62話.ドワーフの武具作り(1)
酒(薬)作りを頼んだドワーフの大将に武器作りを頼みに行ったカルでしたが・・・。
カル達は、植林地にある作業小屋を出ると徒歩でドワーフの大将が住んでいる村へと向かった。
いつもならゴーレムのカルロスの肩に乗って移動するところだが、城塞都市の中には傭兵団がいる可能性があるためそれはできない。
そのため城壁外の街道を4人揃って黒いローブを纏い、フードを深く被り見た目から怪しい姿を晒すことにした。これならば逆に怪しすぎて誰の目にも領主ご一行とは気が付かれまいと踏んだためだ。
カル、メリル、ライラは、他愛ない話をしながら1時間ほど街道を歩き、ドワーフの大将が住む村へとやってきた。
カルがドワーフの大将の作業小屋へと足を踏み入れると、妖精達があちらこちらに赤い顔をして眠りこけていた。中には宙を浮きながら寝ている妖精すらいた。
ドワーフの大将はというと、作業小屋の中でラピリア酒の仕込みをしていた。顔はやつれ目の下に黒いクマを作り疲労困憊といった表情であった。
「どっ、どうしたんですか。疲れきった顔をしてますよ」
「・・・おおっ、カルか。よく来た。まあ、何もないがそこに座ってくれ」
ドワーフの大将は、フラフラになりながらカルに作業小屋に置いてある樽の上に座るように促した。
「大将さん。まさか寝てないんですか」
「そうだ。お前さん・・・いやカルにこんな面白い酒作りを依頼されて寝ている暇なんぞある訳がなかろう」
「いや、寝てください。そうしないと良いお酒・・・いえ薬ができません」
「わしの名前は、バレルだ。そう呼んで構わん」
「えっ、名前で呼んでもいいんですか」
「ああ。しかしなんじゃな。あんな美味い酒は今までに味わったことがないわい。よくもあんな果実を見つけたものだわい」
「そういえば、大勢の妖精さん達が赤い顔をして作業小屋の周りで寝てますよ」
「そうじゃった。すまんカルよ。妖精共が勝手に樽を開けて酒を飲んでしまったのだ。幸い樽ひとつ分でなんとかなったが、これでは酒を造るそばから妖精共に飲まれてしまうわい」
「ははは。さすが妖精さん。でも妖精さんが飲むなら問題ないですよ。元々妖精さんがいなければ、この実はできなかったかもしれないんです」
「本当にいいのか」
「はい」
「そうか、なら赤色の酒と黄色い酒が出来ておるから樽ごと持っていけ。周りの大人共に飲ませて驚かせてやれ」
「はい。面白そうですね」
「大人共の驚いた顔が目に浮かぶわい」
疲れ切った中にも達成感とも取れる表情と笑みを浮かべるドワーフのバレル。
そんなバレルの顔を見て同じ様に笑みを浮かべるカルは、ここに来た目的を危うく忘れるところであった。
「そうだ。今日は、別のお願いがあって来たんです。バレルさんに武具を作ってもらいたいんです」
「ほう武具か、わしに何を作って欲しいのだ」
「材料は、これです」
カルは、腰にぶら下げた鞄の中からミスリルの特品の粒がぎっしり詰まった小袋と、魔石が詰まった袋を取り出した。
「ほう、ミスリルじゃな。しかもかなりの代物だわい」
「バレルさん。見て分かるんですか」
「わしをバカにするのか。どれどれ、純度を確認するか」
そう言うとバレルは、ミスリルの粒をひとつ口の中に放り込んだ。
「んー、なかなか。いい具合のミスリルだ。ほう、おお、おおお、なんと特品か。しかも超高純度ではないか」
「はい。99.9%のミスリルです」
「なんと。いや、そんな物を精錬する術はないはずじゃが」
「ごめんなさい。それをどうやって精錬したかは秘密なんです」
「そうだな・・・すまん。そんな技は家族にも教えられんわな」
「このミスリルとこの魔石で短剣を作って欲しいんです。この短剣を警備隊に配備して城塞都市の防衛強化をはかりたいと思ってます」
「そうじゃった。お主は・・・いや、なんでもない」
「こっちの袋は、魔石じゃな。どれ、どんな魔石が・・・」
「!」
「なっ、なんじゃこの魔石は、どこでこんな高純度な魔・・・すまん。同じことを言ってしまったわい」
「まずは、このミスリルと魔石で試作品を作って欲しいんです。短剣は、バレルさんの好きな様にしていただいて構いません」
「そうか、ならば好きにやらせてもらうとするか」
「はい、よろしくお願いします」
