212話.創生クリスタル(3)
突然倒れたカル。精霊ホワイトローズがカルに何かをしたのは、確かなのですが。
ふと気が付くと暗い草原に立っていた。
草は、腰程の高さまで生い茂りそれが遥か彼方まで広がっている様に見えた。だが暗すぎて遠くがどうなっているのかがよく分からない。
そしてこの暗さから夜だと思ったが空には、月も星も輝いていない。
「さっきまで皆と一緒にデルタ鉱山の地下にいたはずなのに・・・」
草原をあても無く歩いていくカルは、とある事に気が付いた。
「あっ、大盾が無い!」
辺りを探したが大盾は無く、今来たところを戻り周囲を見渡して見たがやはり大盾は、どこにも無い。
カルは、これといったスキルを持ち合わせていない。剣技は、練習したものの才能が無い事は自身が良く知っていた。
さらに冒険者ギルドで知った事だがカルのジョブは、神官であった。それなのにMPが殆どないために回復魔法も聖属性の魔法も使えない。
そもそもジョブがタンクではないため、普段から大盾を持ち歩いてはいるがタンクが持つ様なスキルも持ち合わせてはいない。
つまりカルは、いつも持ち歩く大盾が持つ能力があってこその能力であり、さらに大盾に住む魔人達がいなければ何も出来ないのだ。
そしていつも腰にぶら下げている神である剣爺が宿る短剣すら無くなっていた。
短剣があれば剣爺に相談する事もできる。大盾があれば盾に宿る魔人達に相談が出来る。
だが、今はそれが出来ない。
急に不安にかられたカル。それと時を同じくして草原のあちこちから何かが這いずる音が聞こえて来る。
いつもなら大盾を構え盾から金の糸を出して近寄って来る魔獣を拘束する。だが大盾を持たないカルには、それが出来ない。
不安にかられ周囲を警戒するばかり。
すると周囲が暗い草原から白い雪原へと変わっていく。
雪が降り腰の辺りまで降り積もる。だが寒いという感覚は無い。
そしてその雪原に降り積もった雪の中を何かが這いずり回る。
カルは、この光景に見覚えがあった。
「スノーワーム!」
しかも周囲の雪原に無数のそれがいる。
腰まで降り積もった雪に足を取られ殆ど身動きが出来ない。そして徐々に近づいて来るそれ。
大盾もなくいつも頼りにするゴーレムのカルロスもいない。
「どっ、どうしよう。何か武器になる様なもの・・・」
カルが腰の辺りに手をやってみると、いつも肩からぶら下げている鞄も無い。
鞄は、アイテムバックで普段からいろいろなガラクタを入れていた。当然、短剣や治療薬であるラピリア酒も入っているがそれすら無い。
何か武器になるものは無いか・・・そう考えた時、カルの前に白いドレスを着た少女が姿を現した。
「カル。何を困っているの。カルには、私が与えた能力があるの。それを使うの」
「精霊ホワイトローズさんが与えてくれた・・・能力」
そう。カルには、精霊ホワイトローズが与えた能力。思い描いた者を具現化できる能力があった。
最初に使ったのは、魔王国の魔王城であった。その時は、巨人の足だけが現れた。
次に使ったのは、精霊界であった。カルが最強と思い描いた龍族を具現化していくつかの龍を出現させた。
ただ、そこに問題もあった。カルにMPは、殆どなく具現化した龍を長時間維持する事ができないのだ。
そのスキルは、具現化できてたったの数十秒。例えラピリア酒(薬)を飲みMPの回復を図ったとしても体が持たない。
それでも今は、やるしかない。カルが思い描いたのは、いつも”ただ酒”を飲みに来る龍の姿。
そしてカルの前に姿を現した氷龍。だが、なぜか氷龍の顔が少し赤くなり足元がおぼつかない。酒を飲んで酔っているのだ。
多少の不安を覚えつつカルは、氷龍がブレスを放つ姿を思い描く。
すると氷龍は、雪原を這い回るスノーワームに向かって氷のブレスを放つ。
それにより雪原が厚い氷で覆われ雪原の上に姿を現せなくなったスノーワーム。
”ドーン”。
すると厚い氷を突き破り姿を現した巨大なスノーワーム。明らかに先程まで雪原の中を這い回っていたスノーワームとは、大きさが異なっている。
氷龍は、自らの翼で空に浮き上がると巨大なスノーワームに向かって氷のブレスを放つ。
だが、巨大なスノーワームに氷のブレスは効かず、氷龍に向かって巨大なスノーワームが体当たりを仕掛けて来る。
すると氷龍の白い姿が赤い深紅の火龍の姿へと変わり口から炎のブレスが放たれた。
それを正面から受けた巨大なスノーワームは、炎により巨大な体が燃え盛っていく。
「やった!」
カルがそう声を張り上げた時、巨大なスノーワームの背後に無数の巨大なスノーワームが姿を現す。
