42話.盾を奪う者達
カルの日常にちょっとした変化がおき始めました。
とある日。
カル、カルロス、メリル、ライラの4人で城塞都市ラプラスの商店街を歩いていた。
カルロスは、短剣に封印されている神である”剣爺”が作ったゴーレム。
メリルは、精霊ホワイトローズが改造した魔人メデューサ。
ライラは、人族で珍しい精霊治癒魔法が使えるカルのお抱え治癒士。
カルは、背中に大盾を背負い、腰には小さな鞄と短剣。それと使い古された剣をぶら下げていた。
カルロスは、黒いローブを着ていて魔術師か剣士の様な姿をしている。同じ様なローブを着た冒険者が多いのであまり目立たない。
対してメリルは、異国の軍服の様な服を着ていて大きな胸を見せびらかすかの様に大きく胸をはだけさせていた。
通り過ぎる男達の目線は、全てメリルの胸元に注がれている。
ライラもカルロスと同じ様なローブを着ているが、白い色のローブを着ている。背中に背負った小さな鞄には、魔法杖と盾をくくりつけていた。
カルは、毎日の様にお昼になると商店街にある”猫目亭”という食堂に来ては、お昼ご飯を食べていた。
昼は食堂、夜はお酒を出す店で宿屋も営んでいる。
いつものテーブルを囲む4人に猫獣人である食堂のおばちゃんが声をかけてくる。
「今日も日替わりランチでいいのかい」
「はい、それでお願いします。パンを多めで」
「あいよ」
少しふくよかな体つきで食堂の中をテキパキと動く姿はすごく勇ましい。
「カル様っていつもこの店ですね。お金をお持ちなんですからもっと高級なお店でもよいのではないですか」
メリルは、カルの護衛を兼ねているのでこの店で一緒にご飯を食べているが、内心はもう少し高級な店で昼食を食べたいといつも漏らしていた。
「私は、ご飯が食べられれば文句など言いません。しかもいつもカル様に昼食代を出していただいていますから尚更です」
ライラは、お金が無くて苦労していたのでカル専属の治癒士となった今でもお金には厳しいし、食べるものに文句は言わなかった。
しばらくすると今日の日替わりランチが運ばれてきた。
「はいよ、今日は野菜とベーコンのスープ、鶏肉の香草焼き、それと味付け野菜の小鉢だよ。いつもの様に男の子は多め、女性は少なめにしてあるよ」
「ありがとう」
「いっぱい食べるんだよ」
テーブルの中央には、少し固めに焼いたパンが山の様に置かれていた。
昼食が終わると、ラプラスの街をひとまわりしてから領主の館へと戻るのがいつもの日課である。
特に何かあるかといえば、何もない日常の風景がいつもの様にそこにあることを確認して周っているのだが・・・。
街角を曲がった瞬間、カルが背負う大盾のベルトをナイフで切ったかと思うと、大盾を持って走って逃げた者がいた。
「あっ、僕の・・・」
カルがそう言いかけた時、大盾を持って逃げたのはひとりのの男だった。
だが、カルの大盾を持って逃げた男は、数歩走っただけで大盾の重量に負けて道端に倒れてしまった。
「バカね。泥棒かしら」
メリルが大盾の重さに押しつぶされて気を失っている男を見て呆れている。
カルが大盾を持ち上げるとどこからともなく兵士が現れ、そそくさと無言で大盾を盗もうとした者を連行していった。
「警備隊の者です。泥棒は、こちらで取り調べを行いますのでご安心を」
大盾を盗もうとした泥棒を回収していった兵士とは別の兵士が現れ、カルにそう言い残すといつのまにか姿を消していた。
「ずいぶんと手際がよいこと」
メリルがそんな言葉を残した。
別の日。
カル、カルロス、メリル、ライラの4人で城塞都市ラプラスの商店街を歩いていた。
商店街を抜けて少し人通りの寂しい通りに差し掛かると、どこからともなく10人程の男達が現れメリルさんとライラさんの喉元にナイフを突きつけた。
「動くな。そのガキが背負ってる大盾を黙ってよこしな」
カルが、静かに大盾を地面に降ろすと8人の男達が大盾を持ち上げた。
「「「「「「「「重い。重くて持ち上がらない」」」」」」」」
気が付くとメリルさんとライラさんの喉元にナイフを突きつけていた男達は、石の像と化していた。
「まっ、まずい。ずれか・・・」
大盾を持ち上げようとしていた男達の誰かがそう言いかけたが、言葉は最後まで言い放つことはできなかった。メリルが全ての男達を、目から発した怪光線により石の像と化したからだ。
するとどこからともなく兵士が現れた。
「警備隊の者です。申し訳ないのですが、泥棒達を逮捕するので石化の術を解いていただけると助かります。できれば、ふたりづつくらいでお願いしたいのですが・・・」
メリルさんが石の像と化した男達の術を徐々に解いていくと泥棒達は、兵士に捕縛されて連行されていった。
「ご協力感謝します」
