45話.国境の砦(2)
国境の砦で敵が攻撃を開始するようです。
早朝、寝ているカルを起こす者がいた。
「カル、カル起きて」
「んー、どうしたの」
「敵の砦で何か動きがあるみたい。多数の魔術師が魔力を大量に集めているの」
カルが寝ているベットの横に置いていた大盾の上には、城塞都市アグニⅡで見つけた”書の魔人”の魔導書が置かれていて書の魔人が小人の姿でカルに話しかけていた。
「私にも感じます。敵の砦が遠いにも関わらずこの魔力の量は異常です」
「私も感じました。この魔力の量は、おかしいです」
リオは、魔術師なのでこういった変化には敏感なようだ。メリルも治癒士ながら魔術師に近いジョブであるためリオと魔法に対する感覚が近く、リオもメリルも既に着替えて準備万端という様相であった。
カルも急いで着換えると砦の司令官の元へと急いだ。
「司令官殿、敵が攻撃を仕掛けて来るようです」
「敵の要塞で多数の魔導士が魔力を練っている模様です。魔術師の数は、およそ100人」
「ほう、敵の魔術師の数まで分かるのか。ラプラスには、優秀な魔術師がいるようだな」
司令官とカル達が砦の城壁へ移動すると、ラプラスの兵士が望遠鏡で敵の要塞の様子を伺っていた。
「敵の城壁の天幕が取り払われています。何か大きな筒の様なものが見えます」
砦の司令官がラプラスの兵士から手渡された望遠鏡で敵の砦の様子を伺う。
「ほう、見たことないものだな」
「あれ、魔導砲ね」
カルの盾の上にいつの間にか魔導書を置ける書庫を作った”書の魔人”が小人の姿で現れた。
「えーとね。記憶をたどると、だいたい300年くらい前の大戦で使われたものよ。あれを撃つには多数の魔術師が必要なんだけど、命中させるのが大変なの。それと魔力を食いまくるから効率が悪くて使われなくなったのよね」
「書の魔人さん。あれをどうにかできる」
「はあ、あんなのちょろいわよ。魔導砲なんて”書の魔人”である私の手にかかれば簡単よ」
カルは、書の魔人の話した内容を、かいつまんで司令官に説明した。
「魔導砲ですか」
「はい、当たれば数発でこの要塞が吹き飛ぶ程の破壊力があるそうです」
「それは脅威ですな」
「ですが、こちらには対処できる者がおりますので大丈夫です」
「その言葉を信じてもよいのですか」
「もし、魔道砲の攻撃を防げなかったら僕達も死ぬんです。逃げたりしないので安心してください」
「ははは。心強いですな」
カルは、魔道砲の発射に備えて大盾と魔導書を敵の要塞に向けて構えた。
「敵の要塞前に敵部隊約1000人が集結しています」
「敵は、この要塞を本気で落とす気のようです」
砦の城壁の上で敵の行動を確認していたラプラスの兵士が部隊長へ状況を告げる。
こちらは、既にラプラスの部隊100人と、司令官の部隊200人の合計300人が砦の城壁で敵の攻撃に備えている。
ムーア伯爵の部隊300人はというと、砦の司令官から敵襲来の知らせを受けた途端、伯爵を守ると言って砦の中に引きこもってしまって出て来る気配はない。
「ガルシア殿、こちらに作戦がありますのでそれを試させてもらいたいのですがよろしいですかな」
「ほう、どんな作戦ですかな」
ラプラスの部隊長は、司令官のガルシアに作戦内容を伝えた。
「ほう、ラプラスには、そんな魔道具があるのですか」
「はい、これで砦と都市を占領した実績があります」
「分かりました。こちらも兵力が足りないですから、出来ることはなんでもやってみましょう」
「ありがとうございます」
程なくして敵部隊1000人が移動を開始した。
ラプラスの部隊長が、兵士達に檄を飛ばす。
「城塞都市アグニⅡを落とした時の様に冷静に対処すれば誰も死んだりはしない。それにこの魔道具で敵部隊1000人を捕虜にできれば、土産話になるぞ。なに、うちの領主様が付いているんだ。負けるはずがない。皆、生きて帰るぞ」
「「「「「「おー」」」」」」
ラプラスの兵士達の指揮は高かった。
敵の砦の前に集結していた1000人の部隊が移動を開始した。
国境になっている川を越え、敵の大群が砦の近くまで迫っている。
大盾を構えた重装甲兵が部隊の先頭を進み、その後ろに多数の弓兵が並ぶ。さらには、はしごやロープを持った多数の工兵がその後に連なる。
あと少しで敵の大群が砦に取り付くというところで魔道砲に動きがあった。
「来るわよ。敵が魔道砲を放つわ」
大盾の上に陣取った書の魔人さんが、そう言うと敵の城壁の上に陣取っていた魔導砲が赤く光だし、大きな赤い光の玉が魔導砲から放たれた。
「あれは、外れるわね」
