215話.空中神殿(1)
デルタ鉱山の地下での戦いが終わり、すんなり日常に戻ると思いきや。
ルル達が領主の館の一室で内々の晩餐会を催していた。デルタ鉱山の地下でこの世界の未来を左右する戦いが繰り広げられている事など知らずに。
お酒もだいぶ進み盛り上がったところで晩餐会が催されている部屋を出てトイレに向かいその帰りに廊下を通った時である。
領主の館の窓の外を浮遊城が空に向かって飛び立つ姿が目に入った。
「誰の浮遊城だ?」
そこでルルは、悩み実に簡単な結論に達した。この世界で浮遊城を所有しているのは、ルル達とカル、そしてルルの父親であるガハのみ。
リオの提案でルル、リオ、レオのそれぞれに浮遊城を所有させる案が出ているがそのためには、カルが持つ魔石が必要となる。
そして目の前で空に向かって飛び立った浮遊城の形から、それがカルの乗る浮遊城である事がすぐに分かった。
ルルは、領主の館を警備する警備兵にその事を問うた。
「カルの浮遊城が飛び立った様だが、カルがここに来ていたのか」
「お待ちください。確認してまいります」
警備兵は、廊下を走り警備隊の本部へと走り込んだ。
しばらくすると数人の警備隊員が慌てた様子で廊下を走りルルの元へと戻って来る。
「本部に確認したところ、ルル様への面会を申し出たそうですが、ルル様が誰とも会わないと申されたので断ったそうです」
警備隊の兵士からその言葉を聞いたルルは、顔に手をあて廊下にうずくまってしまった。
「私とカルは、将来を誓い会った・・・仲なのだぞ。それを追い返したのか」
ルルの発した言葉には、いつもの城塞都市デルタの気高く強い領主の力強さが微塵も無かった。そこには、女のか弱く今にも崩れそうな感情が込められていた。
そしてルルの狼狽ぶりに事の重大さをようやくと理解した警備兵達が顔から冷や汗を滝の様に流し始めた。
「そうか、私の言い方が悪かったな。お前達を責めてすまない・・・下がってよい」
「「「はっ」」」
ルルは、廊下をよろよろと歩きながら内々の晩餐会が催されている部屋へと向かう。
まさかこの日にデルタ鉱山の地下でこの世界の未来を左右する戦いが行われていた事など全く知らずに。
さて空に舞い上がったカル達が乗る浮遊城。その制御室で妖精が書いたメモ書きを読むカル。
「その空に浮かぶ島?そこにあの黒いドレスを着た少女がいるの?」
”恐らく。あの少女が闇の精霊と言われる存在”。
「その空に浮かぶ島って何処に・・・」
カルが言いかけた時、妖精が小さな手の人差し指を真上に向けて見せた。
「えっ、まさかこの真上にいるの?」
妖精は、浮遊城の制御室にいくつもある硝子板に衛星軌道上を周回する探査機からの映像を映し出した。
そこには、カル達の乗る浮遊城の位置と妖精達が発見した浮遊島の位置が描かれていた。
「本当に重なってる」
カルの言葉に頷く妖精。
”これからそこに行ってちょっとだけ状況を見たい。今日は、上陸とかしないつ・も・り”。
「分かった。ライラさん浮遊城を真上に向けて飛ばしてください」
「は~い」
空に向かって上昇する浮遊城。だがカル達は、ある事を忘れている・・・というか知らない事があった。空の高さという概念である。
例えば空で起こる気象現象。それを予想する天気予報にしても、とあるところでは低層、中層、高層と分けて予報する。
つまり空といっても気象ですら高さによって違いがあるのだ。
そして衛星軌道上の探査機からしてみれば低い場所に浮いている浮遊島だが、カル達が乗る浮遊城から見るとどうだろうか。
浮遊城は、徐々に高度上げていく。そして雲がなくなり青い空が広がる世界へと入って行った。
