50話.城塞都市アグニⅠ(3)
城塞都市アグニⅡを攻めるアグニⅠの兵士達。カルは、この戦いに間に合うのか。
城塞都市アグニⅡの街を守る城壁から距離を置いて布陣したアグニⅠの軍勢、ゴーレム11体と兵士400人。
本来なら兵士400人で城塞都市を落とそうと考えること自体が愚である。
だがアグニⅡの守備隊は、庇護下の村々の防衛に向かったため、都市の守備隊はたった200人しかいない。
それでも、なんとか兵士経験者を100人ほどかき集めてはみたが、それでも兵士の数は足りなすぎて話にならない。
城塞都市ラプラスもそうなのだが人々が住む家は、何も城壁の内側だけに存在する訳ではなく、城壁の外に魔獣が入り込まない程度の壁や柵を設けて住んでいる者達が大勢いる。
アグニⅠの軍勢は、城壁から少し離れた壁に囲まれた集落の手前で動きを止めた。
ときより兵士達が複数で動き周っているようだが、城壁の上から見ているだけでは何をしているか検討もつかない。
アグニⅡの城壁の上からアグニⅠの軍勢を監視している兵士達は、直にでも戦いが始まると思い、緊張した面持ちで剣を握っていた。
「おい、あいつら何で動かないんだ」
「さあな。俺に聞くなよ」
「領民は、避難させてあったよな」
「ああ、全員城壁の中に誘導した」
ふと、ある兵士が敵兵の頭数を数えてみたが、何かおかしいことに気が付いた。
「あれ、なんだかやつらの頭数が減ってないか」
「家々を守る壁の内側に身を隠しているだけだろ」
「そうか・・・いや、それにしても数が減り過ぎだ。やつらどこに行った」
「まさかあそこから地下通路とか、そんなのが都市の中にまで繋がっていたりしないよな」
「まさか・・・」
アグニⅡの守備隊が城壁の上でそんな会話をしていた矢先・・・。
「城壁を開けろ!」
「ゴーレムをアグニⅡの中に向かい入れろ!」
そんな叫び声が城壁の内側にある街から聞こえてきた。
城壁を守る兵士達は、慌てて城壁の上からアグニⅡの街を見下ろした。
そこには、アグニⅠの兵士達が城門を守る兵士達と戦い、まさに城門を開け放つ瞬間であった。
「くそ、本当に地下通路があったのか」
「まずい、ゴーレムが城塞都市の中に入るぞ!」
アグニⅠの11体のゴーレムのうち、数体は既に開け放たれた城門をくぐり街へと侵入を果たしていた。
城壁を守るアグニⅡの兵士達は、腰のホルスターから魔石筒を手に取ると、ゴーレムに向けて投げ始めた。
だが、ゴーレムに対しては、魔石筒に封じられた中級魔法では威力が弱すぎ殆ど役に立たない。
「くそ、魔石筒でも無理か。剣や弓では、ゴーレムに歯が立たん」
数人の魔術師がゴーレムに向かって魔法を放ち始めたが、ゴーレムの数が多すぎるため徐々に押されていく。
「あの数のゴーレムを相手にするのは無理だ。とにかく領主の館を守りに向かうぞ」
都市を守る兵士達は、殆どが城壁の上で敵の攻撃に備えていたため、城壁内に侵入し建物の陰に隠れて街中を移動する敵兵の姿を見失っていた。
敵兵は、城壁の上にいる守備隊に目もくれずに領主の館を目指した。領主さえ倒せばこの城塞都市は呆気なく落ちてしまう。
さらに街中のあちらこちらで火の手が上がり始めるのを見て、この戦いが守備側に不利であることが誰の目にも明らかとなった。
「くそ、やつら何でこんなに手際がいいんだ」
「誰か城塞都市の中から敵兵を誘導しているやつがいるんじゃないか」
「こっ、穀物庫が燃えてる!それに、領主の館もだ!」
城塞都市アグニⅠもそうだが、このアグニⅡにおいてもベルモンド商会が雇った傭兵団の団員が何日も前から街中に潜んでおり、期を見計らって街中に火を放っていた。領主の館は、既に火の海となり手が付けられない状態であった。
領主の館の前では、鬼人族のオルドアがゴーレムに向かって大剣を振るっている。
