26話.教育と称する戦争
ベルモンド商会が大がかりな悪だくみを始めます。
城塞都市アグニⅡの領主の館に突然の来訪者があった。
彼の名は、ベルモンド商会の会頭であるハイファ・ベルモンド。
城塞都市アグニⅡは、城塞都市ラプラスより馬車で2日ばかりの場所にある。
城塞都市アグニⅡも御多分に漏れず領民に食べさせる穀物をベルモンド商会から大量に購入していた。
それはらは全て借金で賄っており、今では城塞都市アグニⅡは、ベルモンド商会の言いなりであった。
そんな商会の会頭が急遽訪れたということは、これから彼らが何かを始めるのであり確定事項の始まりであった。
「これはこれは、ベルモンド商会のハイファ殿。こんな借金だらけの貧乏都市に何用ですかな。申し訳ないが借金の返済目途は立っておりませんぞ」
「いえいえ、グラフ様におかれましては、ベルモンド商会をご利用いただきまことにありがとうございます」
「ふん。そんな飾り言葉はいらん。何しに来た」
「これはまた手厳しい。我々は、貴方がよりよく都市運営を行っていただける様にと毎回の様に最善のご提案を行っておりますのに、そのような言われ様はちと心が痛みます」
「どの口がそんなことを言えるのだ。我らの借金は金貨で2000万枚を超えているのだぞ」
「返せる目途などありはしない」
「そうですか、それは残念なお話です。ですが、我々のご提案を受け入れていただければ、その借金を棒引きにしてもよいとそういうご提案をお持ちいたしました」
「!」
「いや、そう簡単に金貨2000万枚の借金を棒引きにできるはずがない。何が狙いだ」
ベルモンド商会の会頭であるハイファ・ベルモンドは、目線を天井に向けると少しの間沈黙を続けた。その後、領主であるグラフの顔に目線を戻すと口を開いた。
「先日のことです。城塞都市ラプラスの領主と副領主が、商会にやってきましてな。穀物の買い付けをしたいと言ってきたのです」
「やつらに金がないことは事前に調査済みでした。なのでやんわりとお断りをしたのです。ところが、やつらは新しい鉱山を見つけたようで、そこで採掘した鉱石を精錬したあるものを持ち込みましてな」
「あろうことか、それを元にベルモンド商会を恫喝したのです。我らは、仕方なく穀物を売る契約を結ばざる得ない状況に追い込まれました」
「ですが、城塞都市ラプラスの領主は人族の14才、副領主は、鬼人族の16才の子供です。このままでは、世の中で子供のわがままががまかり通ると間違った認識を与えかねません」
「そこでです。そんな子供達に大人の世界を教える絶好のチャンスを与えようというのです。領主であるグラフ様にも心優しい我らの一員となっていただきいと思いまして」
「つまり、端的に言えば城塞都市ラプラスの鉱山を奪う気か」
「いえいえ、大人が子供に教育を施すのです。そのための教育費は必要でしょう。きっと彼らも泣いて喜ぶことでしょう」
「その代償が鉱山か。随分と高い教育費だ」
さすが商人。よく口が回る。ものは言いようとよく言ったものだ。そんな言葉を涼しげな顔でよく吐けるものだとグラフも関心しきりだ。
「ものは言いようだな」
「で、その鉱山とはなんだ。何が採掘できる」
「その前にです。こちらの条件を申し上げます」
「まずベルモンド商会が引き受けた城塞都市アグニⅡの借金である金貨2000万枚を全て棒引きにいたします」
「さらに、城塞都市ラプラスへの軍事圧力、並びに鉱山と精錬所の接収にかかる費用全額をベルモンド商会が負担いたします」
「鉱山の権利はそちらにお譲りいたしますが、向こう50年間の採掘権をいただきたいのです」
「かわりに採掘した鉱石の8割をベルモンド商会に、2割を城塞都市アグニⅡへ振り分けます」
