33話.ルルの心変わりとふたりの戦勝祝い
ルルは、都市を奪って見せたカルに感情をゆさぶられます。
剣爺が作ったまるで人そっくりのゴーレムに乗り、城塞都市アグニⅡを攻略したカルを見てルルは、唖然としていた。
鬼人族の間では、16才になると魔王国の城塞都市のひとつを奪い、己の力量を示すという儀礼が長年続いていた。
ルルもそれに倣い、城塞都市ラプラスの領主と戦いそして勝った。
だが、あまりにも簡単に勝ってしまったため、隣りの城塞都市をも手中に収めようと考えた。
ひとつ目の候補は、城塞都市ラプラスのすぐ隣りにある城塞都市ランドル。
ふたつ目の候補は、城塞都市ラプラスから馬車で2日ほどの距離にある城塞都市アグニⅡ。
城塞都市ランドルは、規模も小さく鬼人族の領主の力量も大したことはない。
対して城塞都市アグニⅡは、都市手前の渓谷に難攻不落の砦を持ち、さらに姉妹都市として城塞都市アグニⅠを持つため、兵力では城塞都市ラプラスの2倍以上となる。
となると次に攻め落とす都市は、城塞都市ランドルとなる。
そして、敵の部隊の中に盾の魔人を従えたカルと戦い負けた訳である。
ルルは、盾の魔人を従えれば、いずれ他の城塞都市おも手中に収められると踏んで、カルを仲間に迎え入れた。
それは、あくまでも打算から生まれたものだった。
城塞都市ラプラスがミスリル鉱山を発見し、それを狙った城塞都市アグニⅡは、あっけなく剣爺の作ったゴーレムと盾の魔人により倒されてしまった。
ルルが諦めた都市をカルは、1日で奪って見せたのだ。しかも、盾の魔人がヘソを曲げて途中から戦いに参戦していない状況にもかかわらずである。
戦いで都市を奪ったカルの背中を見たルルは、心というかお腹のあたりに”キュンキュン”する何かを感じてしまった。
父上から16才になったら都市を奪えと小さい時から言われ続け、兄上と姉上の都市戦の自慢話を散々聞かされて育ったルルにしてみれば、ふたつめの都市を奪うと考えさえしなければ、順風満帆の出発となったはずなのだ。
だが、目の前にいる人族の14才の少年は、ルルが諦めた城塞都市アグニⅡを奪って見せた。ルルは、自身の気持ちをどう表現してよいのか分からなかった。それは、初めて体験する苦しい感覚だった。
鬼人族は、戦闘種族だ。だが、目の前に自分よりも強い者がいる。それが短剣に宿った神の力だろうが盾の魔人の力だろうがどうでもよいのだ。
弱者を従わせ、強者には従う。
それが鬼人族だ。
そして鬼人族の女性は、尚更強い男に惹かれる。強い者に憧れ、やがて恋に落ち、強い者と結婚し、子を成す。
ルルの母上も強い父上に恋をして結婚したと聞かされた。
ならば、今の自分はどうなのだろうか。目の前の強い者にいだく感情は本物なのだろうか。
相手は強くないはずの人族。でも目の前にいるカルは強い。いや、強くはない。だが・・・実際に都市を奪って見せた。
ルルの心は、揺れに揺れていた。
自分自身でもどうしたらよいのか分からないのだ。
とにかく、カルがどう思っているかが気になる。いくら、好きだと言ったところで”ごめんなさい”と言われてしまっては話にならない。
ルルは、城塞都市アグニⅡを攻略したこの期を利用してカルの気持ちを確かめようと決めた。
「カル殿。その・・・食事に行かぬか、・・・違うな」
「いや、だめだこんな言い方では、誰も食事に行く訳がない」
「・・・・・・」
「カル様。食事に行きませんか」
「あっ、いつもの夕食ですか。城塞都市アグニⅡの領主の館で食事をするのは初めてですね」
「いえ、違うの」
「街に食事に行うと思うの」
「それに、領主の館は・・・そう、領主の館はごたごたしていて料理人が手配できなかったの」
