63話.ドワーフの武具作り(2)
短剣の試し撃ちをして重傷を負ったドワーフのバレルを助けたカルです。
バレルは、気が付くと家で寝ていた。家の中を見渡すとカルとその仲間達がバレルの家でお茶を飲みながらのんびりと過ごしていた。
「気が付きましたか。村長さんに許可をもらって村の空地にラピリアの苗木を植えていたら、いきなり大きな音がして驚きました。黒い煙が空へ向かって湧き上がっていいくのが見えたので、もしやと思い見に行ったらバレルさんが大やけどを負って倒れてました」
「そうか。それはすまなんだな。しかし、あの赤い酒・・・いや薬の効き目はすごい。腕や顔の火傷があっという間に治ってしまったぞい」
「あれは、薬として数が作れないのが残念ですね」
カルは、腰にぶら下げた鞄から短剣を取りだすとバレルの目の前に差し出した。
「バレルさんが倒れていた場所にこの短剣が落ちていました。これ、もしかして僕が依頼した剣ですか」
「ああ、カルが持ってきたミスリルと魔石で短剣を作ったのだが、ミスリルの特品用の魔法陣では使い物にならんのだ」
「ええっ。どういうことですか」
「おそれくじゃが、流れる魔力に対して魔法陣と魔法回路がもろすぎるのだ」
「でも、バレルさんが大きな黒煙を上げて草原で倒れていたってことは、短剣から魔法を放つことは成功したってことですよね」
「ああ、そうだ。だが使った魔法陣と魔法回路は・・・魔導砲のものだ」
「魔導砲ですか。国境の砦で連合王国が撃ってきたやつですか」
「なに!魔導砲を知っておるのか!」
「えっ、ええ。僕の盾に住んでる書の魔人さんが魔導砲を吸収して覚えてしまいました」
「書の魔人とはなんだ。それに魔導砲は、わしの師匠が作ったものだ。しかも今では失われた技術で作ることはできんのだ」
「バレルさん。短剣で魔導砲を作ってしまったんですね」
「まっ、まあそうなんだが・・・」
カルとドワーフのバレルの会話を聞きつけたのか、大盾に書庫を作って住んでいる書の魔人がカルとバレルの前に現れた。
「書の魔人だよ!私のこと呼んだよね。魔導砲のことならお任せ!」
「なっ、なんじゃこの小人は?妖精か?」
「酷い!私、妖精じゃないわよ。これでも大魔法を得意とする魔人よ」
「ほう、魔導砲を使えるという話のあれか」
「そうね。私くらい大魔法に特化した魔人なら魔導砲なんて朝飯前な訳よ」
「ほう、ならこの短剣の魔法陣と魔法回路はどうだ」
「どれどれ。ふむふむ。へー、よくできてるわね。でもこことここ、それにここもの魔法陣を改良する必要があるわよ」
「具体的にはどうすればよい」
「そうね。何か書く物はある」
「おう、そうじゃな」
「この魔法陣は、こうするともっと使う魔力を抑えられるし、この魔法陣はここを直すと威力が増すわね」
「なんと。先ほど試してみたがさらに魔力が少なく威力が増すとは驚きだ」
「でも、あなたも凄いわよ。短剣に魔導砲の回路をを作り込むなんて、さすがドワーフの職人ね」
「実はな。わしの師匠が魔導砲を作った職人なのだ。だが、あまりの威力に作るのをやめてしまったのだ・・・まさか、それをわしが作ることになるとはな」
書の魔人は、次々と紙に魔法陣を書き記していく。魔法陣を理解できるドワーフに会えたことが嬉しかったようだ。
「ドワーフ、ドワーフ。紙にいろいろ書いてみたから後で魔法陣を試してみて。魔法陣の用途、それに前後に配置する魔法陣も書いておいたわよ」
「おおっ、凄い。これはひと財産になるぞ」
「へへっ。分からないことがあったら言ってよね。お姉さん相談にのっちゃうから」
「ははっ。師匠様」
ドワーフのバレルは、おちゃらけて書の魔人に頭を下げて師匠と呼んでみせた。
対して書の魔人もまんざらでもないようで、反り返るほど胸を張りながら魔導書の中へと帰っていった。
「ときにカルよ、もし強力な魔法を放つ敵が現れたらどうすればよいと思う。わしが作った魔法剣を使う様な敵だったり強力な魔法を放つ魔獣だったりだな」
「強力な魔法を放つ敵ですか。そうですね、もし敵が魔法を放って来た時に対処できるように魔法を吸収できる盾とかあると便利かな」
「ほう、カルは面白い発想をするわい。時にカルは、矛盾という言葉を知っておるか」
「矛盾ですか。ふたつの相反する事柄がかみ合わないという話ですね」
「ま、そうだな」
「でも、それについて僕の持論を言ってもいいですか」
「なんじゃ。思うところがあるのか」
「はい。この"矛盾"というお話を考えた方の言わんとするところは理解します。人に"矛盾"という言葉の意味を教えるという部分では"面白い"お話です。ですがこのお話を考えた方は、兵士の経験がありません。戦ったことがないんです。盾も槍も使ったことがない人です。さらに武具を扱う商人ですらありません。おそらく学者さんか先生か、机の上で物事を考える人です」
「ほう」