「綺麗。以前、極地大陸に行った時は、あまりの速さに何がなんだか分かりませんでしたが、こうやってゆっくり進むのも楽しいです」
浮遊城を動かすライラが何か楽しそうに鼻歌交じりに魔石に魔力を供給している。
「妖精さん。でもその浮遊島ってまだ遠いの?」
すると妖精は、小さな手の人差し指を空の上に向けた。
「えっ、まだ上なの?」
こくりとうなずく妖精。
そして浮遊城の制御室に設置された硝子板に小さな豆粒のような点が映し出される。
「これが浮遊島?随分と小さいんだね」
カルの言葉に硝子板に映る絵がいきなり大きくなる。
そこに映し出されたのは、巨大な島であり山があり森があり川があり湖がある。
「えっ、もしかして浮遊島ってとてつもなく大きいの?」
無言でこくりと頷く妖精。
徐々に空の色が青から黒へと変わっていく。
「妖精さん。空の色が上半分が黒で下半分が青いけど・・・」
妖精は、無言で頷く。そして紙に書いた文字を見せた。
”もうかなり空気が薄いから制御室から出ない方がいいよ”。
その時、制御室の扉を開けて入って来たのは、レリアとクレアであった。
「カルカル、胸が苦しくて動けないの・・・」
息も絶え絶えで青い顔をするレリアとクリアである。
そんなふたりをゴーレムのカルロスとメリルが慌てて制御室に引っ張り込むと制御室の扉を閉める。
”この部屋は、酸素の量を調整しているから大丈夫だけど、浮遊城の他の部屋やまして城壁に出たら殆ど酸素が無いから酸欠で倒れるよ”。
「妖精さん。僕達ってどの辺りにいるの?」
”えーとね、今の高度が35000m。浮遊島が浮いている高度が50000m”。
実際のところ地球での定義で宇宙は、100kmからとされている。そして大気圏自体は500kmを超える。
それからすれば50kmの上空に浮かぶ浮遊島は、まだ低層にいるといった感じだ。
「妖精さん。そう言えばこの浮遊城ってどこまで行けるの?」
カルがちょっとした疑問を妖精に投げかける。
”浮遊島がある高度くらいなら行ける。でもそれ以上になると僕達が修理中の星を渡る舟が必要になる”。
しばらくすると浮遊城は、目的の高度に達して目の前に巨大な浮遊島が姿を現した。
「大きな島。どうやってこれが浮いているのかな?」
「この浮遊城も大きいと思ってましたが、全く相手になりませんね」
カルと浮遊城を操作するライラが浮遊島の巨大さに思わず見とれてしまう。
浮遊城は、ゆっくりと浮遊島の周囲を少し離れて飛びながら周囲を周り、この島がどうなっているのかを記録し始めた。
当然ながら記録を取るのは、妖精達でカル達はというと見た事のない巨大な浮遊島にただ見とれているだけであった。
その時、意図せずに浮遊城がカタカタと振動し始める。
「あれ、変です。いくら魔力を送っても浮遊島の方に引っ張られているみたいです」
浮遊城の制御室で魔石に魔力を送るライラの表情に焦りの色が浮かぶ。
「まさか魔力干渉!」
メリルが慌ててライラと共に魔石に魔力を送り始めたが浮遊城は、どんどん浮遊島に引き寄せられていく。
制御室の奥では、レリアとクレアが酸欠で青い顔をして寝転がり身動き出来ずにいる。
”ズズン”。
浮遊城が何かの壁を通り抜けた様な衝撃を受け、さらに浮遊島へと近づいていく。
「今のは?」
「恐らく物理防壁と魔法防壁だと思います。これ程の島を覆う防壁を作る魔力は凄いと思います」
カルの問いかけにメリルが答える。
「カルさん。浮遊城の制御ができません。このままだと浮遊島に衝突します」
メリルとライラが必死に魔石に魔力を送るも既に浮遊島の地表は、もう目の前である。