「うん」
ルルは、ドレス姿で現れた。
カルも着たこともない燕尾服を着せられた。
領主の館の前に用意された高級な乗用馬車に乗ると街中をゆっくりと進み、やがて静かな住宅街の一角にある大きな建物の中へと馬車は入っていった。
ルルが案内したのは、かなり高級レストランだった。
「あの、こんな高そうなところで大丈夫なの」
「私達は、ふたつの都市の領主です。この程度のレストランで食事など普通のことです」
馬車を降り、カルとルルが店に入ろうとすると、扉の前にいた老齢の男が声をかけてきた。
「ルル様とカル様ですね。お待ちしておりました」
そう言うと店内に案内され、給仕が2人の席を引いて椅子に座る様に促す。
ふたりが椅子に座り、給仕がレストランの奥へと下がる。
レストランは、木彫の古めかしい内装に合う調度品が適度に置かれ、派手ではないが質素でもない、丁度よい上品さを醸し出していた。
しばらくすると。
「本日のコースは、こちらでございます」
ふたりの給仕がコース領料理を詳細に記したメニューをカルとルルの前にそっと差し出した。
ルルは、メニューの内容をチラッと見ただけで給仕に手で合図をしてメニューを下げさせた。
「かしこまりました」
給仕は、小声でそう言うとふたりのメニューを持ち、そっとレストランの奥へと下がった。
カルは、メニューを見る暇もなく下げられてしまったため、そもそもメニューに何が書いてあったのかさえも分からないかった。
「あっ、あの、ルルさん。僕には、ここがどんな料理を出す店かわからないんだけど」
「料理は出てくればわかります」
「それより、乾杯をいたしましょう」
「カル様は、未成年ですのでお酒という訳にはまいきませんのでお水で我慢してくださいね」
再び給仕が現れると、葡萄酒のボトルと水が入ったボトルをテーブルに置き、ルルが手に持ったグラスに給仕が葡萄酒を継いだ。
カルも慌ててグラスを持つ。
給仕は、カルのグラスに水を半分くらい注ぐと、ボトルをテーブルに置きそっとテーブルを離れた。
ルルが葡萄酒の入ったグラスを少しだけ傾かせてカルの前に差し出した。
カルもルルと同じ様に水の入ったグラスを目の前に差し出す。
ルルがカルのグラスにそっとグラスを近づける。
”カン”。
グラスの甲高い良い音がレストランに響いた。
「カル様。城塞都市アグニⅡ攻略おめでとうございます」
「あっ、うん。ルルさんこそ」
「あの、ルルさん。その変な話方やめませんか。今まで僕と話す時にそんな話方ってしたことないよね」
「・・・・・・」
「あーあ、やめたやめた」
「私もかたっ苦しいと思っていたのだ」
「まさか城塞都市アグニⅡを攻略できるとは思っていなかったのだ。しかも殆どカルひとりで奪ってしまったな」
「そっ、そんなことはないよ。ルルさんや一緒に戦った兵士の皆さんのおかげだよ」
「そうか。そう言ってもらえると嬉しい」
ルルは、グラスの葡萄酒をぐっと喉に流し込んだ。
「普段は、お酒なんて飲まないのだが、今日は特別だからな」
給仕がカルとルルの前に料理が盛られた皿をそっと置いた。
「本日の前菜でございます」
「うーうふふふ。かーるう」
「かるがさんにんいる。うふふふ」
「ねえ、かるう。葡萄酒ついでえ」
酔ったルルがカルに向かってグラスを突き出した。かなり酔っているようでグラスが左右にフラフラと揺れている。
「ルルさん。もうそれくらいにしようよ」
「きょうは、おいわいなのー。それともーおねーさんのいうことがーきえないのかなあ?」
カルは、給仕を呼んで馬車を用意してもらうことにした。このままでは、レストランで酔いつぶれてしまうのは時間の問題の様に思われた。