書の魔人が言ったように砦の横にある岩山へと命中し、大きな岩肌を粉々に吹き飛ばした。
砦の城壁にも粉々に砕かれた岩の破片が飛散し、盾を構えた兵士達に襲い掛かる。
砦の周囲にも砕けた岩の小さな破片が煙となって広がり視界を遮っていた。
「おおっ、凄い威力ですな」
砦の司令官は、粉々に砕かれ飛び散る破片を盾で避けながら、魔道砲の威力に驚愕していた。
「やっぱり。めちゃくちゃ効率が悪いわね。魔導士を100人も動員してあの威力。全然ダメね」
対して書の魔人が小人の姿で腕組みをして魔導砲のダメな部分を指摘していた。
「次、来るわよ。恐らく次は、当てに来るから準備はじめるわ」
書の魔人さんは、そう言うと盾の上で魔導書を開いて準備を開始した。
また、敵の魔導砲が赤く光だし大きな赤い光の玉が魔導砲から放たれた。
今度は、こちらの要塞めがけて魔導砲の赤い光が真っすぐ飛んでくる。
「いいわよ。いいわよ。でもちょっと左にズレてるわね。少し補正しないとダメね」
書の魔人がそういうと砦に向かって飛んできた赤い光が急に右に曲がり向かって来た。
「本当に大丈夫なのか!」
砦の司令官が大声で叫んだその時。
書の魔人が広げた魔導書の中に大きな赤い玉が”スッ”と吸い込まれていく。
砦の城壁の上にいた兵士達は、皆、あの大きな赤い玉が城壁に当たると思い体を丸めて縮こまっていた。
だが、砦には何の影響もない。
「やはりね。かなり効率の悪い魔法ね。少し整理しようかしら」
「Build No.1.0.0。ビルドを開始します。魔法陣最適化中・・・最適化完了。Build No.1.0.0として登録完了しました。90%の効率化を達成しました」
書の魔人の魔導書からは、書の魔人とは別の呪文の様な無機質な声が響いた」
「魔導砲が放った魔法を最適化して魔素ともども魔導書に記録したわよ。今度は、こっちからも魔導砲を放てるわ」
「えっ、そんなこともできるの」
「当然よ。私は、書の魔人よ。魔人として復活したらあの魔導砲の数千倍の威力の魔法を放てるのよ」
「・・・数千倍」
カルは、書の魔人と話をしているが、周囲の人達には、書の魔人の声は聞こえないので、独り言を言っているようにしか見えなかった。
その頃、敵陣では・・・。
「おい、なぜ魔導砲が命中したのに敵の砦が崩壊しないんだ」
「わかりません。敵の砦に多数の魔術師がいて魔法防壁を張ったとしか思えません」
「くそ。今すぐ3撃目を発射しろ」
「そっ、それが魔道砲を放てるのは、あと1回が限界のようです」
「なんだと!」
「思いの外、魔術師達の消耗が激しく魔力が枯渇寸前です」
「くそ。とにかく魔導砲を撃つんだ。後は、敵の砦の前で待機している部隊がなんとかする」
「はっ」
敵は、あせっていた。魔導砲を都市の地下深くから掘り起こしてこんな辺境の砦に運ぶだけでもかなりの金を使っていた。
さらに100人の魔術師を集めるのにもだ。
それだけの金を出したにも関わらず、放てた魔導砲がたった3発では、上になんと報告すればよいのか。これでは、金食い虫とそしりを受けるのは必至。なんとしてもそれだけは避けたかった。とにかく何か実績を残す必要があったのだ。
また、敵の魔導砲が赤く光だし大きな赤い光の玉が魔導砲から放たれた。だが、今回の魔導砲の赤い光は、先ほどのものよりもかなり弱かった。
「あー、魔素不足ね。威力がだいぶ落ちてるわ」
魔導砲の赤い光が砦にめがけて真っすぐ飛んでくる。
「いいわよ。いいわよ。正面に来てるわよ」
書の魔人が広げた魔導書の中に大きな赤い玉がまた吸い込まれていった。
今回も砦には何の影響もなく、くたびれた砦は、無傷でそびえ立っていた。
「Build No.1.0.0と同一の魔法であることを確認しました。魔素のみ取得しました。いつでも発射可能です。
書の魔人の魔導書からは、先程と同じ無機質な声が響いた」
その頃、敵陣では・・・。
「おい、魔導砲が命中したのに敵の砦が崩壊しないぞ」
「やはり敵の砦に多数の魔術師がいて強力な魔法防壁を張ったとしか思えません」
「仕方ない。待機中の部隊に攻撃命令を出せ。敵の砦を奪うぞ」
敵の指揮官は、焦っていた。このままでは、魔道砲は使えないと言われてしまう。ならば、せめて敵の砦だけでも奪ってみせるしかないと。
「敵が動き出しました」
敵の弓兵が雨の如く矢を放ってきたのだ。
こちらは、盾で敵の矢を避けながら部隊長が兵士に向かって命令を出した。
「魔石筒。白。準備!」
兵士達は、腰のホルスターから一斉に白い色の魔石筒を取り出すと、すぐに投げられる様に構えた。
