216話.空中神殿(2)
カル達の前に姿を現した白と黒の2体の魔獣。
森の木々の合間で焚火を囲う面々。
談笑し合い歌を歌う者もいる。そんな場所に近づく白と黒の2体の大きな魔獣。
「来たみたいですね」
「私達がのんびりやっているから痺れを切らしたのでしょう」
メリルと精霊エレノアがそっと立ち上がり、魔獣が向かって来る方向に歩き出した。
カルはというと、大盾を木に立て掛け腰にぶら下げた鞄の中から麻袋に詰めた炭をいくつか取り出す。
それを焚火の中に放り込み、肉を焼く準備を始めた。
「薪でお肉を焼くとなんか煙であぶったすすけた感じで美味しくないんだよね。肉を焼くならやっぱり炭だよね」
魔獣が近づいているというのに呑気なものである。
炭に火が回り真っ赤になった頃、炭の上に金属で出来た網を置き肉を焼くカル。
対してメリルと精霊エレノアは、白と黒の2体の魔獣と戦いを繰り広げていた。
メリルの髪の毛が無数の蛇の姿へと変わり目が赤く光る。
すると地面が石へと変わり、木々が石へと変わる。
だが白と黒の2体の魔獣は、メリルの石化魔法をことごとく避けていく。
「この魔獣達。もしかして私の石化魔法が効かないのか?」
徐々に焦りの色が見え始めるメリル。
対して精霊エレノアもメリルの石化魔法の合間を縫って魔法蔦を白と黒の2体の魔獣に飛ばし拘束を試みる。
だが魔法蔦が魔獣の体に絡みつく寸前にさっと体を翻す魔獣。精霊エレノアの魔法蔦を簡単に退ける2体の魔獣。
「私の魔法蔦をあそこまで避けるなんて」
メリルと精霊エレノア。対する白と黒の2体の魔獣。戦いは、決着がつかないまま時だけが過ぎていく。
カルはというと、相変わらず炭火で肉を焼いていた。程よく焼けた肉に街で買った黒子のスパイスを振りかけていく。
最近になって他国から入って来る様になった黒子のスパイス。
あちこちの店の料理に使われる様になったが、それなりに値が張るため客商売でもない限り庶民がおいそれと買えるものではなかった。
焼けた肉に黒子のスパイスの匂いが混ざり合うと、誰かに胃をぎゅっと掴まれた様な感覚に落ちてしまう。
焼けた肉と黒子のスパイスの匂いは、森の中を漂っていく。
それは、メリルと精霊エレノアが戦う白と黒の2体の魔獣の鼻にも達していた。
戦いの最中だというのに鼻を鳴らす2体の魔獣。
そして皿に焼いた肉を盛り付けるとカルは、その魔獣の元へと歩き出す。
「カル様。危ないです」
メリルの声に耳も貸さずに魔獣の前へとやって来たカルは、焼いた肉を盛った皿をそっと魔獣達の前へと差し出した。
焼けた肉と黒子のスパイスの匂いが鼻に纏わりつく様に周囲を漂う。
「食べていいよ」
カルは、そう言いつつ数歩下がると魔獣達の出方を見守る。
2体の魔獣は、カルを気にしつつもそっと皿の上に盛られた焼けた肉を食べ始める。
魔獣の体の大きさからすれば、あまりにも少ない量の肉。そしてあっという間に完食。
カルは、魔獣を手招きをして炭火の前へ2体の魔獣を連れて来ると、ふたたび肉を焼き始めた。
そして黒子のスパイスを肉にかけていく。
カルの肉を焼く姿に2体の魔獣が鼻をクンクンと鳴らしていく。
2体の魔獣の前に置かれた皿の上に何度目かの焼けた肉が置かれた。
それを美味しそうに頬張る魔獣。そして完食。
「あーーー。私の魔獣の分際でご主人様より美味しそうなものを食べるなんてどういう事!」
山の麓に建つ白い神殿からカル達を眺める闇の精霊。
この浮遊島の中であれば、どんな場所であっても好きな場所の映像を見る事が出来る闇の精霊。
それが仇となり魔獣達の食事風景をこれでもかと見せつけられていた。
炭火の前に座り込んだ2体の魔獣。その前に置かれた皿は、空のままだ。
カルは、腰にぶら下げた鞄の中から黄色い液体の入った瓶を取り出すと、それを空の皿の上に注いでいく。
2体の魔獣は、見た事のない液体とその匂いにまた鼻を鳴らしながら興味を示していく。
カルがそっと後ずさると2体の魔獣は、大きな口から長い舌を出して黄色い液体を飲み始めた。