すると深紅の火龍が黒い龍の姿へと変わっていき、口から黒いブレスが放たれる。
巨大なスノーワームの群れに向かって放たれた黒いブレスにより、次々と倒されていく巨大スノーワーム。
「スノーワームの群れを倒し・・・あっ、あれ、体がふらふらする」
巨大スノーワームを倒した黒い龍。だが黒いブレスを放った途端、カルの意識が徐々に遠のいていく。
雪に腰まで埋まったまま、ふらふらと倒れそうになるカル。
「カル。倒れてはダメなの。そんな程度で倒れては、この世界を破壊できないの」
深い雪の中に倒れ込むカル。
「MPが足りないなら私が供給するの。だからカルは、戦うの」
精霊ホワイトローズの言葉が微かに聞こえたと思った瞬間。カルの意識が急に戻り自身の意志とは関係なく黒い龍が口から黒いブレスを放ち始める。
雪原のあちこちから姿を現す巨大なスノーワームの群れ。
それに向かって黒い龍が口から黒いブレスを放ち続ける。
黒い龍の黒いブレスを受け消滅していく巨大なスノーワームの群れ。だが、黒い龍の攻撃にも巨大なスノーワームの群れは、一向に数が減らない。それどころがさらに数を増していく。
カルの意志とは無関係に戦い続ける黒い龍。
雪の中に倒れ込んだカル。体は動かないが黒い龍の戦う姿が頭の中に入って来る。
「ぼっ・・・僕は、なんで戦っているんだ。なぜ戦わないといけないんだ」
そんな事を自問自答しながらまた意識が消えかけていく。
すると誰かがカルを優しく抱き寄せる様な感覚を覚えた。
閉じていた瞼を開くと、雪の中に倒れていたはずのカルを優しく抱きかかえる女性がいた。
誰だか分からないが女性に抱きかかえられ、穏やかな感覚に包まれるカル。
「ダメなの。その感情はダメなの。それでは戦えないの。私の邪魔をしてはいけないの」
精霊ホワイトローズの声がカルの頭の中に響いて来る。
「ちょっと、何でカル様を抱いているんですか。それも胸をはだけて」
「あーーー。うるせーぞ。今は、緊急事態なんだよ!」
「それなら私も!」
何故かカルを抱きしめていた女性がふたりに増え、カルを奪い合いもみくちゃにしていく。
「やめるの。カルの意識がおかしくなるの」
精霊ホワイトローズの声がカルの頭の中に響き渡る。
「ちょっと、その手を放しなさいよ」
「あんだと。お前もカルを奪うんじゃねえよ。カルは、私んだよ!」
上半身が裸のふたりの女性の間でもみくちゃにされ、豊満な胸に挟まれるカル。でも何故かカルの表情は、とても穏やかであった。
ふと、カルを抱きかかえるふたりの女性の姿が見えなくなると今度は、年配の女性がカルの前に姿を見せた。
「お楽しみのところ悪いね。精霊ホワイトローズの術から何とか意識が戻って来たようだね」
「えーと、あなたは?」
「私かい。私は、あんたに賭けた者だよ」
「賭け?」
「覚えてないかい」
「賭け、賭け・・・。そういえば、夢の中で異なる種族が共に生きて行ける世界を作れるか賭けをしたとか」
「それだよ。それでせっかく賭けに勝ったこの世界が無くなってしまうのも少し寂しいと思ってね。お前さんに少しだけ力を貸してあげようと思ってね」
「力を貸す?」
「お前さん。この世界をどうしたいんだい」
「どうって?」
「例えばだね。この世界を破壊しようとする精霊ホワイトローズをこの世界から排除したいとか・・・」
カルは、年配の女性の言葉に少し考え込むとこう返した。
「それは違うと思います。僕の思うところと違うから排除する。それだと何も変わらない気がします。僕は、今のままの世界が好きです。この世界を好きな僕がいて、この世界が嫌いな精霊ホワイトローズさんがいる」
「へえ、変わった事を考える子だね。だから異種族が共に暮らす世界を作れるのかね」
「う~ん。僕は、そんな事を考えた事はないです。いつの間にかそうなっていただけです」
「やっぱり面白い子だね」
「まあ、いろいろ大変な事にあるとは思うんです。でも、それでも皆と共に生きていきたいと思うんです」
「そうかい。ならそうなる様に少し力を貸すよ」
カルの前に立つ年配の女性は、笑顔を見せると話を続けた。
「私が直接この世界に力を使うってのは、いろいろ問題があるんだよ。だから知り合いの別の者に頼んでおいたから」
「知り合い?」
「何が起こるかは、後のお楽しみって事だよ」
「はい」
カルは、目の前に現れた年配の女性の事がいまいち理解できずにいた。
「それと、私に協力してくれているやんちゃ坊主達がお前さんに話があるってさ。まあ、後は頑張りなよ」
そう言い残して姿を消した年配の女性。変わってカルの前に見慣れた者達が姿を現した。
