41話.盾のダンジョン・カルの挑戦
カルは、初めて盾のダンジョンに挑みます。
「城塞都市アグニⅡを手に入れてからふたつの都市に分かれてしまい、お互いの顔を見る機会が減ってしまったな」
城塞都市ラプラスに集まったルル、リオ、レオ、カルの前でルルの開口一番の言葉だった。
「では、皆に緊急招集を行った理由を説明する」
「我らの城塞都市は、魔王様が統治する魔王国にある訳だが、わが城塞都市も魔王様の庇護下にある」
「ただし庇護下にあるということは、義務も生じるというわけだ」
「その義務とは、我々で国土を守るというものだ」
「とはいえ、我々が持っている兵力は、都市を守る守備隊という組織くらいだ。常設の軍隊を持たない以上、装備も兵士の練度も遥かに低い。そして予算の乏しいわれらの都市では、何ができようかとうことになるのだが・・・」
「先ほどからくどくどと何を言いたいのかというと、魔王様より”国土防衛協定”により国境警備に兵を出せという命令が来たのだ。まあ、金を出すか兵を出すかの二択なのだがわが都市には、ミスリルはあっても金はない」
「兵を出す場合は、1都市につき100人相当。我らの場合は、2都市分ということで200人相当となる」
「「「相当?」」」
思わずリオもレオもカルまでもこの”相当”という言葉に疑問を持った。
「そうだ。この”相当”というのが曲者でな。冒険者にランクがあるのと同じと考えてもらえばよい」
「例えばFランクの兵士100人で警備に赴くのと、Cランクの兵士100人で赴くのでは意味が異なる」
「さらにCランク50人とBランク5人で赴くならさらに意味が異なる」
「この”相当”とは、強い者の数でその他の兵士の数を調整してもよいという話なのだ」
「実際に割り当てられたのは、国境沿いにある砦の防衛だ」
「さて、誰に行ってもらうか」
「はい!」
カルが勢いよく手を挙げた。
「僕が行きます」
「いや、まてまて。カルは、ダンジョンで受けた傷が治りきっていない。第一、カルが居ない時に城塞都市アグニⅠが攻めて来たら都市防衛に不安が残る」
「でも、ルルさんが行ったら都市の運営に支障をきたすよね」
「僕は、都市の仕事なんて殆どやってないし、もし国境の砦で戦いになったら僕の盾の方が守りやすいよ」
「それに僕が行けば、ゴーレムのカルロスさんやメデューサのメリルさんも行くことになるから、同行する兵士の数を減らせるよ。そうなれば、お金の面でもかなり楽になるんじゃないかな」
「そうなのだが・・・、カルがケガが完全に治っていて戦える状態であるという確信がないのだ」
「だったら、みんなで盾のダンジョンに入ろう。ルルさん達が5階層で負けたって言っていたよね。なら、僕が5階層をクリアできればいいんだよね」
「今、とても生意気なことを言ったぞ」
「はい!」
「そこまで言うなら盾のダンジョンに入ってみるか」
「では、盾のダンジョンに入るのは、僕とルルさん、リオさん、レオさんでお願いします。ルルさん達は、僕の戦いぶりを見ていてください」
「カルロスさん、メリルさん、ライラさんは、居残りということでよろしいですね」
「となると大盾は、持っていけないから金の糸で盾で別の盾を作るか・・・」
カルが大盾の前で何かを始めるといつの間にか、別の盾がカルの目の前に現れていた。
「カル。その盾は?」
「僕がケガをして休んでいる時に、盾から出せる”金の糸”で盾を作る練習をしていたんです。それが最近になってやっとまともな形になってきたんです」
「さすがにこの盾には、盾の魔人さんはいませんが”金の糸”で出来ているので、この盾からも”金の糸”が出せます」
「ほお、金の糸というのは、武具の金属を奪ったり、体を拘束できるあれだな」
「はい」
「では、一応だが着替えと武具を持って再度、ここに集まるとしよう」
会議の途中ではあったが、カルの回復状態を見るべく4人で盾のダンジョンへ入ることになった。
実は、以外ではあるが盾のダンジョンに4人で入るのは、これが初めてであった。
盾のダンジョンに入った4人は、カルを先頭にレオ、ルル、リオの順番で回廊を進んだ。
「ときにカルよ。ダンジョン内の魔獣探索はできるのか」
「うん。今も盾から”金の糸”を出しているから50m先くらいまでならどんな魔獣がいるか把握できるし、その魔獣を捕獲するのも倒すのもその場でできるよ。ただ、数が多くなると難しいけど」