オルドアの部下数十人も敵の兵士と戦っているが、あちこちから湧いて出て来る敵兵に囲まれ、背後は、燃えさかる城主の館、逃げ場はどこにもない。
「まさかこうも簡単に城壁内に侵入を許すとは」
「オルドア様。アグニⅠは、我らに知らせずに城壁外から侵入できる地下通路を作っていたようです」
「味方の兵士の数もかなり減ったな」
「はい。我らも覚悟を決める時です」
オルドアと副官は、残り少なくなった味方兵士達の頭数を数えながら、退路のないこの戦いをどう終わらせるかを思案していた。
「我らもここまでか」
「「「副領主様!」」」
その時、姿を現した副領主のルルの姿を見て一斉に声を上げた。
「あっけないものだな。カル・・・いや、領主殿がいないとこうも簡単に城塞都市が落ちるか」
ルルは、燃え盛る領主の館から出てオルドアの元へとやって来た。だが、既に領主の館だけではない、街中のいたるところに火の手が上がり逃げ惑う領民で城塞都市は混乱の中にあった。
そんな時、見たこともない炎をまとった数頭の巨大な狼が現れゴーレム達に襲い掛かる。その巨大な狼は、口から炎の弾を吐き次々とゴーレムを溶かし頭を手を足を引き千切っていく。11体のゴーレムは、あっという間に土くれと金属の塊となり、燃え盛る領主の館の前に残骸をさらした。
燃え盛る領主の館の前では、先ほどまで戦っていたオルドアと兵士達、それにルルの前に6頭の炎を纏った巨大な狼が並び喉を鳴らしながらオルドア達に対して威嚇を始めた。
「なっ、なんだこの巨大な魔獣は」
突然現れた魔獣に狼狽えるオルドアと兵士達。
「以前、これと似たような魔獣を中級ダンジョンの19層のボス部屋で見たことがある」
「だが、その魔獣は体に炎を纏ってはいなかった」
ルルは、中級ダンジョンの20層まで進んだ経験があり19層のボス部屋でフレアウルフと戦った経験があった。その時は、リオもレオも一緒だったのでなんとか倒すことができたが、目の前にいるフレアウルフは、その時のものとは、明らかに異なっている。
不意に空から見慣れた大盾を持った少年がゴーレムの肩に乗って姿を現した。
「遅くなってごめんなさい」
「カル!」
「領主殿!」
「「「領主様!」」」
思わず叫んでしまうルルとオルドア、それに兵士達。
「アグニⅠで手間取ってここに来るのが遅くなりました」
「まさか、この魔獣達は?」
「はい。精霊ホワイトローズさんから借りて来ました。足の速さならゴーレムのカルロスさんよりも上かと思って」
「僕が中級ダンジョンの19階層で戦って大けがを負わせられたフレアウルフを改造した魔獣らしいです」
カルが現れるとフレアウルフの体に纏っていた炎は消え、カルがあげた手に顔をこすりつけてじゃれ始めた。
「きっ、危険ではないのですか」
オルドアが、自身の身長よりも背丈のある魔獣にじゃれつかれているカルに言葉を投げかける。
「精霊ホワイトローズさんとライラさんと僕にだけなついているみたい。だから手を出すと体を噛みちぎられるみたいなので気をつけてください」
「・・・・・・」
先ほどまでオルドアやアグニⅡの守備隊を囲っていたアグニⅠの兵士達は、体に炎を纏ったフレアウルフの群れを見た瞬間、武器を手放し投降を始めた。
その後、焼けた穀物庫から焼け残った穀物を移動したが穀物庫の穀物は、半分ほどが燃えてしまっていた。
「どうも穀物庫や街に火を放ったのは、アグニⅠの兵士ではないようです」
アグニⅡの兵士が投降した兵士達に尋問したところ、街に火を放てという命令は受けていないと話していた。
「恐らくですが、庇護下の村々を襲っている傭兵団のようです」
「この件、我らから食料を奪うことが目的かもしれん。街道を行きかう馬車を襲っていた連中も同様だろう」
