207話.封印(2)
闇の双子を拉致した精霊ホワイトローズ。
何処とも分からない場所へと連れて来られた闇の双子。
気が付けば双子を囲んでいた6体のゴーレムの姿も消え、周囲を警戒するも何の気配も感じない。
辺りは薄暗く濃い霧が立ち込めている。
闇の双子は、手を取り合いながら周囲を警戒しつつゆっくりと歩き出す。
ここは、石畳が延々と広がっているだけで何もなく空は、濃い霧の彼方へと続きどんよりとして薄暗い。
どこまで歩いても歩いても同じ石畳が続いていく。
「ここ、何処だと思うノワール」
「分からない。でもダンジョンみたいなところねエトワール」
歩いても歩いても何もない。石畳が続くだけの何もない場所。
闇の双子は、ふと立ち止まった。濃い霧の先に誰かの気配がする。
「私のダンジョンにようこそなの」
白いドレスを着た少女は、黒いドレスを着た双子に向かって挨拶をする。
それは、闇の双子をここに連れて来た張本人。そう確信した闇の双子は、警告を発する事もなく黒い霧を精霊ホワイトローズに向かって放つ。
だが黒い霧は、精霊ホワイトローズの体を素通りしていく。
「ここは、私のダンジョンなの。ここで貴方達双子の攻撃は、意味を成さないの」
それでも闇の双子は、黒い霧を放つ事をやめない。何度も何度も黒い霧を放ち目の前に立つ広いドレスを着た少女へ執拗な攻撃を繰り返す。
すると不意に精霊ホワイトローズの体がふたつに分かれていく。
「そう・・・見つかったの。なら行かないとなの」
そい言うと精霊ホワイトローズの体のひとつが消えて行く。
「貴方達を作った精霊の霊樹が見つかったの」
闇の双子は、その言葉に何かを悟ったのか表情が途端に険しくなる。そして先程よりもさらに攻撃を強めていく。
だが相変わらず闇の双子が放つ黒い霧は、精霊ホワイトローズの体を通り抜けていくばかりで攻撃の意味を成さない。
闇の双子の表情から焦りの色がさらに濃くなっていく。その表情とは裏腹に精霊ホワイトローズの表情には、笑みがこぼれていた。
少し前にさかのぼる。
妖精達は、闇の双子が発する魔法の独特の波長を特定する事に成功していた。
そこから魔人である闇の双子の本体。つまり双子を作った精霊が宿る霊樹がこの世界の何処かに存在するかを突き止める事ができる。
その霊樹を確保すれば闇の双子は、絶対に逆らう事ができなくなると確信していた。
妖精達は、精霊達がこの世界に持ち込んだ探査機に勝手にデータリンクすると同じ波長を出す霊樹を世界中の陸という陸をくまなく探した。
そして・・・見つけた。
闇の双子が放つ波長と同じ波長を放つ霊樹は、カル達が住む大陸から少し離れた孤島にあった。
妖精達は、精霊界から運んで来た星を渡る舟を持っている。だがそれは、未だ修理中で動かす事ができない。
では、闇の双子を作りし精霊の霊樹をどうやって探していたのかというと、カルの浮遊城の制御室から探査機を操作したのだ。
妖精達は、カルの浮遊城で機器の制御を担当している。カルは、妖精達が持ち込んだ未知の道具に対して何も言わなかった。
それをいい事に妖精達は、浮遊城の制御室で好き勝手やり放題である。
だがさすがに妖精達もカルの浮遊城を勝手に動かす事はしなかった。彼ら妖精達も一応の常識を持ち合わせているのだ。
さて、闇の双子を作った精霊の霊樹を見つける事は出来た。だが、その場所へ行く手段が無い。
妖精達が持つ何処にでも行く事が出来る扉は、その場所に設置しないと空間を繋げる事は出来ない。
さらに妖精達が作ったゴーレムは、強いがカルが持つゴーレムのカルロスには敵わない。つまりゴーレムのカルロスよりも強い敵が現れる様な危険な場所に行く事ができないのだ。
となると孤島への移動手段を持ち、さらに未知なる敵と戦う手段を持ち合わせている者と共に孤島へ行く必要があった。
そして妖精達は、城塞都市ラプラスの執務室へと赴き、カルにこんなメモ書きを見せた。
”この世界を救うために必要な霊樹を探している。協力して欲しい”。
カルは、妖精達の言葉を信じ詳しい話も聞かずに仲間と妖精達と共に孤島へと向かった。
浮遊城でならのんびり向かってもほんの数時間の旅である。秘書官アリッサには、妖精国からの依頼という事にして仲間達と空の旅を優雅に楽しむ気楽さであった。
大陸から離れて海の上を飛ぶ浮遊城。
