58話.傭兵団ヘルハウンド
カル達は、穀物の買い付けがいつでも出来るようにとミスリル鉱山でミスリルの採掘を行います。
ですが、既に都市にも鉱山にも傭兵団の魔の手が伸びていました。
傭兵団ヘルハウンドは、城塞都市アグニⅠの領主を殺害した後、領主の館、穀物庫、それに城塞都市の建物に火を放った。城塞都市を守る警備体や住民達が混乱する中、城塞都市から姿を消したかに見えた彼らだが、依然として各城塞都市に散らばり情報取集を行っていた。
目標は、城塞都市の領主であるカルと護衛のカルロスとメリル。
ただし、団長命令でカルを殺すことは厳禁とされた。殺気を放つことも近づくことさえも。
理由は簡単だ。短剣に封印された神を有し、盾の魔人を使役する者には勝てないと団長自らが判断したのだ。
傭兵団は、カルをひたすら追い続けたが決して手は出さず監視のみに注力した。
そしてカルが動くのをひたすら待ち続けた。そう、カル達がラプラスのミスリル鉱山へ向かうその日を。
カルは、城塞都市ラプラスへと戻り植林をして過ごしていた。馬車で移動した日が幾度もあったが、近くの村々への視察だったり何かの作業に向かったりとミスリル鉱山へ向かう気配はなかった。
だが、その日がやって来た。
「梟1。盾、馬車で移動する模様。他に護衛ふたり、治癒士、御者、護衛兵士3人」
「梟2。領主の館の協力者に確認。”穴”に向かう可能性”大”」
「梟3。盾、都市を出ます。馬車で街道を南に向かう」
各所に配置された傭兵団ヘルハウンドの団員が完結にカル達の情勢を念話で伝える。
傭兵団ヘルハウンドの団長ブレインは、部下からの連絡を念話で確認しながら、部下の配置を絶えず変更していく。同じ場所に同じ団員を配置せずすぐに団員を入れ替える。徹底してカル達に傭兵団の存在を悟られないように細心の注意を払う。
これまでに何度もミスリル鉱山へ向かうと思われたが、その度に空振りに終わった。だが、ミスリル鉱山の場所は既に発見されていた。馬車が移動する時に街道に残す"わだち"を追って探し当てたのだ。そして、山に向かう足跡を追いミスリル鉱山の入り口も発見した。
後は、護衛と一緒にミスリル鉱山に入るのを待つだけである。
傭兵団”ヘルハウンド”の団長ブレインは、慎重に事を進めた。もし、ラプラスの魔人使いに反撃されれば、傭兵団といえども無事では済まない。カルの戦いぶりを見てそれを確信していた。
傭兵団”ヘルハウンド”をここまで育てるのに団長ブレインが労した金と時間は相当なものであった。それを短絡的にカルと戦い消耗する訳にはいかないのだ。
「梟4。盾、街道をそれて”穴”へ向かう」
「梟5。馬車”穴”の前で停車。盾、護衛ふたり、治癒士が”穴”へ移動。御者、護衛兵士3人は馬車で待機」
「団長より告げる。盾”穴”へ向かう。”魔”は指示があるまで待機」
「魔1。待機」
「魔2。待機」
「魔3。待機」
「梟6。盾”穴”に入るのを確認。目標が罠にかかるまで待機」
傭兵団ヘルハウンドの団長ブレインは、ミスリル鉱山の入り口が見える小高い山の上の草むらに身をひそめながらカル達が鉱山の奥へと入るのを注意深く待つ。ここで焦るのは禁物だ。ラプラスの魔人使いとその護衛のふたりを一度に仕留めなければこの作戦は失敗に終わる。
部下の最後の連絡を注意深く待つ。そして鉱山の入り口が眩い光を放つ。
「梟6。”穴”で罠発動」
「了解。団長より告げる。作戦開始。”魔”は作戦を開始せよ」
傭兵団ヘルハウンドの団長ブレインは、念話で部下達にそう命令を発した。
その瞬間。地面に穴を掘り気配を殺気を消し隠れていた魔術師の団員が一斉に穴から這い出ると、飛行魔法により一気にミスリル鉱山の入り口へと迫った。
「魔1。”穴”へ到着」
「魔2。”穴”へ到着」
「魔3。”穴”へ到着」
「”穴”へ攻撃魔法を撃ち込め。迅速に!」
