205話.故郷(4)
一難去ってまた一難。
兵士は、カルとアイリー達を城壁の上に案内すると男爵の領地がある方向を指さす。
そして地図を広げて男爵の屋敷と領地の大まかな位置関係を説明し始めた。
「でもこの地図ってかなり距離とか位置とか曖昧だよね」
手書きの地図には、城塞都市と村々とを結ぶ街道。それに主要な森や山が手書きで書かれており、城塞都市と村がどれくらいの時間で移動できるかが書き記されていた。
だが、その道が平坦なのか険しいのかが地図からは、全く見えて来ない。
「それはご容赦ください。この手の地図の作成には、金と手間がかかるのですが、そういったものに前領主様は、寛容ではなく」
「そっか。ではこの件が終わったらそこからだね」
兵士の説明によれば男爵の配下の村は、6ヶ所ほど。屋敷に向かう途中に小さな砦がひとつあるという話だ。
食料を運んでいた兵士は、全て城塞都市ランドルの兵士で殆どが捕虜になったが、一部の兵士が逃げて来て事が発覚したらしい。
それとガイ男爵領の兵士に一部投降者がいるらしく、ガイ男爵の兵力や部隊配置を聞き出していると連絡が入った。
そして分かった事は、ガイ男爵の兵の数はざっと500人。ただし食料不足でまともに動ける兵士は、200人もいないということ。
その200人は、砦の守りを固めているが食料が無いため指揮系統が機能していないらしい。
ただ、ガイ男爵の側近が指揮する約100人程の部隊は、今でも指揮系統が機能していてその部隊がガイ男爵の主力という話だった。
「さてアイリーさん。領主に就任して最初の仕事がいきなりこれで申し訳ないんだけど・・・」
「こちらの兵力は?」
「城塞都市ランドルの兵士が300人。それと城塞都市ラプラスの兵士が300人」
「実際に動かせる兵力は?」
「城塞都市ランドルの兵士は、100人に満たない。食料不足で殆ど動けない人ばかり。城塞都市ラプラスの兵士は、300人いるけど200人は、食料の運搬とその警備に充てられてる」
「つまり動かせる兵士は、100人に満たないという訳か」
「かなり無理そうですよね。何も食べていない兵士と土地勘の無い兵士を引き連れていきなり砦を落とせって言われて、はいそうですかって言う人はいないですよね」
「まっ、まあ。そう言わざるえないな」
カルは、少し考える素振りを見せた。だが、それはあくまで素振りであって既に準備万端であった。
「では、僕の隠し玉を紹介します。秘書館のアリッサんです。どうぞ!」
”パチパチパチ”。
何故かカルに拍手で迎えられた秘書官アリッサ。そしてカルから貸し出された特別警備隊の武具を既に装備している。
「あの。私がなんで武具を身に着けて戦場に駆り出されないといけないんでしょうか」
「だってアリッサさん。ダンジョンでまた魔獣狩りをしたいって言ってたよね」
「はい。でも戦場で戦争をしたいとは言ってません」
「まあ、固い事は言わずに。それにここでいいところを見せたらいろいろはずみます」
「いろいろとは?」
「この前お譲りした魔石とかミスリルとか・・・」
「お受けします!」
「即決ですか!」
「即決です。で、何処で誰を倒せばいいのですか」
カルは、兵士が持って来た地図を見せ砦の場所と砦周辺の配置を説明する。
「分かりました。では、この魔剣で一気に殲滅します!」
「雑!」
「だって私、秘書官ですよ。兵法とか砦の攻略方法なんて知りません」
「まあ、そうだよね」
「私を人選した時点で領主様の負けです!」
「ぼっ、僕って負けたの!」
「負けです。では、今日はもう陽が落ちて来たので明日の朝一からって事でいいですね」
「それでお願いします」
「では、明日の朝一に浮遊城で移動して砦の前に降ろしてください。一気にこの戦いを終わらせます」
