60話.リガの街の武器屋
穀物や建築資材の買付けを行っているカル達は、空き時間を利用して街を散策して武器屋を見つけます。
カル達は、穀物の買い付けも終わり、サラブ村への穀物の運搬も順調に進んでいることに安堵していた。
さらにサラブ村の会計担当者を貸してもらい城塞都市で使う建築資材の買い付けも始めた。ここまで事が進むとカルが出来ることと言えば、購入した建築資材の支払いくらいであった。
それも既にミスリルで先払いしてあるためロイズ商会としては、金払いの良い上客を見つけたと注文に発注が追い付かない状況となり、人手不足で寝る暇もない程の忙しさにうれし涙を流しながら商売に励んでいた。
リガの街にある馬車の殆どを借り受けてカルが借りた倉庫への穀物輸送に回したため、今度は、リガの街への物資輸送に使う馬車をロイズ商会が周囲の街や村から大量に借り受けることになり、リガの街周辺ではおかしな経済波及効果も生まれていた。
そんなことなど知らずに商談の空き時間にのんびりとリガの街を散策するカル達だったが、ある店がカルの目にとまった。
それは、かなり大きな武器屋であった。
カルは、今まで大盾だけで戦いを制してきたため武器を使うという発想に至らなかった。しいて言えば、武器として魔石筒を使っているくらいである。
元々、剣の練習をしても上手くならないというのもあった。さらに人を傷つけたくないという思いからか武器を使うということを避けていた。
そんなカルの目にとまった武器屋へ試しに入ってみることにした。
店の扉を開けると店の壁や棚に所狭しと剣、槍、杖、弓などが整然と並んでいる。
目を輝かせながら武器を見て周るカル。
だが、カル達の中で普段から武器と呼べるものを使っているのは、精霊治癒魔法を使う治癒師のライラだけで、それも精霊治癒魔法の威力の強化のために魔法杖を使っているくらいであった。
カルロスはというとゴーレムで手から金の糸を出して剣にも盾にもできるので武器など不要である。
魔人メデューサのメリルは、目から出る怪光線による石化の術が強力すぎるため腰にぶら下げた鞭を一度も使ったことすらなかった。
カルは、お爺さんが使っていた古い剣を腰にぶら下げているだけで、まだ戦いで1度たりとも抜いたことはない。
「何かお探しでしょうか」
身なりの整った武器屋の店主がカルの前へと姿を現した。
店の入ってきた4人の中で武器に興味を持っていたのがカルだけだと瞬時に判断した店主は、カルだけを客として認識した。
カルが背負っている盾は、どう見ても人族の子供が持つには、見た目にも高価すぎると判断した。対して腰にぶら下げている剣は、それに不釣り合いなほど古くて安物臭がプンプンしていた。
店の店主は、”勧める商品は剣”と決め、カルにいろいろな剣を見せては、購入意欲を煽る歌い文句を並べて見せた。
店主が進める剣を見ていたカルだが、店の奥に並べられた剣が目にとまった。
そこには、厳重に保管され”いかにも高価です”と言わんばかりの剣ばかりが並べられていた。
「店主さん。あの剣はなに」
「あっ、あれですか。あれはミスリルを使った剣になります」
店主は、一瞬だけ怪訝な表情を見せたがすぐに商人の顔に戻っていく。
「この剣は、かなり高価でして・・・その貴族や騎士団の方々でないと手が出ない商品となります」
「へえ、綺麗な剣ですね」
「・・・はい、剣に魔力を流しやすい様に剣の中心部分にミスリルを使っておりまして、この剣ですと金貨1500枚となっております」
「へえ、金貨1500枚かあ」
店の店主は、カルが口にした”へえ、金貨1500枚かあ”という言葉を”お金がないから買えないや”という言葉に置換した。当然である。子供が金貨1500枚など持っているはずがないと考えるのが普通なのだ。
だが、カルはロイズ商会との商談で穀物4万袋、倉庫5棟分を買っていた。少々古いということで半値にしてもらったが、値引き前の価格で金貨6000枚分である。
さらにウエスト子爵へのミスリルの売買契約分が金貨10万枚以上である。
城塞都市の運営を賄うための資金としては心もとない金額であるが、一般の者であれば一生お目にかかれない大金である。そもそもカルは、名目上とはいえ3つの城塞都市の領主である。数千枚程度の金貨の価値など既に麻痺していた。
「そっちの剣は、もっと高そうですね」
「こちらでございますか。こちらは、ミスリルの1級品を使った剣となっておりまして、魔力を蓄えるために魔石を使っております」