「それとアグニⅠの兵士が変なこと言っていました。ベルモンド商会が雇った傭兵団の連中がアグニⅠの城壁の上で何かをずっと監視していたというのです」
「ベルモンド商会が雇った傭兵団か・・・」
アグニⅡの守備隊の兵士達と話をするオルドアとルル。
「あっ、忘れてました。城塞都市アグニⅠを落としました。というか僕がアグニⅠに到着したら街はもう火の海でした。今は、リオさんとラプラスの兵士達が都市を守っています。僕ももう一度、アグニⅠに戻ります」
カルはそう言うとゴーレムのカルロスの肩に乗り魔獣達に合図を送った。
「アグニⅠを落としたのか・・・。分かった、こちらも部隊を再編してなるべく早くアグニⅠへ向かう」
カルは、ルルに少しだけ笑顔を見せると、フレアウルフの群れを引き連れてアグニⅠへ戻っていった。
「すごいですな。あの様な巨大な魔獣を6体も使役しているとは。あの魔獣があれば・・・」
オルドアの正直な感想である。あの様な魔獣を多数使役できれば、軍隊など物数ではないと考えるのが普通である。
だが・・・。
「カルが使役している魔獣は、恐らくあれだけではないだろう、種類も数もな。先ほどの話にもあったが、精霊ホワイトローズ・・・。カルの盾のダンジョンの奥底に住むと言う精霊は、盾のダンジョンの最奥で魔石を作り、魔獣を作っているそうだ。それも数千の数を・・・」
「その精霊が我らに牙をむければ、我らなど蟻を踏み潰す程度なのかもしれん」
「まさか・・・」
「精霊は、カルがいるから自制している様だが、カルでも歯止めが効かなくなった時、あるいは・・・」
「・・・・・・」
ルルの言葉にオルドアも何も話すことができずにいた。沈黙の時間だけがふたりの間に長く続いた。
「それよりもだ、街の火事の消火と焼け出された領民が寝泊りできる場所をなんとかしないとな。それにアグニⅠに送る兵士の再編もだ。それに傭兵団が都市に残っていないとも限らんから、警備を厳重にする必要が・・・と言いたいが、兵士の数が足りんか」
ルルは、この戦いで都市を守る兵士の数があまりも少なすぎると実感した。
今回の戦いで双方の兵士に多数の死傷者が出た。さらに街に火を放たれたため領民にも死傷者が多数出てしまった。
さらに、村の穀物庫にも火が放たれ、村々に備蓄してあった殆どの穀物が燃えてしまったが、傭兵団の動向もつかめないため村々の警備に当たっている兵士達を都市に戻すこともできない。
カルがアグニⅠに戻るとアグニⅠの兵士とラプラスの兵士達が対峙し、今にでも戦いが始まる寸前であった。だが、カルが率いる巨大な魔獣の姿を見た瞬間、アグニⅠの兵士達は、武器を捨て投降を始めたのが唯一の救いであった。
アグニⅠの街の火事は、アグニⅡを上回るほどの酷い有り様で、街の復興にどれほどの時間がかかるかカルには見当も付かない。
そしてアグニⅠの元兵士達と領民達の間には、いつの間にか城塞都市に入り込んだラプラスの兵士達に対する悪意に満ちた感情が渦巻いていた。アグニⅠの都市に火を放ったのは”ラプラスの兵士達”ではないのかと。このことが後々、城塞都市アグニⅠの都市運営の火種となっていく。
その後、各都市や村々に分散した兵士達を再編して警備体制を整えられたのは、2日も立ってからのことであった。
都市での戦いは終わった。だが、穀物の多くを焼かれ、家を失った多くの領民の保護が必要となったふたつの城塞都市は、窮地に立っていた。
個々の戦場での戦いに勝つことはできた。だが、ふたつの都市に火を放たれ路頭に迷う領民を見れば、負けを認めざるえない状況であった。
そんな折、ベルモンド商会は、この時を待っていたかの様に城塞都市ラプラスへの穀物輸送を止め、ある要求を突き付けて来る。
城塞都市ラプラスは、さらに追いつめられていく。
3つの城塞都市を手にしたカル達ですが、それは苦難の始まりでした。