「カル。カル」
カルに声をかけた来たのは、妖精であった。
「あれ、妖精さんってお話出来るの」
「ここは、カルの夢の中・・・というか、精霊ホワイトローズに意識を操られたカルの意識の中だよ。その中なら僕達もカルとお話が出来るよ」
「そうなんだ。それで僕は、どうしたらいいの?」
「そうだね。もうすぐ意識が戻ると思うからカルは、自身が思う通りに動けばいいと思う」
「思う通りに?」
「そう。カルが神様に言った言葉通りにね」
「神様・・・、やっぱりさっきの女性って神様だったの」
「その話は、いつか話せる時が来たら話そう」
「何だかよく分からないけど」
「そうだ、カルにひとつ言っておくことがあったんだ。精霊ホワイトローズの霊樹を迷宮の最奥で見つけたんだ。その周囲に魔法蔦と極楽芋とマンドラゴラを植えたよ」
「魔法蔦と極楽芋とマンドラゴラ・・・」
「魔法蔦は、魔力を吸収するから魔術師には、戦い難い場所になるよ。それは、精霊も同じさ。それと極楽芋は、あの猛毒を生むからね。例え精霊の霊樹であってもあの猛毒を浴びれは、霊樹が死んでしまうよ」
「じゃあ、マンドラゴラは?」
「マンドラゴラはね・・・何で植えたんだったか忘れた」
「ははは。何だか妖精さんらしいや」
「カル。精霊ホワイトローズがこの世界を本当に破壊しようとした時は、僕達妖精も一緒に戦うからね」
「妖精さん・・・」
「それに精霊ホワイトローズが作ったあの龍の群れ。あれを地上に出したら僕達も星を渡る舟を出すから・・・まだ修理中だけど」
「うん。頼りにしている」
「それじゃ、元の世界に戻って来てね。バイバイ」
カルの目の前から妖精達の姿が消えていく。
そしてふと気が付くと、カルをもみくちゃにしていたのは、精霊エレノアとメリルでった。
「あれ、ここは?」
カルが周囲を見渡すと精霊エレノアとメリルが上半身裸になり、カルを胸で挟んだ状態で取っ組み合いの喧嘩をしていた。
その光景を恥ずかしそうに見つめるライラ。さらにその光景を全く気にした様子のないレリアとクレア。
「意識が戻ったんですね。いきなり倒れかと思ったらカル様の前に氷が現れてスノーワームを倒して始めたんです。それから氷龍が火龍に変わり黒い龍に変わり・・・」
「そういう事か。僕が見ていたのは、夢だけど夢じゃなかったんだ。そういえば、精霊ホワイトローズさんと、黒いドレスを来た少女さんは?」
「今も戦っています」
カルの目線の先で宙に浮いた黒いドレスを着た少女と、白いドレスを着た精霊ホワイトローズが戦いを繰り広げる。
その光景を見ながらカルは、年配の女性が言っていた事を思い出した。
「えーとね。これから援軍というか助っ人が来るみたい」
「援軍ですか。こんな地の底にですか?」
「うん。僕は、あの女性の言葉を信じる」
「女性?」
「それよりもエレノアさんもメリルさんも胸を隠してください」
上半身がはだけたふたりの女性の豊満な胸に挟まれたカル。真っ赤な顔をしながらふたりにそう訴えかけた。
精霊エレノアとメリルは、ここぞとばかりに豊満な胸で再びカルをはさみながら抱き寄せる。
その頭上では、黒いドレスを着た少女と精霊ホワイトローズの魔獣が戦う。
そんな戦いの場に大きな魔法陣が姿を現した。その魔法陣から頭だけを出したのは、精霊神お猫サマであった。
「にゃ。にゃ。最上級神様に突然言われて来たにゃ。なんにゃ」
魔法陣から頭を下に出して現れた精霊神お猫サマ。
同じく魔法陣から1枚の紙切れがひらひらと落ちて来るとお猫サマの手の中へと落ちていく。
「にゃにゃ。突然呼ばれたから何かと思ったにゃ。そういう事にゃ」
手の中に落ちて来た紙切れを読んだ精霊神お猫サマは、口角を吊り上げると空中でいきなりポーズをとり、声を張り上げた。
「最上級精霊神様のお許しが出たにゃ。やるにゃ。お猫サマダンサーズの出番にゃ。行くにゃ!」
すると空中に浮かんでいる大きな魔法陣からお猫サマダンサーズが次々に現れ・・・次々・・・次々に。
その数ざっと10万人。その10万人のお猫サマダンサーズが空中で整列する。
「音楽スタートにゃ」
どこからともなく流れ出す軽快な音楽と共に踊り出す10万人のお猫サマダンサーズ。
「みんな。行くにゃ行くにゃ。今夜は、踊りあかすにゃ」
突然現れた魔法陣。そしてそこから現れた精霊神お猫サマとお猫サマダンサーズの皆さん。
デルタ鉱山の地下にスノーワームの群れと氷龍の群れとお猫サマダンサーズが出現し過密状態となっていく。
密は、ダメではな無かったのか。果たして何が起こるやら。
さて、この結末をどう収拾するのやら。