「魔石筒。投擲!」
兵士達は、一斉に魔石筒を砦の擁壁の外に投げた。
しばらくして魔石筒の硝子が割れる音がいくつも響く。
「次、魔石筒。黄。準備!」
「まだ投げるな。敵を引き付けろ。まだ、まだだ」
敵の兵士は、城壁の前に立ちはだかる瓦礫の坂を上っていた。
この瓦礫の坂を上り切れば、城壁にはしごをかけ、縄をかけて一気に城壁を乗り越えるつもりでいた。
だが、白い魔石筒は、氷魔法が封じられた魔石筒だ。
瓦礫の坂は、あっという間に氷で覆われ、ツルツルと滑る坂へと変貌していた。
「あっ、足が滑る」
「あっ、あー」
敵の兵士が次々と凍り付いた瓦礫の坂を滑り落ちていく。
だが、敵の兵士もバカではない。はしごを並べて凍り付いた瓦礫の坂をよじ登って来たのだ。
敵兵は、砦の城壁までたどり着くとはしごを城壁にかけて上り始めた。
部隊長が頃合いとみ測った。
「魔石筒。投擲!」
兵士達が一斉に城壁の外に魔石塔を投げる。
城壁の下では、雷撃の魔法がさく裂し、敵兵が次々と倒れていく。
「次、魔石筒。水色。準備!」
「魔石筒。投擲!」
部隊長の命令により次々と魔石筒が城壁の下に投げられていく。
城壁の下では、白い霧がモクモクと発生し敵部隊を覆いつくす。
城壁の下からは、羊の気の抜けた鳴き声と羊の数を数える声の大合唱が響き渡った。
数人の兵士が城壁の上から下を覗き込むと、そこには、雷撃の魔法で痺れて動けなくなった兵士と、集団睡眠魔法で眠りこけた兵士達の姿が死屍累々と転がっていた。
両方の魔法から逃れた兵士がごく僅かだがいたようで、自陣の砦に向かって武具を投げ捨てて走っていく姿が見えた。
砦の兵士達は、歓喜の雄たけびをあげていた。
「カル殿。やりましたな」
「いえ、まだです。敵の兵士達を縛って拘束してください。あの魔法は、そう長くは持ちません」
「そっ、そうだな」
砦の司令官は、配下の兵士に命令を出して城壁の下にころがる約1000人の敵兵を縛りあげるという大変な作業に取り掛かるはめになった。
「書の魔人さん。こちらも魔導砲を放ちましょう。場所は敵の魔導砲が置いてある城壁の下辺りがよいと思います」
「ほう、城壁を破壊できれば、敵の魔導砲が城壁の下に落ちて使えなくなるということか。甘ちゃんですねー」
「でも、そうすれば、誰も死なずにすみます」
「まあ、書の魔人の持ち主は、カル様です。今はそれに従います」
書の魔人は、盾の上で魔導書を開くと、敵の砦めがけて魔導砲を放った。
敵が放った魔導砲の光は赤い色だったが、書の魔人が放った魔導砲は、青い光だった。
小さな青い光は、敵の砦の城壁へと吸い込まれる様に命中すると、爆音を響かせながら敵の城壁を粉々に砕いた。
城壁が崩れると、敵の魔導砲も城壁の下へと落ちていった。
その頃、敵陣では・・・。
「大変です。敵が魔導砲を放ってきました。こちらに飛んで来ます」
「うっ、嘘だろ。にっ、逃げろ!」
爆音と共に城壁が吹き飛び、魔道砲は城壁の下へと落ちていった。
城壁は、破壊され吹き飛んだ瓦礫が兵士達の頭上へと飛び散り多数のけが人を生んでいた。
「敵にも魔導砲があったのか。撤退。撤退だ。砦を放棄する。速やかに砦から撤退しろ!」
「ケガをした兵士を速やかに移動させろ。それと水と食料だ。武具の移動は後でかまわん」
敵の砦は、混乱を極めていた。
一方、砦の下で倒れている1000人の兵士達を縛る作業は、嬉々として進まず、ラプラスの兵士達も総出で作業にあたっていた。
「敵の1000人の兵士の待遇ですが拷問とかはしないでください。それと、水と食料も必要なだけ与えてあげてください」
「そうだな。敵兵といえども同じ兵士に変わりはないからな」
「兵士達に告げる。敵兵士に対して拷問や暴力は一切行ってはならない。これは厳命である。よいな」
「「「「「はっ」」」」」」。
砦の司令官は、カルの申し出を快く受け入れてくれた。
だが、砦の奥深くでは、戦いに勝ったことを知ったムーア伯爵が息を吹き返していた。
次回は、敵の砦を占拠すべくラプラスの部隊が動きます。
「ぼくの盾は魔人でダンジョンで!」を読んでいただきありがとうございます。
お話の在庫が尽きてまいりました。申し訳ありませんが、明日の46話以降は、周2回程度の投稿とさせていただきます。
現在、仕事もほぼ毎日22:00以降の帰宅となり、朝は6:30に家を出ているため、とても平日にお話しを書く余裕がなく、お話を書く時間は週末のみとなっているためです。
誠に申し訳ありませんが、今後ともよろしくお願いいたします。