53話.精霊の森(1)
混乱の続く城塞都市アグニⅠ。カルに出来ることは・・・。
城塞都市アグニⅠでは、住民による暴動と略奪が頻発していた。
この暴動を兵力を投入して鎮圧するのは容易だが、その後のことを考えたルルは暴動を鎮圧せずに放置した。
城塞都市ラプラスとして取るべき行動はふたつ。
ひとつは、兵力を投入して力任せに城塞都市アグニⅠの統治を強硬する。
もうひとつは、城塞都市アグニⅠからあえて手を引く。
城塞都市ラプラスとしては、城塞都市アグニⅠから手を引く方が簡単である。だが、その場合、治安の悪化した都市の住民達が近隣の村々で略奪を繰り返す可能性がある。アグニⅠを統治してもしなくても面倒な結果になるのは目に見えていた。
混乱したこの状況は、都市の一部の住民達の間にも問題意識として広がりつつあった。食料も困窮しはじめた頃、住民の代表と名乗る複数の者達が水面下でラプラスに接触を求めて来た。
とりあえず城塞都市ラプラス側は、ルルとリオが代表となり住民の代表と名乗る複数の者達の話を聞くことにした。
そんな頃、カルはというと盾の魔人や魔獣を使って領民の暴動を鎮圧すると返って混乱と不安に拍車をかけるということで城塞都市アグニⅡからも離れて城塞都市ラプラスに戻っていた。
城塞都市ラプラスに関しては、治安に問題もなく領民は今まで通りの生活を送っていた。
さて、久しぶりにラプラスに戻ったカルは、あることを思い出していた。
国境の砦に行った際、砦の近くの森で見つけた”精霊の木”を盾のダンジョンの安全地帯に置いたままだったので、それを植えるべくラプラスの近くに作った植林地へとやってきた。
以前ここに来たのは、魔石筒に睡眠魔法が封じれるかを試した時だったので、かなり前だと感じていた。
植林した木々を見て周るカルだが、いきなり成長をする木々などありはしないので、専ら枯れたり弱っている木々を探しては打てる対策を考えることを優先していた。
作業場から少し離れた場所に掘られた井戸があり、そこから少し離れた小さな丘の上に砦の近くで見つけた”精霊の木”を植えることにした。
丘の上の痩せた土を掘り出し、村から運んでもらった腐葉土に入れ替える。とはいえ、全ての土を腐葉土に入れ替えることなどできないので、苗木を植える場所の周囲の土だけを入れ替える。
麻袋に土ごと入れた”精霊の木”を入れ替えた腐葉土に穴を掘り植える。
ただ、”精霊の木”を掘り起こしてからかなりの日数が立ってしまったせいか苗木に元気がない。
このままでは、木が枯れてしまうのではと思ったカルは、あることを試してみようと考えた。
カルと共に植林地に来ていたのは、ゴーレムのカルロス、メデューサのメリル、そして精霊治癒魔法使いのライラである。
カルは”精霊の木”であれば、ライラの精霊治癒魔法も有効なのではと考えたのだ。
「ライラさん。植えた”精霊の木”に精霊治癒魔法をかけてもらえませんか」
「えっ、木に治癒魔法をですか」
「はい」
「えーと、木に精霊治癒魔法をかけたことはないんですが・・・」
「大丈夫です。同じ”精霊”と付くんですから何かしらの効果はありますよ・・・たぶん」
「はあ」
カルの変な説得により半信半疑のままライラは、自身の精霊治癒魔法の呪文を唱え始めた。
「我の力の源たる精霊に願う、癒しの風を吹け、命の泉を湧け、守りの光よ導け、守護の力を貸し与えたまえ、精霊の癒しの力よ、かの者を守りたまへ」
ライラは、首を傾げつつも精霊治癒魔法を”精霊の木”へと放った。
「特に変わった様子はないですね」
「まあ、木ですからね。成長に時間がかかると思います。木だけに気長に待ちましょう」
カルは、その場を後にすると作業場へと戻り、そこに置いてある別の苗木を腰にぶら下げた鞄へと入れていく。
「ここから少し行った場所にこの苗木も植えようと思います。これは、ラピリアの苗木です。ラピリアは、冬以外は必ず花を咲かせて実がなる木です。よく”貧乏人の味方”なんて言われますね。美味しくはないんですが実が成るのが早いのでどの家の庭にも必ず植えてあるくらい親しまれています」
カルは、ラピリアの苗木を植える予定の場所へ移動すると、ラピリアの苗木を植えライラに精霊治癒を放ってもらう。