「・・・・・・」
カルは、返す言葉も無かった。秘書官であるアリッサがここまでノリノリだとは思わなかったのだ。
「そうだアイリーさん。いきなり戦場に駆り出したりして申し訳ない事をしました。これお詫びではないですが使ってください」
カルが差し出したのは、3振り短剣だ。
「短剣?」
「はい。ですがただの短剣ではありません。魔石を仕込んだ魔剣です」
「これが魔剣?」
「使用している魔法陣も魔法回路もアリッサさんの武具と同じものですが、若干魔石の能力を落としてあります」
カルは、短剣をアイリー、メルミー、サーリに1振りずつ手渡していく。
「ひとつだけ注意があります。この魔剣は、短剣の形をしていますが強力な魔法を放てます。なので短剣に送り込む魔力はほんの少しでお願いします」
カルがそう言ったそばからメルミーが卒倒して地面へと倒れ込んだ。
目を回して倒れたメルミーを起こすアイリー。
「おいどうした。いきなり倒れたりして」
「この短剣凄いです。これならあの鉱山都市で見た広域殲滅魔法が放てます」
「えっ、あの魔法をか」
メルミーは、アイリーの腕の中でそんな言葉を言いながらまた気を失っていく。
「しょうがないですね」
するとカルは、腰にぶら下げた鞄から小瓶をひとつ取り出すと小瓶の中の黄色い液体をメルミーの口の中へ無理やり押し込んで飲ませ始めた。
「おっ、おい何を・・・」
するとメルミーが目を見開く。
「美味しい。これラピリア酒ですね。私大好きなんです」
「メルミーさん。今夜は寝かさないですよ」
カルがメルミーの両手を握り目をじっと見つめてそうつぶやいた。それを見たアイリーの顔が真っ赤に染まる。
「おっ、お前。なっ、何を言っている!」
「ははは。冗談ですよ」
笑いながら立ち去って行くカル。だがアイリーの腕の中で抱かれているメルミーは、別の意味で頬をほんのり朱色に染めていた。
「惚れてしまいそうです」
「おいおい、メルミーまで」
何か別な意味で騒動が起きそうな予感が・・・。
次の日の朝。
まだ陽が昇ったばかりの早い時間に浮遊城は、城塞都市ランドルを飛び立った。
まもなくして砦の前に降りた浮遊城。そこから地上に足を踏み出したのは、武具を身に纏ったひとりの若い女性である。
多くから見れば、それは戦神の様な姿に見えた。
秘書官アリッサは、歩き出し徐々に歩く早さを増しながら手で握った剣を頭上に掲げるとそこから雷撃を放つ。
砦からは、攻撃魔法による炎の塊がいくつもアリッサめがけて飛来し、矢が雨の様に降り注ぐ。
それを避けながらアリッサは、砦に向かって雷撃を放ち続ける。
雷撃は、砦の城壁を越え砦の建物に直撃する。さらに雷撃は、複数に枝分かれして砦のあちこちで火花を散らしていく。
雷撃が砦に落ちる度に兵士の悲鳴が響き渡る。
アリッサの雷撃による攻撃が何度となく繰り返されると砦からの攻撃がぱたりと止んだ。
そして走るのを止め歩きながら徐々に砦へと近づいてゆく。するとひとりの兵士が城門を開け放ち、アリッサに向かって歩いて来る。
魔剣を抜いたまま兵士と対峙するアリッサ。
「頼む。砦の仲間の兵士達は、食べるものなく上官にただ戦えと命令されるばかりだ。もう限界だ助けてくれ」
そして敵の兵士がこんな申し出をして来た。
「家族が待つ村に食料を届けて欲しい。そすれば皆も投降する」
アリッサは、少し考えるとこう答えた。
「分かりました。約束しましょう」
アイリーの言葉を聞いた敵兵士は、砦に向かって大きく両手を振る。すると空け放たれた城門から兵士が一斉に走り出して来る。
中には、担架に乗せられ動けない兵士も多数いる。皆、痩せこけていてとても戦える様な状態には見えない。