そう。黄色い液体とは、ラピリア酒(薬)であった。
皿に注がれた黄色いラピリア酒(薬)を美味そうに飲む2体の魔獣。そして皿は空に。
今度は、赤い液体の入った瓶を鞄から取り出したカル。それを皿に注ぎ入れる。
それを美味しそうに飲み干す2体の魔獣。
するとカルの口角がするりと上向きになる。
今度は、小瓶に入っている液体を空の皿の上に注ぎ入れるカル。そしてそれを飲み干す2体の魔獣。
大きな口の周りに付いた酒を長い舌でなめ回す魔獣。皿に注いだお酒が余程美味しかったようだ。
そしてカルが意図した通りの現象が目の前で起こり始めた。
2体の魔獣の大きな体が徐々に小さくなり、目が開いたばかりの頃の小さな魔獣の姿へと変わっていく。
ヨタヨタと歩く小さな魔獣の赤ちゃん。
「可愛い。さっきまでの大きな魔獣には見えませんね」
魔獣との戦いを後ろからそっと見守っていたライラが、2体の魔獣の赤ちゃんを抱きかかえ頬ずりを始めた。
「カルさん。こうなるって分かっていたんですか」
「まさか。でも思った様に魔獣が動いてくれてよかった。そうじゃなかったら今頃僕が魔獣のお腹の中だったよ」
「そうです。危ない事は控えてください」
カルの言葉にメリルが少し怒った表情を浮かべる。
すると精霊エレノアがカルの頭を両手で優しく抑えると豊満な胸の谷間にカルの頭を引き寄せた。
「えっ・・・」
「そうですよ。危ない事は、このエレノアに任せてください。そして夜の添い寝もエレノアにお任せ・・・」
その瞬間、メリルが精霊エレノアの髪の毛をおもいっきり引っ張ると、カルを精霊エレノアから引きはがにかかった。
「何すんだ。痛えじゃねえか」
「あんたって本当に油断も隙もないな。あんた本当に精霊なのか」
「っだと。この精霊エレノア様に向かって精霊なのかだと」
精霊エレノアは、なぜかメリルに向かって自身の豊満な胸を両手で持ち上げて見せつける。
「この胸は、カル様のもの」
さらに精霊エレノアは、自身が着ているドレスの上から股間の辺りに手を充てるとほんのり顔を赤くして続けて。
「ここもカル様のもの。早くカル様と毎夜の子作りを・・・」
するといつもの様にメリルと精霊エレノアの取っ組み合いの喧嘩へと発展した。これは、毎晩の様に行われている行事なので誰も止めたりはしない。
そのうち精霊エレノアが甘い声でカルに仲裁を申し出ると、カルが喧嘩の間に入って終わるのが毎日の日課であった。
さて、その光景を見ていた闇の精霊。
自身の魔獣が戦いもそこそこに焼いた肉につられてしまった事。さらに何か得たいの知れない液体を飲んだら途端に小さくなってしまった事に衝撃を覚えていた。
「こいつら。あの地下に現れた獣人の仲間なのか・・・」
神殿の床に思わず跪いてしまう闇の精霊。
地下に現れた獣人達は、スノーワームに触るだけでスノーワームを卵に帰してしまった。それと同様の事が目の前で起きている。
「もしここにあの獣人達が現れたら・・・」
すると神殿の柱の陰から小さな陰が姿を現した。
「闇の精霊。話がある」
そう告げたのは、背中から羽が生えた小さな妖精であった。
陽が昇り森の中もかなり明るくなってきた頃。
カル達は、森を出て山の麓にある白い神殿へと向かう。
途中。雪が降り積もる山の脇を通りかかると、降り積もった雪の中から白い毛におおわれたスノーワームの群れがこちらをじっと見つめていた。
「面白い場所ですね。ここは、温かいのに数歩山に近づくだけで雪が降る程の寒さです」
「闇の精霊ってこういった環境を作るのが得意なのかも」
雪の降り積もった山の脇を抜け、白い神殿の前へとやって来たカル。
するとなぜか白い神殿から現れたのは、闇の精霊と妖精であった。
妖精は、カルに近づくとメモ書きを見せる。
”闇の精霊とは、話をつけた。この島を作れる程の能力がれば、星の世界に散らばった精霊達のために新しい世界を作り出す事も可能”。
妖精は、さらにメモ書きを続ける。
”闇の精霊には、僕達と共に別の星で新しい世界を作る手伝いをしてもらうつもり”。
