵を飲み込み盾のダンジョン内へと放り込む。それに盾から出す金の糸で相手の武具の金属を全て奪うことができる。剣であろうと盾であろうと鎧であろうとだ。
「あの双子には魔法が効きません。魔法を放つと魔術師に魔法が反射して倒されました。魔石筒の魔法は反射しませんが、威力が弱すぎて歯が立ちません。それと双子の足元に広がる陰には近づかないでください。あの陰の中は底なしです」
カルの頭に嫌なものがよぎる。だが、とにかくいつもの様に盾から金の糸を出して双子の自由を奪うと決めた。
大盾から伸びる金の糸は、双子の足元に広がる闇の中へと入っていく。だが、何の反応もない。
次に金の糸を空中に飛ばして双子の体を拘束しようと試みた。だが、カルとゴーレムのカルロス以外には見ることができないはずの金の糸を双子は、双子が持つ短剣で軽々と斬り捨てられてしまった。
「きっ、金の糸を切った。まさか!」
カルは、今まで3つの城塞都市を手に入れた。各都市で金の糸で敵の兵士を何人も拘束した。国境の砦の戦いで敵の砦に潜む敵を金の糸で何人も拘束した。どの場面でも敵の兵士で金の糸を認識した者はいなかった。ダンジョンでも魔獣達を金の糸で難なく拘束してみせた。
だが、目の前の双子は、カルが放った金の糸を軽々と斬ってみせた。つまり目の前の双子には金の糸が見えるのだ。それは、人ができる技ではない。
「この双子、恐らく魔人です。僕の盾の魔人と同じかそれ以上の魔人です!」
カルは、思わず叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。
その言葉に動揺する鬼人族のオルドアとレオ。
「私がいきます」
メデューサのメリルは、目から石化の怪光線を発する。だが、双子の手前に水の膜の様なものが広がり、メリルの怪光線を全て吸収してしまう。
「・・・私の石化の術を遮るのですか」
ゴーレムのカルロスも手から金の糸を飛ばす。だが、カルの時と同じで金の糸は双子が持つ短剣によりあっさりと斬られれてしまう。
「カルロスさん。僕達の金の糸は効かないようです」
さらに大盾の上に書棚を作って住んでいる書の魔人が魔導書を広げて現れた。
「ちょっと、あれ不味いわよ。闇の双子・・・魔人よ」
「やっぱり」
さっきは、今まで見破られることの無かった金の糸が斬られた事で魔人だと言ったカルだが、今度は書の魔人がそう言ったのだ。ならば目の前の双子は魔人確定である。
今まで魔人と対峙などしたことのないカルである。相手が魔人である以上、どんれだけの力量を持つのか検討すらつかない。
「魔導砲(追尾)を放つけど効くかしら」
書の魔人は、魔導砲(追尾)を四方八方から双子に向けて放つ。だが、メリルの時と同じで双子の手前にある水の膜の様なものが邪魔をして双子に届かない。
「まさかかすりもしないの・・・そうだ、用事を思い出したわ。また後で来るわね」
書の魔人は、そう言い残すと魔導書の中に戻ると大盾の書棚に魔導書ごと姿を消してしまった。
「ちょっ、書の魔人さん。魔人さん!」
カルの空しい叫びは書の魔人には、届かず空しく響き渡る。
鬼人族のレオとオルドアは、既に双子と戦い歯が立たないことを知っているためか、双子と距離を取るしかない。
メリルは、腰にぶら下げていた鞭を手に取ると勢いよく双子に向かって鞭を走らせた。初めて見るメリルの鞭だが案の定である。メリルの鞭は、双子の短剣であっけなく切り刻まれてしまった。
物理攻撃は効かず魔法攻撃も効かない。ならば他に何ができる。考えあぐねるカルの横で悲劇が起こった。
目の前にいたはずの双子のひとりが一瞬にしてメリルの前に現れると、短剣をメリルの左足に突き刺した。言葉にできない悲鳴を上げるメリル。
そこにゴーレムのカルロスが割って入る。だが、今度はカルロスの右手が宙を舞った。