兵士達が痩せこけた仲間の兵士を担架で運び終わった頃、砦から新たな兵士が現れた。
その数ざっと100人。兵士の武具には美しい?装飾が施されている。その装飾された武具は、どうひいき目に見ても戦うための武具には見えなかった。
兵士達は、武具を身に纏った秘書官アリッサの前に居並ぶと大盾を壁の様に並べるとぐるりと囲い込む。
装飾が施された大盾と鎧と長剣。それを見た秘書官アリッサの顔が曇り出す。
「なんて趣味の悪い装飾・・・」
端から見ても美しいというより下品といった方が当てはまるかもしれない。そしてこの部隊を指揮する指揮官は、兜に鳥の羽を尾羽を束ねた装飾を施していた。
それを見たアリッサは、思わず笑いが込みあげてしまい思わず下品な大笑いを始めた。
「何あれ、まさか鳥にでもなったつもりなのかしら。下品を通り越して下劣だわ!きっといつか空を飛ぶわ!」
アリッサのあまりの物言いに顔を真っ赤にした指揮官。
「おのれ。この美しさが理解できぬお前の方が余程下品ではないか!」
「そうかしら。貴方のその下劣な装飾の武具。それに比べたらカル様から譲り受けたこの品の良い武具。これを美しいと言わずに何を美しいと言うのかしら」
「ふん。その様な田舎武具など着れたものでは・・・」
その瞬間、アリッサの表情が真顔に変わり、手に持つ魔石が埋め込まれた魔法剣から雷撃が放たれた。
雷撃は、兜に鳥の尾羽を束にして装飾していた指揮官を直撃した。
「黙れゲス。その口を閉じろ!」
アリッサがそう言い放った時には、既に指揮官は雷撃の直撃により気を失い地面に倒れて込んでいた。
「ちょっと。なに倒れているのよ。人の話は、最後まで聞くものよ」
そう言い放った秘書官アリッサは、魔剣を自身を取り囲む様に居並ぶ兵士に向ける。
「なっ、何を躊躇している。一斉に切りかかれ!」
誰だかは分からないが兵士の誰かがそう叫んだ。その瞬間、兵士達が剣を振り上げアリッサに向かって一斉に突進する。
だが、兵士達がほんの数歩走り出した時には、アリッサが構える魔剣が雷撃を放ちアリッサを囲う全ての兵士が地面に向かって卒倒する瞬間を迎えていた。
「ふん。やはり領主様の武具は、最高!」
自身で身に纏った武具に頬ずりをする秘書官アリッサは、城門が開け放たれた砦へと走り出した。
開け放たれた城門を潜り抜け砦へと入ると、至る所に雷撃により麻痺して動けなくなった兵士が意識も無く倒れている。
砦の中の通路を歩き開け放たれた部屋を見て周るも動く人の気配すらない。
するとどこからか馬車が走り去る音が微かだが聞こえて来る。アリッサは、通路の先にあった階段を駆け上がり砦の最上階へと向かう。
さらにそこからこの砦の最も高い塔の上へと飛び上がった。
秘書官アリッサが装備している武具の能力により飛躍的に向上した身体能力は、
普段では絶対に出来ない動作を可能にしていた。
塔の上から周囲を見渡すアリッサ。
すると砦から走り去る1台の馬車が目に入って来た。それも装飾を施した豪華な馬車である。
「もしかして男爵の馬車?」
アリッサは、塔から飛び降りると走り去る馬車に向かって一直線に走り出す。そしてあっという間に馬車の横に並ぶと馬車の屋根へと飛び乗った。
アリッサは、魔剣を横一文字に降り抜き馬車の屋根を斬り飛ばす。
「ひいっ。たっ、助けてくれ!」
屋根の無くなった狭い馬車の中では、ひとり逃げ惑う下品な服装の鬼人族がいる。
「貴方がガイ男爵ですか。私の領主様に立て付くなんて身の程知らずな男」
そう言い放った秘書官アリッサは、ガイ男爵の太股に剣を突き立てた。
「いっ、痛い、痛い、痛い!」
「そう、痛いの。でも貴方太っているわね。民が飢えているのになぜ貴方だけそんなに太っているのかしら、実に不思議ね」
