54話.精霊の森(2)
森は広がるどこまでも・・・。
だがその夜、また異変が起こった・・・。
「何、森が広がっているだと」
「はい。南側は、セスタール湖の方向に向かっています。北側は、ラプラスの背後にそびえるコルナ山に向かっている模様です。幸いにして森がラプラスに向かって広がる気配はないようです」
「分かった。朝になりしだい領主様に報告する。今夜も悪いが警戒態勢は維持してくれ。まあ、この都市の領主はだいぶ変わり者だからな。また、何かやっているのだろう」
「はい」
次の日の深夜・・・。。
カル達は、ラプラスの背後にそびえるコルナ山のふもとへとやってきた。城塞都市の警備隊長から森が広がっているとの連絡を受けたので、実際に森が広がるものなのか皆で見に来たのだ。
コルナ山には、殆ど木々も生えておらずまばらに草木が生い茂る岩山といってもよい何もない山である。
森の木々が生い茂る草原と荒地の先端部分にやってきたカル達は、足元を照らしていた魔法ランタンの灯りを消し、月明かりで照らされた草原に腰を下ろして時を待った。
砂漠から吹き付ける少し冷たい風がここちよく感じられ、何事も起こらず静かな時だけが過ぎていく。
夜空の月が頭の上から傾きかけた頃、目の前を移動して歩く何かが目に入る。それを注意深く観察してみると・・・、木が自身の根を足の様にして歩いていた。
しかも、木が自身で根を張る場所を吟味しているかの様に地面を何度か掘り起こすと、枝から何かを落としてそこに根を張り木が自身で土を埋め戻していた。
「木って自分で移動して根を張る場所を探すんですね」
その光景を見ていたライラがとんでもないことを口走る。
「ないない。木は自分では動けないんだよ。動く木なんて初めて見たよ」
カルが思わず突っ込みを入れてしまう。
「カル様。ライラの使った精霊治癒魔法により木々がトレントと化したのでしょうか」
「トレント?」
「はい、木の姿をした魔獣です。これとは異なりますが、木に宿るドリアードという精霊もおります。こちらは少し厄介です。森に入った人を誘惑して生気を吸い尽くします。これに捕らわれると死ぬまでその木の中に閉じ込められてしまうそうです」
「ふーん、とにかく明日の朝、もう一度”精霊の木”の所に行って話を聞いてみる」
その日の朝、カル達は再び”精霊の木”の巨木の前へとやってきた。
「精霊の木さん。森がコルナ山とセスタール湖の方角に向かって広がっているみたいだけど、何かご存知ですか」
すると巨木の前に精霊ホワイトローズと瓜二つの精霊が現れた。
「おはようなの。今、森の木々が成長期を迎えているの。だから木々が育ちやすい場所に移動させてるの」
「昨晩、コルナ山の方角に向かって歩いて移動する木々を見ました。あれは、トレントなのでしょうか」
「トレントもいるの。でも殆どは、私の精霊の力で移動させているの。もう少ししたら安定期に入るからそれまでの辛抱なの」
「カルに迷惑がかからない様に人が住んでいる場所や街がある場所、道になっている所には、木々が根を張らない様に気を付けるの」
「それと森を守るためにドリアードも少しいるの。でも木々を守るためだから安心するの。人にあまり手を出さないように言ってあるの」
「分かりました。それを聞いて安心しました。コルナ山とセスタール湖の方角に森を増やしても問題はないので安心して森を広げてください」
「それを聞いて安心したの。森をさらに広げるの。森の土もよくしているからラピリアの木の実も沢山成るの。楽しみなの」
”精霊の木”の精霊は、そう言い残すとカル達の前から姿を消した。
「そういえば”精霊の木”を植えた日にラピリアの苗木も植えてライラさんに精霊治癒魔法をかけてもらったね。そっちも見に行ってみようか。何かあったら大変だし」
カル達は、森を移動してラピリアの苗木を植えた場所へと移動した。ラピリアの木の苗木を植えた場所のすぐ側には馬車が通れる道を作ってあったが、道には1本の木も根を張っていなかった。”精霊の木”の精霊が言っていたことは本当であった。
そしてカルが植えたラピリアの苗木は、見事に成長して成木となり沢山のラピリアの実をつけていた。
「ラピリアの木も成長してたね。ライラさんの精霊治癒魔法ってすごい」
「あっ、あの。私の力ではなく、あの”精霊の木”の力ですよね。私の魔法だけでこんなことはできません」
ライラは、自分が放った精霊治癒魔法により力を取り戻した精霊がやったことであり、自身の力ではないということに念を押したかった。そう言っておかないと、これから何か怖いことが起こるのではと危惧していた。
カルは、ラピリアの木に近づくと木からいくつかのラピリアの実を取ってみた。
「ラピリアの実って緑色をしているはずだけど、この実は黄色なんだ。しかも香りがラピリアの実と少し違う気がする」
カルは、試しにラピリアの実を食べてみた。
「甘い。こんな甘いラピリアの実なんて初めて」
思わずラピリアの実を口に運ぶカル。それを見ていたメリルとライラも思わずラピリアの木から実を取ると口に運んだ。
「ラピリアの実って初めて食べましたが、こんなに甘くて爽やかな実なんですね」
