29話.城塞都市アグニⅡとの戦い(1)
いよいよ城塞都市アグニⅡとの戦いが始まります。
城塞都市ラプラスへ向かう街道を城塞都市アグニⅡの兵が隊列を組んで進んでいた。
その数1000人。
さらに10体の土ゴーレムと2体の鋼ゴーレムが部隊の先頭を進んでいた。
目的は、城塞都市ラプラスで発見されたミスリル鉱山と精錬所だ。
大きなセスタール湖の湖畔脇の街道を城塞都市ラプラスへ向かって進む城塞都市アグニⅡの軍勢。
間もなく城塞都市ラプラス庇護下のカラブ村まであと2kmという距離まで進軍していた。
この地域に乱立する城塞都市とは、魔王国の中に点在する都市という名の極小国家である。
城塞都市間にも便宜上の国境は存在するし、他国の兵士が国境を越えれば越境行為となり戦争に発展することもある。
そして、城塞都市アグニⅡの兵士は、両都市が取り決めた国境を超えて城塞都市ラプラスへ向かっていた。
「報告します。この先の村には、ひとりの敵兵もおりません」
「ふん。やつら腑抜けか」
「これだけの兵の数を見て逃げ出したか・・・あるいは、何か策があるのか」
斥候の報告を受けた部隊長は、自分達の戦力を過信していた。
だが、全軍を指揮する鬼人族の男は、敵の策略ではないかと疑念を抱いていた。
「これだけの兵力です。ラプラス庇護下の村々を占領して村人を人質に取るなんて姑息な手段を取らずとも、ラプラスを落としてしまえばよいではないですか」
「ラプラスの領主は、鬼人族とはいえまだ小娘。ラプラスを手に入れたばかりで、兵の数も物資も揃っていないはずです」
「しかも城塞都市ランドルの占領に失敗しています。やるなら今が好機です」
馬上の部隊長が上官に向かって鼻息を荒げる。
しかし、馬上の鬼人族の男は考えあぐねていた。
いくら小娘とはいえ鬼人族だ。しかも小娘の父親は、魔王軍第3軍の将である”ガハ”だ。
その娘が弱い訳がない。だが、その小娘が人族の子供に負けたというのだ。それだけなら笑い話で済むが、その人族の子供が魔人を使役しているという。城塞都市ラプラスでの戦いから逃げてきた複数の人族の男達が同じことを口走っていた。
「警戒を怠るな。我らの目的は、ミスリル鉱山だ」
「鉱山を確実に手中に収めるためにも村人を人質に取ることが最優先だ」
「さらに街道を封鎖すれば、城塞都市ラプラスへの補給線を断つことができる。そうなれば、都市が食料不足に陥るのも時間の問題だ」
鬼人族であるオルドアは、慎重な男であった。今回のミスリル鉱山を奪うという作戦には当初反対であった。
どんなに情報屋を雇っても城塞都市ラプラスのミスリル鉱山の場所が特定できないからだ。
こんな事は今までになかった。鉱山であれば、多数の鉱夫を雇い、鉱石を運搬し、精錬を行う必要がある。
だが、城塞都市ラプラスには、鉱夫などひとりもいない。鉱石を運搬する馬車さえいないのだ。
なぜだ。
実は、ミスリル鉱山は、城塞都市ラプラスとは全く違う場所にあるのではないか。となれば、この作戦は無意味になる。
我々が村人を人質に取ろうが、その村人の命と引き換えにミスリル鉱山を差し出すとは到底思えない。
とにかく、この戦いは早期に終わらせる必要がある。戦費は、全てあのベルモンド商会が持つという。実にうさんくさい話だ。
結局のところ、ベルモンド商会の懐だけが肥える仕組みなのだろう。我らは、いったい誰のために戦っているのだ。
オルドアは、馬上で自身が仕える城塞都市アグニⅡの領主の短絡的な考えに飽き飽きしていた。
だが仕えた以上は、無能な領主であっても見捨てる事などできない。
