46話.国境の砦(3)
敵が放棄した砦に向かうカル達ですが、不穏な動きを見せるムーア伯爵。
カル達とラプラスの100人の兵士は、敵の砦へと向かった。
書の魔人が放った魔導砲により敵の魔導砲は、崩れた城壁の下に無残な姿をさらしていた。
「剣爺。魔導砲だけどいる?」
「そうじゃな。貰えるものは貰っておくとするかの」
「ほう、ミスリルとアダマントの合金じゃな。なかなか良い物を使っておるのじゃ」
剣爺は、そう言うと魔導砲を金の糸を使って跡形もなく吸収してしまった。
兵士達は、崩れた城壁を上り城壁の上えとやってきた。カルは、ゴーレムのカルロスさんの肩に乗って一気に飛び上がったので簡単に城壁の上へと上がってしまう。リオさんは、魔法で浮遊しながら、メリルさんは、ウサギの様にピョンピョン飛び跳ねて城壁の上へと上がった。
カルは、城壁の上でカルロスの肩から降りると金の糸を砦の中へと広げ始めた。
恐らく敵の兵士が残っていて隠れてこちらを待ち構えているはずなので、兵士達にもそれとなく敵への警戒を促した。
砦の中へ入るとやはり隠れている兵士が何人もいた。だが金の糸を砦のいたるところに張り巡らせているため、姿を見ずに敵の兵士を簡単に拘束できたし、例の如く敵兵の武具をはぎ取ることもできた。ただ、この手は少し卑怯にも感じてしまう。
だが、城塞都市アグニⅡの”中級ダンジョン”で死ぬ思いをしてまで訓練したことで、以前よりも金の糸の広がる範囲も、敵を見つける感度も精度も上がったのだ。それを卑怯と思ってはいけないと考えを改めたカルであった。
カル達は、砦の司令官がいたであろう広間へとやって来た。
カルが金の糸で拘束した敵兵の数は、100人を超えていた。広間に集められた敵兵は、改めて縄で縛られることとなった。
そんな折、広間の奥にひときわ豪華な椅子が置いてあることに気が付くと、誰と無くカルにその椅子に座る様にと声が上がり始めた。
カルも最初は、やんわりと断っていたが、この砦を奪った功労者がカルであることを疑う者は、誰一人としていなかった。
結局、皆に勧められるがままに、部屋の奥にある一脚の豪華な椅子に座ろうとしたその時。
「その椅子は、伯爵である私にこそ相応しい」
突然、広間に通る大きな声が響き渡る。ムーア伯爵である。
「地方都市の領主如きが砦の司令官の席に座るなど片腹痛い」
ムーア伯爵は、そうのたまうと誰も勧めもしないのにカルが座ろうとした椅子にどっかと座り足を組んだ。
ムーア伯爵が座る椅子の両脇には、伯爵の腰巾着の副官が立ち、さらにその周りを伯爵の兵士達が固めた。
「お前達に用はない。よく私のために砦と奪ってくれた。褒めてやるから砦から出ていけ」
たったそれだけだった。砦を奪ったのはカルだ。だが、それを横から奪ったのは、ムーア伯爵だ。
カルの後ろに居並ぶラプラスの100人の兵士達は、腰にぶら下げた剣に手をかけた。だが、カルがそれを制した。
ただ、ひとりだけカルの制しを聞かずにムーア伯爵の前へと進み出た者がいた。
メデューサのメリルである。
「伯爵。あんまりですわ。この砦を奪ったのはカル様です。私、言いましたよね。カル様がいるうちに変な事はしないって」
「あっ・・・!」
ムーア伯爵は、思い出してしまった。人の手柄を横取りすることに夢中になったばかりに、メリルとの約束を忘れていたことを。
「でも、いいです。砦は、ムーア伯爵に差し上げます。ただし、伯爵にも汗をかいて欲しいのです」
メルは、胸の谷間に手を入れると、紙とペンを出してムーア伯爵の前に差し出した。
「伯爵。交換条件です。この紙に私達を防衛任務から解任する命令書を書いてください。伯爵ならその裁量権をお持ちですよね」
「この砦のことを魔王様にご報告なされば、さぞや魔王様もお喜びになりますわ」
「そっ、そうだな。待っていろすぐに書いてやる」
伯爵は、メリルが差し出した紙とペンを手に取ると命令書を書きなぐり、メリルにその紙を差し出した。
「伯爵。ありがとうございます。これで砦は伯爵様のものです」
メリルは、伯爵に背を向けるとカルの耳元でささやいた。
「伯爵は、この砦を守る力を持っていません。この砦は、すぐに敵の手に落ちます。それに、この命令書があれば、砦に長居せずに済みます。ラプラスへ戻りましょう」
