208話.ルル、リオ、レオの日常(1)
城塞都市の領主となりなかなか会う機会がなくなった鬼人族の3人娘の日常です。
城塞都市アグニⅠを治める鬼人族のレオ。
元々、ルルのお供として城塞都市ラプラスへとやって来た。
武芸を得意とする反面、学問の方はというといまふたつ程度である。
そんなレオが魔王国の魔王を救った英雄のひとりとして魔王国から城塞都市の領主を拝命された。
だが、レオに城塞都市の領主を務めるだけの能力は無い。本人もそれを自覚していた。
よって城塞都市アグニⅠの都市運営は、殆どが領主の館の職員が専ら行っている。
「本日の予定ですが、午前中に税務の書類に目を通してください。午後より商工会の方々と会食を兼ねた打ち合わせです。その後、警備部隊の視察になります」
領主の館の自身の執務室で秘書官から今日の予定を聞くレオ。
「また商工会の連中との会食か」
レオは、うんざりしていた。魔王国の中央からいくつかの大店が城塞都市アグニⅠにやって来て店を開いた。
そして城塞都市の経済の殆どを牛耳るようになってからというもの、毎月の様に打ち合わせと称して会食を半ば強制的にねじ込んで来る。
「申し訳ありません。この城塞都市アグニⅠは、彼らの商売で成り立っております。彼らとの会食は、この城塞都市を運営する上でも領主様の最優先事項でもあります」
城塞都市アグニⅠは、これといった産業もく城塞都市アグニⅡの様なダンジョンもない。
彼らがいなければ、城塞都市の運営もままならないのだ。
「分かった。私も彼らとの会食の回数が増えて最近作り笑顔が上手くなった。そうは思わないか」
「領主様の笑みこそがこの城塞都市を運命を左右するですから、もっと愛想を振りまいてください」
リオに素っ気ない言葉を返す秘書官。毎日のやり取りではあるが、もう少し会話を楽しめる秘書官であったならと少し寂しく思うレオであった。
領主としての仕事を終え自身の執務室に戻って来たレオ。椅子に座ると机の前に立つ秘書官に明日の予定を聞く。
「明日の予定は?」
「明日は、午前中に城塞都市アグニⅡの領主であるルル様のご来訪。その後に城塞都市デルタへ移動し、ルル様とレオ様と共に城塞都市連の会食。そのまま城塞都市デルタに宿泊となります」
「ありがとう。明日もよろしく頼む」
秘書官は、軽く会釈をするとレオの執務室を出ていく。実に事務的な対応である。
執務室の椅子に座り、窓から見える景色を眺める。
窓から見える城壁のさらに向こう側には、精霊の森が広がりその先に不毛な茫漠と砂漠が広がる。
「以前の様にルル様のお側で剣を振っていた頃が懐かしい」
ルルとリオと共に城塞都市ラプラスに来た頃は、ルルの側近として剣を振っていればよいのだと考えていた。
自身も剣を振る以外に誇れるものもないと自覚していた。それが何故かこの城塞都市アグニⅠの領主となってしまった。
以前も副領主として城塞都市アグニⅠとアグニⅡに着任し、治安維持にあたる事は度々あった。だがそれはあくまで副領主という立場だ。
こうやって領主となってしまうと自身に課せられる責任があまりにも重く、重圧に苦しむ事も度々である。
それでもレオにも楽しみはあった。
領主の仕事が終わり夕刻ともなると毎日の様にリオの執務室を訪れる者がいた。
領主の館の2階にある執務室の開け放たれた窓から入って来る彼らは、背中に羽が生え小さな剣を手に持ち、何処で作ったのかその小さな体に合う武具を装備していた。
「今日も来たな」
レオは、笑顔で妖精達を迎え入れると、机の脇に置いてある木剣を手に取り領主の館の庭へと向かう。
そこには、既に他の妖精達が剣を手に持ち待ち構えていた。さらに妖精達の後ろには、彼らが作った金属製のゴーレムもいる。
レオは、毎日の様に妖精達と剣を交えていた。
小さな体の妖精達では、リオの相手にはならない。それでも剣を好む妖精達が果敢に挑んで来る姿に感銘を受け毎日の様に相手をしていた。