海上をゆっくりと潮風を感じながら呑気な旅を楽しむカル達。その浮遊城に何処からか飛んで来た海鳥達が羽を休めていく。
そして暫くすると目の前に大きな島が見えてきた。森が広がり木々が生い茂る孤島。
浮遊城の制御室の天井から吊り下げられた硝子板には、島のとある場所を示す様に赤い点が明滅している。
「妖精さん。この島でいいの」
カルの言葉にコクリと頷く妖精。浮遊城は、山肌に生い茂る森の木々を眼下に見ながら浮遊城が降りられる場所を探す。
「浮遊城が降りられそうな場所がなかなかないね」
カルの言葉に妖精が小さな指でとある場所を指さす。
そこは、低木と草原が広がり森の木々を傷めずに浮遊城が降り立つ事が出来そうであった。
浮遊城が降り立った場所から目的の地までは、直線距離でざっと2kmほど。道があればさほど時間はかからないが、鬱蒼と茂る木々と草で歩いて行ける様な場所ではない。
「僕と一緒に行きたい人」
カルの呼びかけに手を上げたのは、メリル、ライラ。それとレリアとクレアである。
「私は、ここに残ります。何かあれば妖精達に言ってください。浮遊城を動かします」
そう話した精霊エレノアは、浮遊城の制御室に残り妖精達と何やら会話をしている。
「僕は、カルロスに肩に乗って森を移動しますから皆さんは、大盾の中で待っていてください。現地に到着したらお呼び・・・」
「「レリアとクレアは、走っていく!」」
カルの話を途中で遮ったレリアとクレア。ふたりは、浮遊城から飛び降りると木々が鬱蒼と生い茂る森の中へと消えて行ってしまう。
「あっ、行っちゃった。でも何処に行くのか分かってるのかな」
「大丈夫ですよ。レリアとクレアの肩に妖精が乗っていました。きっと案内してくれると思います」
ライラがそう教えてくれた。
「では、メリルさんとライラさんは、大盾の中で待機していてください。到着したらお呼びします」
カルが持つ大盾の中に入って行くメリルとライラ。カルは、ゴーレムのカルロスの肩に乗り森の中を進んで行く。
カルの肩には、案内をしてくれる妖精が乗り、行く先を小さな指を差して教えてくれている。
森の中は、木々と蔦が絡み合い思った様に進む事ができない。そんな森の中を蛇行しながら進んで行くと、ついさっき倒された木々がいたる所に散乱している。
「もしかしてレリアとクレアの仕業かな」
レリアとクレアは、邪魔な木々のことごとくを力技で倒して進んでいた。
そしてあと少しで妖精達が示す目的の場所へと到着するというところで、妖精達が周囲に目線を配り何かをしきりに気にする様になった。
”魔獣がいる”。
妖精が見せたメモ書きには、短くそう書かれていた。
そして目の前では、レリアとクレアがトレントと格闘し絡みつく蔦を手で引きちぎっている光景が広がっていた。
「この森のトレント強い」
「この森の蔦とても強い」
地龍であるレリアとクレアが強いというこの森のトレントと絡みつく蔦。
仕方なくレリアとクレアは、手で触れると魔石とミスリルに変化させる事ができる能力を使い始めた。
トレントがミスリルと化し、蔦が魔石へと変化していく。すると今迄とは打って変わり、トレントと魔法蔦が劣勢に転じていく。
トレントと蔦は、カルとゴーレムのカルロスにも容赦なく襲いかかる。
カルは、大盾から金の糸を伸ばしていく。金の糸は、金属や石を吸収する事はできてもトレントや蔦を倒す事はできない。
ところが金の糸から逃れようとするトレントと蔦は、暴れる程に金の糸を自らの体に食い込ませると、そのまま輪切りになっていく。
「そうか。そういう使い方も出来るんだ」
カルは、大盾の魔人を出すまでもなく金の糸を四方に出して襲いかかるトレントと絡みつく蔦を次々に輪切りにしていく。
そして静かになった森の中には、輪切りになったトレントと蔦。レリアとクレアがミスリルと魔石に変化させた瓦礫が四方に散らばる。
さらトレントと絡みつく蔦との戦いにより木々が無残に倒されていた。
「せっかく遠くに浮遊城を置いて来たのに意味なかったね」
カルの言葉に、カルの肩の上で苦笑いをする妖精。
そして妖精達が指差す場所へと到着したカル達。
そこは、土がむき出しで草木すら生えておらず、ふたつの低木が茂っているだけであった。
「ここが妖精さんの目的の場所でいいの?」
コクリと首を縦に振る妖精。