「それじゃあ。この世界を作り直すって話は・・・」
”早まらないで。この世界を作り直す事を辞めた訳じゃない。いきなりこの世界を作り直すより練習を積んで腕を磨いてもらおうという魂胆”。
「魂胆って・・・」
”そのうち考えを変えてくれる様に仕向ける。カルもそれに加担して欲しい”。
「加担って・・・」
妖精の表情は、どうみても悪者のそれだ。口角を上げ薄ら笑いを浮かべている。
目の前に立つ闇の精霊とこの場で戦う方が得策なのか、それとも妖精が言う様に別の星で新しい環境を作る手助けをしてもらう方が良いのか・・・。
闇の精霊を倒せる自信が無いカル達にとって、選択肢はそう無かった。
「分かった。妖精さんの言う様にする。でも妖精さんも悪だくみが好きだよね」
すると照れた様な表情を浮かべる妖精。
カルは、別に妖精を褒めた訳ではないのだが妖精は、カルの言葉を好意的に受け止めた様だ。
妖精の言葉に騙されてこんな場所にやって来たカル達だったが、意図せず戦いもなく闇の精霊と話がついてしまった。とりあえず当面の話ではあるが・・・。
そんなカルの前にある者が姿を現す。
「カル。よくやったの。それでこそ私の眷属なの」
気が付けば、目の前に精霊ホワイトローズが立っていた。
「ホワイトローズさん。彼女は、渡さないよ」
カルのその言葉を聞いた途端、精霊ホワイトローズの表情が曇り出す。
「なぜ・・・なの」
「彼女がなぜ、ここにやって来たのかその理由が気になるんだ」
「理由?」
「彼女は、精霊ホワイトローズさんの様にこの世界を破壊する事が目的じゃないって言ってる。この世界を作り直す事が目的だって」
「作り直すためには、この世界を破壊しないといけないの」
「そうだよね。でも、破壊した後に作り直せるならやって欲しい事があるんだ」
「カルは、その精霊を仲間にするの?」
「仲間かどうかは分からない。でもこの浮遊島も闇の精霊さんが作ったって言ってる。それが本当ならここではない別の世界の再生に手を貸して欲しいと思う。例えば精霊界の荒廃した世界の再生・・・いや、創生とか」
「・・・それがカルの願いなの?」
「僕の住んでるこの世界を壊されるのは困る。けど、誰も住んでいない世界があってそこを再生・・・いや創生できるなら、無数の世界に散らばった精霊達を救う事が出来るかもしれない」
「無数の世界に広がった精霊達を救う・・・本当なの」
「以前、妖精さんが言っていた話。遥か昔に荒廃した精霊界から旅立った精霊達に会いに行きたい。そしてもし困っていたら助けてあげたいって」
真剣に熱く語るカル。その表情は、いつになく真剣である。
「僕に出来る事があるなら、力を貸したいんだ。それに精霊ホワイトローズさんも、この世界を破壊する事が出来るなら、再生・・・いや創生も出来るんじゃないの」
精霊ホワイトローズは、あえて否定しなかった。それがカルへの答えであるとそう理解した。
精霊ホワイトローズは、結局何も返答せずにカル達の前から姿を消した。
島を離れる浮遊城。そしてゆっくりと高度を下げていく浮遊城と浮遊島。
徐々に高度を下げていき、やがて雲の下に姿を現した巨大な浮遊島。
城塞都市ラプラスの住民達は、それを見上げて驚く・・・かと思いきや。
「あー、またうちの領主様だな」
「あの坊主は、本当に変わった事が好きだよな」
「龍を連れて来た時には、流石に驚いたが。もう何があっても驚かないよ」
「さあ。みんな仕事に戻った戻った!」
おかしな事、不思議な事が度々起こる城塞都市ラプラス。そこに住む住民達は、あまりにも非日常的な事が多すぎて、それが日常になっていた。
その日から城塞都市ラプラスから空を見上げると、巨大な浮遊島が青い空に浮かぶ光景が日常となった。
稀に雲すら無い日に浮遊島から雨や水の塊が落ちて来る事もある。それもご愛敬と思い割り切る住民達が住む城塞都市ラプラスであった。
カルは、妖精達が以前話していたこことは違う世界に旅立っていった精霊達を助けるたいという願いを共有した様です。