「城塞都市アグニⅡは、借金もなくなり、戦費も払う必要もない。鉱山の権利も手に入れ、採掘した鉱石の2割を手に入れられます」
「破格だな。ということは、その鉱山から出る鉱石が、利益の塊ということか」
「銀、いや金でもない」
「まさかミスリル!」
「いや、城塞都市ラプラス近郊にミスリル鉱山などない。絶対にありえん」
「それがですな、現にわがベルモンド商会に持ち込まれたのです。そのミスリルが」
「やつら鼻高々でした。そんな奴らの鼻をへし折ってやりたいのです」
グラフは、少しだけ考える素振りを見せた。この破格の条件を出されて飲まないバカはいない。だが、話にすぐに食いつく訳にもいかない。物事には駆け引きというものがあり、それをポーズでも見せる必要がある。
グラフとベルモンドの間にしばしの沈黙が続いた。
「よし、その話に乗ってやろう。ただし、採掘した鉱石は我らが4割、そちらが6割だ」
「それはいささか傲慢というものです。我らは、そちらの借金である金貨2000万枚と戦費まで出すのです。3対7が限度です」
「よかろう。こちらは総数1000人の兵を出す。それでよいな」
「はい。戦いの方法はお任せします」
「何なら城塞都市ラプラスを落とされても構いません」
「こちらの目的は、鉱山と精錬所です」
「そうか、やつらがミスリル鉱山を手に入れたか。これは戦い手があるな」
その後もふたりの会話は、しばらく続いた。
城塞都市アグニⅠと城塞都市アグニⅡは姉妹都市である。
兄弟の鬼人族がそれぞれの都市の領主となり最南地域を支配していた。
だが、ここも城塞都市ラプラスと同じで土地が痩せていて周辺地域に点在する村々の畑で収穫できる穀物は多くなく、全ての領民の腹を満たすには程遠い状況であった。
そこに目をつけたベルモンド商会は、ことある毎に城塞都市アグニⅠと城塞都市アグニⅡに都市の運営資金を融資し、穀物の買い入れ資金も格安で貸し出した。今では、借金が金貨で2000万枚以上となり返済の目途など全く立たない状態である。
だがベルモンド商会は、城塞都市ラプラスの領主が精錬したミスリルを持ち込んだことで、ミスリル鉱山を奪う計画を城塞都市アグニⅡの領主である鬼人族のグラフに持ち掛けた。
借金の金貨2000万枚の棒引きと戦費を無償提供する代わりに城塞都市アグニⅡは、1000人の兵を出してミスリル鉱山と精錬所を奪い、さらには城塞都市ラプラスおも奪う計画を実行すべく準備を進めていた。
城塞都市アグニⅡの城壁外の荒地には、1000人を超える兵士達が城塞都市ラプラスへの進軍を控え戦闘訓練に明け暮れていた。
特に城塞都市アグニⅡでは、ゴーレムを用いた戦法を得意としており、ゴーレム使いの魔術師が常時50人以上も常駐し、体長3mを超える土ゴーレムが20体。さらには、体長4mを超える金属の体を持つ鋼ゴーレム5体を駆使し、周辺の城塞都市に睨みをを利かせてせている。
これだけの兵士を用いた都市攻略ともなると武具、食料、水だけでも相当量を準備する必要があり、馬車の数だけでも優に30台を超え、その戦費もかなりの額に上るのだが、今回の都市攻略においては全てベルモンド商会が持つとの約束が成立しているため物資も潤沢に用意された。
この光景を遠くの岩山の山頂から眺めている者がいた。姿は、行商人と思しき服装と背負子に多数の雑貨と少しばかりの酒と煙草を運んでいた。だが、この行商人が商品を売ることは殆どなく、専ら城塞都市アグニⅡの情勢を探ることが仕事であった。
彼は、鬼人族ルルの元で情報収集を行う部署の職員であった。スパイと言えばいささか物騒であるが、どこかの建物に侵入して情報を盗むといった荒事はせず、領民と変わらぬ生活の中で見聞きできる情報を集め、それをルルの元へと送るのが仕事である。