メリルは、刺された足を引きづりながら後方に下がる。城壁の上に倒れ込みもだえ苦しむ様は、見るに耐えない。
ゴーレムのカルロスは、右手を失いながらも左手で双子のひとりの腕を掴むことに成功する。
その瞬間、カルロスの胴体が真っ二つに切断された。切断された胴体には、ゴーレムの核がふたつに斬られているのがカルの目でも確認できた。ゴーレムの核を失ったカルロスは、城壁の上に切断されたふたつの胴体を晒して動かなくなった。
「カッ、カルロス!」
思わず叫ぶカル。だが、胴体を真っ二つにされたカルロスが動く気配はなく、城壁の上に体を横たえたまま微動だにしない。
さらに後方に下がり城壁の上に倒れ込んだメリルの苦痛の叫びが響き渡る。だが、大盾を構えたカルが後方に下がることはできない。
今度は、大剣を構えるオルドアの前に双子のひとりが現れ短剣を突き出した。
オルドアも大剣で短剣をいなす。だが、大剣がぐにゃりと曲がり双子が付き出した短剣がオルドアの腹に突き刺さる。オルドアは、鎧を装備していたにもかかわらずそこには鎧など最初から無かったかのように短剣が引き抜かれる。
オルドアの足元には、鎧から滴り落ちる血で血溜まりが出来ている。苦痛でオルドアの表情が歪み、城壁の上に片膝を付く。
カルもオルドアと双子の戦いで何が起きたのかか理解できずにた。短剣を腹から引き抜いた双子のひとりは、今度はカルの姿を目線に入れると”にやり”と微笑んだ。
オルドアは、鎧の上から手で腹を抑え大剣を杖代わりに片膝を付きながらなんとか立っていた。さっきの双子の短剣でぐにゃりと曲がった様に見えた大剣だが、どこにも曲がった様子はない。
「カッ、カル様。これがあの双子のスキルです。剣や盾でさえも・・・貫通してしまいます。守る術が・・・ありません」
オルドアは、カルに向かって必死に状況を説明した。そうすることで何か策を練る機会が出来るのではと考えたのだ。だが、オルドアの顔色はみるみると青くなり、いつしか城壁の上に体を横たえ話すことさえできなくなっていた。
残るは、大剣を握るレオ、大盾を構えるカル、カルの後ろで治癒魔法を放つ時を計るライラだけである。
双子は、ゆっくりと大盾を構えるカルに向かって歩きだす。
「カルさん。治癒魔法をかけます。魔法防壁がカル様を守ってくれるかもしれません」
「はい。お願いします」
ライラは、精霊治癒魔法を唱え始める。だが、それを待ってくれる双子ではなかった。
双子は、カルの目の前に瞬時に移動すると短剣を突き出した。
その瞬間、カルの構える大盾の表面に盾の魔人が現れた。盾の魔人は、大きな口を開けて長い舌を双子に巻き付けた。だが、それは悪手であった。盾の魔人の舌は、あっけなく双子の短剣により無残に切り裂かれてしまう。
”ヒィ・・・ヒハガ・・・ヒハガ・・・”。
舌を切断された盾の魔人は、悲鳴を上げ体液をまき散らしながら盾の中へと消え大盾の表面から姿を消してしまう。
「まっ、魔人さ・・・」
カルは思わず叫ぶ。だが、叫んでいる余裕はなかった。
カルが構える大盾の内側に双子が付き出した短剣が現れ、カルの防具おも貫いて腹に突き刺ささる。
「大盾を貫通って・・・そういうことか」
カルは、腹に突き刺さった2本の短剣を見ながら、あることを思い出していた。リガの街の倉庫とサラブ村の旧武器庫を繋げたゲート空間移送システムのことを。
つまり、この双子は、盾や大剣の手前で空間に穴を空け、盾や大剣の向こう側に短剣を出現させていたのだ。
これでは、どんな武具も防具も役に立たない。
双子が突き刺した短剣がカルの腹から抜かれると同時にライラの精霊治癒魔法が発動した。
カルの体を防壁魔法と治癒魔法と回復魔法が同時に駆け抜ける。
だが、双子の短剣には毒と呪いがかけられており、刺された者はことごとくその恩恵を受けることとなる。
