65話.ドワーフの武具作り(4)
ドワーフのバレルは、小遣い稼ぎが出来る盾と短剣(魔導砲)を全力で撃ち返せる盾の試験を行います。
「ゼクトよ。いつまで寝ておる。次の盾の試験をするぞ。次の大盾は面白いぞ」
バレルは、ゼクトの言葉に促されるままに新しい大盾を構えるバレルに向かって短剣から魔法を放つ。短剣の剣先からは先ほどと同じ閃光が飛ぶとバレルが構える大盾に向かって真っすぐに飛んでいく。
だが、バレルが構える大盾の前で閃光は何事も無かったように姿を消してしまう。あっけに取られるゼクト。だが、バレルは、魔法を放つようにと手振りで合図を送る。その後、ゼクトは何度も魔法を放ったが大盾の前でことごとく魔法は消えてしまう。
「この盾も成功じゃわい」
「バレルさん。この大盾はいったい」
「これはな、魔力を吸収できる大盾だわい」
「魔力を吸収できるんですか」
「ぞうだ。しかもそれだけではないぞ。ほれ」
バレルが構えた大盾に刻印された魔法陣から魔石がポロポロと地面に落ち始めた。
「この大盾で魔法を受けると魔法の魔力を魔石に変えることができるのだ」
「魔力を魔石に・・・」
ゼクトは、地面に落ちた数個の魔石を手に取ると空に向かって魔石を掲げてみた。
「これは、ダンジョンでドロップする魔石より数段いいやつじゃないですか」
「じゃがな、この大盾に使っている魔石には劣るんじゃよ」
「えっ、この大盾の魔石ってそんなに凄いものなんですか」
「この大盾も成功じゃな。その魔石はくれてやるから冒険者ギルドで換金してこい。そうじゃな、それだけあれば金貨10枚にはなるかの。いいこずかい稼ぎができるぞい。わしもいくつか魔石を換金して懐が潤ったわい」
「この魔石で金貨10枚・・・」
ゼクトは、地面に落ちている魔石をいそいそと拾うと魔石を懐の奥へしまい込む。魔石を拾いながらこんな考えが脳裏をよぎってしまう。もし、こんな盾を若い頃に持っていたら・・・今とは違う生活を送っていたんだろうと。
「バレルさん。この魔法陣は、どういった理屈で魔力を魔石に変えてるんですか」
「知らん。分かっているのは、魔力を魔石に変えるという魔法陣があるという事実だけだわい」
バレルは、ゼクトの投げやりな言葉に反論する気になれなかった。きっとバレルもこの盾を作った時に理屈の通らない理不尽な魔法陣に大いに悩んだに違いないと察したのだ。
バレルは、次の大盾を手にとるとゼクトから距離を取りこう言い放った。
「この大盾が本命じゃわい。おもいっきり魔法を放ってこい。ただし、1回毎に合図を送るからその度に魔法を放て」
「分かりました」
ゼクトは、今までとは異なり中級魔法の呪文を唱えながら短剣に魔力を送る。短剣の魔石には魔力がたまり眩い光を放ち始めた。
大盾を構えるバレルも今迄よりもだいぶ遠い場所で大盾を構える。
ゼクトもこの短剣で中級魔法を放ったらどれだけ威力のある魔法になるのか興味深々である。
ゼクトが構える短剣から魔法が放たれる。剣身の先から赤い閃光が飛び出すと、バレルの構える盾に向かって真っすぐに飛んでいく。
赤い閃光は、バレルが構えた大盾の前で掻き消えた。だが、バレルはその瞬間体の向きを砂漠の方向に変えると、大盾から魔法を放った。
バレルが構えた大盾から放たれた魔法は、遥か彼方の砂漠へと到達すると目で見ることができない程の閃光を放つ。衝撃波も爆風も今まで体験したことない程の強力なものがゼクトとバレルの体を襲う。
ゼクトもバレルも地面に体を伏せて爆風が去るのをひたすら待った。そして爆風が収まった頃に頭を上げて爆発のあった砂漠を眺めるとその視界の先には、砂丘の形を変えた砂漠が広がる。さらにいたるところにワームの死骸が点在し動くものは何もない死の砂漠が広がっていた。
「バレルさん。この短剣はおかしいですよ。俺は中級魔法を放ったんです。でも魔法はSランクの魔術師以上ですよ。こんなのバカげてますよ」
「そうじゃな。もう少し短剣の魔法陣を調整して威力を弱くするわい」
「バレルさん。そういう事ではないです。この短剣で国が亡ぶほどの魔法が放てるんですよ。バレルさんは国を亡ぼ・・・」
バレルは、ゼクトの口を手でふさいだ。何を言おうとしているのか最初から分かっていた。だが師匠に追いつきたい師匠を越えたいと鍛冶師なら誰もが思う野心がバレルを突き動かしていた。
「それ以上口にするな。そんな事は分かっておる。じゃが、わしは作ってみたいのだ。わしの師匠が到達した世界がどんなものなのかを見てみたいのだ。そのためならわしは悪魔にでも魂売るわい。いやカルに魂を売ったのだ」
「・・・バレルさん」