ゴーレムのカルロスの肩から降りたカルは、大盾の内側の扉を開けメリルとライラを呼び寄せる。
「ここが妖精達が来たがっていた場所ですか。特に変わったものも無いような・・・」
カルが周囲を見渡し再びふたつの低木に目線を移したその時、カルの前ではメリルとライラが魔法杖を構えて戦闘態勢に入っていた。
カルが魔法杖を構えるふたりのさらに先に視線を向けるとそこには、見覚えのある黒いドレスを着たふたりの少女が立っていた。
「あれ、何処かで・・・」
メリルとライラの前に佇む双子の少女。黒いドレスを着ていてカル達をじっと見つめる。
「闇の双子。どうしてここに」
少し震える様なメリルの言葉。それを聞いたカルは、過去の記憶を呼び起こす事にそう時間はかからなかった。
「闇の双子・・・なんでこんなところに」
以前、城塞都市アグニⅡに現れた闇の双子は、カル達を苦しめゴーレムのカルロスのコアを破壊された苦い過去がある。
「メリルさんライラさんゆっくり下がってください。カルロスも下がって」
じっとこちらを見つめる闇の双子。対するカル達は、少しずつ下がり距離を取る。
カルは、以前の戦いで闇の双子がラピリアの実が弱点である事を知っていた。そして腰にぶら下げた鞄をまさぐり、そこからラピリア酒(薬)の入った小瓶を手に取る。
それを持ち換え小瓶の蓋を取り闇の双子に投げつけようとしたその時。
「大丈夫なの。その双子は動く事も出来ないの」
そう言ったのは、精霊ホワイトローズである。
いつもカルの大盾から出て来るのは、たいてい夜半であった。それが今日に限っては、陽がまだ高い時間である。
「目の前にあるそのふたつの霊樹が闇の双子を作った精霊の本体なの」
精霊ホワイトローズは、すたすたと歩いて行くと闇の双子の前を通り過ぎていく。
攻撃もせずにじっと精霊ホワイトローズに目線を向ける闇の双子。
精霊ホワイトローズは、ふたつの霊樹の前に立つと何かの呪文を唱える。
カルには、精霊ホワイトローズの言葉が何であるかを理解できない。それは、カルの知らない精霊語である。
「闇の双子を作りし精霊の霊樹に呪いをかけたの。これで闇の双子は、精霊ホワイトローズの配下に置かれたの」
「配下・・・つまり仲間になったという事ですか」
「仲間とは・・・少し違うの。闇の双子は、私に従うの」
精霊ホワイトローズの前に立つ闇の双子は、一切の言葉を発しない。そして目の前に立つ白いドレスを着た少女をじっと見つめている。
「これで夢を実現する手駒が増えたの。とても嬉しいの」
そう言い残すと精霊ホワイトローズは、カルの前から早々に姿を消した。
精霊ホワイトローズが消えるとカル達をじっと見つめ続ける闇の双子。
その双子の目線に恐怖を感じ動く事が出来ないカル。まるで蛇ににらまれた蛙の様。
ところが妖精達は、闇の双子の事など気にする様子もなくてきぱきといくつもの扉を霊樹の近くに設置していく。
そして気がつけば上空に精霊エレノアが操る浮遊城がカル達を迎えに来ていた。
木々を痛めないギリギリのところまで降下する浮遊城。
「カル様。あの双子は、攻撃する気が無いようです。浮遊城に戻りましょう」
メリルの言葉に促され、闇の双子の視線を気にしながら浮遊城の階段を上がっていくカル。
空に向かって飛び立つ浮遊城。それを霊樹の前でじっと見つめる闇の双子。
今回の件については、その後も妖精達がカルに事の詳細を放す事は無く、何か釈然としないカルであった。
カル達が浮遊城で孤島から離れた頃。
盾のダンジョンの最奥で闇の双子と対峙する精霊ホワイトローズ。
その背後にもうひとつの精霊ホワイトローズが姿を現し、ふたつの精霊ホワイトローズがひとつになる。
「貴方達を作った精霊の霊樹を見つけたの。もう私に逆らう事はできないの」
そう言い放った瞬間、闇の双子が動きが止まり石畳に倒れ込んでいく。
「霊樹に・・・精霊に・・・呪い・・・呪い」
ようやく精霊ホワイトローズの言葉の意味を理解した闇の双子。
そして不敵な笑みを浮かべ石畳に倒れる闇の双子を見つめる精霊ホワイトローズ。
時を同じくして盾のダンジョンの別の場所では、ようやく妖精達があるものを見つけた。
精霊ホワイトローズの霊樹である。
その霊樹を見つけた妖精もまた精霊ホワイトローズと同じ不敵な笑みを浮かべていた。
精霊ホワイトローズも妖精達も互いの思惑に向かって突き進みます。