カルの体に激痛が走る。カルの体の中で毒と呪い、治癒魔法と回復魔法が攻防を繰り広げる。大盾を構えながら城壁の上に両膝を突いて痛みもだえる。
カルは、大盾ごしに双子の姿に視線を送る。もうこれで終わりなのかかと。
だが、双子は、カルに対して致命傷となりうる次の攻撃を行うどころか、2歩、3歩と後ずさりを始めた。
「えっ、なぜ双子が後ずさる。今まで勝っていたはずなのに」
双子が後ずさる理由を知りたくて痛みに耐えながら周囲を見渡すカル。そしてカルの目に入ったものは、カルの後ろでラピリアの実を抱えた3体の妖精だった。
妖精達は、空高く飛び出すと双子の遥か上空で抱えていたラピリアの実を手放した。ラピリアの実は、よく熟して鮮やかな黄色をしている。少しでも衝撃を加えればすぐにでも潰れて果肉と果汁をばら撒きそうな実だ。
双子は、空から落ちて来るラピリアの実を避けた。だが、城壁の上に落ちたラピリアの実は、程よく熟しており勢いよく果肉と果汁を城壁の上に四散させた。
ラピリアの実を避けたはずの双子の足に飛び散るラピリアの実の果肉と果汁。
その瞬間、双子の足の皮膚がブクブクと泡立ち白い煙を出し始めた。言葉では言い表せない悲鳴を上げながらもだえ苦しみ城壁の上に倒れ込む双子。だが、城壁の上には四散したラピリアの実の果肉と果汁が散乱している。
城壁の上に倒れ込んだ双子の体に顔に果肉と果汁がへばりつき、双子の体のあちこちで皮膚がブクブクと泡立ち白い煙を出し始める。
双子は、激痛のあまり四方八方へと足元の陰を伸ばし始める。その陰も城壁の上に散らばる果肉と果汁を避けている様に見える。
ライラがかけた精霊治癒魔法のおかげか、カルの腹からは思ったほどの出血はしていない。
カルは、刺された痛みに耐えながら腰にぶら下げた鞄から小瓶を取り出す。その小瓶に入っているのは、ラピリア酒・・・いや薬である。
小さな薬瓶の蓋を開け、口の中にラピリア酒を流し込む。少しだけ短剣で刺された傷の痛みがやわらぐ。だが、完治はしない。小瓶を投げ捨てると鞄の中から赤いラピリア酒が入った小瓶を取り出す。今度は、その小瓶の蓋を・・・。
小瓶の蓋を開けた時に、カルの目の前である光景が広がっていた。
投げ捨てた小瓶に怯える双子の姿である。城壁の上で果肉と果汁を浴びて倒れ、白い煙を吹きながら倒れていたはずの双子が、カルが投げた小瓶を怖がり、城壁の上を這いずりながらカルから離れてようとしている。
カルは、疑問に思う。
なぜ僕を短剣で刺して勝つ寸前だったのに双子は後づさったのか。
なぜ、妖精が投げたラピリアの実の果肉と果汁を浴びて体から煙を吹きだすのか。
なぜラピリア酒の入っていた小瓶に怯えるのか。
カルは、赤色のラピリア酒が入った小瓶の蓋を開けると、双子に向かって赤色のラピリア酒をばら撒いてみた。するとラピリア酒がかかった双子の体から先ほどにも増して白い煙を噴き出し始めた。
双子は、耳をつんざく様な悲鳴を発しながらその場に倒れ込んだ。
「ラピリア酒が双子に効いている。妖精さんが持ってきたラピリアの実も双子に効いた。まさか・・・精霊の加護が双子の弱点!」
カルが双子を攻略をできる糸口を見出したと思った時、ライラの足元に双子の足元から黒い陰が伸びていた。
「カッ、カルさん。助けてください。体が陰の中に沈んでいきます」
ライラの体は既に双子から伸びる陰に半分程のみ込まれていた。必死になって城壁の床面に敷き詰められた石の凹凸に手をかけるも双子の陰の中へとズルズルと引きずり込まれていくライラ。
「ラッ、ライラさん」
カルは、思わず手に持っていたラピリア酒の入った小瓶をライラに投げつけた。
ゴーレムのカルロス、メデューサのメリル、鬼人族のオルドア、盾の魔人でさえも倒される。書の魔人の魔法は効かず、精霊治癒魔法士のライラもピンチ。カルも腹を刺されて・・・、ですが妖精達がカルを助けてくれます!