「わしはこの短剣を作った時、2度も死にかけたわい。じゃが好奇心がその恐怖を上回ってしまったわい。わしは、この短剣とそれを生み出せる技術に魅入られた。もう行くところまで行くしかなかろうて」
バレルは、大岩の陰に腰を下ろすと、ゼクトに隣に座る様に促した。それに答える様にバレルの隣りに座るゼクト。鞄から黄色いラピリア酒の入った瓶を取り出すとゼクトは、それを口に流し込み瓶をゼクトに手渡す。
「まあ、あまり深く考えるな。ほれ、酒でも飲め」
「・・・いただきます」
「少し話をせんか。まあ、他愛ない話だわい」
「はい」
黄色いラピリア酒を飲んだバレルとゼクトは、酒が回り少し気分が良くなったせいか先ほど使った大盾についての話を始めた。
「仮にじゃが、あの魔法を吸収して撃ち返す大盾を武器屋で売るとしたらわしは金貨2万枚の値を付ける」
「金貨2万枚!」
「それでも安いと思うとる。あの大盾があればどんな魔法でも撃ち返せる。そんなバカバカしい大盾がたった金貨2万枚だ。あのミスリルの特品と魔石の代金を差し引いても破格の安さじゃわい」
「大将。大儲けですね」
「いや、儲けはない」
「いや、そんなはずは・・・本当なんですか」
「材料は全てカルの持ち込みじゃわい。それに今回作った盾に刻んだ魔法陣は、カルの大盾に住んどる書の魔人とやらが書き記した魔法陣じゃからの。わしらドワーフですら知らん魔法陣をいくつも差し出したのに金なんぞ取れる訳がなかろう。あの未知の魔法陣の知識だけで小国が買える金が動くとわしは思うとる」
「未知の魔法陣って・・・見たい、頼むバレルさん。その未知の魔法陣を書き記した紙を俺にも見せてくれ」
「あれはわしの財産じゃわい。おいそれと見せる訳にわいかん。それは分かるな」
「・・・はい。すんません」
「それにカルから依頼されておる酒(薬)作りもな。その酒作りの一環としてなら自由に飲んでよいと言われておる」
「まさか大将。全部飲んじまったんですか」
「いや一部だ。一部だぞ。本当に一部じゃわい。だが妖精共が勝手に飲んでおる。わしは妖精共が飲む酒代の分も働いておるのだ。それを踏まえると殆ど利益はないわい」
「では、どうやって生活しているんです」
「・・・・・・」
「まさか、カルに雇われたんですか」
「契約はまだしとらんがな」
「なんでまた」
「実はな。作業小屋での酒(薬)作りは限界でな。あそこでこれ以上の酒を作るのには無理があるのだ。それを言ったらカルは、酒を造る専用の酒蔵を作ると言いよった。しかも酒蔵の設計から全てわしに任せるとな」
「酒蔵ですか。そりゃまた豪勢だ」
「武具もそうだ。城塞都市の警備用の武具を作るなら相応のお金を出すといいよった。作業場も新調してよい。ミスリルの特品も使い放題。魔石も使い放題。わしの技術を買うのだから当然だと言いおった」
「大将の技術を金で買った・・・面白い言い方をしますね」
「人手が足りないなら何人でも雇ってもよい。人選も管理も任せると。これから知り合いのドワーフを何人か呼び寄せようと思うとる。わしは、技術を出す。カルは金を出すということじゃな」
ドワーフのバレルは、空を見上げながら目には力強い覇気が込められていた。
「そもそもやつは子供じゃが領主だ。わしが見たところ商売人としては無理じゃが”もの”を見る目はある。何か新しい”もの”を見つける才能がある。さすがに作った武器を他国に売る気はないと言っておったがな」
「大将がそこまで入れ込むとは・・・」
「今までできなかったことが出来る絶好の機会だわい。わしもドワーフとしてはそれなりの歳を取った。今、この条件を飲まんかったらわしに芽はないじゃろう。わしもこれで領主のおかかえ鍛冶師だ。笑ってしまうわい」
バレルの高笑いが茫漠に響き渡る。その後、何度か大盾の試験を行いふたりは茫漠の地を後にした。
帰りは、別の街道を通り精霊の森を迂回した。だが、その街道の両側にも精霊の森が広がり来る時と変わらぬ光景が広がっていた。
「ゼクトよ。後ろを見ろ。トレントの大群が道を横切っておるわい。走るぞ」
「まっ、待ってください。バレルさん置いてかないでください」
バレルとゼクトは、トレントが横切る精霊の森の街道を必死になって城塞都市ラプラスへと向かって息を切らせて走っていた。
この精霊の森は、領主であるカルと精霊との約束で人を襲わないことになっている。魔獣達が多く住む森であっても森を司る精霊と友好関係を築けば人と魔獣が共存できる世界を作ることができる。それを理解している者は誰もいない。
ドワーフのバレルがカルの雇われ鍛冶師となりそうです。