「みんな。衝撃にそなえて!」
”ズン”。
浮遊城が浮遊島の地表。厳密には、森林地帯に落下する寸前に何か弾力のある物に当たり衝撃が緩められた様になり、ゆっくりと森の木々の合間に着陸を果たした。
浮遊城が浮遊島の地表に激突すると思ったカル達。いったい何が起きたのか分からず、ただポカンと口を開くばかり。
すると妖精がカルにメモ書きを見せる。
”衝撃干渉装置が働いた。星を渡る舟にあった装置を複製してこの浮遊城に取り付けておいてよかった”。
「あっ、ありがとう妖精さん。もしかして他にも何かあるのかな」
”それは秘密。その方が楽しいでしょ”。
満面の笑みを浮かべ、これでもかと胸を張る妖精。
だがこの浮遊城は、カルの持ち物であって妖精達のものではない。だがそんな事などお構いなしに好き放題に魔改造された浮遊城。もう何がどうなっているのかカルには全く分からない。
しかもそれらの得体の知れない装置を制御できるのは、妖精達だけだ。
「あまり無茶な事は・・・しないでね」
カルが妖精達に言った言葉は、これがせいいっぱいであった。
浮遊城の制御室の奥で青い顔して倒れていたレイアとクレアには、ラピリア酒(薬)を飲ませたので元気になった。だがカルは、ふたりに浮遊城で待機する様にと強く言い聞かせた。
そうでも言わないと元気になったふたりがまた勝手に何処かに行ってしまう気がしてならなかったのだ。
浮遊島の森に着陸した浮遊城。レリアとクレアを残し浮遊城から皆で降りると森の中を探索する事にした。
「なんだか僕達、ここまでやって来たけど。誰かの口車に乗せられた感じが凄くする」
カルの言葉に妖精達がそっぽを向き口笛を吹き始める。
これは、妖精達が最初から分かっていてカル達をそう仕向けたのだと、呑気なカルにすら分かっていた。
口笛を吹く妖精達と共に浮遊城が着陸した森を探索するカル達。
「魔獣の気配もないね」
「小動物すらいない様です」
「やはり、遠くに見えるあの白い神殿に行しくかないのかな」
「浮遊城は、何かに押さえつけられている様な状態です。いくら魔石に魔力を送り込んでも全く動きません」
「この浮遊島から出るにしても、それをどうにかしないとね」
カル達は、仕方なく遥か遠くに見える山の麓に建つ白い神殿へと向かう事にした。
とはいえ、森の中で敵が出て来たり魔獣に襲われるといった事もなく、足場が悪いわけでもない森の中、のんびりと歩き陽が落ちたら野営の準備を始めるといった実に緩い行軍である。
カル達が目指す山の麓にある白い神殿では、あの黒いドレスを着た少女がカル達の行動を
ずっと覗き見ていた。
「あの子達。人の島に来ておきながら何をちんたらやっているのかしら。こういう時は、戦いが直にでも始まるというもの。それなのに緊張感の欠片も無いのかしら」
カル達は、森の中で焚火を囲み肉を焼き、スープを作り皆で食べ談笑していた。
その光景を山の麓に建つ白い神殿から見ている闇の精霊。
「何かしら。何でこんなにイライラするのかしら」
闇の精霊は、この浮遊島に今迄ずっとひとりでいた。それが”寂しいと言う感情”だという事を本人すら全く気付いていない。
カル達が楽しそうに会話をしながら食事をする光景。その風景を見ながらイライラするばかりの闇の精霊。
「少し遊んであげる。貴方達、あの者達を歓迎してあげなさい」
闇の精霊の前に座っていた2体の白と黒の魔獣が、静かに腰を上げ白い神殿を後にする。
闇の精霊の身長を遥かに超えるそれは、犬のようであり狼の様でもある魔獣であった。
意図せず浮遊島に着陸。どう見ても妖精達にいいように遊ばれているカル達です。




