206話.封印(1)
城塞都市ランドルが傘下に加わった城塞都市ラプラス。
そして妖精達がまた、何かを始めたようです。
城塞都市ランドルに新領主として派遣されたエルフ族の3人。
彼女達が領主の館で働く職員から要求された領民への当面の食料とその配給にかかる費用。そして略奪等により破壊された家屋の修繕や建て替えにかかる建築資材や職人への手間賃。
それらをざっと概算した費用が記載された書類がカルの元に送られて来た。
それに目を通したカルは、自身の執務室の天井を仰ぎ見る。
「金貨換算で50000枚。いくらなんでもかかり過ぎです」
書記官のアリッサも書類に記載された要求額を見て唖然とする。
「人の財布だと思って職員達が好き放題に見積もったんでしょうね」
「これって職員達の懐に入る分もそうとう盛られていますよ」
「・・・恐らくね」
カルは、執務室の天井を見つめながら少し考え込む。そして秘書官アリッサにこう提案する。
「そうだ。この要求額の半分は認める事にする。その代りに領民にも汗をかいてもらおうと思う」
「領民に汗をかいてもらう・・・のですか?」
「うん。城塞都市ラプラスや周辺の村でもやってもらっているけど、自身が住む家を建てるのは、そこに住む住人、或いは同じ村の住人が建てる」
「そういえば、そんな事をしてましたね。あれって領民に仕事を与えるという意味合いだと思ってました」
「そうだね。半分は、自身の家を建てる事で手に職を付けさせるという意味があるんだけど、もうひとつは職人を雇うとかなり高くつくんだよね。その分の予算を抑えるという意味合いの方が強いかな」
「もしかして井戸掘りとか街道の整備なんかも周辺住人に依頼しているのは」
「全て予算を抑えるためです。その代り質は、目を瞑っています」
カルは、少し話す間を開けるとこう続けた。
「城塞都市ラプラスは、ラピリア酒(薬)の税収でやっているけど、実際のところお酒の税収だけで都市運営なんてできないんだ。足りない部分は、僕の懐から出しているからね」
「それって領主様が住民達を養っているという事ですよね」
「・・・まあ、そうなるね。僕の場合、ミスリルや魔石を売った金で何とかなってるけど普通ならこの城塞都市ラプラスは、経済的に破綻してるね」
「・・・・・・」
領主のカルからは、そういった話を何度も聞かされてはいた。だがこうやって面と向かって言われると都市運営がいかに難しいかが改めて思い知らされる秘書官アリッサであった。
さて、城塞都市ラプラスの領主であるカルと秘書官アリッサが執務室で毎日の様に仕事に精を出している。
そんな時にいつも妖精達が来ては壁に立て掛けてあるカルの大盾の周りに集まるとしきりに何かを調べている。
最初は、妖精達が何をしているのか興味があったカルだったが、妖精達の真剣な顔つきとあまりに難しいそうな事をやっているので、この事に首を突っ込まない様にした。
さらに妖精達は、カルが見ていない事を見計らい大盾の内側にある小さな扉を開けるとそっと扉からダンジョンの内部へと入って行った。
妖精達は、今までも何度かこの大盾のダンジョン内に侵入した事があり、ダンジョンの最奥に精霊ホワイトローズの魔獣製造プラントがある事も知っていた。
妖精達は、その魔獣製造プラントの技術を盗む事と、あともうひとつ知っておきたい事があり、その調査にやって来たのだ。
大盾のダンジョン内をくまなく回り、魔獣達が湧きだす場所の確認とその場所にある魔法陣を詳しく調べる。
妖精達は、ダンジョンの魔獣から攻撃を受ける事は無かった。それは、まるで妖精も魔獣と同じ扱いであるかの様であった。
さらにダンジョンの最奥にある魔獣の製造プラントへの入り口を見つけ、そこからプラント内部への侵入を果たした妖精達。
ダンジョンの奥だというのに空があり森がありいくつもの妖精達が眠っている。
そしていくつかの扉をくぐった先には、数千もの巨大な硝子の筒が並びその中に数千もの龍が眠っていた。
これだけの龍がいれば、この世界を征服どころか破壊できるのではないかと思われる。
妖精達は、自身が通れる程の小さな扉をかかえ、何かあればそこからダンジョンの外に逃げられる様に準備していた。
そして調査が中盤にさしかかった頃、この大盾のダンジョンの主である精霊ホワイトローズに見つかってしまう。
「そこで何をしているの」
背後から声をかけられた妖精は、一瞬額に冷や汗を流した。
だが、何にでも興味を持ち何処へでも入り込む妖精達は、調査半ばのこのダンジョンから逃げる気にはならなかった。
意を決して精霊ホワイトローズにこのダンジョンに来た理由の半分を言ってみた。
「僕達。精霊ホワイトローズ様がこの世界を破壊する事を目的にしている事を知っています。そして僕達は、精霊界から星を渡る舟を手に入れました」
「星を渡る舟・・・あれを修理したの」
「もしこの世界が破壊されたら星を渡る舟で他の世界に行くつもりです。でも僕達だけで生きていけるか分かりません。なので僕達を守ってくれる魔獣が必要なんです」
「つまり魔獣が欲しいの」
「いえ、僕達が欲しいのは、魔獣を作るこのプラントの技術そのものです。これがあれば他の世界でも生きて行けます」
「そうなの。でもこのプラント技術を教える訳にはいかないの。これは、私の大切なものなの」