「ラピリアの木が大きくなって実が沢山成ったらライラさんに毎日食べてもらいますね」
「・・・たまになら食べてもよいですが、毎日はちょっと」
「ははは。そうですよね。あまり美味しい実ではないですからね」
カルは、笑いながらその場を後にした。
その日の夜、植林地で異変が起こった。
城塞都市ラプラスの城壁の上では兵士達が夜の警備を行っていた。
ひとりの兵士が遠くの草原に集団で動く何かを見つけた。だが、魔法ランタンの灯りでは、そんな遠くまで照らせるはずもない。
もしかすると魔獣が集団で移動しているのではないかと警備の兵士が部隊長の元へと報告に走った。
草原の先には、茫漠と砂漠が広がり砂漠には、ワームの巣が点在している。そこは、カルがアグニⅠに向かう時に横断した砂漠であり執拗なまでのワームの襲撃を受けた地でもある。
もし、ワームが砂漠を越えてこのラプラスに向かってくれば、城塞都市を守る兵士が束になっても敵う相手ではない。それを知っている兵士達は、祈りながら日が昇るのを待ち続けた。
日が昇ると城壁の上で警備を続けていた兵士達は、荒地に魔獣の群れがいないか目を皿の様にして探した。だが、目の前に見えるのは、木々が生い茂る森があるだけであった。
ふと、魔獣を探す兵士がこんなことを口走った。
「おい、昨日の昼間にあんな森あったか」
「森?そうだな、確かに。あそこは、領主様が植林をするとか言って木を植えている場所だな」
「そうだよな。昼間、領主様とお仲間数人があの場所で作業をしていたのを見たって、昼の警備の連中から申し伝えがあったよな」
「一晩で森ってできるのか」
「俺に聞くなよ。俺は、ラプラス生まれでラプラス育ちだ。森のことなんて知らんよ」
「とにかく部隊長に連絡してくる」
「ああ、頼む」
城壁の上で警備をしていた兵士は、部隊長のところへ赴くと昨晩の出来事の件の続報だと言って状況を説明した。
「つまり、昨日の昼間に領主様が何かの作業を行っていた。そして次の日には、草原が森になっていたと」
「はい」
「ならば、領主様に聞くしかあるまい。あの方は少し変わっているからな。我々が想像もしえないことを”やらかす”お方だ。なにせこの短期間に3つの城塞都市を手中に収め、アグニⅡのダンジョンのオーナーにもなったという話すらある」
部隊長は、自身が座る席から立つと窓の外を眺めながら報告を行う部下に話を続けた。
「我らの知らぬ魔法を使ったのかもしれんな。とにかく私から領主様へ確認をする。すまんが領主様から何か連絡があるまで現状の警戒態勢を維持してくれ」
「はい」
部隊長は、数名の部下を引きつれカルが住む領主の館へと向かった。
警備隊の部隊長からの報告を受けたカルは、慌てて皆と共に植林地へと向かった。さらに、警備隊の隊長と100人を超える兵士達が警備用とは異なる戦争用の武具と魔石筒を大量に装備して領主であるカルの後を追う。
植林地の入り口にある作業場にたどり着くと、目を疑う光景がカル達の前に広がっていた。
30m以上はあるかという巨木が生い茂る森が作業場の奥に広がり、日の光が木々で遮られ昼でも暗い森を形成していた。
「昨日は、何本か木を植えてライラさんに魔法をかけてもらったくらいだけど・・・」
「私が木に放った精霊回復魔法の影響でしょうか」
カル達は、日の光が遮られた昼なお暗い森に足を踏み入れる。
木々の周囲には、苔が生い茂り土は柔らかな腐葉土が幾重にも層を成していると思えるほどふかふか。森がここまで成長するには数百年を要するはず。いくら精霊魔法とはいえたったひと晩で森が作れるなんて誰も聞いたことがない。
カル達は、暗い森の奥へと進んで行くと、井戸掘り職人さんに掘ってもらった井戸を見つけた。だが、井戸からは少しだが清らかな水が溢れ、小川を作りその先には決して小さくない池ができていた。
池の奥には小高い丘がありその丘の上には、昨日の昼に植えた”精霊の木”の苗木があった・・・はずなのだが。
カル達の目に映った”精霊の木”の苗木は、苗木などという可愛らしいものではなかった。その木の幹は、人が3人で手を繋いでやっとひと周りできるほどの巨木となり、見上げても木の先端がどこにあるのかさえも分からない程の高さにまで成長していた。