傭兵団ヘルハウンドの”魔”と名乗った魔術師部隊計9人がミスリル鉱山の入り口へ攻撃魔法の連射を開始する。
ミスリル鉱山の入り口は、攻撃魔法による爆炎と落盤による土煙で視界が殆ど効かない。それでも傭兵団ヘルハウンドの団員は、攻撃をやめない。
「団長より告げる。攻撃中止。状況を報告せよ」
「魔1。崩落を確認」
「魔2。崩落を確認」
「魔3。崩落を確認、”穴”は完全に塞がれた。繰り替えす。”穴”は完全に塞がれた」
「団長より告げる。速やかに撤収。馬車は放置。以上」
「魔1。了解」
「魔2。了解」
「魔3。了解」
「梟6。監視に移行する」
山の斜面の草むらから崩落した廃鉱を望みつつ傭兵団ヘルハウンドの団長と副団長は、注意深く周囲に変化がないか確認を続けた。
「団長。ラプラスの魔人使いは、死んだのでしょうか」
「分からん。だが、あの崩落から逃れても助かる見込みはない。もし生きていたとしても我々の作戦はここまでだ。この先を望むのであれば、依頼主に別料金を払ってもらう。我々は傭兵団だ。人殺しを好む殺人集団でもなければ盗賊でもない。これは仕事だ」
そう言い放った傭兵団ヘルハウンドの団長ブレインと副団長のヒースは、団員と共にラドリア王国へと撤収した。だが、各都市には、工作員と連絡要員を残していた。各都市の監視と領民の不安を煽る陽動作戦は、未だに続いていた。
カル達が廃鉱に入り坑道をかなり奥まで進んだ頃、いきなり足元で何かが閃光を発した。暗い坑道の中でいきなり何かが閃光を放ったため視界が無くなり進むことも戻ることもできなくなっていた。
その後すぐに坑道内に爆音と共に土煙が舞い上がりさらに視界を遮り、隣りにいる者さえ見えなくなるほどであった。
「げほ。げほ。なっ、何が起きたの」
「みっ、耳がキンキンします」
「カル様、ライラさん大丈夫ですか」
坑道内に充満した煙で咳き込むカルとライラ。対照的に坑道が崩れないようにと対処するメリル。
「さっき、坑道が一瞬光ったみたいだけど」
「恐らく罠です。私達が坑道の奥に入ると発動する魔法具か何かです。それに何者かが攻撃魔法で廃鉱の入り口を破壊したようです。恐らく入り口付近は落盤していると思われます」
「ええっ、攻撃魔法。ここから出られない?」
「ご安心ください。とりあえず坑道を全て石化しました。これで坑道が崩落することはありません」
「でも、何で攻撃魔法なんか」
「数日前よりカル様を監視している輩がおりました。ですが、気配がすぐに消えるので心配しておりませんでした。まさか、このような行動に出るとは」
カルは、坑道で大盾から金の糸を出してミスリルを採掘していた。ところが、足で何かを踏んだような気がしたのだ。その瞬間、坑道内に閃光と爆音が響くと土煙が充満して視界が効かなくなってしまった。
坑道のいたるところから小石が落ち始めた時は、落盤により生き埋めになるのではと不安に思ったが、メリルが石化の術で坑道を石化したことによりカル達は難を逃れることができた。坑道内の土煙も落ち着き、魔法ランタンの灯りで坑道内の状況も把握できるようになってきた。
「メリルさんは、以前この廃鉱に住んでいたんですよね。他に出口とかはない?」
「あります。以前、魔獣に襲われる事を考えて穴を掘っていました。それが使えるとよいのですが・・・」
「よかった。坑道が崩れる心配がないならミスリルの採掘を再開するね」
「カル様。意外とお強いですね」
「そうかな。これでも怖いと感じてるんだよ。まさか僕達を殺そうと考えている人がいると思うとぞっとするよ」
そう言いながらカルは、相変わらず金の糸でミスリルの採掘を続けていた。
実は、カルも振るえるくらい怖いのだ。だがカルの腕にしがみつくライラの震えが伝わり、自身が震えたらライラはもっと怖いだろうと思い気丈に振舞っていたのだ。それに、腕にしがみつくライラの胸がカルの腕にあたり、柔らかな感触を思わず楽しんでしまったのも功を奏していた。