「戦場で戦う兵士という視点で物事を見ていくと、盾に向かって無駄に槍や剣を振るう人はいません。そんな事をすれば疲れて体力を消耗するだけです。戦場では、防具の隙間に剣や槍を突き刺して相手を殺します。剣や槍では盾はおろか防具ですら貫けませんから」
「ほお。カルはその歳で戦場経験があるのだな」
「はい。剣は得意ではありませんが、死んだお爺さんに戦技は教えてもらいました。武術と戦技は別ですから。あっ、話を続けます。武具を売る商人は、武具がどう使われ方をするかを知って売っています。商品の用途を熟知せずに商品を売る商売人は素人さんです」
「まあ、そうじゃな」
「ですから武具を扱う商人であれば、例え露店商であっても槍で盾を貫けるなんて事は、口が裂けても言いません。そんな嘘を言ったら誰からも信用されなくなり商売ができなくなるからです。この時点でこのお話を考えた方が商売に対する考察が全くできていないことがわかります。ただのほら吹き話になってます」
「ははは。そうじゃな。そんなバカな商売人から武具は買わんな」
「本来、盾を貫ける槍というのは存在しません。盾は、剣や槍の攻撃を防ぐ武具です。それを作る職人さんは、剣や槍が盾を貫通しないように作ります。それが盾の”要件”です。対して槍は、人を殺す道具です。槍を作る職人さんは、槍に人を刺し殺せる鋭利さを持たせるんです。それが槍の”要件”です。槍に盾を貫く”要件”などありません。
「カルは、面白いな。わしは、この話を真面目に考えたこともなかったわい」
「もし、槍で盾を貫通できるとしたら、槍を持つ者も盾を持つ者も人ではありません。槍が盾を貫通した時点で盾を持つ人の腕か肩が壊れてしまいます。槍も盾を貫通した時の衝撃で手で持っていることなどできないはずです」
「面白い。面白い。実に面白い考察だわい」
「矛盾というお話は、お話としては面白くできています。ですがあの話は、商売人の話ではなくほら吹きの話です。本当に武具で商売をやっている商人なら口が裂けても言ってはいけない売り言葉です。槍や剣に命を預けている兵士からしても、それらの武具を作る職人からしてもほら吹きの話にしか聞こえません。だから”矛盾”なんでしょうけど」
バレルは、腹をかかえて笑っていた。”矛盾”というお話の考察を真面目な顔をして話すカルが可笑しくて仕方ないのだ。
「そんなに可笑しいですか」
「すまん。この話をここまで真面目に考察する者と初めて会ったのでな。いや、気に入った」
「では、話を戻しますね。盾で魔法を防げる様なことってできますか。何が何でも魔法を防ぐのではなくてもいいです。魔法を盾で受け流してもよいですし、魔石に魔力を吸収して魔法を撃ち返せるなら尚可です」
カルは、国境の砦で書の魔人が魔導砲を吸収して撃ち返したのを見た。書の魔人ができるなら盾でもできるのではないかと考えたのだ。実際、カルが持つ大盾は、魔法を吸収することができる。
「もし相手の魔法が強すぎたら盾が壊れてもいいです。盾が壊れても盾を持つ人の命を守れれば、本来の盾としての”要件”を満たしていますから」
「ふむ。そうじゃな。実に面白い発想じゃわい。試しに作ってみるとするかの」
「材料が足りなければ、置いていきます」
「カルよ。その短剣は持っていけ。試作品じゃが役に立つぞ」
「えっ、いいんですか」
「ああ、じゃが使う時は注意しろ。わしの様に吹き飛ばされて大やけどを負う羽目になるぞ」
「はい」
ドワーフのバレルが作った短剣(の形をした魔導砲)を腰にぶら下げた鞄の中にしまい込む。
カルの考えでは、この剣を複数作ってもらい各城塞都市の警備隊に配備しようとしていた。とはいえ、数が作れるとは思っていないので各都市あたり5振り程度あれば十分と考えていた。
「さて、まずは小盾あたりで作ってみるわい。カルと話しているといろいろ想像力を沸き上がるからな」
「バレルさんも無茶なことはしないでください。命があれば何でもできますから」
「肝に銘じておくわい」
「短剣や盾ができたら次は、剣とか杖とか槍も作って欲しいです。日頃お世話になっている人達に使って欲しいと考えています。材料は、都度置いていきます」
「ほう、こんな武具を必要とする者達とは、よほどカルの周りには敵が多いと見えるの」
「残念ながらそうです。こんな武具を使う必要がない城塞都市にしたいと思っているのですが・・・」
カルは、少し残念な顔をしながらバレルの前を後にした。
この後、カルの前に盾を貫く敵が現れる。そのことを知らないカルは、バレルが作ったラピリアの実の酒・・・いや薬を持ち、何処かに植えるラピリアの苗木を持って皆が待つ城塞都市アグニⅡへと向かう。
ルルやリオ達がいる城塞都市アグニⅡでは、いまだに城塞都市アグニⅠをどうするかでもめていた。
バレルとのやり取りで魔法を防御でいる盾も発注してしまうカルでした。