203話.故郷(2)
城塞都市ランドルの領主である鬼人族のガロと城塞都市戦を始めたカル。
身長程もある大剣を構える城塞都市ランドルの領主ガロ。
対するカルは、大盾を構える。
本来、城塞都市戦ともなれば双方が持つ全兵力はもとより住民も駆り出して戦う総力戦となるのが普通である。
だが城塞都市ランドルは、食料不足で兵士でさえ食べるものがなく戦える者は、ほんの僅かである。
しかもその兵士達は、全て城塞都市の警備に駆り出されており、この場に集められる兵士など皆無であった。
それでも筋肉の鎧を纏った鬼人族のガロは、その躯体を生かしてカルに身長程もある大剣を振りかざす。
それをさっと避けていくカル。
「ほお。その様な大盾を持つからには、タンクだと思ったが動きが機敏だな。私の大剣をまともに喰らっては耐えきれないと悟ったか」
「さあ、どうでしょうか」
カルは、大盾から少しだけ頭を出してガロに向かって笑顔を振りまきおどけて見せる。
大盾の表面では、相変わらず大きな口と赤く長い舌がのたうち回っている。
「その大盾のおかしな口が攻撃をするのであろう。それくらいは調べがついているのだよ」
身長程もある大剣を振りかざすもなかなかカルに近寄ってこない鬼人族のガロ。
「ふーん。知っているのは、それだけ?」
「まだ、他に何かあるのか」
「知らないんだ。だからその大剣がどうなっているかも分からないんだよね」
「何の話・・・」
そこでガロは、自身が持つ大剣がどうなっているかをようやくと気が付いた。
ガロが構える大剣の剣実がボロボロで殆どなくなっているのだ。
「なっ、何をした!」
「ははは・・・、それを僕が言うと思う?」
カルは、大盾から金の糸を出して大剣の金属を吸収していた。金の糸は、カル以外には殆ど見えないため何をされたのかを気付く者はほとんどいない。
「くそ。剣を持て、何をしている。早く代りの剣を持って来い!」
ガロがそう叫ぶと領主の館の警備をしていた兵士が慌てて代りの大剣を持って来る。だが大剣が重すぎてひとりでは持てなかったためかふたりがかりで抱えていた。
「待たせたな。戦いを再開す・・・」
ガロがそういった時には、構えた新しい大剣の剣実が既に無くなっている。
「これは、いったいどうしたというのだ。おい別の剣を持って来い!」
そして兵士が別の剣を渡しガロが構えると剣の剣実は、ボロボロになり無くなっていく。
既にガロの足元には、剣実の無くなったボロボロの剣が数十本はころがっている。
それを見ていたカルは、あまりの面白さに笑いをこらえるのがやっとで大盾を構えながら肩を震わせていた。
「ふん、そんなに可笑しいか。城塞都市ラプラスの領主!」
「ごめんなさい。でも僕の能力を調べもしないからそうなるんだよ」
「なんだと。ならば剣ではなく、この拳で語り合おうではないか!」
ガロは、剣実の無くなった剣を捨てると、鎧に身を包んだままカルに向かって走り出す。
これを待っていたカルは、大盾を数回叩く。
「魔人さん。お願いします」
”シカタナイナ。ウマイサケヲヨウイシテオケヨ”。
そう言うと大盾の魔人は、口から長く赤い舌を繰り出すと鬼人族のガロの体に舌を巻き付かせる。
「ふん、この程度のものなど私の力で・・・力で・・・」
ところがガロがいくら両手で大盾の魔人の舌を掴んで引き離そうとしても、全く剥がす事ができない。
「なっ、なんだこのヌルヌルした気持ちの悪い・・・はっ、はなっ、はなさんか!」
城塞都市ランドルの領主の館の前で繰り広げられる戦いの場にガロの叫び声が響き渡る。
そして例の如く大盾の大きく開いた口の中へと飲み込まれていく。
”ゴックン”。
その光景を見ていた城塞都市ランドルの兵士と領主の館の職員達は、あまりの醜い戦いに腰を抜かして動けない。
暫くすると領主のガロが大盾の口から吐き出されてき来た。しかも粘液まみれの全裸で気を失っての登場である。
「さて、この人をここに残したらいろいろ面倒になりそうだよね」