こんな場面でカルは何をしているのかという話はさておき・・・。
「ライラさん大丈夫。震えているみたいだけど」
「だっ、大丈・・・夫です。領主様の命を守るのが私の務めです」
「ライラさん強い」
「ははは・・・そうです。ライラは、カルさんよりお姉さんです。強いの・・・です」
相変わらず体の震えが止まらず、ライラさんの持つ魔法ランタンが揺れる。その度に坑道内の陰が左右に上下に揺れるので動揺しているのが手に取る様にわかってしまう。
そして、震えるライラの体と同時に胸も揺れている・・・。
しばらくしてミスリルの採掘が終わったカル達は、メリルが案内する坑道のさらに奥へと進んでいく。
「あっ、ありました。この木材で隠した場所がそうです」
メリルとカルロスが木材を退かして横穴を覗き込む。
「微かに風が流れているので今でも繋がっていると思います」
「横穴は、石化してあるので崩れることはないですが、蛇や動物が巣穴にしている可能性もあるので、私が先に行きます」
ライラはそう言い残すと狭い穴の中へとするすると入って行く。
「ライラさんは、メリルさんの後に続いてください。僕とカルロスはその後を追います」
「わっ、分かりました。でもこの穴、狭いです」
そう言いながらライラも狭い穴の中へと入り、その後にカルとカルロスも続いた。
狭い穴の中を這う様に進みながらカルは考えていた。自身の命を狙ったという者が誰なのか。単純に考えれば、城塞都市アグニⅠの残党かあるいは、街に火を放ったという傭兵団か。今まで命を狙わるという経験の無かったカルにとっては、衝撃的な出来事であった。だが、それを表に出さずに済んでいることに自身でも驚きを覚えていた。
カルは、既に城塞都市ラプラス、アグニⅡ、アグニⅠ。そして国境の砦と幾度も戦いの場に身を置き、恐怖というものを幾度も経験していた。それらがいつの間にかカルを麻痺させていたのかもしれない。
「ひー、やっぱり怖いです。狭いです。暗いです」
ライラが泣き言を言いながら狭い横穴の中で立往生してしまう。
「ライラさんが動かないと僕もカルロスも先に行けないんです。ライラさんは、僕よりお姉さんなんだから頑張ってください!」
「あーん。怖いよ。暗いよ。狭いよ~」
相変わらずライラは、泣きごとを言いながら横穴を這いながら進んでいく。
「なんか進みづらいです。そういえば、昔ここに住んでいた時は下半身が蛇でしたのでスルスル進めたんです。やはりこういった場所では、人の姿は面倒です」
メリルは、元々魔人メデューサで精霊ホワイトローズに改造されて人の姿になった経歴?の持ち主ある。元々この廃鉱を住処にしていたのでこの廃鉱の構造を熟知していた。
横穴が少し上に向かい勾配がきつくなってきた頃、先頭を進むメリルが愚痴を言い始めた。
「やっぱり。蛇がいます。それも毒蛇です。それに蜘蛛の巣も沢山あります」
そういいながら毒蛇を石化して進み、やがて穴の出口から外に出ることができた。
「へっ、蛇です。蛇です」
ライラが石化した蛇に驚き、横穴の中でまた動かなくなってしまった。
「ライラさん。あと少しです。蛇はメリルさんが石化したので噛みついたりしません」
だんだん面倒になってきたカルは、ライラの足を頭で押しながら進み始めた。
「カルさん。そんなに押さないでください。行動があからさまに雑になってます」
「こんな狭い横穴で動けなくなるのは、僕だって怖いんです。こんなところで生き埋めは嫌です」
そんな会話を何度か繰り返すうちに4人は、穴から抜け出すことができた。
横穴は、板と石で塞いであるだけだったが、林と雑草が生い茂るだけの斜面にあったので注意深く見ないかぎり見つけるは難しかった。
カルとカルロスは、金の糸を出して周囲に誰もいないことを確認すると、これからの行動を皆で相談することにした。