そして最後は、いつも妖精達が作ったゴーレムとの試合である。
妖精達は、レオとの戦いからゴーレムを絶えず改良して来る。それでもレオの剣裁きについて来れない。
だが当初に比べればゴーレムの動きはかなり良くなった。
今では、Cランクの冒険者程度の剣如きでは、相手にならない迄に成長したゴーレム。
そんな妖精達が作ったゴーレムがこの城塞都市アグニⅠには、50体以上もおり城塞都市を守る警備隊と共に日々の治安維持を担っている。
レオがひと汗かいた頃に妖精とゴーレムは、精霊の森だったり城塞都市の警備隊の詰め所に戻っていく。
そして領主の館の食堂へと向かうレオ。そこには、仕事を終えた職員達が食事を行い酒を酌み交わす姿があった。
食堂の片隅のいつもの席に座ると食堂の職員が食事を運んで来る。
「今日のスープには、肉を多めに入れておいたからね」
「いつもすみません」
「あんたもそんな若い歳で領主なんかやってなかったら、若い男共と遊びに行っているだろうにね」
「まあ、仕方ないです」
食堂で食事を作る年配の女性は、何かとレオの事を気にかけてくれた。レオがひとり寂しく食堂で食事を食べる姿を見かけてからというものレオが食事を終えるまでの時間、他愛ない話をしてレオの心を和ませていてくれた。
「レオ様。今度、俺達にも剣の稽古をつけてくださいよ」
不意に数人の若い職員が食事中のレオに話しかけて来た。
「いいのか。私は、かなり強いぞ」
「そこは、手加減してくださいよ」
「俺達、剣の腕が上達したらアグニⅡのダンジョンに行こうと思ってるんですよ。まあ、3日位かけて低層を周ろうと思ってるんですけどね」
「ほお。それは面白いな。私も参加させてくれ」
「いいんですか。なら本気で剣の腕を磨きますよ」
若い職員達は、そんな会話をすると笑いながら去って行った。
子供の頃から剣の腕を磨きルルのお供をする事を運命付けられた鬼人族のレオ。今では、城塞都市アグニⅠの領主となり替わり映えのしない毎日を送っている。
それでも少しだけ変化が見えて来た。今迄あまり縁の無かった若い職員とダンジョンに行く約束が出来た。
「私もゴーレム達との練習に気合を入れる必要がありそうだな」
何か日々の暮らしに張り合いが出来た様に思えたレオであった。
そして食事を終えたレオは、領主の館の庭の外れにある小さな池の前にやって来た。
灯りの無い暗い池の前に立つと、池の水が小さく波打つ。その池には、黒い姿の大きな鯰がいた。それは、レオが作り出したホムンクルスである。
地上から離れて低いながらも”空を泳ぐ”事が出来るホムンクルスの鯰。
この城塞都市アグニⅠの闇夜に姿を隠しては魔獣を狩り闇夜の治安維持に一役買っていた。
そんなホムンクルスの鯰を城塞都市に住む人々は、”街の守り神”と呼ぶ。
池の前にレオが立つとホムンクルスの鯰が静かに姿を現す。
「今日も頼むぞ」
レオがそっと鯰の体に触れ、何度となく黒い滑ッとした体を撫でていく。するとホムンクルスの鯰は、すっと空に舞い上がると静かに宙を泳ぎ闇夜に姿を消していく。
この城塞都市アグニⅠの闇夜で最強のホムンクルスは、今日も闇夜に紛れて静かに魔獣を狩る。
城塞都市アグニⅡを治めるリオ。
「本日の予定ですが、午前中に財務書類に署名をお願いします。昼に商工会会長と会員の方々との懇談会。その後、冒険者ギルドのランバート様と会食となります」
「財務の書類については、目を通しておきました。2件ほど書類に誤りがありますので修正してすぐに持って来る様に」
リオは、書類の不備がある場所にペンで赤線を引き、何か間違っているのかを簡単に書き示していた。
「すぐに修正させます」
秘書官は、リオに手渡された書類を持ち執務室を後にする。
「こんな仕事、私でなくても出来るでしょうに」
そんな愚痴をこぼしながら椅子に座ると既に署名を行った書類にもう一度目を通していく。