「すごいですね。探査魔法と同時に魔獣の捕獲も可能ですか、ちょっと悔しいです」
リオも、探査魔法で盾のダンジョン内の魔獣の位置を把握をしていた。だが、探査魔法で発見した魔獣の反応が次々と消えていくことに驚いていた。カルは、金の糸を盾のダンジョン内に張り巡らして、現れた魔獣を次々と捕獲しては”金の糸”を使って倒していた。なので先ほどから魔獣の姿を1体も見ることはなかった。
目の前にすら魔獣が現れずにあっと言う間に2階層への階段が現れた。
「このまま金の糸で魔獣を見つけて捕獲して倒してしまうと僕が戦っていないように見えるから、魔獣が近くで来たら戦うことにしますね」
ルルは、1階層とはいえカルが見えないところで魔獣を倒していることに目を疑っていた。これでは、戦っているなどと言える状態でないからだ。
「あっ、ああ。そうしてもらえると助かる」
「あっ、来た」
カルに向かってスライムが素早い動きを見せながら近づく。そしてスライムは、一瞬にしてカルの顔めがけて飛んだ。だが、カルの顔の直前でスライムの動きが止まると光の粒子へと変わり消えてしまった。
「僕の前には、金の糸で編んだ網を通路いっぱいに広げてあるんです。その網にスライムがかかったら別の金の糸でスライムの体に”プスッ”と金の糸を刺すんです」
「つまり物理防壁の魔法みたいなものですね」
リオが自身が使う魔法に例えてみた。
「物理防壁の魔法っていうのがよく分からないけど、網で壁を作ったというところは同じです」
「後ろからもスライムが来ました」
ルル達が後ろを振り向くと既に金の糸で作った網にスライムが捕まっていた。スライムは、光の粒子となって消えるところだった。
「こっ、これでは、戦う必要もないな」
「城塞都市アグニⅡのダンジョンでは、木の上にいたオーガも、草原にいたファイアウルフの群れもこれで簡単に捕まえることができました。ただ、体の大きなフレアウルフの時は、網の目が大きすぎて失敗してました。へへへ」
カルは、フレアウルフと戦って失敗したことが恥ずかしかったのか、列の先頭を歩きながら自身の頭をかいてみせた。
ルル、リオ、レオは、言葉もなかった。以前、アグニⅡのダンジョンに入った時は、3人がかりですら倒すのに苦労したオーガを簡単に捕まえたと言ってみせたのだ。しかも倒すより捕まえる方が難易度は格段に上がる。それをたったひとりでやってのけるのだ。
気が付くと目の前に3階層への階段が現れた。
「ここからは、炎の魔法を放つスライムが現れます」
リオはそう言うと、自身が持つ魔法の杖を握る手に力を込めた。
「せっかくだから金の糸で作る網もなしにしますね」
カルがとんでもないことを口走る。
「だっ、大丈夫なのか」
「そういえばルルさん達は、これで戦ったところって見たことないですよね」
カルの右手には、魔石筒が握られていた。
「都市の警備隊にも配備させたので、これがどんな感じかお見せします」
「なるべく魔石筒を魔獣の近くに投げられるように走りますのでついて来てください」
そう言うとカルは、いきなり走り出した。
「まっ、まてカル」
3人は、慌ててカルの後を追った。
カルは、盾のダンジョン内を走りながら回廊の先に向かって白い魔石の入った魔石筒を”ポン”と投げつける。少し先の回廊で魔石筒が弾けると氷の魔法が発動して辺り一面が氷で覆われる。
すると回廊にいた炎を放つスライムが光の粒をなって消える姿が目に入った。
カルは次々と魔石筒を放り投げると炎のスライムを倒していく。
目の前には、4階層への階段が現れた。
「はぁはぁはぁ。カル。その魔石筒というのは、魔石に魔法が封じられていてその筒が割れると魔法が発動するのだな」
「うん。魔法が使えない僕でも使えるし、魔法の詠唱なしに使えるんです。ただ、魔法筒を投げられる距離じゃないと魔法が届かないけど」
「都市の警備隊には、魔術師が少ないので魔術師の補完にもなりますし、警備隊の戦力向上によいですね」
リオは、カルの持つ魔石筒に興味深々だった。自身では使えない属性の魔法を簡単に使えるアイテムを持てれば、そんな敵でも魔獣でも対応できる。
「カル様。後でそのアイテムを売っているという魔法アイテム屋を教えてください」
「うん。魔法アイテム屋のお兄さん喜ぶと思う。だってお客さん僕だけなんだもん」