さらに集めた情報は、同じ部署の別の者が行うので絶えず城塞都市アグニⅡの周囲に張り付いていた。時には、商品の仕入れと称して城塞都市アグニⅡの街に入り、兵士の配置や都市の生活状況を逐一報告していた。
そして、彼からもたらされた情報は、他の者の手を介してルルの元へと届いていた。
要塞都市ラプラスの領主の館。
その副領主の執務室にて男がルルに向かって収集した情報を報告した。
「そうか、やつらこの都市を狙っているのか。しかも兵士の数は1000人規模で多数のゴーレムまで準備しているとは大事だな」
「分かった。あまり無理をせずにできる範囲で引き続き情報収集にあたってくれ」
男は、副領主であるルルの前で頭を下げると静かに部屋を後にした。
要塞都市ラプラスの領主の館。その副領主の執務室にから無言で出ていく者は、副領主であるルル直属の情報収集部門の責任者である。だがそれを知る者は、同じ鬼人族のリオとレオだけ。
さらにこの部署については、領主のカルにも知らされていない。世の中には、知らなくてよい事、知らない方がよい事はいくらでもある。それはルルなりのカルへの配慮でもあった。
「さて、そうは言ってもそろそろ領主様であるカル殿に報告をしなければな。城塞都市アグニⅡが城塞都市ラプラスに城塞都市戦を行おうとしていると。恐らく本当の狙いは、ミスリル鉱山であろうな」
「あちらも城塞都市ラプラスへスパイを大量に送りこんでいるはず。こちらの手の内を読まれずに敵の不意をつける方法を探す必要がある。兵士の規模から言ったらこちらは、あちらの半分だ。領主様は、領民から兵士を徴用するのを良しとは思わんだろうし、とはいえ都市を守らねばならない事に変わりはない。やはり領主様直々に動いてもらうのが一番か・・・」
要塞都市ラプラスの領主の館。その副領主の執務室で副領主であるルルは、近いうちに起こるであろう城塞都市戦について考えを巡らせていた。
城塞都市ラプラスの領主の館。
第3会議室に集まったカル、ルル、リオ、レオが顔を突き合わせるとリオが席から立ち上がりある言葉を告げた。
「城塞都市戦です」
「城塞都市戦?」
カルの首が傾きぽかんと開けた口から発せられた言葉は、”なんのことですか”と言わんばかりに気が抜けていた。
「はい。城塞都市アグニⅡが城塞都市ラプラスに対して城塞都市戦を仕掛けてくる模様です。兵力は1000人規模で10体以上のゴーレムを動かすと思われます」
「彼らも我々と同じく領民への食料の供給に苦慮しているはずですが、これほど大規模な城塞都市戦を行うとなると、かなりの戦費が必要になります。ですが、その様な資金は彼らにはないはずです。恐らく戦費を提供した黒幕が背後にいるはずです」
参謀役でもあるリオの話が終わり席に座るとルルが皆の顔を見回した後、口を開いた。
「とにかく、関係者を読んでいくつかの作戦案を提示させよう。とはいえ、あまり時間がないことも事実だ」
「カル殿。何か提案があれば言ってくれ。盾の魔人の出番もあるやもしれんからな」
「・・・・・・」
その時、カルは返事をしなかった。戦いで人が死ぬのは見たくないし死なせたくもない。だが、それは現実的な話ではない。
カルが初めて参加した戦いでも目の前で人が死ぬところを何度も目にした。
城塞都市ラプラスで一番の戦力は、カルが持つ盾と盾に封印された魔人でり、戦いとなれば期待されるのが普通である。
カルは、お飾りの領主である。それは自覚している。だが、皆に命令されるがままに動くというのも違うと感じていた。
ならば、どうすればよいか。戦いに不慣れなカルは、考えても何も浮かばなかった。今にも頭から煙が出そうになりながら必死に思案を繰り返すカルであった。
ベルモンド商会と城塞都市アグニⅡの領主が手を組みました。果たして・・・。