55話.精霊の森(3)
カルは、精霊の森で育つラピリアの実を増やそうと試行します。
その日の夜。領主の館の食堂である事件が起きた。
領主の館の食堂で皆が夕食を食べている時、領主の館で働く魔術師の女性がライラの作ったラピリアの実のパイを食べる前にあることを始めた。
それは、鑑定魔法を使ってラピリアの実のパイがどんな鑑定結果になるのかを興味本位で試してみたのだ。
すると・・・。
ラピリアの実のパイ。
ポーション以上の回復力と治癒力を持ち、病気やケガの治療に効果を発揮する。
赤い色のラピリアの実でのみ作れる一品。
精霊の加護(小)付き。
興味本位でライラの作ったラピリアの実のパイに鑑定魔法をかけた魔術師は、思わず叫んでしまった。
「ええっ、ポーション以上のパイって何!」
食堂は騒然とした。
魔術師は、ライラのもとへと駆け寄ると材料とパイの作り方を聞き、厨房内に残っていた黄色と赤色のラピリアの実に鑑定魔法をかけてみる。
すると・・・。
ラピリアの実(黄色)。
ポーションと同等の回復力と治癒力を持ち、病気やケガの治療に効果を発揮する。
精霊の加護(極小)付き。
ラピリアの実(赤色)。
ハイポーションと同等の回復力と治癒力を持ち、病気やケガの治療に絶大な効果を発揮する。
精霊の加護(小)付き。
ラピリアの実に鑑定魔法をかけた魔術師は、ライラの作ったラピリアの実のパイを食べながら思わず涙を流していた。
ハイポーションを街のアイテム屋で買えば、金貨10枚はする高級アイテムである。しかも材料がなかなか手に入らないため必ずアイテムで買えるものもない。
ハイポーションは、冒険者がダンジョン内で瀕死の大ケガを負った時にのみ使う最後の切り札のアイテムとして大切に持つ代物である。それと同じ効果を発揮する果実が目の前に存在すること自体が、世の中の理をひっくりかえす程の物なのだ。
魔術師は、自身の鑑定魔法の結果が信じられず、鑑定魔法が使える魔術師を集めて全員で鑑定魔法を連発してラピリアの実の鑑定を行った。
鑑定魔法の結果は、全て同じであった。
「確かに、このパイを食べたら元気が出た気がする」
「俺も仕事で痛めた腰が治ったような・・・」
「私も痛かった肩が治ったような・・・」
ライラの作ったラピリアの実のパイを食べた職員は、口々にそんな言葉を発し始めた。
だが、ラピリアの実を最初に鑑定した魔術師は、別のことを指摘した。
「皆さん。回復や治癒の効果など本来どうでもよいのです。問題は、”精霊の加護(小)”です。
「これは、恐らくですが魔獣との闘いで付与されてしまった殆どの状態異常を解除できる超便利な”加護”なのです。この”加護”を得る方法は、特殊な魔獣を倒したことで得られるドロップアイテムのみです」
「この実の加護は、万能薬としても使えると思います」
その場に居合わせた領主の館の職員達は、この実をラプラスの特産品にするべきだと口に言い始めた。
「でも、この実はそんなに数が作れないんだ」
領主であるカルの一言で、場の雰囲気が一気に覚めてしまった。だが、鑑定魔法通りの回復力や治癒力があるかを今一度検証することになり、街にある病院にこの実を持ち込んで検証することになった。
次の日。カルの鞄の中に残っていたラピリアの実は、街の病院に預けられ病気やケガで苦しむ患者達で効果が試された。
結果は、やはり鑑定魔法と同様であった。
医者は、高価なハイポーションに頼らずに患者の治療ができると大喜びし、この果実の提供を領主に懇願した。
この結果を受けて領主の館では、街や村の領民の病気やケガの治療にのみこの実を提供することにした。
数が作れない以上仕方がないのだが、この実の存在が別の問題を生むことを心配しての配慮であった。
病院での結果を受けてカルは、この実がもっと多く作れないか試してみることにした。
黄色のラピリアの実は、妖精達の主食でもある。それを苦しむ人々のためといって奪ってしまっては、本末転倒である。あの森は、精霊の森であり妖精達の住む森でもあるのだから。
その後、ラピリアの種から芽吹いた苗木を空いている植林地に植えてみたが、実る果実の色は全て黄色だった。
黄色いラピリアの実もポーションと同等の効果があると分かっていても、さらに回復力と治癒力の高い赤色のラピリアの実を成す木を増やしたいと思ってしまうのは、人の性なのだろう。
さて、どうやったら赤色のラピリアの実が成るのか、苗木を植えた時のことを今一度思い出すことにした。
①.ラピリアの苗木を植林地に植えた。
②.ライラの精霊治癒魔法を苗木にかけた。
③.妖精が成長したラピリアの木から実を獲り食べ、その種からラピリアの芽が生え苗木へと急成長した。
④.芽吹いたラピリアの苗木を近くの植林地に植えた。
⑤.再度ライラの精霊治癒魔法を苗木にかけた。
だったはず。でも、これでは赤色のラピリアの実は成らない。
あのとき植えたラピリアの苗木と、今植えているラピリアの苗木は何かが異なる。
