49話.城塞都市アグニⅠ(2)
城塞都市アグニⅠに突入したカルでしたが、そこは既に・・・。
ここ数日、城塞都市アグニⅠの城壁の上で傭兵団”ヘルハウンド”の団員が周囲の警戒にあたっていた。
目的は、”盾の魔人使い”を見つ出すこと。”盾の魔人使い”とは傭兵団が専ら使うカルの呼称である。
「団長は、巨大ワームの住処になっている砂漠を越えて来ると言っていたが既に夕刻を過ぎている。この時間になっても来る様子は・・・」
すると砂漠の遥か彼方から砂煙を上げながらこちらに向かって来る何かを見つけた。
城壁の上で周囲を警戒していた男は、腰にぶら下げた望遠鏡を手に取ると、それを伸ばし砂煙を巻き上げながら向かって来る何かを覗き込んだ。
それは、黒いローブを着た男とその肩に乗って盾を構えた少年の姿に見えた。
「来た。団長が言っていたことは本当だった」
「こちら梟2。こちら梟2。やつです。盾の魔人使いが砂漠を越えて来ました。あと、数分でこの城塞都市にやってきます」
「こちら梟3。こちらも盾の魔人使いを確認。まもなくです」
傭兵団の暗号名で”梟”と名乗った団員は、団長に向かって念話を放った。
「やはり来たか。手筈通りに作戦を開始しやつをこの都市に足止めしろ。ただし、やつとの戦いは厳禁だ。これは団長命令である」
「梟2、了解」
「梟3、了解」
”梟”と名乗った団員は、同じ様に城壁の上で警戒を続けていた団員に合図を送ると、城壁から一斉に飛び降りアグニⅠの都市の中へと消えていく。手には、火種と油が詰まった小さな樽を持って。
”コンコン”。
城塞都市アグニⅠの領主の館。その城主の部屋を訪れる者達がいた。
「入れ」
「失礼します」
「ほう、傭兵団の団長みずからお出ましとはどういったご用件ですかな」
「我らの部隊は、既にアグニⅡの城壁内部に突入した。お前達の出番など無いぞ」
城塞都市アグニⅠの領主と城塞都市アグニⅡの元領主であるふたりの鬼人族の兄弟は、椅子に座り足を投げ出しながら傭兵団の団長の顔を睨みつけた。
「その件は、こちらも把握しております。お話したいのは、別件でございます。ラプラスの盾の魔人使いが間もなくこの城塞都市にやってきます」
「なんだと!そんなはずはない。奴は、魔王国の砦に行ったばかりで半年は帰ってこない。わしが裏で手を回したのだ」
「いえ、盾の魔人使いは、連合王国の砦を破壊したそうです。しかも1000人の敵兵の捕虜付きだそうです」
「なっ、なんだと」
「魔王様は、たいそうお喜びになったでしょう。あなた達は、敵に豪華な手見上げを与えただけの愚か者です」
「領主に向かってなんという口の利き方だ!」
「おのれ、我ら兄弟を愚弄するか!」
「所詮、あなたはその程度の人です。いや、鬼人族でしたか」
団長は、そう言うと腰にぶら下げた剣に手をかけ、一瞬だけ剣を抜き剣を鞘に戻した。
すると、机の前に置かれた椅子に座っていた城塞都市アグニⅡの元領主の首が静かに床に転がる。
「あなた方は、ベルモンド殿の計画には邪魔でしかない。鬼人族らしく部隊の先頭に立って戦っていれば使い道もあったのですが」
「ひぃ、まっ、待て。わしを殺す気か。わしは、この城塞都市アグニⅠの領主・・・」
アグニⅠの領主は、命乞いの言葉を最後まで話すこともできず静かに口を閉ざした。団長が2度目に剣を鞘に戻すと、領主の部屋の床に2つ目の首が転がった。
領主の部屋には、他にも護衛として帯刀していた者が2人いた。だが、その者達も既に床に転がり無残な姿をさらしていた。
「街の主要な建物に火を放て。資金を回収しだいこの領主の館にも火を放て」
「「「はっ」」」
傭兵団”ヘルハウンド”の団長は、カルの性格を理解していた。城塞都市に火を放てば見過ごす事などできまい。その間にアグニⅠとアグニⅡの部隊の戦いを長引かせ共に消耗すれば後々の戦いが楽になるのだ。