鬼人族であるオルドアは、慎重な男であり、律儀な男であった。しかし、それがこの鬼人族の男の欠点でもあった。
「部隊長殿。やけに街道近くの草原にスライムが見え隠れしているのですが」
「まさかスライムが怖いのか」
「いえ、決してそのようなことは」
「まあいい。これだけの兵がいるのだ。スライムが束になったところで、痛くも痒くもないわ」
「報告します。先頭部隊が、まもなくカラブ村に入ります」
「報告します。斥候部隊がカラブ村より5km先まで先行しましたが、いまだ敵影見えず」
各部隊からの伝令の報告が次々と入る。だが、敵の姿が全く見えない。何かがおかしい。だが、罠にしては何もなさすぎる。
オルドアは、馬上で見えない敵にどう対処すべきなのか考えあぐねていた。
ひとり行商人が大きな荷物を背負い、兵士達の横を歩いていく。
その行商人は、城塞都市アグニⅡに向かうのかランドリア王国へ向かっているのか。
行商人のことなど誰も気になどとめなかった。
その行商人が背負う大きな荷物の陰に、大きな盾に布を被せて持ち歩ている事など、誰も気がつくはずもなかった。
兵士達とすれ違った行商人が、隊列の最後尾を行く馬車とすれ違う。
担いだ大きな荷物を揺らしながら行商人は、振り返り最後尾の馬車を目で追った。
「そろそろかな」
行商人は、いそいそと道の真ん中に背負った荷物を降ろすと、荷物の中から大盾を取り出し包んでいた布を取リ払った。
腰につけた小さな鞄の中から小さな硝子の筒を取り出すと今度は馬車のあとを追う。
いつの間にか行商人の頭の上には、体をフルフルと揺らした1体のスライムが乗っていた。
街道のはるか先では、雨雲もないのに多数の雷が落ちはじめ、人の悲鳴が聞こえ始めていた。
「敵襲。敵襲!」
兵士達は、突然の雷撃にひるみ、慌て、混乱した。
頭上から幾度となく降り注ぐ雷に打たれた兵士が倒れていく。
しかもスタン効果で体が痺れて動けない兵士が街道を埋め尽くした。
「慌てるな。敵の魔術師を探せ。数は多くないはずだ」
「雷魔法の威力は大したことはない。スタン効果も待てば消える。慌てなければ問題ない」
冷静に指示を出す部隊長だが、辺りを見回せば立っている兵士の少なかった。
本来、防御に特化したはずの重装甲兵は、雷魔法のいい的になっていた。
重く動きが鈍く、さらに金属性の鎧が雷を吸い寄せていた。
弓部隊は、魔法を放っているであろう魔術士がいる草原に向かって多数の矢を放つが、放たれる魔法が衰える事はなかった。
街道沿いに長く伸びた隊列が仇となりなり、大規模な反撃もできずに少数で固まって防御態勢をとる兵士達が次々と倒れていく。
「報告。敵の魔術師を発見しました!」
「スライムです。多数のスライムが雷魔法を放っています」
「なに。ばか者!スライムが魔法を放てる訳がない。何を寝ぼけている!」
報告を受けた部隊長は、伝令に大声で罵声を浴びせた。
「本当です。魔法を放つスライムの数、およそ100体。街道沿いに列をなして我々に雷撃の魔法を放っております」
「我々の魔術師が魔法障壁を展開していますが、すでに半数の魔術師が行動不能です」
「ゴーレム部隊に魔法を放つスライムを蹴散らす様にと命令を出してはおりますが、相手がスライムだけにゴーレムでは大きすぎて相手になりません」
馬上で報告を受けた部隊長は、街道の前後を見渡した。
既に動いている者は数える程しかいない。
部隊長の頭の中にある言葉が浮かんだ。”敗走”か”降伏”か。
自分ではつかない判断を仰ぐため部隊長は、全部隊の将である鬼人族であるオルドアの元へと馬を走らせた。