「鉱山に攻撃魔法を放った連中は、私達がここに来ることが分かっていたようです。このままラプラスに戻ると城塞都市の中で狙われる可能性がありそうです」
「そうか、メリルさんが言っていた誰かに見られてるっていうのは、監視されてるってことだったんですね」
「そうです。どこか城塞都市と連絡が取れて身を隠せる場所に移動した方がいいです」
「だとすると、近くにサラブという村があります。移動するのに馬車で数時間かかると思い・・・馬車?」
馬車という言葉でカルは、あることを思い出していた。カル達を乗せてきた馬車と護衛の兵士達のことだ。
「馬車と護衛の兵士さん無事かな」
「カル様。今は、ご自身の安全をお考えください。それに彼らには、何かあればラプラスに戻るようにと言ってありますから」
この期に及んで馬車で待機している兵士達の心配をしているカルであったが、まずは自身の身の安全を考えるようにと諭すメリルであった。
辺りは既に日が落ちて暗くなり、足元も殆ど見えない状態であった。だがこの場所で魔法ランタンを照らせば、鉱山を攻撃してきた連中に場所を教えてしまう可能性があるので灯りをつけることもできない。
「このままサラブ村まで歩いて移動すると時間がかかるから、メリルさんとライラさんは、大盾の中で待ってて」
「分かりました。どうかご無事で」
カルは、大盾の裏にある扉を開け、メリルとライラを盾のダンジョンの安全地帯へと招き入れた。
いつもの様にカルロスの肩に乗ると、山の斜面に茂る林の中をゆっくりと進む。街道に出ると坑道を攻撃してきた連中に出会う可能性があるので、暗い山の中をひたすら進むことになった。
夜空の月がだいぶ傾いてきた頃、ようやく街道に出るとサラブ村へと向かう。
以前は、オークの集団が出没した危険な地域であったが、オーク討伐も進み今ではオークはおろか他の魔獣の姿も殆ど見ることもなくなった。
程なくしてサラブ村に到着したカル達は、カルロスの脚力で一気に砦の城壁へと飛び乗り、見張りをしていた兵士に事の次第を説明した。
「では、直に早馬を出します」
「待ってください。まだ暗いので日が出てからにしましょう。それと手紙を書きますから、それを届けてください」
カルは、このままサラブ村にとどまり城塞都市ラプラスに戻らないことにした。砦跡の村の空いている部屋を用意してもらい、これからどうするかを皆で相談しているうちにいつの間にか朝を迎えていた。
山と山の谷間に位置する砦は、昔の戦争に備えて作られたものだが、戦いには一度も使われないまま放棄された。その後、獣人達が移り住み砦の中に村を作って住んだが、オークの集団に襲われたため、カル達によりオーク狩りが行われた場所であった。
カルは、このサラブ村の人達にラプラスの植林地に植える苗木の選定や腐葉土の運搬を依頼していた。そのため、村人達とは皆顔なじみであった。
そんな時、朝早くサラブ村を訪問する者がいた。その者は、山を越えた先にあるラドリア王国の商人で新しい販路を求めて歩いて山を越えて来たのだという。
カルは、その商人に興味を持った。どんな商品を扱っているのか、どれくらいの量を扱えるのか、山を越えて来る道は険しいのか、いろんな話をしているうちにカルは、城塞都市で起こっている穀物不足を解消できるのではと思い立ち、商人にそれについて相談することにした。
それは、山を越えてサラブ村にやって来た商人にとっても城塞都市を治めるカルにとっても新しい出会いであり、城塞都市とラドリア王国との友好の始まりとなる出会いであった。
「くらいの怖い。狭いの怖い」これが分かる人はかなりの歳の人です。
当時、住んでいた街に牛丼屋というものがなくて子供ながらにアニメの主人公達がなぜ毎日の様に
牛丼屋に行ってご飯を食べるのか不思議でした。
当時は、スマホはおろか携帯もなくコンビニも殆どない?時代でした。古いな~。