「では、交換条件といきませんか。僕達は、精霊ホワイトローズ様がこの世界を破壊したいと願っている事を知っています。ですが以前に失敗した事も知っています」
精霊ホワイトローズは、妖精の言葉にあえて反論しない。妖精の言っている事は、間違っていないからだ。
「カルと魔人達は、この世界が大好きです。恐らく魔人達は、精霊ホワイトローズ様の命令を聞かないでしょう。カルも魔力が無さ過ぎてこの世界を破壊する触媒に成り切れません」
妖精達は、精霊ホワイトローズの魂胆を全て理解している。それでいて精霊ホワイトローズに何かを問いかけているのだ。
「ならば、この世界を破壊するために協力してくれる仲間を増やしませんか」
「なかま・・・なの」
「仲間です。以前、僕達の前に現れた闇の双子。それと何処に現れるのか不明な闇の精霊。少なくとも彼らを仲間にする事が出来れば精霊ホワイトローズ様の目的が成就される日も近づくと思われます」
「でも・・・なの」
「でも精霊ホワイトローズ様は、この大盾のダンジョンから出る事は出来ない。行けるのは、この大盾を持つカルの前だけ・・・ですね」
妖精達は、精霊ホワイトローズに課せられた封印を全て知っている。その事に言葉も出ない。
「ならば、ほんの少しの間ですがこの大盾のダンジョンから外に出られる様にして差し上げます」
「外に・・・?」
「神の力によりこの大盾のダンジョン内に封印された精霊ホワイトローズ様。僕達だけでは闇の双子をここに連れて来る事はできません。ですが闇の双子が何処にいるのかは知っています」
「つまり私を短期間だけこのダンジョンから出すから闇の双子を捕まえられる様に協力しろという事なの」
「お察しがよろしいようです。さらに僕達には、闇の双子を一時的にですが抑え込む力があります。闇の双子を捕まえてしまえば、あとは精霊ホワイトローズ様がこのダンジョンの中で如何様にでもなさればよろしいかと」
「そうなの。なら試してみたいの」
妖精達は、精霊ホワイトローズを言葉巧みに騙す事に成功した。
精霊ホワイトローズは、神に逆らい神が想像したこの世界の破壊を目論んだ。そして失敗し大盾のダンジョンの奥に封じられてしまう。
妖精達は、そんな精霊ホワイトローズに協力的な立場を取った。だがこの世界を破壊させる気など微塵も無かった。
彼ら妖精達の本当の目的は、精霊ホワイトローズをどうやってこのダンジョンに封印されているのか。その技術が知りたいのだ。
それが分かれば、精霊ホワイトローズの様に強力な力を持った精霊を抑え込む事が出来る。
妖精達は、この世界で妖精達よりも強力な力を持つ精霊を封じ、そして従えたい。この世界を手中に収めるためには、それがどうしても必要なのだ。
妖精達は、精霊ホワイトローズに闇の双子を抑え込むための策を見せた。以前、剣爺が作ったゴーレムのカルロス。それを模倣して作られた妖精達のゴーレム。
妖精達のゴーレムには、火、水、風、土、聖、闇の属性を押さえ込む魔石と魔法陣を仕込みあらゆる属性の魔法を短時間だけ封じる事ができる。
ただし、その魔法を発動させるためには、精霊ホワイトローズの強大な魔力が必要であった。
妖精達は、精霊ホワイトローズに6体のゴーレムに仕込んだ魔石に魔力を送り込ませ闇の精霊を封じる準備に取り掛かる。
そして妖精達が扉を大盾のダンジョンへと運び込んで来た。この扉からなら精霊ホワイトローズが大盾の周辺以外に短時間だが出る事が出来る。
実は、妖精達が作ったゴーレムには、ある特別な機能が備わっていた。それは、精霊の魔力が発する波長を調べる機能である。
人族の魔力には、どれも似通った波長が発せられるため、誰が放った魔法なのかを調べる事が困難であった。
だが精霊の放つ魔法は、精霊毎に独自の波長を持っていた。これにより誰が放った魔法であるかを容易に特定できるのだ。
波長が分かれば、封印したい魔力の持ち主を特定でき封印したい魔法を特定できる。つまり、妖精達が作った6属性のゴーレムは、精霊ホワイトローズを封じるための魔力の波長を調べる検査機器の役割もしていた。
深夜。とある王国の王の寝室に現れた闇の双子。
彼女達は、とある者の依頼を受け王家一族を根絶やしにするためにここに現れた。
城を守る兵士達は、殆どが闇の双子により命を落としており王を守る者は誰もいない。
それを知らない王と王妃。そして王の幼い子息達。
王の暗い寝室で月明りに照らされる闇の双子。
ふたりが寝静まる王と王妃に近づいていく。危険が迫っている事もしらずに寝息を立てる王と王妃。
すると闇の双子の背後に複数の扉が音も無く現れる。扉からは、6体のゴーレムが姿を現すと闇の双子を囲い込む様に配置についていく。
突然に背後から現れたゴーレムに驚く闇の双子。6体のゴーレムは、闇の精霊を囲い魔法陣を幾重にも展開していく。そして徐々に身動きの取れなくなっていく闇の双子。
「私の配下にようこそなの」
背後の暗闇から現れた精霊ホワイトローズは、口角を少し上げ、闇の双子に軽い挨拶を行う。
そして身動きの取れない闇の双子は、6体のゴーレムと共に扉の中へと姿を消して行った。
闇の双子を連れ去る精霊ホワイトローズ。さて、ダンジョンの最奥で何が起きるのでしょうか。