カルは、ミスリルの特品の金属粒がぎっしりと詰まった小袋をいくつかと、魔石の入った袋を置いて作業小屋を後にした・・・のだが、作業小屋やその外で赤い顔をして寝ている妖精達が気になってしまい、結局、妖精を集めてバレルの家の床に並べて寝かせたカルであった。
「それにしてもこの妖精達が全て酔ってるってどうゆこと」
目の前には、ざっくり数えても100体を超える妖精達が酔って寝ているのである。思わず愚痴をこぼしてしまったカルであった。
バレルは、カルが置いていったミスリルの特品を熔かし短剣の形に成形した。短剣の温度が下がったところで魔法回路と魔法陣を刻印していく。この短剣は魔法陣と魔法回路の試作用なので短剣に刃付けはしない。
作った短剣を手に持ち魔力を込めた瞬間、短剣が赤く輝き熱を持ち熔けだした。
あまりの熱さに思わず短剣を地面に放り出すバレル。
「失敗か。やはり純度99.9%は伊達ではないわい」
通常のミスリルで武器を作る場合、ミスリルの2級品と1級品では、刻む魔法回路も魔法陣も異なる。当たり前だがミスリルの純度が違えば同じ魔力を流してもミスリルの中を流れる魔力量は異なる。不純物による抵抗が原因である。
バレルが短剣に刻印した魔法回路も魔法陣もミスリルの特品用のものだ。だが、それでも魔法回路と魔法陣が魔力に耐えきれずに熔けてしまった。
「どうしたものか」
その時、死んだガレルの師匠の口癖を思い出した。
つまずいたら原点に立ち戻れと。
バレルは、作業小屋の奥にしまい込んだ木箱を開ける。もう200年以上も放置した木箱だ。
誇りまみれの木箱の奥から古い羊皮紙で出来た本を取り出す。
”ドワーフ界の魔法陣大全”。
”サルでも100倍わかる魔法陣”。
”世界の魔法陣事典”。
”魔法陣と魔法回路”。
”趣味の魔法技術”。
どれも師匠から貰ったものばかりだ。まだ駆け出しで師匠について鍛冶師になった頃に読んで勉強した本ばかりだ。
もうボロボロで字も消えかけているが、どの項も目に焼き付いている。
ミスリルの特品に刻印した魔法回路と魔法陣を何度も見比べる。だが違いはない。
師匠から残した本がもう一冊だけある。いや、本ではない。師匠が書き残したある物の設計図と製造時の特記事項を書き残した物だ。
”魔導砲の製造と量産技法”。
それが、この本、いや書類の束の表紙に書かれた題名だ。
そう。バレルの師匠が300年前の大戦で使われた魔導砲を開発し量産した時に書き記したものであった。
バレルは、破れかけの羊皮紙の項をめくりながら魔導砲の製造法を順番に確認する。
若い頃にここに書かれたものを真似して小型の魔導砲を何度も作った。だが何度試作しても魔導砲から魔法が放たれる事はなかった。
あの時は、なぜ魔導砲から魔法が放たれなかったのか理解できなかった。だが、師匠はそれを知っていた。でも答えを教えてはくれなかった。
今ならそれが分かる。若いバレルが作った小型の魔導砲に使われたミスリルは、純度がとてつもなく低かったのだ。
ミスリルの2級品に特品の魔法回路と魔法陣を刻印し、魔力を込めたところで動くはずがない。
ボロボロの羊皮紙をめくり、魔法回路と魔法陣をひとつひとつ目で追っていく。
羊皮紙には、同じ魔法陣が幾度となく現れる。これは、魔力を蓄えるための魔法回路だ。こうやって見ていくと殆どが魔力を蓄えるためだけに費やされていることが分かる。
不要な魔法回路を削り、不要な魔法陣を削る。
亡き師匠は言っていた。つまずいたら単純な物を作れ。複雑なものはその後だと。
魔力の誘導、増幅、蓄積、放出の魔法陣。そして魔力を流す魔力回路。それ以外は全て排除する。
微細な魔法陣を刻印し魔法回路で結ぶ。そして魔石を配置し爪を立てて魔石が外れない様に固定する。
短剣は完成した。いや、まだ動くと保証された訳ではない。試射を行い魔法が放たれることを確認して初めて完成となるのだ。
バレルは、短剣を鞘にしまうと作業小屋から外に出て家に入ると出かける準備を始めようと・・・したのだが、そこには酔って寝ている妖精達が床を埋め尽くさんばかりに並んで寝ていた。
「いつからわしの家は、妖精達の酒場や宿屋になったのだ。明日からは、妖精達から酒代でもとるかの」
バレルは、にやりと顔をほころばせながら短剣の試し撃ちができる空き地へと向かった。
バレルは作業小屋を出て村はずれの草原へとやってきた。
