43話.魔導書と書の魔人
カルは、城塞都市アグニⅡの宝物庫であるものを見つけます。
鬼人族オルドアは、城塞都市ラプラスのミスリル鉱山と精錬所を奪うべく1000人の兵を率いた将であった。
だが、カルの盾の魔人にあっけなく飲み込まれて捕虜生活を送っていた。
そんな彼は、自身よりも強い領主に従うことを望んでいたが、以前の領主はその様な人物ではなかった。
「私は、自身よりも強い領主様にお仕えすることを望んでいたのです。それがこの度叶い誠に嬉しく思います。今後は、カル様に誠心誠意忠誠を尽くす所存でおります」
魔王国の国境にある砦に向かうまでまだ幾日かあるためカルは、ルルを送りがてら城塞都市アグニⅡへと向かっていた。
数台の馬車の先頭には、馬にまたがるオルドアの凛々しい姿があった。
彼は、城塞都市アグニⅡの警備隊の指揮官として着任することになった。今後の城塞都市アグニⅠの情勢も不確定のため、内情に詳しい者に指揮を委ねることにしたのだ。
今回、カルが同行するのもオルドアに対するけん制という意味合いも込められている。
城塞都市アグニⅡへ到着した面々は、個々の仕事場へと向かった。カルはというと、特にすることもないので、領主の館の中をプラプラと散歩をして暇を潰していた。
すると、ルルが宝物庫に残っている宝物の確認に行くというので同行させてもらうことになった。
城塞都市アグニⅡの領主の館の長い廊下を歩くカルとルル。
領主の館の宝物庫の前で分厚い扉の鍵を開ける。
前領主の元で宝物庫の管理をしていたという事務官の案内で、保管してある物品の確認へとやってきた。
全領主が逃げた時点で、金になる様な物など何も残ってはいないだろうとルルは言っていた。
事務官が目録を抱えながらルルの後ろについて歩き説明を行う。
当然の様に分厚い扉を開けて入った最初の棚には何もなかった。
おそらく鬼人族の領主が逃げる時に持ち去ったのだろう。
他の棚を見て周るが、絵画や壺などのかさばる物は放置されていた。
これらの美術品は、価値がさっぱり分からないのでやはり放置する事になった。
別の棚には、数千冊の本。
事務官の話では、これらは全て魔法の研究についての本とのこと。
城塞都市アグニⅡは、都市の防衛にゴーレムを多用していた。恐らくそれらを作り動かすために魔術師達が行った研究の結果が書き記されているのだろう。
カルもいくつかの本を棚から取り出して開いてみたが、字は読めても意味はさっぱり分からなかった。
魔術師でもないカルに魔法のなんたるかが分かるはずもない。
魔道具といったものは殆どなく、ルルさん曰くあまり価値のある宝物庫ではないとのこと。
カルは、興味本位で宝物庫の中を見て周っていたが、興味が薄れるのも時間の問題という時だった。
宝物庫の奥までさしかかった頃、カルの頭の中に何か女性の悲痛な叫び声が聞こえてきた。
周囲を見回しても警備をしているのは、男の兵士ばかりで女性はいない。
カルは、その声が聞こえてくる方向へと足を進める。
「・・・出して」
「お願い・・・」
「・・・から出して」
「お願い・・・」
「ここから出して」
だんだんと声は大きくなっていく。
ある棚の前まで来ると女性の悲痛な叫びは、ぴたりと止んだ。
棚には、何が書かれているのか分からない本が所狭しと並べられていた。
ふと見ると、棚と棚の間に小さな机が置かれていた。
そこには、小さな机の上に誇りを被った分厚い本がひとつだけ置いてあった。
カルの目には、ただの古いだけの本に見えた。
何が書かれた本なのかは、カルには想像もできない。
だが、なぜだかその本を手に取ってみたくなった。
カルがそっと右手を出して本の表紙にふれる直前だった。
「その本に触れてはいかん!」
剣爺の声だった。今までに聞いた事のない様な恐ろしい声だった。
だが、その言葉が逆に災いを招いてしまった。
剣爺の恐ろしい声に思わず指が動いてしまい、本の表紙に触れてしまったのだ。
”パラパパッパパー”。