兵士は、カルにそう言い残すといつのまにか姿を消していた。
さらに別の日。
カル、カルロス、メリル、ライラの4人で城塞都市ラプラスの商店街を歩いていた。
商店街を抜けて倉庫街へと差し掛かると、商人達が使う馬車がひっきりなしに通りを走っていく。
カル達は、馬車の邪魔にならないようにと通りの端を一列になって歩いていた。
1台の通りすがりの馬車の幌が開け放たれると、いきなりカルが背中に背負っていた大盾を”ひょい”と馬車に乗せたものがいた。
「あっ」
カルがそう声を放った瞬間。馬車の荷台から大盾がひとりで飛び降りた。そして、角を器用に使いながら歩いてカルの元へと帰ってくる。
「・・・・・・」
「僕の大盾って本当にひとりで歩くんだ」
大盾がひとりで歩く姿を見たカルは、言葉を失ってしまった。それは、メリルもライラも同じであった。
カルの大盾を盗もうとした馬車に乗っていた男達は、開いた口が塞がない状態だったが、30人程の兵士に取り囲まれて大乱闘の末に全員捕縛され、どこかに連行されていった。
「ご協力感謝します」
いつの間にかカルの側に兵士が立っていて、カルにそう言い残すといつのまにか姿を消していた。
カルが領主の館から出ると、カルの少し後ろを数人の男達がつかず離れず絶えず尾行していた。
彼らは、城塞都市ラプラスの警備隊の兵士で、以前領主になったばかりのカルが泥棒と間違われ、拷問された時の過ちを繰り返さない様にと、街へ外出するたびに護衛としてついて来ていたのだ。
カルもそれを知っているので、あえて何も言わずにいた。
ここは、ベルモンド商会の会頭の執務室。
ベルモンド商会の会頭であるハイファ・ベルモンドの執務室に側近のひとりが現れた。
「ご報告があります。城塞都市ラプラスの領主であるカル・ヒューイの件です」
ハイファ・ベルモンドは、何も言わずにその報告を聞いていた。
「あの領主が持つ大盾ですが、想像を絶するものであることが判明しました」
「あの領主と戦ったことがる数人に話を聞いたところ、剣や盾などがいきなり目の前から消えたと証言しています」
「また、目に見えない縄の様なもので縛られたと証言する者もいました」
「これが信じられないのですが、あの大盾には魔人の口が現れ、兵士達を何人も飲み込んだそうです。さらに、気が付くとどこかのダンジョンにいたというのです」
「そしてダンジョン内に無数のミミックが現れ、それに食べられると武具から服から全てはぎ取られて魔人の口から吐き出されたと証言したものが複数おります」
ハイファ・ベルモンドは、側近の報告をただ黙って聞いていた。
「続けます」
「例の件を実施しましたが、あの大盾は重すぎて8人がかりでも持ち上がらいとのことです」
「さらに馬車で持ち去ろうとしましたが、大盾がひとりで勝手に歩いて領主の元へ帰っていったそうです」
「やはり魔人が宿る大盾というのは本当のようです」
「それと、例の鉱山と精錬所の件ですが、ラプラスの協力者が調べた結果、ラプラスにその様な鉱山も精錬所はないとのことです。これは、複数の協力者からの話と合致しますので事実だと思われます」
「ただ、領主がときたま数名の兵士を連れて馬車でどこかへ出かけるそうです。行先は不明とのことですが、外出して戻って来るのにおよそ2日だそうなので、そう遠くではないようです」
「もうひとつご報告があります」
「あの領主の仲間が絶えず3人ほど付いていますが、ひとりはゴーレム。もうひとりは魔人メデューサです」
「ゴーレムは、今まで見たこともないほどの精巧な作りで、城塞都市アグニⅡを攻略した時に使われた物と同一の物のようです」
「魔人メデューサですが、かなり厄介です。魔人メデューサは、目線を合わせると石化の術がかかるのですが、あの魔人メデューサは、目線を合わせなくても石化の術がかかるそうです」
ハイファ・ベルモンドは、少し考えたあとに側近へ指示を出した。
「盾の件はもうよい。問題は、鉱山の方だ。もし、あの領主の小僧が我々の知らない魔法か何かでミスリルを採掘できるというのであれば、逆にあの小僧は邪魔でしかない」
「我々の手の内で踊らない者は、舞台の上で演舞を踊る必要などない。頃合いを見計らってそのゴーレムとメデューサ共々鉱山に埋めてしまえ。鉱山は、場所さえ分かれば後々掘りなおせばよい」
「それと、あの傭兵団を使い例の件を進めろ。アグニⅠとアグニⅡの鬼人族の領主共々舞台から退場してもらう」
「はっ、仰せの通りに」
ハイファ・ベルモンドは、自身の意図とは関係なく動く者をとことん排除する。それがベルモンド商会を大きくできた理由であった。
カルもルルもまだハイファ・ベルモンドの暗逆を知る由もなかった。
やはり悪役がいての物語です。