リオは、思わず引きつった笑いを浮かべてしまった。
4階層に降りた4人は、カルが投げる炎の魔石筒により呆気なく倒される氷のスライムが不憫にすら思えてきた。
目の前には、5階層への階段が現れた。
「この階層でルルさん達は、雷のスライムに倒されたんですね」
「ああ。とにかくスライムの数が多い。ここは慎重に行った方がよいぞ」
「うん。でも大丈夫。これを使うから」
「それは?」
「ポラリスの街で使った煙玉。これなら魔法を反射できるから大丈夫」
「また走るけどいい?」
「了解した」
カルは走り出すと四方八方へと煙玉を投げ始めた。
「頑張れ煙玉!」
カルが大声でそう叫ぶと投げた煙玉が四散し、あちらこちらに煙をまき散らした。
煙の向こうでは、スライムから次々と雷撃が放たれるがこちらに届いたものはひとつもない。
その後も回廊の先へと煙玉を投げるカル。それを追うルル達。さらに煙玉により魔獣が放った雷撃が反射し、魔獣自身に跳ね返った雷撃により自身を貫ぬくと魔獣達は、次々と光の粒となって消えていく。
気が付けば、6階層への階段の前へとやってきた面々。
「ここが5階層の終わりで、あそこが出口の扉です」
「まっ、まさかこうも簡単に5階層まで来られるのか!」
「金の糸で倒してしまえば、スライムの姿を見ることもなく進んでこれたと思います」
「「「・・・・・・」」」
ルル、リオ、レオは、言葉が見つからなかった。自分達が強いと思っていた魔法スライムを簡単に倒したしまうカルに何を言ったらよいのか思い浮かばなかった。
カルは、壁の扉を開けて3人を迎え入れる。
気が付くと4人は、領主の館の会議室に戻っていた。装備した武具も着ている服もそのままで盾のダンジョンから無傷で出ることができたのだ。
「なぜだ。なぜ冒険者Aランクの私が攻略できなかった階層を、冒険者Fランクのカルがこうも簡単に攻略できるのだ。いくらあの盾が常軌を逸したものだとしてもカルは1度も剣を鞘から抜いてすらいないのだぞ」
「しかもだ、得意の手札を次々と封印しているというのに・・・」
ルルは、しゃがみ込み”の”の字を床に書き始めた。
「ルル様。カル様は特殊なのです。短剣に封じられているという神と、盾の魔人を作ったという精霊の加護をお持ちです。さらに精霊の眷属です。我々と比較することが間違っているのです」
「そっ、そうだな。神と精霊の加護持ちで精霊の眷属でもあった。我々と比較しては、神や精霊に申し訳ないな」
ルルの落ち込んだ気持ちは、リオの言葉でなんとか持ち直した。
「では、改めて会議を再開する。盾のダンジョンにて5階層を難なくクリアしたカルに国境の砦へ行く件を了承する」
「だが、さすがにカルだけでは不安がある。ここは・・・」
「ならは、参謀として私も砦の防衛に同行します」
腰を上げたのはリオであった。
「カル様が行かれるのであれば、助言できる者が側にいる方がよいと思います」
「バルフト伯が都市の運営に参加していただいてから、明らかに都市運営が改善しています。やはり実績のある方がいるとこうも違うのかと改めて実感させられました。私が不在でも都市運営に問題はないと思われます」
「都市の防衛ならルル様とレオでなんとかなると思います。それに、オルドア殿をそろそろ徴用してもよい頃かと」
リオが提案したオルドアとは、以前、城塞都市アグニⅡがラプラスのミスリル鉱山を奪くべく1000人の兵を送り込んだ時の指揮官だった鬼人族の男である。
戦場では、カルの盾に武具を奪われ盾の魔人に飲み込まれ、活躍の場が全くないまま退場となってしまい捕虜として暇な時間を持て余す日々を過ごしていた。
オルドアは、カルの持つ盾と盾の魔人の力を目の当たりにして、この都市の力になりたいと捕虜となった日から懇願していたのだ。
「そうだな。やつもアグニⅡで不遇な扱いを受けていたと嘆いていたし、力のある者が上にいれば、あやつも寝返ったりしないであろう。分かった考えておく」
この日の会議で魔王国の”国土防衛協定”によりカルとリオが魔王国の国境にあるという砦の防衛に向かうことが決まり、鬼人族のオルドアが都市防衛の指揮官として加わることとなった。
カルが盾のダンジョンの5階層を簡単にクリアしてしまいました。
そして、城塞都市ラプラスの兵士と共に国境の砦へ派遣されることになります。