店主は、庶民が買えもしない商品に興味をしていると内心嫌な顔をしていた。だが、それを表に出さずに冷静な商人としての対応を続けていた。
「ミスリルの1級品を使った剣となりますので金貨5000枚となります」
「ふーん。ミスリルの1級品でその程度の価格なんだ。ならミスリルの特品を使った剣はないの」
「ごっ、ご冗談を。ミスリルの特品は、国家間で取り扱う品物でございます。武器ともなれば、それこそ王族方や騎士隊を統括する騎士団の団長様が装備される代物で、そういった方々が特注でのみ製作されるのです。店に置く様な品物ではございません」
「特注かあ」
つまり注文すれば、作ってもらえるということだとカルは理解した。ミスリルの特品は、腰にぶら下げた鞄の中にそれこそ腐るほど詰まっているし、魔石は、ダンジョンで拾ったものを大量に持っていた。
「特注って高いんですか」
「・・・えっ、ええ。それなりの価格になります」
店主は、めんどくさいと思いながらもここまで来たなら最後まで付き合うと覚悟を決めた。今日の商売は失敗だったと諦めに入ってしまったのだ。
「剣の中心部分に高品質のミスリルを配置し、そこに魔法陣を刻印していきます。魔力の誘導、増幅、蓄積、放出の魔法陣です。それらを魔力回路で繋ぎ効率良く魔力を流せる様にします。そのため繊細な作業を要求されますので、専門の職人に特注する必要があります」
カルは、おもむろに腰にぶら下げた鞄の中から数粒のミスリルと魔石を取り出すと、店主にそれを見せた。
「このミスリルと魔石で剣とか杖とか作ったらどれくらいになりますか」
「こちらですか、鑑定魔法を使ってお調べしてもよろしいですかな」
「はい」
店主は、カルから手渡された小さな金属の塊と魔石を手に持つと、鑑定魔法を発動してそれらを調べ始める。
いくばくかの時が流れたのち、店主の顔が険しくなっていくのがカルの目からも明らかだった。
「こっ、これはミスリルの特品。しかも純度99.9%。まさか少し前に市場に出回った・・・」
ミスリルの粒を持つ店主の手が震え始める。
「それにこの魔石。何処でこんな高純度の魔石を入手できたのですか」
さらに魔石を持つ店主の手がこれでもかというほどの震えで、今にも魔石をお落とすかと思われる程だ。
「こっ、これで魔剣を作れたならば国宝級の魔法剣が作れます。すぐに職人を手配・・・」
振るえる手を抑えながら店主は、カルに向かって真剣な面持ちで武器の特注依頼を進言しようとした。
だが、事はそう上手くはいかない。武器屋の店主にとってとても残念な展開へと進みはじめた。
「カル様。ここにおいででしたか。会長が資材の価格が折り合わないとかでご相談があるそうです」
「あっ、分かりました。店主さんごめんなさい。特注の件はまた今度ということで」
そう言い残すとミスリルの粒と魔石を手に取り店を後にした。
「あっ、行ってしまわれた。最高の商売が出来ると思ったのだが・・・」
カルを呼びに来たのは、ロイズ商会の副会長であるペンスである。
「ペンスさん。あの方は商談でこの街に来られた方なのですか」
「はい。・・・実は、お客様の身分を明かすのは商売上まずいのですが・・・あのお方は、あの歳で魔王国の城塞都市の領主様なのです」
「ええっ!」
「それも3つの城塞都市を統括する領主様です。今、商会はその商談で大忙しですよ。なんせ金貨で数十万単位の商談を行っている最中ですから」
「金貨で数十万単位の商談!」
ロイズ商会は、この街では有名な商会であり、その商会の者とは顔見知りの武器屋の店主であった。
商売では”逃した客は戻ってこない”とよく言われる。カルも結局、この店に二度と来ることはなかった。だがカルは、ミスリルと魔石による武具を特注してみようと考えていた。
城塞都市ラプラスで武器屋を見た記憶がないカルであったが、いつも出入りしている店がひとつだけあった。それは魔石筒を大量注文しているあの魔法具の店だ。
あの店で売っている魔法具を作る職人さん。そしてカルがラピリアの実でお酒・・・いや、薬作りを依頼したドワーフの大将である。
あのドワーフの大将ならカルの注文を受けてもらえるのではないか。そんなことを考えながらどんな武具を作ってもらえるかワクワクが止まらないカルであった。
武器屋の店主との話の中で、武器を特注する気になったカル。ドワーフの大将に武具を作ってもらう気まんまんです。
穀物の運搬方法は、次回明らかになります。