カルは、妖精達がラピリアの実を食べて種を飛ばして遊んでいる姿を見ながら、何が違うのかで頭を悩ませていた。
カルが地面に差した枝が並び、妖精がより遠くにラピリアの種を飛ばす。遠くに種を飛ばした妖精が喜び、あまり種が飛ばなかった妖精ががっかりする。そんな光景を何度もも見ていて・・・あることに気が付いた。
種が遠くに飛んだ?種が遠くに飛ばなかった?距離だろうか、いや芽吹いた苗木を植え替えた時、その木々からは赤色の実が成った。
でも、その後に植え替えた苗木からは、黄色のラピリアの実が成った。
カルは、ラピリアの苗木を植えた植林地の場所を簡単な地図を描いて印をつけていく。
さらに精霊の森にある目印になるものも書き記していく。作業場、街道、茫漠、砂漠、コルナ山、井戸、小川、池、精霊の木。さらに広がった森の先端部分。
この精霊の森は、カルが国境の砦の近くから持ってきた”精霊の木”を植えた次の日に森になっていた。
すると地図に書き記した○と×の位置に何か関連性があることに気がついた。
地図に○と書き記した場所で赤色の実が成る。×と書き記した場所で黄色の実が成る。
○と×の場所を見比べると、赤色の実が成る場所は精霊の木が近く、黄色い実が成る場所は精霊の木から遠い。
「まさか・・・”精霊の木”の精霊さんの力が影響している?”精霊の木”に近いほど赤色の実がなる?」
カルは、試しに作業場の裏にラピリアの苗木を植えてみた。ライラさんには、いつもの様に苗木に精霊治癒魔法をかけてもらう。さらに”精霊の木”からは、かなり遠い場所にもラピリアの苗木を植えて、同じ様に精霊治癒魔法をかけてもらう。
数日後・・・。
作業場の裏の空き地に植えたラピリアの木には、赤色のラピリアの実が成っていた。しかし、”精霊の木”から遠い場所に植えたラピリアの木には、黄色のラピリアの実がなっていた。でも、本来の緑色のラピリアの実が成った訳ではない。
つまり、”精霊の木”から近い場所に植えると赤色の実がなるということ。
カルは、”精霊の木”から近くてまだ木々を植えていない場所を見つけては、ラピリアの苗木を植えていった。
数日後、植えたラピリアの苗木を見ると赤色の実を成していた。
カルは、さらに遠く。ラプラスから馬車で1日程の距離にあるエンブル村へとやってきた。
村長さんに断りを入れて村の外れの空き地に穴を掘り腐葉土に入れ替えラピリアの苗木を植える。さらにライラに精霊治癒魔法をかけてもらう。
その夜は、エンブル村の村長さんの家に泊めてもらい朝を迎えた。
植えたラピリアの木には、多くのラピリアの実が成っていてほのかに甘い匂いを漂わせていた。
実の色はというと、緑色ではなく黄色の実をつけていた。
つまり、ラピリアの苗木にライラの精霊治癒魔法をかければ、どこに植えても黄色のラピリアの実がなるということが分かったのだ。
同行していた村長さんにも黄色のラピリアの実を食べてもらい、感想を聞いてみると・・・。
「おっ、美味しいですな。こんなに甘くしかもさっぱりとしたラピリアの実は、初めて食べました」
「この実を食べるとポーションと同等の効能があります。病気がケガをした時に食べれば薬にもなります」
「おおっ、それはすごいですな。村に病で寝込んでいる者が数名おります。試しに食べさせてみます」
村長は、ラピリアの実を持って病で寝込んでいる家々を周り、病人にラピリアの実を食べさせてみた。
すると病気は、徐々にではあるが回復を見せ、病に伏せっていた人達が次々に元気になっていく。
「領主様。これはとんでもない実です。この実があれば、村の者達も病に苦しまずにすみます」
「あのラピリアの木の実は、自由に食べていただいて構いません。村の人達のためになるならどんどん食べてください」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
カル達は、いつまでも頭を下げ続ける村人に見送られながらエンブル村を後にした。
実は、もうひとつある実験をしていた。村に以前から植えてあるラピリアの木に、ライラの精霊治癒魔法をかけてどうなるかを試してみた。結果は、緑色の実しか成らなかった。
つまり、苗木の段階で精霊治癒魔法をかけないと、黄色のラピリアの実は成らない。
カルは、村々にラピリアの苗木を植えようと考えていた。そうすれば、食べて美味しく薬にもなる実がいつも食べられる。まさに夢の様な話が実現しそうであった。
ただ、穀物の変わりになるかといえば、それは無理な話である。パンを食べずにラピリアの実を主食にはできない。
カルは、もうひと工夫が必要ではないかと考えていた。もし、このラピリアの実を村々に広めたとしても果実である以上、時間が経つと腐ってしまう。さらにラピリアの木は、冬は花を咲かせないので実は成らない。
そこをどうにかしないと年間を通して薬として使うことはできない。
まだまだ、先は遠いと思うカルであった。
城塞都市ラプラスの名産品になるかと思いきや、ことはそう上手くはいきません。カルは悩み続けます。