背負った鞄の中には、黄色のラピリア酒と赤色のラピリア酒の入った瓶を何本か持ってきた。短剣が暴走してもこの酒(薬)があればなんとかなると考えていた。
鞘から短剣を引き抜きゆっくりと短剣に魔力を注ぎ込む。
短剣に仕込んだ魔石が徐々に光り出し、光はどんどん強さを増していく。
魔力の誘導、増幅、蓄積に問題ない。あとは魔力の放出のみ。
バレルは、短剣の先を草原の少し離れた場所にある大きな岩に向けた。
そして魔法を放つ様に短剣に魔力を送る。
その瞬間。短剣から赤い小さな閃光が飛び出した。今までに見たことのない眩く力強い光である。
赤い閃光は、バレルの目線の先にある大岩に向かって真っすぐに飛び出し命中した。
「成功だ」
バレルは、叫んだ。
だが、なぜかバレルの体を光が包み込んだ。次にバレルの体が宙を舞った。初めて体験する感覚だ。そして体が焼ける様に熱い。思わず腕で目をかばう。それは昔、冒険者をやっていた頃に戦った火龍のブレスを浴びた時の感覚に似ていた。
しかし、バレルが体験した一連の現象はそんなものではない。それは、閃光、熱、衝撃波、爆風と連続でバレルを襲った。
しばらくして気が付くと、バレルは地面に倒れていた。ほんの一瞬の出来事であったと記憶しているが、いまひとつ定かではない。さらに耳鳴りが酷くて何も聞こえない。
ふと青い空が目に入る。だが青い空には巨大な茸の形をした黒い煙が空へめがけて湧き上がっていくさまが見えた。
「あの雲はなんだ。若い時に見た火山の爆発とも違う。それに顔も腕も焼ける様に痛いわい」
空に向かって立ち上る黒い雲を見上げながら自身の腕を見たバレルは驚いた。両腕が真っ黒に焼けただれ、皮膚がべろっと剥がれていた。着ていた服も黒く焼けて見る影もない。
慌てて鞄から黄色いラピリア酒(薬)が入った小瓶を取りだっすと口の中に流し込む。その時に気が付いた。自身の顔の皮膚も焼けて水膨れが出来て皮膚が剥がれかけていることを。
バレルの鞄は冒険者だった頃、サラマンダーを討伐した時にその外皮で作ったものだ。だから炎の中に放り込んでも焼けたりはしない。
黄色いラピリア酒(薬)を飲み干したバレルだが、腕や顔の痛みはおさまらない。今度は、赤色のラピリア酒(薬)が入った小瓶を取り出し口の中に流し込む。
しばらくすると、顔と腕の痛みが治まり焼けて剥がれた皮膚が元通りになっていく。
「ほお。これは凄い酒・・・いや薬だ。あの小僧・・・いやカルに感謝せんとな」
バレルは、地面から起き上がると周囲の状況を確認すべく首を右へ左へと振った。そして自身がいる場所がどうなったのか初めて理解した。
あの短剣から放たれた光が当たったはずの大岩はなく、地面には巨大な穴が空いていた。穴の大きさは直径で約10m、深さは1m程もあった。
地面にできた大穴には、硝子状に熔けた石があちこちに散乱しキラキラと輝いていた。
バレルはその時、目の前の惨状をようやく理解した。自身が作った短剣は、とてつもない威力の魔法を放ったのだ。
「まさかな。短剣がこれほどの魔法を放てるはずないわい」
だが、それを信じられず自身で否定してしまう。それがさらなる悲劇を生んでしまった。
バレルは、もう一度短剣に魔力を注ぎ込み、今度は、短剣を少し空に向けて魔法を放った。
短剣の先からは、先ほどと同じ赤い閃光が空に向かって飛び出すと大きな弧を描きながら地面へと落ちていく。
今度は、50m以上も離れた場所へ赤い閃光が落ちた。その瞬間、光が体を包み込み熱と衝撃破、続いて爆風がバレルの体に襲いかかる。
バレルは、また同じ過ちを繰り返した。自身が作りだした短剣が師匠が作りし魔導砲と同じものであることに気付かなかったのだ。師匠が書き記した図面を見て作った短剣である。魔導砲と全く同じ魔法陣が刻まれた短剣である。
地面に倒れ意識が遠のく最中、バレルの目線の先に映る光景は先ほどと同じ黒い茸の形をした巨大な雲が空へと舞い上る光景であった。
バレルは、薄らぐ意識の中でつぶやいた。
「まさか・・・これが魔導砲というものなのか。魔導砲とはこれ程の破壊力な・・・のか、驚き・・・じゃわい」
それをようやく理解したバレルは、焼けただれた顔に笑みを浮かべていた。まさにドワーフの職人魂ここに極まれりである。
師匠が作った魔導砲を短剣で再現してしまったドワーフのバレル。この短剣は、今後各城塞都市に配備されていくことになります。