頭の生でファンファーレが鳴り響いた。
思わず周囲に目を配ったがファンファーレを響かせる奏者も楽器もなく、宝物庫で警備に当たっている兵士達も誰も騒いでなどいなかった。
「おめでとうございます。魔人の封印のふたつめを解くことに成功しました」
「あなたには、魔人の力の一部が譲渡されました。あなたは世界征服の野望に一歩近づかれました」
先ほど聞こえて来た女性の悲痛な叫びと同じ声だが、今度は明るく楽しそうな声が頭の中に響いた。
「やってしもうたか。お主に警告をしていなかったわしも悪かったのじゃ」
「これは、わしが封印した魔人の一部じゃて。封印を解いてしまった以上は、仕方なしじゃの」
剣爺の声には、少し残念という気持ちが込められているように感じた。
小さな机の上に置かれた誇りを被った本を開いてみたが白紙だった。何も書かれていない本なんて初めて見た。
「はーい、そこの本を開いたあなた。私は、封印された魔人の”耳”です」
「私は、どんな魔術でも聞き逃さず書き残し、それを発動する事ができる優れた魔導書です。”書の魔人”とでも呼んでください」
「私を持ってさえいれば、できる魔術師ならできる魔法が、それなりの魔術師ならそれなりの魔法が使えるようになるわよ」
「えーと、魔法が使えない僕でも魔法が使えるようになるのかな」
「えっ、嘘。あなた魔法が使えないの・・・本当だ、あなた魔法適正が全くないのね。不思議ね。魔法適正のない者は、この魔導書を開くことはできないのよ」
「まー、あれよね。私が頑張れば良い訳よね。その辺りはぼちぼち考えましょう」
なんだろう。この本は、とてもお喋りだ。だんだが面倒臭い。
魔導書は、羽もないのにカルの周りを浮いてついて来る。しかも開いた魔導書の上には、小さな人の姿をした女の子が立っていた。
やはりというべきか、小人の耳はエルフ族の様に細長い形をしていた。魔人の”耳”というのは本当の様だ。
「そこのあなた、今、私の事を面倒臭いと思いましたね」
「でも、でも、でも、盾に封印された”くち”みたいに”わがまま”ではありませんし、使いどころで使えない”くち”など、ゴミ屑も同然です」
魔導書と書の魔人は、相変わらずカルの周囲を浮きながらクルクルと周っている。
「その点、私は、あなたを守りあなたの敵を倒します。何なら、都市のひとつも燃やして見せましょうか」
「あれ、確か本を開いた時にに魔法の呪文は何も書かれていなかったような・・・」
「うっ、おっほん。そうでした。長年の封印で魔法の呪文を全て忘れていた事を”今”思い出しました」
「魔法は、そのうちお見せします。私は、ゴージャスで破壊力満点の魔法が大好きです。ショボい魔法など使いませんし覚えません」
なんだかめんど・・・いや、よい魔導書を見つけたと考え直すカルであった。
お喋りな魔導書を事務官の元へと持っていき、この魔導書がどこから持ち込まれたものか聞いてみたが、目録には何の記録もない事が分かった。
この魔導書は、誰も触れることすらできずに長年放置されていたとのこと。
こんなお喋りな魔導書だから、きっと五月蠅くて置いていったに違いな・・・。
「今、お喋りで五月蠅いって思いましたね」
ああ、もうどうしてこんな魔導書の封印を解いてしまったんだろう。
「今、こんな魔導書って思いましたね」
「私が、世界で唯一無二の貴重で素晴らしい魔導書なのかご存じないのですか。でしたら、私がどんなに素晴らしい魔人で魔導書なのか3日かけてご説明いたします」
「まず魔法というものだれだけ素晴らしいものであるかをご説明いたします」
「そもそも魔法とは・・・」
「・・・・・・」。
「・・・・・・」。
「・・・・・・」。
その後、延々と書の魔人とその魔導書が優れているかについての話が3日間も続いた。
カルは、その3日間で書の魔人のお喋りを聞き流すスキルを身に着けることに成功したのでした。
魔人の一部を封印したという「書の魔人」の封印を解いてしまったカル。しかもお喋りです。