夕暮れの瓦礫が広がる茫漠を城塞都市アグニⅠに向かって進むカル達。だが、目の前に見えるアグニⅡの街からは、いくつもの黒煙が立ち上っていた。
「火事?アグニⅠで火事が起きてる」
カル達は、城塞都市アグニⅡでやった様に一気に城壁の上に飛び上がると夕暮れのアグニⅠの街並みを眼下に収めた。
街のいたるところから黒煙が立ち上がり、あちらこちの家屋が炎に包まれている。本来なら城壁の上には、警備の兵がいるはずだがそこにひとりの兵士もおらず、街の住民が総出で消化作業に躍起になっていた。
カル達は、領主の館に向かった。だが、そこは既に瓦礫が残るのみであった。
「誰か、穀物庫が火の海だ。あれでは皆の食料が焼けてしまう!」
街の住民達が叫ぶ。だが、みな手一杯で穀物庫の火事を消しに行くことができない。
「カルロスさん。穀物庫に向かって。このままじゃ、皆の食べるものが無くなってしまう」
カルとカルロスは、穀物庫へと向かう。だが、そこは既に火の海だ。既に穀物庫の半分以上は焼け落ち、穀物の殆どが灰と化していた。
カルは、カルロスの肩から降りると、カルロスに数本の白い魔石筒を渡した。
「カルロス、この魔石筒で穀物庫の火を消せるだけ消して」
カルロスは、炎の海となった穀物庫の中へと入っていった。
カルは、盾の内側を3回叩くと、盾のダンジョンの安全地帯にいた兵士達を盾の外へと呼び出した。
「どっ、どういう状況ですか。辺り一面が火の海です」
盾のダンジョンから出てきたリオとラプラスの兵士達が予想だにしていなかった光景に慌てた。
「城塞都市アグニⅠです。来てみたら街中が火の海だったんです」
「既に領主の館は焼け落ちていました。ここは、穀物庫ですがカルロスに魔石筒で消火にあたってもらっています」
「皆さんには、他の建物の消火を手伝って欲しいんです」
「了解した。おい、ひとりで動くな。ここは敵地だということを忘れるな。小隊単位で動け、各隊出動!」
カルの申し出を受け入れた部隊長は、次々とラプラスの兵士達に指示を飛ばしていく。
程なくして街の火は沈静化した。だが、街の3割が燃える程の被害が出ていた。
「穀物庫の火事は収まったが、残った穀物は1割もない。これでは、街の住民に配る穀物の2週間分もあるかどうか」
「とにかく、今は、焼け出された人達のために何かをしないと」
カルが、そう考えた時にあることを思い出した。国境の砦に向かう時に、任期は最低でも半年はあるというので、100人が半年食べられる分の穀物を盾のダンジョンの安全地帯に運び入れていたことを。この街の領民の数に比べたら微々たるものだが、それでも無いよりはましである。
だがカルは、目の前の火事に気を取られわざわざ砂漠を越えてアグニⅠに来た理由を忘れていた。
「領主様。ここは我々がなんとかします。アグニⅡへ向かってください。ここにいる敵兵の数があまりにも少なすぎます。恐らく、殆どの兵はアグニⅡに向かったものと思われます」
「そうでした、アグニⅡを守らないと。部隊長さんとリオさんは、ここで部隊の指揮をお願いします。僕とカルロス、メリルさんライラさんは、僕と共にアグニⅡに向かってください」
カルは、そう言い残すとリオと100人の兵士達を残して城塞都市アグニⅡへと向かった。
傭兵団”ヘルハウンド”の団長の思惑通りカルはすぐにアグニⅡへと向かうことができなかった。やはりと言うべきか目の前に広がる火事を消すことを優先した。
カルの行動の遅れによりアグニⅡでも同じ悲劇が起ころうとしていた。傭兵団”ヘルハウンド”の手によって。
城塞都市アグニⅠは、既に火の海でした。そしてカルは、アグニⅡへ向かった兵士達の後を追います。