「カル様は、魔法が使えないと言っていましたが、これはどうみても魔法で森を使ったとしか考えられません」
メリルが巨木を見上げながらカルの仕業だと安易に口走る。
「私の精霊治癒魔法では、森など作れるはずがありません」
ライラも自分の魔法が原因ではないときっぱりと宣言する。
「すごいわね。ひと晩で森を作る魔法なんて聞いたこともないわ。カル、以外とやるわね」
いつの間にか大盾の上に書庫を作って住んでいる書の魔人が小人の姿で現れ、カルの頭をポンポン叩いて関心したという表情を見せていた。
「ぼっ、僕が原因なの」
カルは、明らかに挙動不審となり皆が見つめる目線を痛いと感じながら、誰かが援護してくれないかと助けを求める目線を皆に送り返した。
ところが送り返した目線の先に、見たことのない少女が立っていることに気が付いた。そう、昨日の昼に植えてひと晩で成長した巨木の根本に。
人でいうと10歳くらいで白い髪に白いフリルの付いたドレスを着ている。
「カル、私をここに運んでくれてありがとうなの。ライラ、私に精霊治癒魔法をかけてくれてありがとうなの」
「おかげで”精霊の木”は、元の力を取り戻すことができたの」
「今は、”精霊の森”の木々を大きくして森が持つ本来の力を蓄えているの」
カルは、少しの違和感を覚えた。あの話し方。それにあの口調。どこかで聞いた覚えがある。それにあの白い髪に白いフリルのドレス。どこかで見た覚えがあったような・・・。
「あら、ホワイトローズ様そっくりね」
小人の姿をした書の魔人がそんなことを口走る。
そうだ、精霊ホワイトローズさんと同じ口調で同じ髪の色で同じ様なドレスだ。ということは、目の前の少女も妖精?なのかな。
「あなたは、もしかして精霊さんですか」
「はいなの」
「あの、精霊ホワイトローズさんという方をご存知でしょうか」
「!」
「どこでその名前を知ったの」
「あっ、いえ。僕が持っているこの盾の奥に住んでいるんです」
「えっ。精霊ホワイトローズ様は、先々代の精霊界を収めていた方なの。でも世界を破壊しようと魔人を作り神々の怒りに触れて封印されたの。どこに封印されたかも分からずだったの」
精霊ホワイトローズによく似た精霊の少女は、ホワイトローズと言う名前を聞いただけで動揺を隠せずにいた。
その時・・・。
「私は、ここにいるの。封印は、カルに解いてもらったの」
「ホッ、ホワイトローズ様なの」
精霊の少女が駆け寄ると、精霊ホワイトローズの前で片足をついて頭を下げる。
「よくご無事でなの。神々に封印されたと聞いた時は、もう二度とお顔を見ることはないと思っていたの」
「皆には、いろいろ迷惑をかけたの。でも、まだ準備ができていないの。だから今は静かにしているの」
そう言い残すと、皆の前からかき消える様に姿を消す精霊ホワイトローズであった。
「ホワイトローズ様。また、何かを始めるつもりなの」
精霊ホワイトローズによく似た精霊の少女は、少し寂しそうな表情を浮かべてそうつぶやいた。
「あっ、あの。この森は・・・」
「そうなの。忘れてたの。この森は、精霊の森になったの。妖精も住んでいるの。だから人が立ち入ると惑わされたりするの。でもカルには迷惑をかけないようにするの。だから安心するの」
そう言い残すと精霊は、その場から静かに姿を消した。
”精霊の木”が生い茂る丘の下には、井戸からあふれた清らかな水が池を作り、どこからか来たのか分からい魚が泳いでいた。
「精霊の森か、まさかひと晩で森ができるなんて・・・」
ライラは、自身の精霊治癒魔法が森を作るきっかけになった事に動揺を隠せずにいた。
「カル様。この森には、魔力が満ちています。あまり長居すると人々に影響が出るかもしれません。今日は、ひとまず戻りましょう」
メリルの言葉に促されて後ろで待機していた部隊長に説明をして警備隊の兵士達にも都市に戻ってもらうことにした。
結局、今までにもいろいろ”やらかしている領主の仕業”ということで、皆があっさり納得して今回の件についてはお開きとなった。
だがその夜、また異変が起こった・・・。
「何、森が広がっているだと」
いろいろやらかす領主ということで皆が納得してしまうラプラスの警備隊でした。