馬車の御者と護衛の兵士達は、アリッサの姿を見て呆気なく投降した。
身柄を拘束されたガイ男爵の傷は、アリッサが持っていたラピリア酒(薬)によって
完治していた。
だが後の尋問でアリッサがガイ男爵の両太股に何度も剣を突き刺し、その度にラピリア酒(薬)をかけては、傷を癒しまた太股に剣を突き立てるという行為を行っていた事が判明した。
それを聞いたカルは、秘書官アリッサを咎める事をしなかった。飢えた領民を放置した領主に我慢ができなかったのだろうとカルなりに納得したのだ。
この戦いは、秘書官アリッサのひとり相撲で終わった。だがそれに納得できなかったのがアイリー達だ。
カルから魔剣の短剣を譲り受け戦いに赴くと思いきや、戦いに不慣れな秘書官がたったひとりで戦場に出向き、ど素人の戦いを繰り広げてあっと言う間に戦いを終わらせたのだ。
カルの筋書きでは、秘書官アリッサが戦いの途中で音を上げて助けを求めて来たら、アイリー達に出張ってもらうという予定でいた。
それがたったひとりの秘書官が砦を落としまった。その事にカルも内心動揺していた。
「ごめんなさい。この埋め合わせは後できっちりとしますから」
頭を下げるカルを仕方なく許したアイリー達。
そして城塞都市ランドルに領主として赴任したエルフ族のアイリー、メルミー、サーリ。
彼女達には、城塞都市ラプラスからひとりずつ秘書官が付けられた。3人の秘書官は、アリッサの後輩でありアリッサが厳しく仕事を仕込んだ者達だ。
アイリー、メルミー、サーリのエルフ族の3人は、この秘書官に厳しく領主の仕事を仕込まれる事になる。
カルは、子供という事で甘くされていた所があった。だがエルフともなれば、秘書官よりも年齢が上である。ならば遠慮はいらないという事らしい。
さて、城塞都市と村々に食料の配給が行き届いた頃、カルは自身の故郷である村に行く事にした。
里帰りという訳ではないが・・・。
浮遊城は、城塞都市ランドルに置いたままだ。誰かが反乱を起こさない様にとの抑止力としてわざと人目に付く場所に置いてあるのだ。
ゴーレムのカルロスの肩に乗り森の中の荒れた道を進むカル。
以前なら村人が草を刈ったり道に小石を運んでぬかるんだ場所を補修していた。だが、今は全く手入れがされていない荒れた道。
不思議に思いながらも進んで行くと見慣れた村の家々が見えて来た。
だが、そこは以前とは何かが異なっていた。村を囲う木で出来た柵は壊され無残な姿を晒している。
村には、人が住んでいる気配が全くなく、家々も壊され燃え尽きている家もあった。さらに村の端には、目新しい墓がいくつもある。
盗賊に襲われたのか、或いは領主の兵に襲われたのか。今となっては確認する術はない。
カルは、村を後にすると再びカルロスの肩に乗り森のさらに奥にある自身の生まれた家を目指す。
今では雑草が生い茂り殆ど道がどこなのかすら分からない。
そして森の木々の狭間に小さな家が現れた。カルロスの肩から降りたカルは、ゆっくりと生家へと近づいていく。
畑だったところは雑草が生い茂り草原と化していて、家の壁や屋根には蔦が生い茂っていた。
人が手入れをしないとこれ程迄に荒れ果てるのか。カルの内心は穏やかではない。
そして家の扉を開ける。
家の中は、埃臭く空き家にありがちな匂いが漂っていた。
しばし家の中で立ちすくむカル。
ゴーレムのカルロスは、家の外で待っていた。
そしてカルは思った。この家は、もうカルが住む家ではない。カルの住む場所は、城塞都市ラプラスなのだと。
生家を出たカルは、カルロスの肩に乗り城塞都市ランドルへと向かう。皆が待つ城塞都市ラプラスへと戻るために。
カルが生まれた村には、誰もいませんでした。
だれひとりとしていない故郷。何か物悲しいです。