カルは、ある事を思いつくと尻もちを付いて動けずにいる兵士達に向かってこう言い放った。
「今日から城塞都市ランドルの領主は、城塞都市ラプラスの領主であるカル・ヒューイが兼務する。この男を縄で縛って拘束せよ!」
カルの言葉に思わず首を縦に振る兵士達。どこからか持ち出した縄でガロをがんじがらめに縛っていく。
そして兵士達がカルの命令に従い気を失っているガロを浮遊城へと運び込んでいく。
城塞都市戦に負けたガロを縄で縛り浮遊城に乗せ、浮遊城で移動する事1時間。大陸の果ての山の頂上に降り立つ。
そこは、山の上に雪が残る極寒の地だ。
カルは、鬼人族のガロを山頂の上に降ろすと街の武具屋で売っていた安物の短剣ひとつと大柄の安物の服一式放り投げた。
「鬼人族ならその短剣ひとつあれば、魔獣から身を守る事くらいできますよね」
「こっ、こんな事をしてただで済むと思っているのか」
「思ってます。城塞都市戦に負けたんですから当然の仕打ちです。もし、あなたに再戦の意志があるならあの場所に戻ってくればいい。いくらでも受けて立ちます」
そう言い残してカルは、極寒の山頂にガロひとりを残して浮遊城で飛び立った。
ナイフで縄を斬り立ち上がったガロは、極寒の地で浮遊城をいつまでも見上げていた。
そして浮遊城で城塞都市ランドルに戻って来たカル。
妖精達が設置してくれた扉を使い、領主の館の職員や警備隊に協力してもらいながら食料が次々と運び込まれていく。
その脇で火を焚き大きな鍋で極楽芋を茹でる。それを程よい大きさに切り分けると住民に配り飢えを癒していく。
領民達は、食料を配る兵士や職員達に涙を流しながらお礼を言い、茹でた極楽芋を手にして口へと放り込んでいく。
さらに領主の館の一画に穀物袋を運び込み、城塞都市ランドルの配下の村々にも配る準備を始める。
稀に歯向かう職員もいるがそういった職員は、メリルの石化により石像へと変えられ、街中の通りの真ん中に並べてさらしものにしていく。
人の形をした石像が5体ほさらしものになった頃には、誰も歯向かう者はいなくなり城塞都市ランドルの兵士も職員達もカルに従順に従う様になっていた。
さて、城塞都市ランドルを従えたのはよいが、ここからどうしたものか。誰かを領主に据えて都市運営を行わなければならない。
「誰を据えるか・・・、メリルさんやライラさんは、何かあった時にいつでもそばにいて欲しいし」
考え込むカルにふとある人物が思い浮かんだ。
城塞都市ラプラスに来たはいいが、特に何かの職に就く訳でもなく自給自足の生活を送っている人達。
「そうだ、彼らにやってもらおう。こういった面倒な仕事ができなければ、王国の復活なんて出来ないよね」
カルの片方の口角が上がり顔にふざけた笑みがこぼれる。
話は、少し前にさかのぼる。
ふたつの国の国境が接する場所に広がる精霊の森。その精霊の森の守り人の集落としてエルフ族が住んでいた。
その森からやって来たエルフ族のエレンは、精霊の森と茫漠の地の狭間に用意された小さな集落に住み始めた。
この集落には、名前もなくエルフ族のエレン以外に誰も住む者はいない。
集落の周囲には、精霊の森が広がるがまるで出島の様に茫漠の地へと張り出す形で集落が作られ、その集落を精霊の森の木々が守っていた。
そこに畑と果実の成る木々を植え、ひっとそりと暮らすエレン。
精霊治癒魔法を操るライラが、エルフの王族の末裔だという事を知ったエルフ達は、エルフ王国の復活を目論み村長の命により城塞都市ラプラスへとやって来た。
だが、街中での生活に馴染めずこんな精霊の森の外れにひっそりと暮らしている。
まだ畑に種を植えてから日が浅いため、食べ物はカルが配給したものが頼りだ。
この集落には、10軒程の家屋や倉庫が立ち並ぶ。エレンは、精霊の森で育んだラピリアの実を収穫しそれを馬車で酒蔵へと運び、ラピリア酒(薬)を作る作業の一端を担っている。
基本的には、酒蔵以外では殆ど人に会う事もなく静かな時を過ごせる様にとカルが配慮したのだ。