カルは、メリルの言葉に頷くと100人の兵士達と共に砦を後にした。
「せっかく敵の砦を奪ったんだからもう少し、あそこにいたかったぜ」
「いまいましい伯爵だぜ」
兵士達は、口々に愚痴を言い合っていた。
「まあ、そう言わずに。そのかわりと言ってはなんですが、伯爵から砦の防衛任務解任の命令書をもらいました。砦の防衛任務は、半年は覚悟していましたが・・・皆さん、家族が待つラプラスに戻れますよ」
「えっ、ほっ本当ですか」
「はい、それに早く任務が終わったんです。皆さんに臨時の慰労金を出しますから期待していてください」
「「「「「あっ、ありがとうございます」」」」」
カルと100人の兵士達は、笑いながら敵から奪った砦を後にした。ムーア伯爵と200人の兵士達を残して。
程なくして砦には、反撃の準備が整った敵部隊が雪崩をうって突入を開始した。
カル達は、砦に戻ると司令官に、敵の砦の中での出来事を報告した。カル達に有利な脚色を施して。
「司令官殿。先ほど敵の砦を占領したところムーア伯爵が砦を我らから取り上げてしまいました」
「敵から鹵獲したものは、その者が自由にしてよいとの裁量を魔王様よりいただいておりましたが、僕達もあまりことを荒立てたくないので引き下がることにいたしました」
「ムーア伯爵は、砦を奪ったのが僕達だということが気に入らなかったようで、この様な命令書を出してきました」
司令官にムーア伯爵が書きなぐった”命令書”を手渡す。
命令書
本日を以って砦の防衛任務を解き、領地へ戻ることを命ずる。
尚、本件については、裁量権を有しているため魔王様への確認については不要とする。
命令者:ムーア伯爵
「なっ、なんという勝手なことをしたのだムーア伯爵は。これでは、砦の防衛どころではない」
「ですが、砦は既に敵の大群が押し寄せています。ムーア伯爵がどうなったのかは不明です。恐らく捕虜になったか首をはねられらか・・・」
「ただ、ムーア伯爵が捕虜になったり首をはねられたとしても、この命令書は有効ですので僕達も砦に残ることはできません」
「まっ、待ってはもらえんだろうか。ラプラスの領主殿。あれだけの魔法と魔道具を持っていれば、この砦の防衛は、領主殿と100人の兵士だけでも十分以上だ。再考を願いたいのだが・・・」
「そこで提案なのですが・・・」
カルは、砦の司令官に残る様にと懇願された。だが、命令書を持っている以上、この地に残る必要もないし、長居したいとも思っていない。
ならばと、敵の砦を完全に破壊することを提案した。
全ての兵士達が砦の城壁に並ぶとカルは、大盾を敵の砦へと向けた。
「では、敵の砦の城壁を破壊します」
書の魔人の声と共に魔導書から青い光が発せられると、小さな青い光は、敵の砦の城壁へ吸い込まれる様に命中した。小さな青い光は、爆音を響かせながら敵の城壁を粉々に砕き、瓦礫の山を築いた。
さらに魔導書からは、次々と小さな青い光が放たれ敵の砦の城壁が跡形もなく吹き飛んでいく。
その光景は、全ての兵士達の目に焼き付くことになった。
敵の砦からは、大勢の敵兵がちりじりなって逃げていく光景がこの砦の城壁の上からも見えるほどだった。
敵の砦の城壁を破壊してから10分ほど待っただろうか、最後に残った敵の砦の城壁以外の部分を吹き飛ばすべく小さな青い光が何度も放たれた。敵の砦は、爆炎と煙を残し跡形もなく瓦礫の山となった。
「これで敵は、我々がいつでも魔導砲を撃てると勘違いすると思います。恐らくこの砦への攻撃は、当面はないでしょう」
「・・・・・・」
「ラプラスの領主殿。感謝します。それに1000人の捕虜がいれば、敵との交渉も楽になります」
「ありがとう、本当にありがとう」
砦の司令官は、両手でカルの手を握ると何度も何度も礼を言った。
カル達は、砦に一週間ほど滞在しただけだったが、敵の砦を瓦礫の山に変えて砦を後にした。
砦の兵士達は、ラプラスの兵士達の戦いぶりを砦の防衛任務が終わった後も噂した。それは、魔王国中に広まり”砦の魔人”という話として語り継がれることになった。
敵の砦に残ったムーア伯爵がどうなったのかというと、それは分からないままだ。だが、ムーア伯爵の一物は、メリルの怪光線により石の棒と化したままであった。
カル達は、それなりの成果を残して砦を去っていきます。ですが城塞都市では・・・。