「あら、ここ間違いがある。私もまだまだね」
リオは、鬼人族のルルの側近として城塞都市ラプラスにやって来た。元々魔術師であり城塞都市の運営について勉強をしていたため、ルルと共に城塞都市ラプラスの運営に携わっていた。
そして城塞都市アグニⅡの領主となり都市運営を任されたが、城塞都市アグニⅡには、都市の外にダンジョンがあり多数の冒険者が集まる。
そのため城塞都市ラプラスともアグニⅠとも少しばかり都市の雰囲気が異なっている。
午前中の商工会会長と会員たちとの懇談会が終わると、この都市の冒険者ギルドの会長であるランバートとの会食が待っていた。
「申し訳ない。商工会の会長の話が長引いてしまいました」
「ははは。あの爺の話は、いつも長いですからな」
冒険者ギルド会館の近くにある小綺麗な宿の個室で会食を行うふたり。
その後ろには、双方の側近が座りふたりの会話を静かに書き記していく。
「ダンジョンの方はどうですか」
「特に問題もなく訪れる冒険者の数も増しています」
「ほう。であれば・・・」
「はい。ダンジョンへの入税も魔獣からのドロップ品の買い取りも順調に伸びております」
「それは良い話ですね」
「ただ、能力の伴わない冒険者も増えております」
「事故が増えているのですか」
「こちらも注意喚起をしておりますし、ダンジョン内に救護施設をいくつか設けております」
「とは言ってもダンジョン内全てに目を光らせる訳にもいかないですから」
「なので能力向上のためギルドで講習会を以前よりも多く催して参加を呼びかけています」
「結局のところ自力で命を守る術を向上させてもらうしかないですね」
「確かに。今度いかがでしょう。講習会で領主様自ら魔術について講義していただけませんか」
「私がですか?」
「はい。この城塞都市にいる魔術師で最高ランクの者の話なら参加者も多くなるというものです」
「そうですね。考えておきます。そう言えば、私も久しくダンジョンに入ってませんでした」
「ほう。それはいけませんな。いくらこの都市で最高ランクの魔術師といえども戦いをおろそかにすれば感が鈍るというもの」
「たまには、ダンジョンで感を戻すのもいいですね」
「いつか領主様とパーティを組んで魔獣狩りをしてみたいものですな。ははは」
冒険者ギルドの会長ランバートとの会食も終わり、領主としての仕事が早々と終わったリオは、精霊の森のさらに先に広がる茫漠の地へと足を踏み入れた。
そこには、巨大な岩が佇みその横には、試作途中の小規模な砦がいくつも構築されていた。
「どっちの砦がこの浮遊城に合ってるかしら」
そう言いながら悩むリオ。
ひとつは、いくつもの塔が立ち並び目立つ佇まいを見せる。もうひとつは、塔などなく魔法攻撃に耐えられる様に防御に特化したもの。
リオは、この浮遊城を含むふたつを城塞都市デルタとアグニⅠに置くつもりでいる
。
この世界で浮遊城を初めて構築したリオ。今では試作を含めて大小10基程の浮遊城を構築するに至っていた。
ただ、それらはカルが持つ魔石が無ければ空を飛ぶ事すらできない。
「今度、城塞都市ラプラスに行ってカル様に魔石をおねだりしないと」
そんな事を言いながら巨大な岩の上に窓の少ない防御特化の砦を構築していくリオ。
明日は、城塞都市アグニⅠに寄り久しぶりにレオと再開したのちに城塞都市デルタでルルと落ち合う予定である。
今では、鬼人族の3人がそれぞれの城塞都市の領主となり、なかなか合う機会も無くなってしまった。
ならばいつでも会いに行ける様にと作り始めた浮遊城である。
大小10基もの浮遊城があれば、小国など簡単に攻め落とす事もできる。だがリオは、それを皆がいつでも集まれる足として使おうとしていた。
この城塞都市で最高ランクの魔術師は、夜の帳が降りる頃になっても楽しそうに浮遊城の構築にいそしんでいた。
久しぶりに会う鬼人族の3人娘。さて、何事もなく合う事が出来るのでしょうか。