「1000人の兵がこうも簡単に倒されるとはな」
「動ける者はすでに3割を切っております。このままでは、部隊を前進させるどころか敗走すら危ういと具申いたします」
「負けるか」
「恐らく」
全軍の将であるオルドアは、馬上でしばらくの間考えると、部隊長に指示を出した。
「撤退する。全員を連れて逃げることは無理だな。動ける者を集めろ」
「時間がないぞ」
「はっ」
伝令が街道沿いに伸びた各部隊へと撤退命令を伝えるため馬を走らせた。
しばらくすると土ゴーレムと鋼ゴーレムが崩壊した隊列の後方へと走り、その後ろには魔術師と護衛の兵士が連なる。
我先に逃げ出すといった感すらあるが、後方部隊を守る兵力はゴーレムしか残っていない。
地面を揺らしながらひた走るゴーレムの列。撤退命令が出た以上、いつまでも最前線にいる必要などない。
ゴーレムを操る魔術師たちは、我先にと後方へと移動を開始した。本人達は逃げたなどと考えてはいない。これは命令なのだ。命令だからこそ”とっとと逃げるが勝ち”なのだ。
「あっ、前方から何か大きなものが来る。あれがゴーレムか・・・大きいな」
カルから緊張感のない言葉が発せられた。
カルがいる敵部隊の最後尾に向かって全力で走るゴーレムを狙う者がふたり。それは、カルではなく・・・。
”クレ・・・ゴーレムクレ”。
盾の魔人が大きな”くち”でそんな言葉を発すると、大きな”くち”から赤く長い舌を伸ばした。
その時。
「ほう、鋼ゴーレムか」
「カルよ。あの鋼ゴーレムを拝借するぞ」
鋼ゴーレムに向かって大盾から複数の金の糸が伸びたかと思うとあっという間に2体の鋼ゴーレムを吸い尽くした。
盾の魔人の舌は、鋼ゴーレムを絡めとる事もなく空を舞った。
”ブーブー”。
「あははっ、盾の魔人さんが鋼ゴーレムを取られて怒ってる」
盾の魔人は、仕方なく大きな”くち”に土ゴーレムを放り込んでいく。
目の前でこつ然と消えたゴーレムに同様したのか、後方へと走ってきた魔術師と護衛の兵士達があっけにとられている。
「あっ、あれはなんだ」
「まっ、魔獣なのか、いや・・・盾に”くち”だけ・・・」
大盾の陰からひょっこりと顔を出して辺りを見回すカルの顔を見て我に返る兵士達。
「きっ、きさま、何者だ」
「敵だ。敵襲だ!」
オルドアの後方で兵士達が大きな声を張り上げた。だが魔法が放たれた気配もなく、矢が飛んでくる事もない。まして剣と剣がぶつかり合う金属音すらしない。
聞こえてくる音は・・・。
「やっ、やめろ!」
「助けてくれ。誰か助けてくれ!」
「くっ、食われたくない!」
オルドアは、兵士達の阿鼻叫喚の声がする方向に馬を進めた。
そこには、大盾を持った人族の少年がたったひとり立っていた。
大盾には、赤い大きな”くち”が開かれ、赤く長い舌で兵士達を絡めとると次々と”くち”の中へと放り込んでいた。
オルドアは、馬を降りると腰から剣を抜いた。
「ほう、おまえが城塞都市ラプラスの魔人使いか」
「魔人と言うからてっきり巨人かと思っていたが、とても見るに耐えん代物だな」
「はははっ、僕もそう思います。誰が見ても”魔人”だと分かる強そうな姿だといいんですけどね」
「お前がいるとこの部隊が逃げられん。悪いが、おまえさんを倒して兵士達の逃げ道を作ってやらねばならんのだ」
オルドアは、剣を構え足を半歩ほど広げた。
「最後におまえの名前を聞いてもよいか、城塞都市ラプラスの魔人使いよ」
「はい。僕の名前は”カル”。城塞都市ラプラスで”領主”をやっています」
「!」
人族の少年が城塞都市ラプラスの領主だと言うのか!