ただこの集落には、ひとつとても大きな問題があった。集落のために掘った井戸から湧き出る水を求めて歩く巨木達が集まって来るのだ。
巨木は、自らの根を足の様に動かして歩き回る巨大な木で元々精霊界にいたものだ。それをこの世界に持ち込んだのは、調査にやって来た精霊達であった。
精霊は、歩く巨木の小さな苗木をこの世界に持ち込んだ。そしてその苗木を持ち逃げした者がいた。
妖精達だ。
それが妖精達の手により徐々に増やされ、今では砂漠と精霊の森の間に広がる茫漠の地に10体程の歩く巨木が自生していた。
この歩く巨木の何体かは、精霊がこの地で活動するため別の世界に築いた施設とを結ぶ転移門の役割をしている。
妖精達が増やした歩く巨木は、妖精の国を守る守護の役割を担っている。
妖精の国から精霊の森が広がる地域を巡回し、妖精の国と精霊の森に対して脅威となる魔獣や他国からの攻撃に備えていた。
歩く巨木は、個体差はあるもの、小さくても全長20mから大きいものになると50mを超えるものまである。さらにこの歩く巨木は、幹の太さが他の木々と比べても遥かに太く幹の直径が10mを優に超え、太いものは、30mにも達する。
それが走る馬よりも早く地上を走り抜けて行くのだ。さらに妖精達は、転移門を使いこの大陸のどんな地域にも歩く巨木を出現させる事を可能にしていた。
そんなバカげた歩く巨木は、エルフの集落の井戸から湧き出る水を飲みに毎日の様にやって来るのだ。
茫漠の地に足音を響き渡らせながら・・・。
”どん・・・どん・・・どん・・・どんどんどん”。
陽も上がりきらない時間だというのにエレンが寝ている家のすぐ近くに現れた歩く巨木。その足音に驚き今日も叩き起こされるエレン。
村長命令で城塞都市ラプラスに来たはいいが、やはり人族が多く住む街中になれないため、領主のカルにお願いをしてエルフ用の集落まで用意してもらった。
そこまでは良かったのだが、生活に必要だからとカルが気を利かせて職人に掘らせた井戸から水が湧いた。その水が溜まり池が出来上がると歩く巨木達が水飲み場として利用しはじめたのだ。
入れ替わり立ち代わり現れる歩く巨木達。
”どんどんどんどん”。
歩く巨木が地面を揺らす度にエレンは、うなだれていた。
「まさかここがこんな魔獣が住む街だったなんて、今更村には帰れないし・・・」
家の近くに畑を耕し果実の成る木を植え、成った実を食べる生活。
さらにラピリアの実を収穫し馬車で運ぶ仕事で生活費を得ていて、必要なものを買う金には困らない。むしろエルフの村で生活していた時よりも収入があった。
将来に不安しか見えないエレンだったが、そんな集落に新たな住人が姿を現した。
「お姉さま。ここがエルフの新しい集落ですか」
「そうらしいな。村長からの手紙にもあったがエレンが住んでいるらしい」
「新しい集落ですね。しかも家々の作りがしっかりしています。どこからこんな資金が出たのでしょう」
「なんでもここの領主が建てたらしい。実に気前のいい領主だな。それにしてもエレンは、何処にいるのだ。どの家にも誰もいないぞ」
「仕方ない。ここでしばらく待たせてもらいましょう」
3人は、生活感の漂う家を見つけるとその中で待つ事にした。すると・・・。
”どん・・・どん・・・どん・・・どん”。
家の中で休んでいた3人のエルフは、地面が揺れ出し地響きの音に驚き家を飛び出した。
3人は、個々の獲物を持ち家の前に出るとその気配のする方向を見上げた。そこには、巨大な影がうごめいていた。
「・・・何だあれは」
「でかい、なんてでかさだ。魔獣・・・なのか」
3人の前に現れたのは、歩く巨木であった。その巨大な姿を目の前にして3人は、構えた弓と魔法杖を降ろすしかなった。
目の前に姿を現した歩く巨木があまりにも巨大すぎて弓や魔法が通じる相手とはとても思えなかったのだ。
「まさか巨大トレント・・・ではないな」
「森に住む我らもさすがにあの大きさのトレントなど見た事もない」
3人が見上げる歩く巨木。そして3人の背後にも新たなトレントが近づいていた。