メリルが初めて口にするラピリアの実をほめたたえる。
「いえ、そんなはずはないです。ラピリアの実は、こんなに甘くないです。こんなラピリアの実は初めてです」
ライラは、本来のラピリアの実を食べたことがあった。だからラピリアの実の美味しさに戸惑いを隠せないでいた。
「そういえば、僕が植えたラピリアの苗木は、こんなに多くなかったはずだけど」
カルが言いうように目の前には、数十本のラピリアの木が生い茂り、その木にも沢山の実が成っていた。
「さっきからラピリアの木の周りを何かが飛んでいる様に見えるのは、私だけでしょうか。しかも、ラピリアの実が空を飛んでいるように見えます」
「本当だ。僕にも見える」
「妖精ですね。妖精がラピリアの実を取りに集まっているみたいです」
カルとライラの疑問にメリルが答える。皆の目の前を羽の生えた妖精達が、ラピリアの実を手にしてどこかに集まっている。
その妖精の姿を追ってラピリアの木々の間を4人で歩いていくと・・・。
数十を超える妖精が集まり、ラピリアの実を食べては、口から小さな種を飛ばして遊んでいる光景が目に入った。
人の手ほどの大きさの妖精達が自身と同じくらいの大きさのラピリアの実を食べ、その種を両方のほっぺいっぱいに貯めると、勢いよく遠くに向かって種を飛ばす。なんとも微笑ましい光景が目の前で繰り広げられていた。
カルは、地面に落ちている枝を拾うとそれを等間隔に地面に突き刺していく。どの妖精が一番遠くに種を飛ばせたかが分かる様にと。
すると、先ほどまでとうって変わり妖精達が飛ばすラピリアの種の距離がさらに遠くまで届くようになった。
ただ、あまりにも遠くに種を飛ばそうと必死になった妖精達の顔が真っ赤になり、力尽きた妖精達が地面へと次々に落ちていったのはちょっとかわいそう。
妖精が口から飛ばしたラピリアの種は、地面に落ちると次々を芽を出し苗木へと成長していた。
このままラピリアの苗木が成長すると、過密になってしまい木々が成長できなくなると考えたカルは、その芽吹いたばかりのラピリアの苗木を開けた場所へと植えなおすことにした。
「ライラさん。ここまで森が成長したんです。この苗木にも精霊回復魔法をかけてもらえませんか」
「はい」
ライラは、自身の体に魔力を蓄え精霊治癒魔法の呪文を唱え始める。
「我の力の源たる精霊に願う、癒しの風を吹け、命の泉を湧け、守りの光よ導け、守護の力を貸し与えたまえ、精霊の癒しの力よ、かの者を守りたまへ」
その日、いくつかのラピリアの実を取りその場を後にした。獲ったラピリアの実は、夕食の後に食べることになった。
数日後、再びカル達は、ラピリアの木々が生い茂る場所へ来ていた。領主の館の食堂に置いたラピリアの実が美味しいと評判になったので実を獲りに来たのだ。
相変わらず妖精達は、ラピリアの実が大好きなようで小さな体と同じくらいの実を持って木々の周りを飛び回っていた。
カルが数日前に植えたラピリアの木は、既に成長していて実を付けていた。だが、その実の色は緑色でもなく黄色でもなく赤い色をしていた。
「あれ、ラピリアの実の色が赤いなんて初めて」
「本当ですね。黄色いラピリアの実も初めてでしたが、赤いラピリアの実なんて見たことがないです」
カルとライラは、赤いラピリアの実を不思議そうに見ていたが、ふとあることに気がついた。それは、ラピリアの木々の周りを飛ぶ妖精達が、この赤い色をしたラピリアの実には、全く手を付けないのだ。
どの妖精も赤い色のラピリアの実を避けているようにさえ見えた。
カルは、赤い色をしたラピリアの実を獲るとそれを食べてみることにした。
「うっ、甘い。甘すぎ。美味しいけど甘すぎて諄いかも」
メリルもライラも赤い色のラピリアの実を食べてみたが、甘すぎて評判がよくない。
「でも、これでお菓子を作ったら砂糖がいらないかもしれません。砂糖は、高級品で高いですからね」
最近ライラは、領主の館の厨房を借りて料理作りを勉強していた。カル専属の治癒士となり、生活が安定したことで他に目を向ける余裕が生まれたようだ。それに、領主の館の厨房であれば、食材が豊富でタダで料理が作れるからだとか。
その日の夜。ライラは、領主の館の厨房を借りてラピリアの実のパイを作り、料理の一品として夕食にふるまった。
ライラの作ったラピリアの実のパイは、評判がよくまた作って欲しいという要望が出たほど。
その日の夜。食堂である事件が起きた。
領主の館の食堂で皆が夕食を食べている時、領主の館で働く魔術師の女性がライラの作ったラピリアの実のパイを食べる前にあることを始めた。
それは、鑑定魔法を使ってラピリアの実のパイがどんな鑑定結果になるのかを興味本位で試してみたのだ。
すると・・・。
ラピリアの実のパイ。
ポーション以上の回復力と治癒力を持ち、病気やケガの治療に効果を発揮する。
赤い色のラピリアの実でのみ作れる一品。
精霊の加護(小)付き。
興味本位でライラの作ったラピリアの実のパイに鑑定魔法をかけた魔術師は、思わず叫んでしまった。
「ええっ、ポーション以上のパイって何!」
食堂は騒然とした。
ライラの精霊治癒魔法をかけたラピリアの木から獲れる実の実力が分かってきます。