いや、今はそんな事はどうでもいい。目の前の少年を倒して退路を作らねば。
オルドアは、一気に踏み込み間合いと詰めると大盾に向かって剣による一撃を加えた。
大盾から伸びた赤く長い舌は辛うじてオルドアの剣をかわした。だが、大盾に振り下ろした剣からは、衝撃が全く伝わってこなかった。
まるで水を切った様なにぶい感触だ。
オルドアは、一旦退くともう一撃を加えるべく剣を構えた。だが、両手で構えたはずの剣はどこにもない。それだけではない。体を守っていたはずの鎧すら無いではないか。
「なっ、何だこれは。何をした!」
大盾を構えた少年は、何も言わずただ黙って鬼人族の男を見ていた。
オルドアは、今までに無いほどの動揺を見せた。剣も鎧もない状態で、こんな化け物とどうやって戦えというのだ。
腰に手をやる。だが、そこにあったはずの短剣すらない。
いやな汗が額を流れる。
得体のしれない魔人?に体技だけで勝てるとも思えん。逃げるか・・・。既に部隊の兵士のことなど頭の片隅にもなかった。自分だけでも逃げ出そうと必死に退路を模索した。
だが、オルドアの足に何かいやな感触が走った。足元を見ると既に赤く長い舌が巻き付いていた。
足に力を入れ、なんとか踏ん張ろうと試みるがずるずると大盾に向かって体が引っ張られていく。
「なるほど。これでは、誰も勝てん訳だ」
「負けたよ・・・」
オルドアは、最後にそんな言葉を残すと大盾の中へと飲み込まれていった。
”ゴックン”。
”マズイ・・・”。
カルは、雷撃により街道に倒れている兵士達を残らず盾の魔人に飲み込ませながらカラブ村へと戻った。
カラブ村の近くの草原には、盾の魔人から吐き出された裸の兵士達が山の様にころがされていた。
何人かの兵士は、魔人に飲み込まれる前に投降したが、殆どの兵士は大盾に飲み込まれ、盾のダンジョン内で身ぐるみはがされ、パンツすら穿いていない状態だ。
状況が分からず立ち尽くす男達の股間にぶら下がる息子達はちぢこまり、実になさけない姿をさらしていた。
カラブ村村に身を潜めていた城塞都市ラプラスの兵士達が、裸の兵士を並ばせパンツ、シャツ、サンダル一式を配りはじめる。
「パンツとシャツとサンダルを配るから列に並べー」
「人数分あるぞー。裸で国に帰りたければ止めないぞー」
兵士が気の抜けた声で城塞都市アグニⅡの捕虜達を列に並ばせる。
「横入りするなー、ちゃんと列に並べー。パンツも穿いてないのに上官風ふかすなー」
1000人の裸の列が実に空しい。
「戦争が始まるからとシャツとパンツとサンダルを1000セット準備するって話を聞いた時はびっくりしたが、こういうことか」
「うちの領主は、とんでもない戦いをするな」
「ああ、俺たち敵じゃなくてよかったよ」
「そこ!パンツは人数分あるから喧嘩するな!」
ラプラスの兵士達から戦争があっけなく終わり、あちらこちらでえらく気の抜けた罵声話が続いていた。
城塞都市アグニⅡの兵士の中にも魔術師にも女性はいる。
当然の様に女性も盾のダンジョンで身ぐるみはがされ裸となり草原に吐き出されていた。当然だが、気付くと裸であることがわかり、あちらこちらから悲鳴が上がる。
そんな女性達を裸の男どもの列に並ばせる訳にはいかず、女性だけ集めて馬車の陰で女性兵士が下着を配っていた。
数人の兵士は逃げ延びたようだが、ほぼ全兵士を捕虜にしたことでこの戦いは終わった。
城塞都市ラプラスから増援も到着し、捕虜はラプラスへと連行されていった。
だが、これで戦いの全てが終わった訳ではない。
城塞都市アグニⅡの行動に対して断固たる処置をとるため、カル、ルル、レオと300人の兵士がカラブ村に残り次の行動に備えていた。
カルは100体の魔法スライムを回収するため、風になびく草原を歩いていた。
兵士達も残された馬車を回収すべく街道を忙しく走り周っている。
戦争がなければ、風になびく草原とセスタール湖の風景は美しいのにと、そんな事を考えながら立ちつくすカルであった。
戦いはまだ続きます。
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