新たに姿を現したトレント。それは、普通の木程の大きさで黄色い実を成らせ、枝に数体の妖精を乗せていた。
「あっ、お姉様方。お久しぶりです」
ラピリアトレントと共に現れたエルフ族のエレン。
「こんな遠くまでお越しくださいました」
エレノアは、ラピリアトレントの枝からラピリアの黄色い実を取ると、それを3人に手渡す。
「エレン。そのトレントは、見た事のない種族の様だが・・・」
「はい。ラピリアという実を成らせるラピリアトレント族といいます。この辺りの精霊の森と城塞都市の守り手として人族の警備隊と共に警備をしています」
エレンが差し出したラピリアの実を食べながらエレンの話を聞いていると、目の前をちょろちょろと飛ぶ小さな生き物の存在に気が付く。
「以前も精霊の森で稀に見かけた妖精か。しかし数が多いな」
「そうです。ここの精霊の森には、私達の村がある精霊の森よりも遥かに多くの妖精達が暮らしています」
「ほう・・・」
「それに、ここから北に行ったところに妖精の国も出来ました」
「妖精の国だと。妖精が国を作ったのか」
「私もまだ行った事がないのですが、ここの妖精達は、私達が知っている妖精とはだいぶ違います。そういったこの地域の特殊事情もご説明いたします」
こうして新たな3人のエルフ族を迎えての生活が始まった。
そしてしばしの時が経った頃、領主であるカルに呼ばれたエルフの3人は、領主の館でカルと出会う。
そこで3人がこの城塞都市ラプラスにやって来た本当の秘密が明かされた。
領主の館の応接室でカルと面談をするエルフの3人。
「まずは、我らの紹介からだな」
「私がアイリーだ。このチームのリーダーだ。剣を使う」
「メルミーです。魔術師をしています」
「サーリです。弓使いです。それと治癒魔法を少しだけ。普通の治癒魔法です」
そしてアイリーは、カルに謝辞を述べた。
「エレンと我々の村がかなり世話になったようで礼を述べたい。我々の村と村人を救っていただき感謝も言葉もない」
「いえいえ、僕も精霊の森を救いたいという一心で助けたまでです」
そして一拍置いてカルは、こう切り出した。
「あなた方が魔王国第1軍の傭兵部隊に所属していた事は、知っています。そして今でもそこに軍籍がある事も知っています」
カルは、情報部門が調べたエルフの3人の素性を隠さずにあっさりと口にした。それを聞いたエルフ達は、思わず身構えてしまう。
「別にそれが問題だというのではありません。第1軍の将である妖精族のオーリーヤームさんの命を受けて僕とこの城塞都市の情報収集にやって来たというところですよね」
「・・・そこまで知っているのか」
「僕のところにも情報収集を専門に行う部門くらいありますから。そこであなた方にお願いがあります。今度、新しく配下に加わった城塞都市に赴き雇われ領主として赴任していただきたいのです」
いきなりのカルの申し入れに驚くよりも半分呆れてしまうエルフの3人。
「はあ。いきなり領主だと。我らが第1軍から派遣された者だと知っていながらそれを依頼するのか」
「はい!」
カルは、笑顔で3人のエルフの顔を見つめる。
「魔王国第1軍の傭兵部隊といえば、手練れ揃いだと伺っております。技量として申し分ありません。それに領主としての知識は、この城塞都市から派遣する職員と現地の職員から聞けばいい話です。実際、殆どの仕事は、彼らがやってくれます」
笑顔で話すカルの思惑が全く理解できず困惑するエルフの3人。
「エルフの皆さんが精霊の森を守ろうと戦った時、彼らを支援したのは僕とその仲間達です。故郷の村と村の人達を守った僕のお願いを聞いてくれますよね」
カルの言い放った言葉に思わず冷や汗を流す3人。故郷の村と村人を守った恩人のお願いだ。それを無碍に断るほどエルフ族も薄情ではない。
カルの笑顔がまるで逃れられない悪魔との契約の様に思えてならなかった3人であった。
エルフ族にいきなりなお願いをするカル。ぐいぐい行きます。