レストランの前に用意された乗用馬車にルルさんを何とか乗せると、馬車はゆっくりと領主の館へと向かった。
「かーるう。おねーさん。かるのころがだいふき。むふふふ」
「かーるは、おねえさんのことすきい?」
「うん。ルルさんのこと好きだよ」
「おー、いったなー。じゃあ、じゃあね。かるがじゅうろくになったら、おねえしゃんとけっこんするんら」
「あーはいはい」
ルルがこんなに酒癖が悪いとは思ってもいなかった。
「かーるう。おねえーさん。かるにきすしちやうぞお」
そう言うとルルは、いきなりカルに覆いかぶさりカルの唇を奪った。
だが、カルにとっては辛い初めてのキスになった。なんとってもルルの息が酒臭いのだ。
「うっ、ルルさんお酒臭いです」
「なにーお。おねえさんはろってません」
「かーるう。もうりっかいきすら」
ルルは、酔った勢いで馬車の椅子にカルを押し倒すと唇と限らず顔、首、しまいにはシャツを脱がせて胸にまで何度も何度もキスをしまくり、あちらこちらにキスマークを付けまくった。
ルルは、酔うと強引というか大胆になる性格だということが露呈した。酔っていない時のルルの性格からは想像もつかない。
最後にルルは、カルがルルのものだと証明するためだと言ってカルの鼻をかじり、鼻の頭に歯形を残した。
「痛い、痛い、痛い」
「ルルさん。痛いよ。まさか鼻を噛むなんて」
「ろーら。おねーたんは、かうよりつおいんらー」
ルルの息は、相変わらず酒臭くとても初めてのキスの余韻を楽しむ状況ではなかった。結局ルルは、そのまま馬車の椅子に倒れて込んで酔いつぶれてしまった。
カルは、酔いつぶれたルルの髪の毛を何度も触り、気持ちよさそうな寝顔を手でなで続けた。
「いつも毅然とした態度で強い顔しかみせないけど、こうやって寝顔を見ると可愛いな。ルルさんが僕と結婚なんて考えていたのか・・・」
カルも思わず口にしたことのない言葉を口に出してしまう。
この時、ルルはまだ寝てはいなかった。薄目を開けてカルの言葉をそっと聞いていた。だが、カルの口から”結婚”という言葉を聞いて安心したのか、そのまま寝息を立てて深い眠りに入っていった。
馬車が領主の館へと到着すると、ルルをお姫様だっこしてルルの部屋へと運ぶ。
途中、ルルのお付きのメイドがいたので、ルルをベットまで運ぶと後のことは、メイドさんへお願いした。
ただ、メイドもカルの鼻を見て笑いをこらえるのに必死のようだった。鼻に歯形を付けた殿方など見たことはないだろうし、鼻に歯形を付けたのはルルだと分かったから尚更だ。
カルは、自室へと戻り服を脱ぐとパジャマに着替えた。
部屋の壁には、盾が立てかけてあり、テーブルの上には、剣爺の短剣と軽鎧が置いてある。
カルは、ベットへ腰を下ろし、長い1日がやっと終わるのだと思った。
「あれっ、そういえば、こんな光景をどこかで・・・」
カルは、思い出していた。城塞都市ラプラスの領主になった初めての夜のこと。
寝静まった夜半に精霊ホワイトローズが現れ、カルをベットごとひっくり返したことを。
「もしかして今夜あたり出そうな気がする」
カルは、部屋の隅々に目線を配り、何か変わった容赦ないかと感覚を研ぎ澄ました。
でも、なにも変わったようすはない。
「まっ、今日はこのまま寝よう」
わざと誰かに聞こえるかの様に口に出して”寝る”と言って部屋の灯りを消した。
「出て来るのかな・・・」
カルは、寝たふりをして時のたつのを静かに待っていた。
都市を奪ったカルに感情を動かされたルルが、本当に酔っていたのかは分かりません。
次回、精霊ホワイトローズが刺客を送りこんできます。そうです。あの洞窟のあれです。